ひとりぼっちの暗闇



「はー。なんかのどかな所だねー」





額に手を当てて見渡したのは、小さなゆったりとした村。

地図の南の端。
レッドXIIIが言っていた通り、そこには島が存在していた。
そして、その島にぽつんとひとつだけあった村…ミディール。

あたしたちは今、そこを訪れていた。





「はあ…あのエンジン音から離れられると思うとせーせーするね…うぷ」

「セトが言ってたの、きっとこの島だと思うんだけど…」

「…合っているだろう。先程、ライフストリームの話を耳にした」





降りたのは、ユフィ、レッドXIII、ヴィンセント。そしてティファとあたしだ。

シドが新人パイロットさんに操作を叩きこんでる真っ最中の為、エンジン音は消えないハイウインド。
ユフィはそれを聞いてるだけで気分が滅入るらしい。

レッドXIIはライフストリームの噴き出す場所ってのを唯一知ってるからってことで。

ヴィンセントは……お目付役…?
なんというか…ギミックアームの調整をしてるバレットに降りることを勧められていた。
ていうかお目付って何だ!失礼な話だよ、まったく!

…まあ、怒っててもしゃーない。
あたしはくるっと、ティファに振り返った。





「んー、とりあえず聞き込みでもしてみる?」

「…そうね。そうしよっか」





ティファは頷いてくれた。
あたしも「よし!」って力を入れて返した。

じゃあ誰に聞いてみるか…。

いい感じの人はいないかと辺りをもう一度見渡してみる。その時だった。





「…もう一週間にもなるかの。海岸に打ち上げられた…あの、ツンツン頭の若いの…」





聞こえてきた。

それは、村人のなんてことない世間話。
だけどあたしたちは全員、その言葉に反応した。

…ツンツン頭の、若いの…?





「ああ、酷いこっちゃが…でも、ありゃどうも変だで…。どでかい長剣、握りしめて…何や不吉な気がするんや。なんちゅうでも、ほれ…… あの、不思議な青い目…」





どでかい長剣。不思議な色の青い目。

聞こえた容姿に、どくん、と心臓が大きく波打ったのがわかった。

あたしが波打つ心臓を聞いていると、ティファは慌てておじさんたちに駆け寄った。





「ちょ…ちょっと待って下さい!今、何て!?すいません!今の話の若い人って…もしかして…」





ティファの慌てた様子に少し驚いた反応を見せたおじさんたち。
でも、すぐに詳しく教えてくれた。





「ああ…この先の海岸で村の者が見つけたんじゃよ…。…もう一週間前の事じゃ」

「可哀想に…。ありゃ、かなり遠くから流されて来たんやで…」





一週間前ってことは時期も合う。
しかも遠くから流されてきた…となると。





「この先の……ほれ、その治療所に…」





指さされたのは村の奥。
佇む様に建つ小さな診療所。

それを聞いた瞬間、ティファはパッと顔を上げた。





「生きてる…!クラウドが生きてる…!」

「あ!ティファ!」

「ちょっと待ってよー!」





ティファは駆けて行った。
その診療所に向かってまっすぐに。

…クラウド、いるの?





「あ!ナマエまで!」

「だから待てったらー!」





ユフィとレッドXIIIの声が後ろで聞こえた。

正直、無我夢中。
あたしもティファと同じように診療所に飛び込んでた。





「あのっ…!」

「おや…これはこれは。メテオでも降ってきたかね、お嬢さん方?」





すごく慌てたティファとあたしを見て、中にいたお医者さんは少し落ち着きなさい、と意味をこめて冗談を飛ばしてくれた。

眼鏡の優しそうなお医者さん。

そこで我に返った。

そ、そうだ…落ち着け。
ちょっと深呼吸する。少し落ち着いてから、ゆっくり尋ねた。





「あ、すいません…。あの、ここに1週間前から男の人がいるって聞いて…」

「ああ、あの若者のことかね?」

「えっと…金髪で、青い目の…」

「ああ、そうだ。隣の部屋だよ。ただ、まだ具合が…」

「いるんですね…!」





クラウドが…生きてる…。
生きてる…生きてる…!

そう思ったら、何かがこみあげて来てティファと顔を合わせた。

今まで怖がってた事とか何も…何も考えてなかった。
まるで吹き飛んでっちゃったみたいに。

嬉しいって気持ちが、何よりも勝った。

だから…ただ、気持ちに突き動かされるままに…あたしは隣の部屋に駆けこんでた。





「クラウド…!」





呼びながら、覗きこんで。

すぐ見えた。

…たった7日なのに、酷く懐かしい金色。
そこで、また込み上げた。

金色が揺れて、あげられた顔。
ゆっくりと…青い目が見えた。





「クラウっ……、ド…?」





でも…その青い目を見た瞬間…。
歩み寄ろうとしたあたしの足は…ぴたっと、止まった。





「う……ああ……?」





返ってきたのは呻く声。

青い目は宙を泳いでる。
…どこも、何も映していないかのように。



………な、に…?



