前だけ見てろ


コクーンが堕ち、クリスタルの柱に支えられるようになってから…500年。
その時、世界は…とてつもなく大きな運命の時を迎えようとしていた。

AF500年、新都アカデミア。

あたしたちが降り立った、最後の決戦の時代。





「酷いな、まるでヴァルハラだ」





世界を見渡したノエルは、その圧倒的な光景に小さく首を振った。





「予言の時が近づいてるんだよ。柱が崩れて、古いコクーンが堕ちる」





セラはじっと前を見据えてノエルに言う。

あたしたちの目の前に広がる、アカデミアの街並み…。
それはあたしたちのよく知るAF400年のものと酷く遠い姿をしていた。

ヴァルハラの混沌に浸食され、原形がほぼ失われた街。

足場は細く小さく、道という道は無くなってしまっている。





「街の人は?ホープが創った箱舟に、もう避難したのか?」

「すべての人が箱舟に…、あ!カイアスが狙うとしたら!」





ふたりの声を聞き、あたしは世界を眺めて拳を握った。

ライトの話では、ホープの箱舟はこの時代に完成している。
人々を守る、希望の箱舟。

カイアスはきっと、その打ち上げの瞬間を狙ってくるはず。





「何が何でも守る…!」





戦っている、自分の大切な人たちを脳裏に浮かべる。

あたしは、自分の手が小さなものだと知っている。
ちっぽけで、大したことも出来ない…小さな小さな手。

だけど、大切な人の幸せを思い…出来る限りのことはやってみたい。





「よし、行くぞ!セラ!ナマエ!モグ!」

「うん!」

「了解!」

「クポー!」





あたしたちは走り出した。
カイアスの野望を止めるために。

かつての市街地へ、道なき道を飛び出した。





「…っ」





あたしは走りながら、じっとコクーンのある空を見つめてた。

あと少し、もう少し。
心には、そんな言葉が繰り返される。

カイアスとの決着も、クリスタルの崩壊も…。

なにもかもが、あと少し。

それは、焦りだったのだろうか。
緊張、未来への期待…多分、色々混じり合ってる、簡単には言い表せない感情。

だけど、きっともう少しで皆で笑える。
そう信じて、あたしたちは先を進み続けた。

そうして、多分…街の中心部あたりまで来た頃だ。





「えっ…!」





あたしは戸惑いの声を上げた。
理由はあたしたちの行く手を阻むように、足場に充満した黒い靄だった。

突然現れて立ち込めたそれに、あたしたちは思わず足を止めて後ずさってしまった。





『先に行ってはだめ。女神を殺しては、いけない』





そして脳内に響いてきた声があった。

その声を聞き、あたしはハッとした。
いや…もしかしたら、ノエルもセラも。

なぜならそれは、よく知っている声だったから。





「ユールの声がした」





セラが言った。
それを聞き、あたしとノエルも顔を合わせた。

やっぱり、聞き間違いじゃない。

今、聞こえたのはユールの声。





「俺にも聞こえた。女神を殺しちゃだめだって」

「…先に行ってはだめってね」





聞こえた声が同じものか確かめるように、ノエルとあたしは聞こえた声の断片を呟いた。

どうやら、今聞こえたのは全員同じ声のようだった。
ユールが、あたしたちに足を止めるように呼びかけてきた声。





「どういうこと…?」





セラが宙を見つめ、ユールに不安げに聞き返す。

だけどその返事は返ってこない。
しん…としたまま。そこには静寂しか残っていなかった。





「…ユールの声が消えた。ナマエとノエルはどう?」

「あたしも、消えちゃった…」

「…もう聞こえない。あいつ、俺たちを止めようとしていた?」





ユールがあたしたちを止めようとした。
その事実に、漠然とした不安が浮かんだ。

ユール…。

今まであたしたちに、いくつもの助言を授けてくれた彼女。
未来を視て、正しい時へと導こうとする…彼女の言葉。

その彼女が、あたしたちを止めようとした…。

なぜなぜって考えたところで、もう答えは聞こえない。

なんだか嫌な感じがした。
だけどカイアスは止めなくちゃならない。





