夜明け前の掌



「……あれ、クラウド…」





まだ日は顔をのぞかせていない、夜明けには少し時間がある頃。
あたしはそんな時間に、ぱち、と目が覚めた。





「…ああ、ナマエも目が覚めたのか…?」





開いて一番に映ったのは、寝転がったまま空を見上げていたクラウドだった。
どうやらクラウドも目が覚めたらしい。

背中の方からは小さな寝息が聞こえる。
ティファは寝てるみたいだ。





「夜明けって…まだ?」

「ああ、もうすぐだけどな」

「…そっか」





あたしは腕を枕のように頭の下に置き直した。
クラウドも空から視線を移し、ゴロン…とこっちに向き直ってくれた。

ちなみに、あたしはふたりに挟まれてる。
ふたりはあたしの提案に乗ってくれて、外でこうして空を眺めながら寝てくれた。

よく言う川の字ってやつ。





「ねえ、クラウド」

「ん?」





呼べば、ちゃんと耳を向けてくれる。

…とくん。
心臓がゆっくり、音を立てた。

穏やかで、心地の良い感情が溢れてくる。

でも、だからこそやっぱり…今は、少しの眠気も手伝って、夢じゃないのかって感じがしてしまう。





「…あの、夢とかじゃ…ないんだよね?」

「…奇遇だな。俺も同じこと考えてた」





恐る恐る尋ねたら、同じ言葉が返ってきた。

…てことは、夢じゃない…んだよね。

だってクラウドの青と、ちゃんと視線が交わってる…。
相変わらず綺麗な色の瞳だ。





「でも、夢にされても困る」





眺めてたら、クラウドはふっ…と微笑んだ。





「嘘じゃない…」

「え?」

「…本当に俺は…ナマエが好きだよ」

「…っ…!!!」





撫でる様な、優しい声。

いきなりでビックリした。

う…、あ…!
ていうか、えええええ…!?

至近距離で言われて、なんか恥ずかしくなった。
つーか、そんな綺麗なお顔してらっしゃるのに…平然としてろって方が無理な話だって…!





「…あ…ありがとう…」





だからもぞもぞ縮まりながら呟いた。

やばいよ、絶対顔赤いよ。
まだ暗いのがせめてもの救いだよ、コレ。





「いや…いいんだ。ちゃんと、知ってて貰いたいから」

「……、クラウド…」





クラウドは静かに笑った。
…よく、微笑んでくれるようになった。

ちゃんと、知ってて貰いたい…か。

…そんなこと、思ってくれてるのか…。

それを聞いて、少し思ったことがあった。
戦う前に、言っておくべきこと。知ってて貰いたいこと。





「あのさ、クラウド。あたしさ…さっきハイウインド降りようかなあ、って言ったでしょ?」

「…ああ」

「あたしね、帰る場所も、やりたいこととかも無かったから…。楽しみに出来る明日が無くて…。だから自分が死んでも特に影響ないんだよなあ…、なら、このまま死んじゃっても良いかなあ…って。…ちょっとだけ思った」

「……な、」





そう言ったら、クラウドの顔が少し強ばった。
だから慌てて首を振った。





「あ、いや、別に死にたいって思ったわけじゃないんだよ…。なーに馬鹿な事考えてたんだかって今なら思えるし」

「………。」

「…本当、馬鹿だよね…。確かに帰るところも待ってくれてる人もいないけど…、でも、皆は…いつだって笑ってくれるって、わかってたのに」





一緒に旅した皆。
あたしが抱いてる感情を、皆もきっと返してくれる…。

クラウドだって…。
クラウドは、クラウドはいつだって、困ってたら手を差し伸べてくれたのに。

一緒に命を賭けて歩いて来たからこそ、わかるはずだったのに。

だけど…空を見上げたら、怖くなった。





「でも…やっぱ怖かったんだ。空にはメテオが浮かんでて…それ見たら…。自棄になっちゃった…ていうのかな…。だからいつも以上に馬鹿みたいに騒いで、あんまり考えないようにしてた」





