運命のあの日。
世界を脅かしたメテオを、ライフストリームが包んだあの日…。
あたしたちの旅が、戦いが終わったあとのこと…。
あたしはクラウドとティファとバレットと、行動を共にしていた。
バレットの故郷、コレルに行って。
クラウドとティファの故郷、ニブルヘイムに行って。
カームでエルミナさんに会って、マリンを迎えて。
「伝染病が流行ってるって噂だぞ。マリンにうつったら困る。さあ、帰ろう」
「うん、帰ろう」
「ああ、でもよ、俺達、どこへ帰るんだ?」
「中断された現実」
「なんだそれ?」
「普通の生活さ」
マリンを抱えて訝しるバレットに、クラウドが当然のようにそう答えた。
普通の生活。
それはなんてことの無い、日常のこと。
「そんなもん、どこにあるんだ」
「見つけるさ」
クラウドはそう言いながら「な?」と、あたしやティファ、マリンに同意を求めて微笑んだ。
「賛成!」
「うん!」
クラウドのそんな優しい顔にあたしとマリンはすぐに頷いた。
平凡な毎日。
朝起きて、ご飯を食べて、くだらない話をして笑いあったりして。
超ド平凡な現実。
でもその時のあたしは、それを想像するだけでなんとなく楽しみだった。
だけど同時に、気づいてた。
「うん、そうだね」
あたしやマリンと同じように、ティファはそう頷いた。
でもティファは、バレットが質問した《そんなもん、どこにあるんだ》という言葉に、縛られるって…なんとなく気がついていた。
現に、ティファはカームからミッドガルに移動してから本音を溢した。
自分の身勝手さを決して許すまいという思いで、告白してくれた。
それは、この先ずっと、消えることの無い罪の意識だった。
それを聞いたクラウドとバレットは気持ちを理解しながらも、ティファを叱咤してた。
あたしは眠るマリンの髪を撫でながら、黙ってそれを見ていた。
「なに、考えてる?」
「へ?」
ミッドガルのプレートの隙間からのぞく青空を座ってぼへーっと眺めてたら、急に視界に金色が揺れた。
そしてぶつかる小さな空。
綺麗な青。不思議な色の瞳。
「ビックリした!クラウドか」
「そんなに驚くとは思わなかった」
急なクラウドの登場に驚いて目を見開いた。
ああ、本当ビックリしたよ。
足音とか全然気付かなかったもん。
クラウドによると普通に近づいて声かけたつもりらしいけど。
つまりはあたしがボケ面してたのが悪いという結論に至る。うん。
「で、何考えてたんだ?」
クラウドはあたしの隣に腰掛けて、もう一回そう聞いてきた。
「うーん。色々かなー。星はあたしたちのこと残してくれたんだなーとか」
「そうだな」
あの日、戦いの末に動きだしたホーリー。
それはあたしたちの最後の希望で、でも同時に大きな賭けだった。
ホーリーは星にとっての悪しきものを消し去る魔法。
だから果たしてあたしたち人間はどちらなのか、っていうね。
でもそれは今だから言えること。
戦いの最中はあまり考えないようにしてたし、口に出すなんてもっての他だった。
だからただ、一緒にいられる未来を信じて、戦った。
そもそも考えたところで道はそれしかないんだし。
ホーリーとライフストリームが眩い光で世界を包んで、目も開けてられなくなった時、あたしは傍にクラウドのぬくもりを感じながら、光にすべてをゆだねた。
「色々ってことは、他にも何か考えてたんじゃないのか」
「わーお、鋭ーい。さすがクラウド!」
「それで?」
尋ねてくるクラウド。
あたしは瞳を合わせて、にんまり笑った。
「聞きたい?」
するとクラウドも目を細めて、微笑んだ。
「ああ、知りたいな。教えてくれるんだろ?」
たぶん今、まったく同じこと思い出してると思う。
それは、あの決戦の前日。
一緒に交わした、小さな、でも大切な約束。
「あははっ、約束、したもんね?」
互いの事、もっと知りたい。教えたい。
本当の自分の事、もっともっと。
未来を掴むために見据えた、希望の約束。
「ティファやバレットのこと考えてた」
「ああ…」
だから、あたしは素直に答えた。
すると、クラウドは納得したように頷いた。
まあ…心当たりありまくりだよね、そりゃ。
ティファもバレットも、アバランチで自分がしたことに…罪を感じているから。
「ふたりのこともわかるが…ナマエ、あんたも何かずっと思い悩んでないか?」
「へ?」
「ふたりを見ては、ぼーっとしてる」
ビックリした。
っていうか、さっきからクラウドにビックリさせられっぱなしだな!