あたしは、自分が固まったのを感じた。





「ど…どうしたの…?クラウド…」





言葉も出なくて固まっていると後ろからティファの声がして、皆も診療所に入ってきた事に気付いた。

ティファはあたしを過ぎて、車椅子に座るクラウドの前に膝をつく。
そして懸命に呼びかけ始めた。





「クラウド、クラウド…!」





だけど…クラウドはどこも見ない。

あたしは皆と、その様子を後ろから茫然と見てた。





「あ……ぐげ……?」

「クラウド!どうしちゃったの…!?」

「魔晄中毒だよ…。それも、かなりの重度の、ね…」





ティファの叫びに返ってきたのは、クラウドではなく先生の言葉。

先生は眼鏡の奥で目を伏せながら説明してくれた。





「どうもこの若者は強烈な魔晄エネルギーに長時間さらされたようだな。恐らく、自分が誰なのか、自分が今何処にいるのかすら理解していないだろう…。可哀想だが、君達の声も届いてはいまい……」





…魔晄中毒…。
強烈な魔晄…、確かにガイアの絶壁に溢れていたのは大量のライフストリーム。

自分自身がどこにいるのかわかってない…。
名前を呼んでも、届いてない。





「本当の彼は別の場所にいるんだ。誰も行った事がないような遠い場所に…ひとりぼっちでね…」





あたしは、唖然としていた。

クラウドは…今、ひとりきり…。

心がどこかに行ってしまった。
壊れて…消えちゃった…?

ティファは、クラウドの前に蹲った。





「どうして…?どうして、こんな事に…!」

「ティファ…」

「お願い、クラウド…答えてよ…」





かたかた、震えるティファの肩。

あたしはどうしていいのかわからなくて、胸を抑えてそれをじっと見てた。





「………私のせい…?」

「…え…?」





でもその時、ティファが呟いた言葉に…耳を疑った。





「私のせいだ…っ」

「ティファ…?」

「私が、私があの時…、クラウドを…っ。もっと、もっと早く確かめてたら…!」





蹲ったティファは、自分を責め始めた。

違う…そんなことない。
ティファのせいじゃない…。

だけどそれを見たてら、無性に苦しくなった。

……見てられなくなった。

だからあたしは先生に目配せした。
先生はすぐ理解してくれて、クラウドとティファを残し、皆と隣の部屋に移って貰った。





「…あの、クラウド…彼の症状って、どうなんですか…?治るんですか?」





隣の部屋で、あたしは先生に聞いた。

クラウドの症状と改善させる方法…。重要なのはそこだ。
でも…あんなティファの前でこの話するの、気が引けたから。

すると、先生は包み隠さずに教えてくれた。





「繰り返すが彼は重度の魔晄中毒だ。あそこまで酷いのは、私も見た事がない…。魔晄エネルギー内に潜む膨大な知識の量…それがいっぺんに彼の頭の中に流れ込んだんだろう…。普通の人間には耐えきれるものじゃない…。…生きてるだけでも、奇跡だ」

「嘘でしょ…?」

「何て、酷い…」

「……。」





聞いて、ユフィとレッドXIIIが俯いた。
ヴィンセントは黙ったまま。

…生きてるだけでも…奇跡、か…。





「しかし、どんなところにも希望の光はある。諦めては、いけない。いいかい、君達が希望を捨ててしまったら…一体彼は何処へ帰ればいいというのかね?」

「……そうですね。そうですよね」





先生の励ましにあたしはゆっくり頷いた。
だって…その通りだと思ったから。

だから、もう一度クラウドのいる部屋に戻った。





「ティファ」





黒い髪のかかる肩を、ぽん、と叩く。
振り向いたその顔に、あたしはニコッと笑みを向けた。





「ね、ティファ。ティファはここに残れば?」

「…え?」





そして、ひとつの提案をティファに挙げた。





「ティファ、自分のせいだって思ってる。あたしはそうは思わないけど…。でも、ティファは誰がいくらそう言ったってきっと負い目を感じ続ける。そのままじゃ前に…きっと進めない」

