第2日目の朝、再びルクセリオの街へと転送されたライト。
それを見送ったあたしは、座ってモニターを見上げるなり…ひとつの明るい声を聞いた。
《ねえ、ナマエもおいでよ!》
不思議な声だった。耳からじゃなく、頭の中で聞こえたような。
でも案外それで正解だったのかもしれない。現にその声は、ホープには聞こえていなかった。
察しはついてる。
その声には聞き覚えがあったから。
まったく…何の用だろうか。
あたしは、その声にゆだねる様に目を閉じる。
すると《そうこなくっちゃ!》なんて、また明るい声がした。
『ごきげんよう、解放者さん』
ふわっと、意識が飛んだような感覚だった。
気付くとあたしはいつもルミナと話すような暗い空間に立っていて、そして背後でルミナの声を聞いた。
反射的に振り向くと、そこにはヴァルハラの神殿で見たような高い玉座があって、ルミナはそこに足を揺らして座っていた。
…というか、今、この子解放者って言った?
よく見れば、ルミナが玉座から見下ろしているのもあたしじゃない。
あたしはルミナの視線を追うように、パッと顔を振り向かせた。するとそこにいたのは、薔薇色の髪の解放者。
『あ、ら、ライト…?』
『ナマエ…』
ライトはあたしを怪訝そうに見ていた。
いや、でもその怪訝な目は…あたしじゃなくルミナに向けられたものみたいだったけど。
するとその時、ホープの声が聞こえてきた。
『ライトさん、無事ですか?応答してください。どこにいるんですか?』
ライトは耳に手を当てる。
ホープの声は彼女に語りかける物だったから、恐らくいつものようにモニター前から話しかけているんだろう。
『どうした、モニターの故障か?』
それはライトにしか聞こえないはずの声。
だけどあたしにも聞こえたのは、それは多分あたしがホープの傍に居るからで、傍で直接聞いているからなのだろう。
確証はないけど、恐らく…今のあたしは意識みたいなものだけルミナに手を引かれた状態なんだと感じた。
『わかりません。座標値がめちゃくちゃで、ライトさんの居場所を探知できなくて』
そこで、ぷつ…と音がした。
あたしの方では、ホープが「途切れた…」と呟いたのが聞こえた。
『ホープ、応答しろ』
多分ライトにはホープの声は届かなくなったのだろう。
ホープの返事を待つライトに、ルミナはくすりと小さく笑った。
『無駄無駄!ホープには視えないし、聞こえもしない。何故って此処はライトニングの内なる領域』
『私の内なる領域…?』
『そう。神様には見ることの出来ない不可視の世界。つまり、心の中ね』
ライトの心の中…。
そう言われて、あたしは少し納得した気がした。
いつもルミナと話しているのは、あたしの心の中だと彼女は言った。
此処も、そことよく似てる。でもどことなく違う感じがするのはわかる。
それはライトの心の中だったからといことか。
でもあたしが納得したって、ライトはそうはいかない。
ライトは、怪訝そうに言い返した。
『心の中だと?ならば、私の心に踏み込むお前は何者だ?それに、ナマエがいるのは?』
ライトはちらりとあたしにも目を向けた。
ちょっとビクリ。いや…多分、お前は此処にいる理由をわかってるのか?っていう意味も含まれてたんだろうけど…。
でも、説明しなさいって言われると…上手く答えられないよなあ。
すると、そんな風に悩んでいたあたしを余所にルミナがさっと答えてしまった。
『私はルミナ。あなたがよく知るはずのもの。ナマエがいるのは、そうね。私が呼んだからだけど…でも、ナマエが特別だからだね』
『あたしが、特別…?』
彼女の答えは、あたしにも疑問を残させた。
まったく意味がわかっていないあたしとライトにまた小さく笑うルミナ。
彼女は混沌を操り、ワープするように玉座からあたしたちの前へと降りてきた。
ライトは重たい溜息をつく。
その様子に、ルミナは言った。
『忠告に来てあげたのよ。ここなら何を話しても、ホープに監視されないし』
『ホープが私を監視している?』
『本人自覚ないだろうけど、彼に知られたことは神様に筒抜けよ』
『だからどうした。知られて困る秘密なんて無い』
毅然と言い返すライト。
でも、その裏であたしは考えていた。
ホープが監視…。ホープに知られたことは、全部神様に筒抜ける。
ルミナは滑稽だというように笑った。
『身も心も神様に捧げた忠実なしもげってわけ?ふふふっ、そんなこと言って、神様を裏切る気でしょうに』
『なぜ裏切る必要がある?』
『はいはい、上出来!その調子!余計な感情は殺して、神様のしもべを演じなさいな。誰にも思惑を悟られないように、機械よりもクールにね。それと、ナマエ。ぼーっとしてるけど、私、貴女にも言ってるんだからね?』
『へっ!』
ルミナの言葉通り、ぼーっとしていたらしい。
気付くとルミナが目の前にいて、トンと額を弾かれた。
…ちょっと痛い。
話は聞いていたけれど、そのことを考えすぎていたみたいだ。
ライトが神を裏切る…?神のしもべを演じている?
ライトニングの内なる領域は、ホープには視えない…。
今のホープを、信頼してはならない…。
ルミナはあたしの目の前で言った。
『ナマエはきっとホープの姿や声に弱いのよ。でも、警戒はした方がいいよってこと。神様もそこが狙いのとこあるんだろうし。まあ、ナマエの場合はそう簡単に神様も手を出せないだろうけどね』
『え?』
ルミナはそう言うと、薔薇色の髪を揺らしながらくるっとあたしに背を向けた。
神の狙い…?
神が、簡単に手を出せない…?
