永遠の愛


ライトは走り出した。
義弟と呼んだスノウの元へ。

彼女はどんな気持ちで剣を構えたのだろう。

スノウは自我を失いつつあった。
シ骸になっていく。意識を失くして、ライトに襲い掛かる。

だからこそ彼は自分を始末して欲しいと願った。





「…セラ…」





あたしは無意識に、親友の名を呟いていた。
呟いた声にハッとした。

でもあたしが呟いたように、きっと彼女の存在は…ふたりの中にもあるはず。

ねえセラ…。
セラは、セラだったらどうしてみせる?





『この手でお前を殺せと言うのか…!』





ライトは苦い表情で剣を振るった。
当たり前だった。

本当は剣など向けたくはない。
だけどシ骸と化すスノウをこのままに出来ない。

だから彼女は戦った。

スノウはわずかながらに残る理性をかき集めて時折自分を抑えていた。
その思いに悲しく応えるように、ライトはスノウと戦った。





『ぐぅ…っ』





どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
戦いの末、遂にスノウがガクリと膝とついた。





『混沌が静まっていく…』





ライトは辺りを見渡した。
そこには先ほどまで渦巻いていた色濃い混沌が収まってるのが目に見てとれた。

ちょうどその時、その場に先ほどとは別の小さな歪みがその場に一つ現れた。





『凄いよね、スノウ。あれだけの混沌を全部呑みこんでシ界を打ち消しちゃうなんてね』





明るい声が響く。
その歪みから現れたのはルミナだった。

ルミナは膝をついたままのスノウに歩み寄っていく。
そして目の前まで来ると憐れそうに彼の肩を叩いて顔を覗きこんだ。





『その代償に化物だけど』





化物。
ルミナの言葉が胸に突き刺さった。





『最後のお願いを聞いてあげたら?こんな姿で苦しむなんて可哀想。始末してあげるのが優しさだよ』





ルミナはそう言ってライトに振り向いた。
ライトは目を少ししかめる。

しかしルミナは構いなどしない。
彼女はそのまま話を続けた。





『そう。スノウの魂を救うには死なせてあげるしかないの。あれ?ひょっとしたら、お姉ちゃんの手で死なせてほしくてわざとシ骸になったのかもね』





ライトはそう言うルミナの横を通り過ぎ、スノウの前まで歩いた。
その手には婚約の証のネックレスがある。





『お前にスノウの何がわかる』





ライトはネックレスを拳の中に握り締めた。
そして想いを込めるようにその拳でスノウの頬を殴った。





『帰ってこい!スノウ!』





荒げた声。
ライトはネックレスを握りしめた手で何度もスノウを殴る。

そんなライトの姿を見たルミナは少し冷ややかな声を彼女に投げた。





『貴女にスノウの何がわかるの。彼の苦しみがわかるというの?セラを守れなかった自分を責めながら、人々を守って戦い続けてきたんだよ。貴女が呑気に眠ってたこの500年の間ずっとね』





ルミナのいう事は紛れもない事実だった。
スノウはずっと戦い続けた。セラを想いながら、滅びゆくこの世界の為にずっと戦ってきた。

あたしも自分が消えるまで、その姿はずっと見ていた。





『ライトニングが帰ってきて、スノウはホッとしたと思うな。これで永い苦しみから解放されるってね。だから最後の力を出し切り、散っていこうと願った。彼を苦しみから救ってあげて。セラはそう願ってるから』





ルミナは最後にそう言い残し、その場から消えた。
残されたライトはスノウにあわせるように目の前で共に膝をついていた。





『私もだ…』





そして、残されたその部屋にそんな小さな声が響く。





『私もお前を救いたい。でも…どうすれば』





弱々しい声だった。

ライトは願いを込め、ネックレスの拳をスノウにぶつける。
だけど、その拳の力もどこか弱い。

そうしてライトは今はいない最愛の妹の姿を脳裏に思い浮かべる。





『多分セラならわかるのだろう…。ここにあの子がいてさえくれたら、すぐにお前を助けることが…』





セラ…。もしセラがいたら、スノウを救う事が出来るのだろうか。

ねえ、セラ…。
セラならどうやってスノウの事を救う?