「………。」

「だったら、気の済むまで看病しちゃおうよ!クラウドもひとりじゃ寂しいだろうし。ね?」

「え、でも…」

「知ってるはずのこと知らなくても、知らないはずのこと知ってても。その逆だってあったんでしょ?」

「その、逆…」





にいっ、と笑う。

そうだよ。
クラウドがティファの幼馴染みなら…それを確かめてみる価値は絶対ある。

前に言ってたしね。
給水塔でソルジャーになるって話、聞かされたって。

そしたら、伝わったみたいだ。
ティファの目は、少し光を取り戻した。





「そうね…そうよね」

「うん!あたし達はさ、ハイウインドに戻って皆に伝えてくるから」

「え…、ナマエ…?」

「んで、今後の事色々考えながら待ってるよ。時々見に来るからさ。クラウドの事、頼みました!じゃあね!いこ、ユフィ、レッド、ヴィンセント」





ひらひら手を振って、あたしは足早に診療所を出た。

そのまままっすぐ。
村の外に止めてあるハイウインドに向かって、まっすぐ歩いていく。

後ろからは、追いかけてくるユフィ達の足音が聞こえてきた。





「ナマエ待って!」

「ナマエ!」





くん、
呼びとめられて…腕を掴まれた。

振り返ったら、掴んできたユフィに言われた。





「ちょっと待ってよ、ナマエは残んなくて良いわけ?」

「え、なんで?」

「なんでって…」

「…クラウドの事、心配じゃないの?」





レッドXIIIに見上げられた。
傍にしゃがんでまた、赤い毛をぽんぽん、と撫でた。

愚問だな、それは。





「そりゃ心配だって。皆と一緒。でも、あたしが残る必要はないでしょ?クラウドの事は、ティファに任せておけば平気平気」





笑みを作ったまま言う。
だって、暗い顔してたら…不運呼びそうだし。

それに、どう考えてもそれが一番だと思う。





「竜巻の迷宮でさ、クラウド言ってた。自分自身がわからなくなることあるけど、ティファは久しぶりねって言ってくれたから。だから俺は、どんなに自分がわからなくなってもニブルヘイムのクラウドなんだ。それは真実だろってさ」





希望は…きっと、あるよね…。

クラウドは人形じゃない…。
あたしは、そう思う。





「あたし…クラウドが創られたなんて…思ったことない。だから、そう思ってた自分の事、信じるよ」





…まずは自分を信じないとね。

でも…クラウドの心が壊れてしまったのは事実。
からっぽに、遠くにいってしまった心を取り戻すには、どうすればいいんだろう…?

その希望の可能性があるのは……ティファだ。





「ティファならきっと、やってくれる気がする。クラウドがティファの幼馴染みなのか…ちゃんと証明できれば、きっと…戻ってこれるよ。それはティファにしか出来ない」





そう言うと、ヴィンセントの赤い目にじっと見据えられた。





「ナマエ…どうした」

「へ…?」





見据えたまま尋ねられて、なんかちょっとだけ、どきりとした。
でもすぐに肩をすくめる仕草を見せておどけた。





「何がさ?もうなにヴィンセント!そんなじっと見られると照れるよ!」

「………。」

「ぼーっしてるだけじゃなくてクラウドの回復待つ間に出来る事ってあるよね…?あたしたちはそれ、探せばいいんじゃないかな?こんな状況だからこそ、それぞれ自分の出来る事やらないと」

「それは、そうかもしれないけど…」





立ち上がると、またレッドXIIIに見上げられる。

そうそう、出来る事ならきっと…他にある。
それぞれすることが。





「だから、あたしは自分に出来ること探して…信じて待つよ。クラウドは、ちゃんと帰ってくるってさ」





きっと、それが一番だから。
そう思ったら、ユフィとレッドXIIIになーんか変な目で見られた。





「…ナマエ、なんか変…」

「…うん」

「だーかーら、なーにがだっての!」





うーん…。このメンバー、ウータイ行った時の面子だからかな…。
なんかこう…疑われてる感じ。

誤解と勘違い…、じゃないけど。

取っ払うのは…難しそうだな…。





「まあ百歩譲って…。ていうか、あたしがここいたって…何も出来ないしさ」

「……え?」

「何もって…なんだよ」

「だーかーらーすることない奴がいても邪魔なだけでしょってこと。他の出来ること探した方が、ぜーったいクラウドの為にも繋がるし。あたしにはここで出来ることなーんもに無いの!おわかり?」

「………。」





そう…ここには、あたしに出来る事はない。

今あたしたちが持ってるクラウドの手掛かりは…ティファの幼馴染みなのかということ。
それを確かめられるのはティファだけだ。

だから、他に出来ることをするのが一番でしょ?





「大丈夫。クラウドは…帰ってくるよ。ていうか帰ってきてくれなきゃ困る!だってあたしのボスだもん!あたしプー太郎になっちゃうよ!だからほら、早く戻ろう!」





あたしはそう3人に呼びかけて、ハイウインドの走り出した。

でも、その時…頭でこだました。





《俺には…信じてくれる人がいる…。ナマエは、俺を信じてくれてる…。そうだよな?》





ぎゅっと…胸を押さえる。
心臓が、音を立てた。



To be continued


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