オーファンズ・クレイドル


エデンのセントラル…中枢議事堂に辿りつき、騎兵隊がいるであろう祭祀堂に踏み込んだルシ一行。
目指していたゴールにやっと、あたしたちはたどり着くことが出来た。

さあ…早く騎兵隊を止めなければ。オーファンはどこに?
そんな気持ちが心を焦らせる。

だけど…踏み入ったその部屋を見て、あたしは少し違和感を覚えた。





「ここが…ゴール?」





違和感を確かめように辺りを見渡す。

じゃあ…その違和感とは何か。
それは…この場所が、あまりに静か過ぎることだった。





「辿りついてたら、そこにいるな」





騎兵隊を探すように、ファングが奥に目を凝らす。

すると、そこから足音が聞こえてきた。
でも、その足音は…人のものじゃない。





「あっ…」





奥から出てきたもの…。
…そこに居たのはシ骸だった。

皆の表情が驚愕したものに変わる。
あたしも思わず言葉を失った。

此処にシ骸がいる…。

つまりそれは、ここに来た騎兵隊の人たちが…シ骸にされてしまったということ。

その光景に、皆が怒りを覚えているのを感じた。
でも、それも長く続かない。

直後、急に地響きが鳴り、壁際にあった3体の女神像が輝きを放った。
その輝きは辺りを包み、そしてぐにゃっと空間が歪むような…変な感覚に襲われた。

あたしたちは思わず、光に眩んで目をつぶった。





「へ、此処…どこ?」





そして…光に眩んだまぶたを開くと、そこは先ほどの祭祀堂ではなかった。

本当に空間が歪んだのか。
まるで異世界に飛ばされてしまったみたい。

全体的には赤い…。
遺跡のようであり、でもそれとは相容れない電子回路のようでもあり…。
なんとも例え辛い…、そんな場所にあたしたちは立たされていた。

でも、ただわかっているのは…これはきっとファルシの仕業だという事。
つまり、バルトアンデルスは導いているのだろう。

だからこの先には、きっと…奴が居る。





「行くぞ。消えた命も想いも、継いで見せろ」





意思を確かめ、固めるようにライトは言う。
全員、それに頷いた。

なんとなく、きっと皆が感じてた。

もう、終わりはすぐ傍だと。





「終わらせましょう。ファルシの楽園を」

「うん…」





近づく終わり。
そんなホープの言葉を聞き、手を握り締めながらあたしは足を動かし始めた。





「やりきれないね…。シ骸にされた人たちも、犠牲者なのに…」





歩きながら、ヴァニラは呟いた。

それは、先ほど見た騎兵隊たちのシ骸も含め…今までの人々全員を思う言葉。

ボーダム遺跡から…ここまで、いくつもの場所でシ骸を見た。
この異空間にも、その姿は伺える。

ヴァニラはそういう、いくつもの犠牲を思い出しているんだろう。

そんな彼女を見て、ホープは言う。





「それがバルトアンデルスの狙いなんです。僕たちを傷つけて、追い詰めて…心が弱ったところで、使命を果たさせる」

「…だね。今まで何度も揺さぶってきたし」





あたしもその通りだと言うように頷いた。

…だって、思い当たることはいくつもある。

さっき、議事堂に入る前…「家族に会いたいだろう」とセラとドッジくんのことをチラつかせたのだって、そういう魂胆なんだろう。

人間の心は、弱れば弱るほど、付けこむ隙が生まれる。
何かに頼って、しがみつきたくて堪らなくなる。





「考えようによっちゃ…心があるっていうのは、人間の最大の弱みかもな」





サッズはそう言い、軽く息を吐いた。





「けれど、最後の武器でもあるんだ」





ライトはサッズの言葉にそう重ね、一足先を進んだ。

心は…最大の弱みで、最後の武器。
心があるから、弱くもなるし、強くもなる。

だからあたしたちは今、進んでいる。

それを、最後の武器だと信じて。

誰かと一緒にいたい。守りたい。
生きていきたい。

そう思うから、人は壁に立ち向かっていける。





「ファング、どうしたの?」

「いや…、時間がねーと思ってな」





その時、ファングが立ち止まっていた事に気付いたヴァニラが駆け寄った音が聞こえた。

ファングが言った、時間が無いという言葉…。
それは、ヴァニラの足に刻まれた…ルシの烙印のタイムリミットを言っているんだと思う。

ファングの印は焼け焦げているから、ファングは自分より…他の誰かがシ骸になってしまうのを一番恐れてるんだろう。

特に…ヴァニラの印は、もう目が開く直前段階まで来ているから。

そして…その段階まで来ているのは、もうひとり。





「……。」

「ナマエさん?」





あたしはホープの左手首に目を向けた。
ホープはそれに気付いたようで、あたしの顔を見て首を傾げる。

あたしは…ホープの手首に巻かれたスカーフの下に覗く、ルシの烙印を見ていた。





「…僕の烙印、気になります?」





気付いたホープは手首に触れ、あたしに尋ねてくる。
あたしは小さく苦笑いした。





「…ちょっと、ね」





ホープの烙印。
それはあの時…グラン=パルスで倒れた時にはもう、直前段階まで進行してしまっていた。

彼の心は…もうぎりぎりなのだ。

あたしの烙印もそれなりに進行はしていたけど、まだ少し余裕は持っている。
だからあの時…グラン=パルスで自分とホープの烙印を見比べて、ゾッとしたことはよく覚えていた。





「大丈夫ですよ」

「え?」





でも、その時ホープは笑った。
まるで、あたしの心配を拭おうとするような、そんな優しい声で。

思わずきょとんとすると、ホープはあたしの手を取った。
…そして、静かに囁いた。





「約束…しましたから。貴女の傍にいるって…」

「…ホープ」





…約束。

お互いに、思い出す。

あたしが、ディアボロスを呼び出す直前。
あの時の…あたたかい夜のこと。





「だから、ナマエさんがいるなら僕は…シ骸になんか、ならない」





彼は、言い切ってくれた。

ホープは、あたしがこの世界にある限り…傍にいると言ってくれた。

決してひとりにはしない。
あたしが、望むのなら…って。





「ねえ、ナマエさん…」

「…うん?」

「僕、放しませんから…。だから…」

「……。」





ホープは、取ったあたしの手にもうひとつの手を重ね…包むように握り締めた。

その時、ホープが何を言おうとしてくれているのか…なんとなくわかった。

ホープは言おうとしてくれている。

最初…出会った日。
ルシにされる前に、あたしが言った…あの言葉。

あの時は、こんなに大きな意味を持つなんて思ってなかった。
ただ、見えない恐怖を少しでも和らげようって…そう思って言っただけ。

でも今は、こんなにも…。
こんなにもこの手をに、ほっとする…。

…放したくないと、心から思う。





「うん。あたし、放さないよ」

「えっ…」





だから、ホープに聞かれる前に言葉を返した。

先に言われ、ホープは目を丸くする。
その顔を見て、あたしはちょっと笑った。





「だから…ホープにも、放さないで欲しい」

「ナマエさん…」





あたしは、君の手のひらを望んでる。
他の誰でもない、ホープの手を。

そう伝えたあたしの笑みを見ると、ホープもすぐ笑ってくれた。

そして…包まれる力が、強くなったのを感じた。





「…絶対、放しませんから」

「うん…」





くれた言葉に、確かに頷く。
包まれた手は本当にあたたかい。

…最後の戦いは、すぐ、目の前に。



To be continued

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