メテオが現れてからも…いつもいつも、馬鹿騒ぎして気を紛らわせてた。

だけど本当は、凄く怖かった。

だって、アレが落ちてきたら…何もかも終わっちゃうんだから。

結構、色々気付いたんだ。
メテオが降ってきて、思いのほかビビってた。

クラウドとティファをくっつけようとしてたのだって…きっと、ふたりの為なんかじゃないんだ…。

怖くて、気持ちがぐちゃぐちゃして…。

…あたしは、クラウドに何もしてあげられなくて。
崩れていくクラウドを見て、震えた。

あたしの信じる気持ちなんて、意味なくて。
あたしがクラウドに出来ることなんてなくて…。

どうしようもなくて。
怖くて、逃げたくなって…。

ティファに押し付けようとした部分…ある気がする。
それで、目を逸らした。





「でも…さっきクラウドと話したら、先が見えて来たから…。ちゃんと周りが見えてきて、頑張ろうって、思えた…」

「………。」

「あのね、だからクラウドには…すっごく感謝してるんだ」

「……ナマエ」





この人に、あたしは本当に感謝していた。

…クラウドが助けてくれたんだ。

だからあたしも…、ちゃんと…今度こそクラウドのこと支えたい、手伝いたいって気持ち…凄く大きくなった。





「ねー、セブンスヘブンで会ったころのクラウドってさ、すっごくクールで本当に他人になんか興味無いね〜って感じだったよね」

「…完全に自分を見失ってたからな」

「…そんなこと、ないと思うよ?」

「……?」





クラウドは、幻想を演じ続けていたと言っていた。

でも、クールに見える節々に…確かに優しさを感じた。

ウォールマーケットで震えだした肩を…ゆっくり擦ってくれた。
エアリスが攫われた時、助けに行くと言ったら、すぐ賛成してくれた。
ゴンガガでスパイがいるとかもと思った時、真っ先に「皆を信じる」と口にした。
自我崩壊を起こした時だって、一番大変なのは自分だったのに「ごめんなさい」って、人の事を一番に気にしてた。