それってどういう意味?なんだか気になって聞こうとした。
でもその前に背を向けられてしまって、こうなったらルミナはきっと答えてなんてくれそうになかった。
現にルミナはライトに向き直っていた。
『神様は人の心を視ることは出来ないけれど、表情や声音を見て、内面を見透かすぐらい造作無いんだから』
『隠すような秘密は無い。神は、セラの復活を約束した。ならば私は神に従って、解放者の使命を果たすだけだ』
ライトはまた毅然と返していた。
揺らぐことなどない、ルミナの言葉になど興味がないというかのように。
だけどその時、ルミナの声色が少し静かなものになった。
『あなたはどこにいるの?可哀想な人』
『……。』
何か思う事があったのだろうか。ルミナも、ライトも。
ライトはルミナを見つめる。
ルミナもまた、ライトを見つめて言葉を続けた。
『ここは貴女の心の中なのに、自分の心の中でさえ本当の気持ちを出せないなんて』
ルミナは軽く跳ねる。
するとまた混沌が手伝い、玉座の上にワープした。
玉座からライトを見下ろし、ルミナは告げる。
『変わらないね、変われないね』
最後のその言葉は、まるでからかうみたいだった。
そんなルミナの態度に、ライトは息を着いて尋ねる。
『お前は、何者だ』
ルミナは薄く笑う。
そして自らの胸に手を当て、そっとした声で答えた。
『神様の手から零れ落ちたもの。それが“私達”よ。お姉ちゃん』
『『…!』』
その瞬間のルミナを見て、あたしもライトも目を見張ってしまった。
今、ルミナの顔が二重に見えた。いや、声も…。
…ううん、最初こそそう思ったけど、違う。
ルミナと重なって見えた、顔と声。
それは、遠い昔に聞いた…酷く懐かしい声。
『待て!』
『あ、ライト…!』
その言葉を最後にルミナは消えてしまう。
ライトは手を伸ばして追いかけたけど、ルミナは止まる事なんてしない。
静かになった玉座を前に、ライトはあたしに振り向いた。
『…ナマエ。お前は見たか…?』
『…うん』
あたしは一度だけコクンと頷いた。
何を、とは言わない。だってそれで十分だった。
あたしが頷いたのを見ると、ライトはルミナがいた玉座を見上げた。
『なぜ、セラが…』
そう呟いたライト。
そう…ルミナと重なって見えたのはセラだった。
ルミナの姿と声が、セラと重なって見えた。
確かに、ルミナはどことなくセラに似ている。
だけどやっぱり違っていて、でも今は確かにセラに見えて…。
一瞬、あたしがセラのことを考えすぎていて幻でも見たのかと思った。
だけどライトにも今のセラの姿は見えていた。
それに…沢山、気になる事が増えてしまった。
『おい…ナマエ。お前、ルミナと親しいのか?』
『え!』
その時、ライトがそう聞いてきた。
どうやら、色々気になっていたのはライトも同じだったらしい。
突然聞かれたからちょっと驚いたけど…。
あたしは少し考えた末、ゆっくりと首を縦に振った。
『…まあ、悪くはないかもしれない。ルミナ、あんなだからよくわからないけど…でも、あたしは嫌いじゃないよ』
『あれを嫌いじゃない?変わってるな、お前』
『ええ、そうかな?』
はは、と小さく苦笑いした。
ライトはルミナは…どうなのだろう。
まあ今の雰囲気を見ると、ライトはルミナを良くは思ってい無さそうだ。
なんというか、ルミナはライトが言わなそうなことをズバズバと言っている感じがする。
でも、ちょっと驚いた。
ルミナは…こうしてライトの心にも足を踏み入れたりするのか、と。
『ライトさん!応答を!』
するとその時、ホープの声がした。
もしかしたら、まだライトには聞こえていないのかもしれない。
あたしはハッとし、ライトに言った。
『ライト…ホープが』
『…ああ。いつまでもこんなところでぼんやりしてる場合じゃないな。ルクセリオに向かおう』
『…うん』
あたしはそこで目を閉じた。
多分、ルミナの手伝いなしにまたライトの心の中に入るとか、そういう事は出来ないと思う。
だけどこの空間から出るということだけなら、念じれば出来る気がした。
現に、次に目を開けばあたしは箱舟の中にいた。
「ナマエ。また、考え事?」
「あー…あはは、うん。ちょっとね」
どうやらホープも、あたしのこの様子に慣れてきているようだった。
だけど…そこでルミナの言葉が頭に過った。
ホープに知られたことは、神様にも筒抜けになる。
だとしたら…あたしのこの様子を、神様に怪しまれたりはしていないのだろうか。
まあ…ルミナとあたしが話したところで、何が変わると言われれば…正直よくわからないけど。
ただ…それよりもあたしには、自分の中で引っ掛かるものがあった。
《…まあ、悪くはないかもしれない。ルミナ、あんなだからよくわからないけど…でも、あたしは嫌いじゃないよ》
多少は迷ったけど…ライトにはそう頷いた。
なんだか…そんなに抵抗を感じなかったのだ。
…じゃあ、あたしはホープにルミナの事を話すのは、抵抗を感じてるってこと…?
いいや…そもそもあの状況なら、ライトに隠す意味なんて…全然なかったはずだ。
「……。」
軽く、頭を押さえる。
ちょとっだけ…痛い。
また、ルミナの言葉が繰り返される。
神様に筒抜けになる…。
あたしは、それを…恐れてる…?
なんだか、よくわからない。
いや…わかりたく、ない?
得体の知れない嫌な感覚。
あたしはそっと、左の薬指を握りしめていた。
To be continued
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