「世界を救う希望、クリスタルか。どうすれば見つかるんッスかね?」
困った様な声。
髪を掻きながら、そう呟いたティーダ。
「もっと戦えばいいんじゃないか?」
先を疑う事無い顔で、それに答えたのはフリオニール。
「敵を片っ端から倒していけば、」
「何もわからない以上、無闇に戦うのは危険だ」
そんなフリオリールに、異を唱えた一つの声。
「すべての戦いに勝てる奴など、そういない」
青い瞳をすっと細め、そう口にしたクラウド。
静かな声で語る正論。
その彼の意見には、その場にいる全員を納得させる力があった。
「ちゃんと休むのも戦いのうちか」
「確かに、そうだな」
「ああ。クラウドがいると助かるよ。状況を冷静に判断してくれる」
「セシルも見習うと良いぞ!」
「お前が言うな!」
響く笑い声。
ティーダとフリオニールとセシル。
それに、あたしも。
「俺たちも負けてられないな」
フリオニールのその声に、皆は足を進め始めた。
コスモスに託された、希望の光…。
混沌の神に立ち向かうための、クリスタルを求める道へ。
「……。」
そんな中、残されたように立ち尽くす彼。
みんなの背中を見つめ続けるのはクラウドだ。
「クーラウド!」
「…ナマエ」
立ち尽くすクラウドの背中に明るく声を掛けてみる。
すると振り返り、青い瞳とぶつかった。
いつ見ても綺麗な色。
そんな綺麗な色を見つめながら、あたしは笑った。
「クラウドってば頼りにされちゃってるなあ」
「…別に、大したことは言って無い」
「またまた、御謙遜を」
「事実だ」
クラウドは目を伏せ首を振った。
本当に、謙遜しているわけではないと語る様に。
「…冷静なんかじゃない。そうじゃないんだ…」
「………。」
「俺はきっと、」
そう呟くクラウドの言葉にあたしはそっと耳を傾けていた。
クラウドは一度伏せた視線を上げると、そんなあたしに視線を寄こした。
「…恐れてるんだな」
そして、静かにそう零した。
その声は…冗談の音を持っていない。
だけどあたしはそっと笑ってみせた。
「曖昧な理由じゃ、戦えない?」
「………。」
問いかけてみるとクラウドはだんまりだった。
でもそれはつまり、肯定の意味だ。
「まあ…保証ないもんねー。戦ったところで、本当に帰れるかもわからないし」
「…ああ」
「でも、帰れないっていう保証も無いよね?」
笑いながらそう言った。
にしし、とそんな笑みで。
「だから、やれることからやってみるだけだよ」
あたしたちの、元の世界に帰るために。
戦う理由を聞かれたら、あたしはそう答えるだろう。
自分が出来る事から何でもやっていきたい。
すると、クラウドは少し目を見開いた。
そして小さく微笑んだ。
「…ナマエは強いな」
「え?」
だけど、笑みは一瞬。
すぐに消えて、目を伏せた。
「でも…俺は、ナマエのように強くはなれない」
少し、諦めたような声だった。
でもあたしは、それでもいいような気がした。
だから首を振った。
「…ならなくても、いいよ」
「…え?」
「別に、それでいいよ。あたしだって強いわけじゃないけど…ていうか考えるのって苦手だからとりあえずやってみようって感じなのかな。クラウドもさ、ゆっくり自分が納得できる理由を探せばいいだけなんだから」
「…ナマエ」
「帰りたいって気持ちは同じだよね。なら、道の先は同じところだもん。それでいいじゃん?」
ねー?って感じでそう言った。
コスモスは「自分の道を信じて進むしかない」と言っていた。
だから道は、自分で納得できるものを探すしかないんだ。
それに正直なところ…あたしは少し、気持ちが軽かった。
セシルやティーダには悪いけど…、大切な人と同じ場所にいられるって言うのは、恵まれてることなんだろう。
「ねえ。クラウドはさ、元の世界のことどのくらい覚えてる?」
「さあな。それなり、としか言えないが…ナマエよりは覚えてるんじゃないか?」
「みたいだよね。あとでゆっくり教えて。クラウドが覚えてること」
「ああ、わかった。俺が知らないことで、ナマエが覚えてることもあるかもしれないしな」
ゆっくりゆっくり、フリオニールたちを追いかけながら話したのはそんなこと。
まだあまり元の世界のことは話してないけど、節々からあたしよりクラウドのほうが記憶は持ってるみたいだった。
だって、あたしが覚えてることと言えば…本当、数えるほどしかない。
「あたしはさ、クラウドのことと、それとティファのことだけ覚えてる」
指折り口にした自分の記憶。
あたしが持っている元の世界の記憶はそのふたりが色濃い。
そのふたりのことは、結構鮮明に思い出せる。
「ティファ…か」
「うん。他にもいっぱい仲間がいたことは覚えてるけど、ぼんやり。なんかちょっと申し訳ないね」
クラウドとティファは、大事な仲間。
ふたりを仲間として想う強さと同じくらい他の皆のこともそう思ってたはずなのに。
…やっぱなんか、申し訳ない。
でもそう考えると…。
「…なんで、ティファのことは覚えてるんだろう?」
「…さあな」
「ティファのことは…結構くっきり覚えてるんだけど…」
あたしの記憶の中にある人の存在。
クラウドは此処にいるからわかるけど…じゃあティファは…?