いつもいつも…こんなにも優しかった。







「あのさ、クラウドは…セブンスヘブンで会ったときから、なんとなく…気にしてくれてたって言ってくれたよね?」

「え、…ああ…?」

「それ、あたしもね…同じなんだ」

「同じ?」





さっき、クラウドは教えてくれた。

あの時のこと、本当は大切に思ってくれていた。
だから記憶はなくしていたけど、どことなく気にしてくれていた。
追いやった片隅で何かが気になっていたから…って。

きっかけは…それだったって。

でもそれって、あたしにも言えることなんだ。





「クラウドのこと見るようになった理由っていうか、きっかけは…たぶん、その記憶のお兄さんに似てたからなんだよね。って、まあ本人なんだから当たり前なんだけど 」

「あ、ああ」

「でも…だんだん、どーでもよくなってた。その証拠に、クラウドが本当は神羅兵だったってわかった時も、もしかして…とか思わなかったし」

「え…?」

「あー…。どーでもって言うと、語弊あるかもだけど…」





前は、やっぱり似てるよなー…とか、よく考えてた。

運搬船とか、神羅の制服着たままマスクだけ取ったクラウドを見た瞬間のあの感動…。
あれは本気で叫び出しそうな衝動に駆られたよね。

…って、今はそんなこといいんだよ。
本当アホだな…あたし。

逸れてしまった自分の頭を、こほんと咳払いで元に戻した。





「クラウドはいつだって優しかったよ…。いつも人のこと気に掛けてた。あたし…そんなクラウドのこと…」

「………。」

「そんなクラウドを…好きになったんだよ」





ちょっと真面目な顔。
そんな感じでクラウドの顔を見ながら言ったから、ちょっと照れくさかった。





「だから、ミディールから帰って来た時…そーゆーとこ変わってなくて安心した。あたしの大好きな…クラウドだったから」





そこは幻想じゃない。
ありのままのクラウドだったから。

あたしはちゃんと…そこに惹かれてたんだ。

だからそれだけは…少しだけ、誇れたんだよ。





「あたしの中ではさ…お兄さんの事より、クラウドの方が…ずっとずっと大きい存在になってた」





クラウドの青い目はじっとこっちを見てた。
なんだか、自然と微笑みが生まれた。





「…なんて言いつつ、さっき話して…やっぱり思ったけどね」

「…何を?」

「…やっぱり…クラウドがあの時のお兄さんで嬉しいなーって」





えへへへ〜、って感じで笑った。

我ながら凄く間抜けな笑い方だと思う。
でも仕方ないじゃないか、自然に出ちゃったんだから。

そりゃそうでしょ。だって、やっぱあのお兄さんは特別だったもん。
その人と今好きな人が同一人物とか、本当神様ありがとうとしか言う様無いもんね。





「…ナマエ」

「……うん…?」





その時、名前を囁かれた。
そして緩む頬にクラウドの手が伸びてきた。

いつもあるグローブが、今はない。
頬に、指先が触れた。





「……クラウド?」





少し、冷たい。
でもそれがちょっと気持ちいい。

クラウドの長い指の体温が…直接伝わった。

そんな体温を感じながら少し首を傾けると、クラウドは無器用そうに優しく微笑んだ。





「…嬉しいんだ」

「……え?」

「いや…実感してるんだ…。拒まれること無く…俺は、ナマエに手を伸ばせるんだって…」

「…クラウド」





指先から掌…そっと頬を覆う様に。
クラウドは、確かめる様に…掌を押しつけた。





「頬、熱いな…」

「…クラウドのせいだと思います」

「……そうか」





そうだよ、完全に貴方のせいです。

でも…凄く心地いい。
優しくて、優しすぎて…。

とっても静かな時間。
今はこんなに穏やかだけど…陽が昇ったら…全部終わるんだ…。
ぜんぶ、ぜんぶが…終わる。

だからもう少しだけ浸っていたくて、あたしは口を動かした。





「あ。…そういえばティファに聞いたよ。クラウド、ティファと給水塔で約束したことあるんでしょ?」

「ああ…。そんなこと、話してたのか?」

「うん」





思い出して、引っ張り出したのはさっきティファに聞いた話。

昔の、ニブルヘイムでの出来事。
クラウドのこと…まだまだ知らないこと、本当に沢山あるよなあ…。





「ピンチに駆け付けたんでしょ?……格好いいね」





口元を緩ませた。

うーん。
ピンチの時、ヒーローに助けて貰う、か。
うん、ティファ。わかるよ。確かに憧れだよ。

あたしだって、女の子だもん。…一応。





「ふふふー。今度、詳しく教えてね?ニブルヘイムのことも。兵士だった時のことも。ザックスって人の話とかも」

「…情けない話ばかりだから、少し気が引けるな」

「そうかな?格好悪くてもいいじゃん」

「良くは、ないだろ」

「うーん…。でもクラウドって自分が思ってるほど格好悪くもないと思うけどなあ」





にいっ、と笑いながら言えばクラウドは、その綺麗な瞳を少し泳がせ始めた。

もしかして、うろたえてる?





「……そんなこと、」

「あるよ。だからもっと自信持ってよ」





…なんか、ちょっとだけ可愛いなと思った。

確かに、クラウドの心は…強くない。
それはクラウド自身が一番わかってることだと思う。

だけど、格好いいの定義って別にそれだけじゃないよ。





「…情けたくったっていいじゃん。全然悪くないよ。自分のこと受け止めて、向き合ってさ。すごく良いと思う」





過去と決別したいって、強く前を見たのだから。
それに、まあ…あたしは財布のことしか昔のクラウドはわからないけど、今知る限りのクラウドの過去も…そんなに情けなく無いと思う。





「例えば…クラウドってソルジャーになりたくてニブルヘイムを出たんでしょ?」

「…それが、どうかしたか?」

「ソルジャーってさ、なるの大変なんだよね?その分、憧れる人も多かったって言うし」

「……ああ」

「だからきっと、なれないって決めつけて最初から諦めちゃう人もいたと思うんだ。ていうかミッドガルに来ること自体?」





あたしはもともとミッドガルに住んでたから…その辺の事情とか、よくわからないけど。

ミッドガルには、世界中から夢を追いかける人が集まってきていた。
でも結局、上手くいかなくて、挫折しちゃう人も多かったって。





「けどクラウドは、挑戦してみたんだよね。たったひとりで村を飛び出して。それってかなり勇気いるよね?」

「…身の程を知らなかった、とも言うんじゃないか?」

「ちょっとー。マイナス思考禁止!そんなこと言ったら今だってそうじゃん。前を見て、戦おうとしてる。しかもあのセフィロスと。少なくとも、あたしから見れば…格好いいと思うけどな」





