「スノウ…大丈夫?」
「ああ、大丈夫、大丈夫。それよりほら、前。頼むわな」
「……うん」
気を失ったホープを背負うスノウ。
ふらつく体を気遣えば、スノウはいつものようにニッと笑って見せた。
《ホープ!スノウ!》
屋上から落下したふたりの元へ向かうと、そこでは二人とも気を失って倒れていた。
その時ほどヒーラーの能力を欲した事はない。
回復する術のないあたしに出来たのはふたりに呼びかける事だけ。
声を掛けて、先に目を覚ましたのはスノウだった。
スノウは状況を思い出すと、ホープを背負い、追手が来る前に進むと口にした。
でもその足はどこかおぼつかない。
ホープを庇い、下敷きになって落下したことを考えれば、それは当然と言えた。
《スノウ!ホープならあたしが背負うよ!ホープなら背負えると思うし》
《はは、大丈夫。どってことねえよ。それよりさ、前で敵の確認頼めるか?ナマエ、ホープを背負ったまま戦える自信は無いだろ?》
《それ、は…。でもっ》
《…頼む》
《!》
《頼まれたんだ。…ノラさんに。息子を守ってくれって…》
《…スノウ》
《だから俺に背負わせてくれ》
その時のスノウの顔は真剣そのものだった。
ホープのお母さんとそんな会話を交わしていたのは初耳。
だけど、ここまで言われたら拒否する理由も…もう、ない。
あたしは頷き、周囲の確認に神経を寄せた。
それからかれこれ数分は歩いただろうか。
大砲なんて撃ち込まれたから心配だったけど、幸い敵と遭遇することは無かった。
多分、その理由は、少し離れた場所から響いて来る爆撃の音。
「姉さんたちか」
「ライトとファング、大丈夫かな。ふたりが引きつけてくれてるお陰でこっちは襲撃が少ないんだろうね」
「かもしれないな」
「…う、ううん…」
その時、スノウの背から小さく声が聞こえた。
ライト達がいる方角から目を離し、はっと彼に目を向ける。
そこには、ゆっくり瞼を開いたホープがいた。
「ホープ!」
「…ナマエ…さ…?」
「よう」
「…っ!」
駆け寄ったあたしが一番に視界に映ったのだろう。
とろん…瞳であたしを見つめ、その直後にスノウに声を掛けられる。
スノウの声を間近に聞いたことで、彼に背負われている自分に気がついたらしい。
ホープは目を見開き、ガバッと飛び起きた。
「あ…なんで、僕を…」
お前が母親を殺したと強く罵った。
挙句にはナイフの刃を振り降ろそうとした。
そんな自分を何故助けているのか。
スノウはただ、正直に答えた。
「守ってくれって頼まれた。義姉さんと、それから…ノラさんに」
ノラさんと口にした時、スノウの表情は苦いものに変わった。
さっき話していて少しスノウの心境もわかった。
スノウは、ノラさんの手を離してしまったこと…守ってと言われた、その息子をことを、ずっと気に掛けていたのだと言う。
「…すまなかった。ノラさんは…俺のせいだ。俺が馬鹿で巻き込んだ。謝るよ…償わせてくれ」
「…償えないって言ったのに」
「謝ってどうなるとか、ひでえ事も言ったな。どうすれば償えるのか、全然わかんねえでさ。それで謝れなかった。責任取りようもねえのに、言葉だけで謝っても意味ねえよって思ってた。前に進んで償う方法を見つけないと、俺には謝る資格もねえんだって」
「………。」
「でもお前言ったろ、前に進むってのを言い訳にして俺が責任から逃げてるってさ。アレ、効いたわ」
赤裸々に語られていくのは、今までずっとすれ違っていた本音の声。
やっと、ふたりの声の本当の意味が、互いに届き始めた気がする。
だからあたしは黙ってその様子を見ていた。
口出す必要は、どこにもなかったから。
スノウはホープを抱え直し、そして自分の思いをきちんと伝えた。
「なあ、ホープ。俺の責任は俺が背負う。逃げずに背負って、絶対償う。…ほらよ。これ、義姉さんのだろ?」
「あ…、どうして…」
スノウはコートのポケットからあのナイフを取り出し、ホープに手渡した。
落下の瞬間にホープの手から離れてしまったそれを、スノウは拾い、大事に持っていた。