「…気にはなるけど、今は進もう。箱舟は絶対守らなきゃ」

「ああ…」

「うん。そうだね」





あたしはふたりに声を掛け、そう背中を促した。
ふたりも不安をひとまず振り払い、頷いて足を再び動かし始めた。

だけど、その選択をまるで邪魔するみたい。

またしばらく進んだ頃…靄はもう一度、あたしたちの足元を食い止めるように現れた。





『カイアスと戦ってはだめ』





ユールの声も一緒に。

さっきと同じだ。
その声はまた、全員の頭の中に響いていた。





「ナマエ、ノエル、また声だよ!」

「うん!ちゃんと聞こえてる」





ユールの言葉は変わらなかった。
あたしたちを止めるように促す、寂しげな声。





『待つのは罪と絶望だけ。今なら、まだ戻れる』





罪と、絶望。
制止を掛ける、意味深な言葉。

セラは不安に目を泳がせて戸惑っていた。

一方、ノエルは意を決するように黒い靄に足を踏み入れ、そしてユールに尋ねた。





「ユール!絶望の先には何がある?」





ノエルのその声はユールに届いたようだった。

声が聞こえなくなってしまった先ほどとは違う。
ユールはノエルの問いかけに答えてくれた。





『残酷な運命。終わりのない繰り返し。その先は、視えない…』





ユールには何が視えたのだろう。
時を視る力のないあたしには、彼女に何が視えたのかはわからない。

だけど、ユールにもすべての結末が視えているわけでないようだった。
だからその言葉からはまだ、希望は潰えていないんじゃないか…そう感じられるような気がした。





「信じろ、そこに希望があるって」






ノエルも同じような事を思ったのかもしれない。
彼はユールを励ますように、強い言葉で呼びかけた。





『もし、何もなかったら?』

「引き返したって何もないさ。俺のユールがいない世界なんて、何もないのと同じだ」





そう…引き返したところで、未来は無くなってしまうだけ。

全てが混沌に包まれて、世界から時が消える。
それは、変わらぬ事実なのだ。

だったら、先が視えなくとも…希望を信じて進む方がきっと良い。





『…私には、止められない。選ぶのは、あなた達だから。…たとえ、呪われた未来でも…』





戻る気はさらさら無い。
そんなあたしたちの想いは、ユールの届いたのだろうか。

彼女の声と共に、かつての街の一番奥…アカデミー本部へと繋がる一本の道が繋がっていった。

黒い靄も、それと同時に消えていく。

あたしたちは頷き合う。
そして、その道をまっすぐに突き進んだ。

するとその瞬間、大きな風があたしたちの傍を勢いよくギュンッと掠めた。





「…っ!」

「ぐっ…!」

「わっ…!」





突然の出来事に、あたしたちは体を屈めてそれを避けるのが精いっぱいだった。

なんとか避けたそれを見上げると、そこにいたのは大きな飛行型の召喚獣らしきものだった。

…どこか、バハムートに似てる。
いや、もしかしたらバハムートなのかもしれない。

ただ、ファングの従えるそれとは違う…どこか禍々しい存在。





「あいつ…!」





ノエルがギリッと歯を食いしばった。

もしかたら、あれはカイアスなのかもしれない。
そう言えば予言で見たライトは、あのバハムートと戦っていたような。

カイアスは召喚獣に変身することが出来るのだろうか。

ちゃんとした理屈とかはよくわからないけど、あれはカイアスの何かだ。

カオスを纏ったそのバハムートは、空の彼方に飛び去っていく。
ならばそれを放っておくわけにはいないと、あたしたちはそれを急いで追いかけた。

だけどまた、事はそう上手くはいかない。

カイアスの仕業か…行く手を阻むみたいだ。
追いかけようとしたあたしたちの目の前には、強大なモンスターの群れが出現し始めていた。





「ちょっ…!勘弁してよね…」





突然現れたモンスターの大群に思わずげんなりする。

こんなのの相手してる場合じゃないのに!
そういくら思ったところでモンスターたちが道を譲ってくれるはずもないけれど。

だけどその時、どこからか声が響いてきた。