ライトの悲痛な姿に、あたしは思わず呟いた。





「セラなら…どうするのかな」

「…セラさんなら、救えるとナマエは思うの?」

「わかんない…。でも…」





ホープに聞かれ、少し言いよどむ。

だけど確かにその可能性を最も秘めているのはセラなのだろう。

あたしはセラじゃない。
だから考えたって、結局答えなんてわからない…。

そんな時、モニターの中から低いうめき声が聞こえてきた。





『ウウウウウッ…』





それはスノウのものだった。
その声を聞いたライトもハッとしたようにスノウを見る。

スノウは立ち上がった。
そして完全に自我を失った状態でライトに殴り掛かってきた。





『ぐっ…!!』

「ライト!!」





咄嗟に腕でガードを張ったものの急な事で反応しきれずライトの身体は床へと叩きつけられてしまった。
あたしはライトの身を案じ、声を掛ける。

叩きつけられた拍子に、ライトの手からはネックレスが落ちてしまった。

ライトは突っ伏したままでも手を伸ばし、落ちたネックレスを掴み取る。
そしてもう一度強く握りしめると立ち上がってスノウに再び向き合った。





『わかってる!セラはもういない。私にあの子の代わりは出来ない!』





ライトはスノウに向きあうと暴れる彼を抱き留めるように首に片腕を回した。
そうして叫ぶのは、痛いほど実感する現実とただ彼を救いたいと言う純粋な声。





『今の私に出来るのは、お前に願う事だけなんだ!』





ライトはネックレスを掴んだ拳をスノウの胸に押し当てる。
そして、届け…届いてくれと必死に彼に呼びかけた。





『頼む。セラの想いを無にしないでくれ。あの子はお前を信じて生きた!たとえ離れ離れになろうと、いつか苦しみを乗り越えて、再びお前に会う日が来るとセラは今でも信じてる!』

『グワアアアアァァァ!!!!!』





スノウが叫ぶ。
そんな中でもライトは声を張り上げる。

妹の想いが最愛の者へと届くように。





『きっとあの子の魂は、お前を夢見て眠ってるんだ!なのに、お前がいなくなったら…セラはどこへ帰ればいい。スノウ…お願いだ、生きてくれ。生きて、セラを導いてくれ』





目の奥が熱くなった。

ライトがスノウの胸に押し当てたネックレスから光が溢れ出す。
それは優しい光だった。まるでライトの祈りに反応したかのように。

その光は部屋中に広がるまでに至り、モニターも真っ白に塗りつぶされた。

そしてやがて光は止む…。
ライトも眩しさに目を閉じていた。ライトはそっと目を開く。

その瞬間、彼女の手を包み込む大きな手があった。





『…!』

『あーあ…ひでえな』





驚いたライトと、聞こえた男の声。
その声を聞いた瞬間、あたしもホープも目を見開いた。

勿論、目の前で聞いたライトも。

そこにあったスノウの目には光が戻っていた。
それはいつもの、いつも見ていた優しい瞳。

スノウはわずかに微笑むと、ふっと力を失ったように倒れ込んだ。
ライトは慌ててスノウの体を支える。

ライトにもたれ掛る様な形のまま、スノウはそっと呟いた。





『生きてくれって俺に言うけど、実は俺なんかどうでもよくて…セラが心配なだけじゃねえか』

『ああ…その通りだ。バッカ野郎が』





ふたりの声は穏やかだった。
そして、とても柔らかい。





『ほーんと報われねえや。…ずーっとな』





スノウはそう言って小さく笑った。
もう完全に自我を取り戻していた。





『もう何百年もの間、世界が終わっていくのを見ていた。食い止めようと頑張ったけどまるで報われねえんだもんな。そんで虚しくなっちまって、死ぬ場所探して…このザマだ』

『すまなかった。私の帰りが遅すぎて、長い間苦しませた』

『反省しろよ?』

『ふっ…調子に乗るな』





ライトは軽くスノウの手を叩いた。

そのやり取りは、気の知れたもの。
もうすっかり元の二人だった。

それを見ていたら、こっちも自然と表情がほころぶ。

ライトは立ち上がった。
そして、この先信じるべきことを彼に伝えた。





『いいか、スノウ。もうすぐ世界は終わりを迎える。滅びを止める方法は無い。だとしても、絶望せずに信じてほしい。この世界が終わった後に新たな世界が生まれるんだ。人の未来は、そこにある。希望は失われていないんだ。私が必ず道を切り拓く。だからスノウ、お前はそれまで…』

『はいはい。わーってるよ。最後まで踏ん張ってユスナーンを守れってんだろ。ったく、人使い荒いよな。俺に万一の事があったら、セラが困るんじゃないのかよ』

『お前なら大丈夫さ。無駄に頑丈だからな』





ライトはガツンとスノウの胸を叩いた。
そして、婚約のネックレスをスノウの手へと返す。

スノウは手にしたそのネックレスを見つめ、ぐっと強く握りしめた。





『セラを頼む。生きてあの子を導いてくれ。あの子には、お前しかいないんだ』





ライトはそう言って、スノウに背を向けた。
もうスノウは大丈夫。そう確信して、彼女は彼の元を後にした。





『そこまで言われちまったら死ぬ気で踏ん張るしかねえけどよ、実際…どうなんだろうなあ。義姉さんはああ言ったけど、本当のところどうなんだ?お前を幸せに出来なかった俺の所へ、今更帰ってくれるのかな。答えがねえなら信じて待つか。いや…俺が迎えに行けばいい。そうだよな、セラ』





ひとり残った部屋の中、スノウはそう言って前と見ていた。
そして彼の身体から大きな光が溢れた。

ノエルの時と同じ。
それは、スノウの魂が解放された証だ。

あたしはその光景を見て、ほっと胸を撫で下ろした。



To be continued

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