「それ、セラが義姉さんに贈ったんだよ。お守りにってさ。義姉さんはそういうものをお前に預けた。だったら、お前が持つのが当然だろ。」
ライトがホープにお守りと言って手渡したナイフ。
もともとはセラがお守りとしてライトに贈ったものだった。
もしかしたら、ライトがこれをホープに渡した時…ホープを励ますことだけじゃなくて、もっともっと深い意味があったのかもしれないって…今更気がついた。
「償う方法、探すから…少しだけ時間をくれ。どうしても駄目だったら、お前が納得出来る様に責任取る」
身を捨ててまで自分を庇い、守ったスノウ。
そんな彼の思いをしっかりと身に受けたホープ。
「…帰ってこないよ」
「……。」
「あんたに責任取らせても、母さんは帰ってこないよ」
「……ごめん」
俯き、もう一度謝罪を口にしたスノウ。
でも…今のホープの言葉には、怒りなど滲んでいなかったと思う。
ずっと目を逸らしていた結論。
頭ではわかっていたけど、逸らし続けたその意味に…ホープは向き合おうとしていた。
「最初からわかってたんだ…。ナマエさんが止めてくれてた意味も…ちゃんと、わかってたけど…」
ホープと目が合う。
…言葉に出来ない、例えがたい表情をしてる。
その表情を見て、あたしは少し…胸が詰まったような、そんな感じがした。
「誰かのせいにして、憎んで…目的がないと、戦えなくて…」
涙声で、ナイフを握り締めるホープ。
大切なお母さんを失った悲しみと、立て続けに起こった事件は、ホープを絶望に追いやるには十分すぎた。
だから、何の意味もないとわかってた…かりそめの復讐心に囚われた。
立っているために、心に押しつぶされないために…縋るしかなかった。
「誰かじゃなくて、俺のせいだろ。俺に償わせればいい。償わせるまで生きのびてさ…」
やっと、和解が見え始めたふたりの心。
でもその瞬間、スノウは体に激痛を覚え、倒れこんでしまった。
「スノウ!」
「いけねえ…」
あたしが駆け寄ると、スノウは大丈夫だと手を制し、背負っていた彼に目を向けた。
そこにはちゃんと自分の足で立っているホープの姿。
「なんだよ…、立てるじゃねえか。元気で…安心した」
スノウが体を張って守ったホープの体はほとんど怪我をしていなかった。
それでも落下して気絶したことは事実で、だから彼の立つ姿を見て安心したのだろう。
「俺も…少し休んだら…」
壁に寄りかかりながら、大きく息を吐いたスノウ。
でも安堵は長く続かなかった。
スノウはハッとしたように顔色を焦りの色に変えた。
スノウの変化を見て、あたしたちもそちらに目を向ける。
すると空から、巨大な軍用兵器が近づいてきていた。
「逃げろ!早く行け!コイツは俺が…、ッ!!」
「スノウ!?」
「スノウっ!!」
スノウは痛みを押さえ、あたしたちの前に出ると構えを取った。
でもそれは無茶なあがき。スノウは敵の一撃をくらいふっ飛ばされ、強く壁に叩きつけられ気を失ってしまった。
それを見たホープは、ぐっと拳に力を込めた。
「無理ばっかして…馬鹿じゃないか」
「ホープ…」
「あんたが…あんたが死んだら償えないだろ!!」
この瞬間、ホープの中で何かが変わっていた気がした。
声に出してちゃんとスノウと向き合ったことで、ホープの中で整理がついたのかもしれない。
頭のどこかでは理解していた復讐の無意味さも、やっと認める事が出来た。
身を呈して自分を守ってくれたスノウを今度は自分が守る。
取り出された黄色いブーメランを見て、そんな気持ちが伺えた。
そういうことなら…あたしも、全力で応援出来る。
「ホープ、手伝うよ!」
「…はい…っ!」
ふたりだけの戦い。
正直、不安でいっぱいだ。
だけど、あたしたちは覚えたから。
…やるしかないならやるだけだ!ってね。
大きな軍用兵器を前に、あたしはホープと前を見た。
To be continued
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