時を旅した友


「おかえりなさい、ライトさん。輝力を捧げて、世界に時を注ぎましょう」





解放者の使命がはじまった、第一日目が終わった。
朝の6時を迎えると、ライトは箱舟へと強制的に戻される。

転送陣に現れたライトを迎えたホープは、彼女を聖樹ユグドラシルの元へと導く。

そして解放者は、胸に手を当てその日集めた輝力を与えた。





「滅びゆく世界に、せめてもの恵みを」





ライトが祈れば、その胸から光が溢れ出す。
光はユグドラシルへと注がれ、樹は輝きに包まれる。
そして、枝を伸ばすとひとつの大きな光の果実を実らせた。

あたしはそれを見た時、なんとなく自分の身体の奥底から何かがみなぎる様な感覚を覚えたのを感じた。





「…樹、なんだか…元気になったみたい?」

「ナマエ、わかるのか?」

「え、あ、うーん…なんとなくそんな気がして」





ライトに尋ねられたものの、ちょっと曖昧な返事になってしまった。

いやでも、自分でも本当によくわからなくて。
ただ、ライトが輝力を捧げた時…確かに何かがみなぎったような気がした。



“聖樹ユグドラシルと共に…光を実らせよ”



あたしが唯一感じた、ブーニベルゼの意思。

ライトが樹に輝力を捧げれば、あたしもその力を感じる…。

やっぱりよくはわからない。
だけどもしかしたら、これの事なのかもしれない…なんて、漠然と思った。





「輝力の恵のおかげで、滅びの日が少し遠のきました。あの木は聖樹ユグドラシル。この世の命を司る、聖なる樹です。ユグドラシルは、輝力を糧に生長します。生命の霊木ユグドラシルを育てれば、世界そのものの死を遅らせることが出来ます。神が目覚める、第13日まで」





ユグドラシルを見上げるあたしとライトに、ホープは説明してくれた。

つまり、輝力を捧げて樹を育てれば、世界に残された時間を継ぎ足していくことが出来る。

聖樹を育て、神の目覚める13日目までこの世界の命を繋ぐ。
それが解放者の、ここにいるあたしたちの、神様に与えられた使命だった。

ホープは、何故かこういう知識を誰よりも得ていた。
なんでも本人も何故知っているのかわからないが、目覚めた時には知っていたのだと言う。
…まあ、ブーニベルゼの力なのは確かだろうけど。

それにしても、ホープはこうしてライトのサポートに何より適した知識を与えられている。
ライトは、解放者として最も重要な存在だ。

…あたしってやっぱり、どうして此処にいるのかわからないよな。

ふたりの姿を見て、自分の存在意義を顧みて…あたしは首を捻ってそう思った。





「ライトさん。これから重点的に調べてほしい場所があります。強い混沌が観測された、5つのポイントです」





輝力を捧げた後、ホープはライトとあたしをモニター前に呼び、世界の地図を見せながら今後積極的にすべき情報を話してくれた。

世界地図の上に記された、5つのポイント。
あたしたちはモニターを見上げた。





「5か所か。ひとつはスノウの宮殿だな?」

「ええ。眠らない街、ユスナーンの宮殿です」





スノウの宮殿…。
彼を追ってライトが走った宮殿は、酷い混沌に浸食されていた。

あれは、どう見ても波のものでは無かったから、あれがチェックポイントであるのは納得だ。





「それから、聖なる光の都、ルクセリオに一か所」





次にホープが示したのは先ほどまでライトが探索していたルクセリオの街。
此処も先ほど集めた情報から察するに、なんとなくの予想みたいなものはついている。





「ここは、多分さっきの女神の信徒とか、闇の狩人あたりだよね?」

「恐らく、そうなるだろうね」





あたしがそう言えば、ホープは頷いてくれた。

ルクセリオは、今重点的に解決に当たっている街だ。

第一日目、女神の信徒たちが門の向こうに消えて行った後は、暗号の手掛かりを探しながらルクセリオの人々の魂をいくつか解放していき、そして朝6時を迎えた。
今夜こそ、女神の信徒たちの儀式に潜入する計画を立てている。
だからその為の暗号を探すために、次にライトが向かうのもまたルクセリオの予定だ。





「灼熱の砂漠、デッド・デューンにも一か所。更に、緑豊かなウィルダネスでは、ふたつの巨大な歪みがあります」





そしてホープは、残りの場所についても言及した。
砂漠のデッド・デューン、草原の広がるウィルダネス。

まだ見ぬ地だけれど、いつか訪れなくてはならない場所たち。





「4つの地方に、5つの場所か」





全て聞き、ライトは顎に手を当て呟く。
その言葉に、ホープは軽く付け足しした。





「正確には、場所というより人でしょうね。例えば今のスノウのように、心に深い闇を…並外れた混沌を抱えた者たち。そんな人間が、4つの地方に5人いるようです」

「そいつら5人の事情を探れと」

「優先して取り組むべきでしょうね。彼ら個人を救うと言うより、世界を救うために彼らが背負う重い業を祓うのは…解放者にとっても難しい試練になるでしょうが、僕とナマエも手伝いますから」