確かに強くはない。

でも、それがわかってるから、もっともっと今より良くなりたいって思ってる。
過去と決別して変わりたいって、思ってる。それって、いいことだよ。

立ち向かおうと、してるじゃないか。





「だからあたしは…そんなクラウドのこと、応援したいって…思った。ちゃんと支えたい…。少しでも、力になれたらって…」

「……。」

「だからクラウドは…格好いいよ」





もう、今度は…絶対に。
この人の傍を、離れたくない…。

そう伝えたら、クラウドはこっちもわかるくらいに嬉しそうな顔をしてくれた。





「…ナマエがそう思ってくれるなら、それでいいかもな」





今度はあたしが目を開く番だった。





「ナマエがそうやって見てくれてるなら、俺はそれで充分だ…」

「…クラウド…、」





また、無器用そうに笑う。
そんなクラウドを見て、思った。

うーん、やっぱり…ちょっと思っちゃうよ。

だってあたしだし。





「…クラウドも物好きだね…」

「ナマエこそ自信を持て。そう言うならお互い様だ」





互い様。
そうふたりで笑ったら柔らかい空気が包んだ。

そしたら、また…感覚がなんとなくぼんやりとしてくるのを感じた。





「終わったらもっと、ナマエと色々話したい…」





クラウドはそう口にしながら、手を頬から少しずつ頭の方に上げ、撫でていった。
そっと、安心させるかのように…髪に触れる。

人に髪を触られると、なんとなく気持ちがいのは何でだろう。

それが、心地よくて眠気を誘う。





「うん…、もっともっと…いっぱい話そ」





…メテオとホーリー…。

星にとって…あたしたちが良いものなのか悪いものなのか…。
…それはわからない…。
本当は、わからないんだ…。

でも…信じようと思う。

だから…まだ。





「……だからこれ以上は…まだ聞かないし、教えない」

「そうだな…」





人差し指を唇に立てて笑う。
そんなあたしにクラウドも頷いて賛成してくれた。





「もう…ふたりとも…仲が良いのは良い事だけど、私、とっても気まずいよ」

「「!」」





その時、クラウドでもあたしでもない声がした。
それはあたしの背中の方から。

あああ!
そう言えば寝息してない!!
あれ!いつから!?





「ティファ!」

「…ふふふっ、もう」





ばっ、と振り向いたらティファはクスクス笑ってた。

い、いつから起きてたんだろ…。
結構調子に乗って色々言っちゃった気がする。

まあ、本心ばっかだから、弁解することもないんだけど。

…ちょっとずつ図太くなってる気がするぞ、自分で。





「…あ、」





そこで思いついた。

まだ暗さの残る空。
星も、少しずつ光を失ってきてる。

それを見たら、なんか…人恋しくなったし。





「…ナマエ?」

「どうしたの…?」

「えへ、真ん中の特権!」





あたしは右手にクラウド、左手にティファの手を取った。
そんでもって、ぎゅうっと握りしめて繋いだ。

ああ、なんかすっごく贅沢してる気分だ。





「えへへ〜、両手に花だよね〜」

「ふふ、なーに?それ」

「…というか、使い方おかしいぞ」

「細かいこと気にしなーい」





クラウドの突っ込みを笑って流す。
クラウドとティファに挟まれて手繋ぐとか何のご褒美ですかって話だから、あたしには。

ティファは相変わらずクスクスと笑いながら左手を握り返してくれた。

一方、右手のクラウドは…力を緩められた。

でも、放されたわけじゃない。
…むしろ、逆だった。

クラウドは、自分の指をあたしの指の間に通していった。
互いの指と指が、ゆっくりと絡んでいく。

そして強く強く握られた。





「………。」





自然と、頬が緩む。
なんだか凄く…安心した。





「…がんばろーね…クラウド…ティファ…」





ふたりとも大好きだ…。

最後だけは心の中だけで。

両手に感じる、それぞれの温度。
それを感じながら、あたしは、す…っと再び眠りに落ちた。

夜明けが来るまで、あと少し。



To be continued


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