ティファの事は好きだけど…ビックリするくらい覚えてるのは…。
下手したら、自分のことより覚えてるんじゃないだろうか。
まあ、忘れてるよりは嬉しいし…別にいいんだけど。
他のみんなの事も早く思い出せたらいいのに。
「…会いたいね。ティファとか、みんなにさ」
「…そうだな」
クラウドは頷いてくれた。
この世界で出会った皆ももう仲間だし、離れるときが来たらきっと寂しい。
でも、元の世界のことを、今そう感じてた。
「っていうかまずいよクラウド!みんなが見えないんだけど!?相当距離開いちゃったよ!」
その時、見つめた先にみんながすっかり消えてることに気づいた。
フリオニールもセシルもティーダもいない。
これはまずい。
ティーダに「遅いッス!!」とか怒られそうだ…。
だからクラウドに振り向いて少し急かした。
「クラウド早く…、っ」
「…………。」
でもその瞬間、腕を引かれた。
掴んでいたのはもちろんクラウド。
あたしはそっと彼を見上げた。
「クラウド…?行かないの…?」
「…ナマエ…」
「…?」
呼ばれた声は、何だか儚く感じた。
だから自然と耳を傾けることに意識が向いた。
青い瞳は揺らいでる。
クラウド、なんか…思いつめたような顔をしてる気がした。
「…俺は、ナマエみたく…前を向けない。がむしゃらになれないんだ。戦ったとして…その先に何があるのかわからないまま、流されたくない」
「…だから別に、クラウドはそれでも…」
「でも…ナマエのことは守る」
「…えっ」
クラウドはそれでもいい。
さっき言ったことをもう一度言おうとしたら、遮られた。
「流れずに戦える強ささえあれば…俺はもう、何も失わずにすむはず…なんだ」
「…クラウド」
「でも…ナマエはゆっくりで良いって言ってくれたけど、カオスの軍勢はそんなの待ってくれない。イミテーションだって襲ってくる。ナマエがいなくなったら俺は…戦う理由を探す価値すらわからなくなる。それは目に見えてる…。だから、ナマエに降りかかってくる火の粉は、俺が払う」
どこか切羽詰ってるようにも聞こえた。
でも優しさも感じる。
思いやりと、苦しさと…ジレンマするように。
ぎゅっと、クラウドの手の力がこもる。
「こうして傍に…いて、欲しいから」
クラウドがそう言ったその時、視界の向こうに…キラッと輝く星が見えた。
「…あたしも、守るよ…クラウドのこと。クラウドまでいなくなったら、あたしだって…わかんなくなる」
ぎゅっと、クラウドの手を握り返した。
クラウド《まで》。
それは、無意識に出た言葉だった。
星を見つけた瞬間、何かが一瞬だけ疼いたように感じて…そんな言葉が出てきた。
理由は全然わからないけど…。
いや…でも《まで》もだけど…なんだろう。
きっと…あたしは色んな人、ものに守られてる。
だからあたしも…この人を守らなきゃいけない。
大事な人やものを、守りたい…。
それだけは強く、抱いていた。
なんだか…この手はもう、離しちゃいけないって…。
「…もう、どこにも行かないで…」
痛い…。
胸の奥だけ、苦しくて…。
まるで、心だけは…知っているかのように。
END