そう言いながらホープに視線を向けられ、あたしもライトを見てコクンと頷いた。

この世界にスノウみたいに重い業を背負った人が他に4人もいる…か。
それを聞いてみて、なんだか嫌な予感が渦巻くのを感じる。

…もし、共に旅した仲間たちだったら…?
浮かんだ予想が不吉で、当たらなければいいと願ってみる。

だって…大切な人が苦しむ姿なんて、見たく無いじゃないか。
そんなものは当たり前だ。





「スノウ、苦しいかな」





あたしは見てしまった混沌を思い出し、世界地図上のユスナーンを見つめた。

スノウの宮殿、本当にシャレにならない混沌で溢れてた。
あの中にスノウが閉じこもっているのなら、やっぱりただ事じゃない。

あたしの呟きを聞いたふたりも、同じように地図のユスナーンを見上げた。





「…出来れば、私も早く様子を見に行きたいが」

「そうですね…。でも、もう少し置いた方が街のほとぼりは冷めるでしょうね。ルクセリオの方も放っておけばまた、薔薇色の髪の女性が殺される」

「ああ…」





時間が惜しい。正に、その言葉がぴったり。

体がふたつあれば、あたしがライトを手伝えれば…。
そんな考えが浮かんで、でも結局言葉に出来ずに消える。
あたしとホープはなぜか、この箱舟から出ることが出来ないから。

でも…せめて、信じたい。





「スノウは…大丈夫だよ、きっと…。だって頑丈なのが一番の自慢だから、元気なことは信じられるよ」





口にしたのは、受け売りだった。
大切な…親友の受け売り。

今はいない、彼女の…。




“ふふ、頑丈なのが一番の自慢の人だから、離れていても元気なことだけは信じられる”




ヒストリアクロスの旅の中、アルカキルティ大平原で…彼女、セラはそう言った。

セラは、離れていても…スノウの無事を信じてた。
鮮明に思い出せる。スノウの話をするセラは、とても楽しそうだった。

あたしは、ノエルと一緒に…その笑顔をよく見てた。






「……。」





己の手を見つめる。

セラ…。
あの日、あたしとノエルの手の中で…ゆっくり息を引き取った。

崩れ落ちていくセラの身体を支えて、この手にどんどん重みが掛かって…あの感覚を、あたしはきっと…忘れることが出来ない。

掴んだ未来は、望んだ未来とあまりにかけ離れていて…。

あたしはあの日…蹲って、文字通り、枯れるほど泣いた。
ホープは、落ち着くまでずっと傍に居てくれた。優しく、背中を支えてくれていた。

ねえ…セラ。
神様のいう事を聞いたら、また…本当に会えるだろうか?

だって後悔は消えない。
やっぱり止めれば良かったとか、セラが救える道があったんじゃないかとか、きっと…君を失ったあの日から、考えなかった日なんて無いんだ。





「ホープ、ナマエ。そろそろ行く。送ってくれ」




その時、ライトがそう言った声が耳に入った。
見上げれば、ライトは既に転送陣に向かっている。

あたしは彼女に駆け寄った。





「もう行くの?ライト疲れてない?ここ、時間止まってるし、もう少しゆっくりしてもいいんじゃない?」

「…ああ。でも、じっとしてられないんだな、きっと」

「そっか…」





ライトは転送陣の上に立った。
行先は再び、光の都ルクセリオ。

じゃあ、ここはいっちょ…元気に見送ろうか。





「じゃあ、いってらっしゃい。よし、今日こそ信徒たちの儀式、潜入してやろ!」

「ああ、そうだな」





あたしが御見送りに手を振れば、ライトは光を放ち出した転送陣の上で頷いてくれた。
ライトがルクセリオに転送される。あたしは、それを見届けるとホープの傍へと戻った。

そして、腰を下ろしたところで考えた。





「……。」





……ノエル、どこにいるんだろう。

ノエル・クライス。
セラとモグと、一緒に旅した…未来から来た男の子。

優しくて、あたしとセラをいつも守ってくれた。

でも…彼はきっと、自分を責めているんじゃないだろうか…。

セラの身体から力が抜けていく…。
その感覚を感じたのは、あたしだけじゃない。ノエルもだ。

セラを失って、そして…あたしたちの旅の末、招かれた混沌…。

旅を終えた後も、一緒にいた。
でも、今は…?

あたしは、何故ここにいるのか…よくわからない。記憶がどうも曖昧なのだ。
ホープやスノウ、ノエルと300年くらい一緒に行動してたのは覚えてる。





「ねえ、ホープ。ホープは169年前に行方不明になったんだよね?」

「そうだね、地上の記録だとそうなってるね。僕自身はいまいちわからないことも多いけど、神隠しにでもあった…って事なのかな」

「神隠し、か」





169年前、突然に失踪したホープ・エストハイム。
指導者だったホープがいなくなって、地上は大混乱になったらしい。

だけどあたしには、その記憶がない。

ホープが突然いなくなったとしたら、その記憶は鮮明に覚えているはずだけど。

だけどそれを知らない理由は簡単だ。
逆を言えば、ホープはあたしがいなくなった時のことを知っているから。





「ナマエは、僕が失踪する1年前に同じように突然いなくなったんだ」

「ホープは、そのこと覚えてる?」

「うん。覚えてる。必死になって、僕はナマエを探してた」





ホープはそう言いながらあたしを見て、小さく苦笑った。

多分あたしの記憶は、ホープが消える1年前…つまり、170年前のあたりから曖昧なのだろう。
予想を立てるなら、ホープと同じように神様の仕業か…。

だから、ノエルが今どこで何をしてるのか…今のあたしにはわからない。
君は今、どこで何をしているんだろう?

行方のわからぬ大切な人。
あたしはそんな不安を感じて、仲間の存在を案じていた。



To be continued

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