でも凄いんだもん。
というよりは…気づいてくれたのか、と。
「そっかな?」
「ああ」
聞き返すと迷い無くクラウドは頷いた。
なんか、ちょっとだけ嬉しくなった。
だからあたしは少しだけ微笑んで、クラウドに打ち明けた。
「んー…あのさ、あたしってセブンスヘブンに入り浸ってたから、アバランチのことそれなりに知ってたんだよね」
「みたいだな」
「うん。どんなことしてるのか、とか?まあメンバーじゃなかったから詳しいことはわかんなかったけど、なんとなくね」
反神羅組織アバランチ。
会議とか聞いたわけじゃない。
あたしはその間はマリンと遊んでることが多かったし。
でも、ま。
お馬鹿さんではありますけど、そこまで子供でもありませんから。
「…何してるか知ってたけど、止めなかったんだ。思う事とかはあったけど、口出ししなかったの」
「………。」
吐きだした本音。
それは、ケット・シーの正体がわかったときに心の中で思ったことだった。
「今は旅してわかったけど…バレットやティファがさ、神羅に対してどんな想いを抱いてるのか全然知らなかったから。ううん、知ってても止められたかわからないね…。だってあたしはバレットでもティファでも無い。その人の苦しみなんて、その人にしかわからない。だから口に出来なかった」
「………。」
「でも思い悩んでるの見ると、やっぱり止めればよかったかなとか、思っちゃうんだよね。全部後の祭り。結果論なのは、わかってるんだけど」
はは、と苦笑いした。
過ぎちゃった過去って、どうにもならないから。
星の命を奪う神羅への反発。
だけど、それは表の動機。本当の動機は…取りつかれた復讐心。
だからこそ己を苦しめてる。
クラウドも、作戦に参加した。
でも彼は、生き抜くことでしか許されないと道を見つけた。
一生償いながら生きていくと。
バレットもティファも。
乗り越えて、自分なりに決着つけるしか…ないんだろうな。
「珍しいな。いつも自分で言ってること、忘れたのか?」
「え?」
ぼんやりそう考えていると、クラウドはふっと微笑んだ。
「暗いこと吹き飛ばすように…笑うんだろ?」
「あ、」
「思い出したか?」
言われて気づいた。
そうだ。
ぐるぐる悩むくらいなら、笑って。
せめて暗い空気を吹き飛ばすように。
暗い物は暗い物しか呼ばない。
誰かが、笑ってくれるように。
それが今あたしに出来る最善だ。
なんで忘れてるんだ、あたし。
「暗い空気だと考えも後ろ向きになっていくもんね」
「ああ、そうだな」
空気が暗いと、悩む機会も増える。
罪、忘れちゃいけないかもしれない。
一生忘れずに、生きていく。ずっとずっと…償いながら。
でも、ちゃんと気づいて欲しい。
あなたの笑顔を望む人間も、確かにいるんだよ、って。
「ティファ、笑ってくれるかな?」
「機会は、増えるんじゃないか?」
「そっか。うん。そうだね」
頷いて「ありがと、クラウド!」とお礼を言った。
クラウドの青い瞳は、あたしを映していた。
柔らかい、優しい色を滲ませて。
「ああ、ナマエは笑っていてくれ」
クラウドもまた、頷いてくれた。
END
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