「ナマエさん、伏せて!」





聞こえた声は信頼できる声。
あたしたちは何の迷いもなく、その声に従い瞬時に体を屈めた。

するとその頭上をミサイルが通過しモンスターたちを撃退してくれた。

あたしたちはパッと後方に振り返る。
そして、見上げたそこにはアカデミーの飛行戦車がこちらに近付いて来ていた。





「行け」





飛行戦車の先頭に立つ青年が指示を出せば、兵士たちが次々に降り立ってモンスターたちを撃退していってくれる。

ブーメランを握り、最後の降りたその青年。

それは、方法は違っても共に戦う事を誓った大切な人。
100年前のこの場所で、同じ未来を夢見たホープの姿がそこにはあった。





「ホープ!」

「ナマエさん、無事でよかった!」





傍に駆け寄ると、ホープも同じように駆け寄って微笑みかけてくれた。

100年前に別れを告げて、再会を約束して…。
あの時は、すぐに決戦が待ってると思ってた。

だけどそれから…なんだか、とても遠回りをしてしまった気がする。





「大丈夫、ちょっと寄り道しただけさ!」





ノエルが軽口を返すと、ホープは微笑んだままそれに頷いた。

だけど、あたしはそれを見た時…なんだか一瞬、変な違和感を覚えた。
…いつも、ずっと…ここでもうひとつ、声が聞こえていたような。

……アリサが、いない…?





《ごめんなさい。貴方たちの新しい未来に、私は存在できないから。…おやすみなさい》





AF400年のアカデミアでゲートをくぐったとき、おぼろげに聞こえた彼女の声。

…新しい未来に、存在…出来ない…?

静かな声で、あたしたちに「おやすみ」を言った彼女。
そのあとあたしたちの身に起こったのは…暴走したヒストリアクロス…。

…よく、わからない。
でも、なんだか線が繋がりかけたような…。





「頼れる人を連れて来ました。乗ってください!」





だけどその時、ホープの声で現実に引き戻された。

…はっとする。
こんなところで、ボーっとしちゃいけない。

セラとノエルはホープに従い走り出していた。

あたしも、早く行かなきゃと我に返った。
でも走り出そうとしたその時、トン…と優しく背を押してくれる手があった。





「…ホープ」

「先に行って。僕もすぐ行きます。無茶だけはしないで」





…あと少し、もう少し。
必死で足掻いて、掴みかけている未来…。





「うん!」





背を押された声に、あたしもセラとノエルを負って走り出す。





「早く!」





ホープの声と共に飛び乗ったのは、ひとつの飛行戦車。

ホープが言った、頼れる人。
それは、この戦車を運転している人のこと?





「お願い!」





あたしが飛び乗ったのを確認すると、セラが操縦士に声を掛ける。
するとコックピットからは、どこか陽気な男の人の声が返ってきた。





『へへへっ!あいよ!救世主御一行、空までご案内!』

『ごあんな〜い!』

『ピュイ〜!』





明るい声と共に、空に浮かんだ飛行戦車。
あたしはその声を聞いて、思わず「あっ…!」と声を上げてしまった。

ホープが言った頼れる人。
なるほどだ。その意味が痛いくらいによくわかった。

この周りを明るくさせようとしてくれる、ほっとする声が懐かしい。
同調するように聞こえる小さな男の子との声と、ひなチョコボの声も…心にぐっとしみこんでいく。





「サッズ…!」

『おう、ナマエ!行くぜ〜!!』





名前を呼べば、向こうも呼び返してくれて、戦車は一気に空を進み始める。

それは、かつてルシだったときの仲間…サッズの声だった。
息子のドッジくんと、一緒に旅したひなチョコボも傍に居るんだろう。

ねえ、ユール。
やっぱり引き返すより、先に進んだ方が、きっといいよ。

大丈夫。奇跡は起こせる。
皆と一緒なら、不思議とそう思える気がして。

…前だけ見てろ。

もう一度、最後のおまじない。
あたしは決意を固めるように、彼女の言葉を胸に刻んだ。




To be continued

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