君の手


「帰る方法、まだ見つからないんだな」

「うん…まあ、もともとそんな簡単にいくとは思ってなかったけどね」

「はははっ!確かに、すっげースケールのでかい話だもんなあ」





パルムポルムの街を進んでいく中、スノウは相変わらずあたしの話を信じてくれているようで、ちっとも疑うことなく話をしてくれた。

いや、本当に本当のことだからこんな風に接してくれるのは凄く嬉しいのだけど。

ただ今は…一番後ろを歩く彼の事が気がかりでならなかった。





「雰囲気、変わったよな。甘えた感じが無くなった」





身をひそめ、街を回るPSICOMを確認しながらスノウはホープを見てそう言った。

…確かに、出会った頃と比べればホープの表情は変わった。
しばらく離れていたスノウから見れば、その変化は余計にわかるのかもしれない。





「ルシだから戦わないと」





ホープは少し荒めの声でそう答えた。

戦わないと…か。
でも、その変化の理由が理由だけに、喜んでいいのかはよく分からない。

それを聞いたスノウは様子を敵の様子を伺ったまま小さく笑った。





「軍隊なんかと戦うのは、馬鹿だけで良いんだよ」





言葉の選択、敵に意識を向け過ぎてホープの表情に気づいていない事。
色んな意味で、あたしはその言葉に固まった。

ちょ、う、あ…それ…絶対まずいよ…!

そっと目を向ければ、現にホープの表情は怒りで険しくなっていた。

スノウの指した馬鹿は、自分のことを言っているのだとあたしには伝わった。
これはただ自分のことを嘲笑っただけなのだと。

でもホープにとってはきっと違う捉えた方が出来てしまう。
まるで武器を取り戦った自分の母親を嘲笑われたと解釈してもおかしくない。





「戦うのは馬鹿なんですか?」

「…死んじまったら意味ねえよ」






ちょ…。

ちょっと待ってって…!
それも絶対まずいってば…!

すれ違いが酷くなっていくホープとスノウの会話にあたしは頭を掻きむしりたくなった。

スノウには全然悪気なんか無い。
でもその言葉のひとつひとつがホープの神経を逆撫でしてしまってる。

とにかく、何か言わないと…!

頭の中は真っ白だったけど、今はフォローしなきゃまずい。
だからあたしは慌てて会話に口をはさんだ。





「そ、そんなことないって!全然馬鹿とかじゃないと思う、うん!何かを守りたいって思えるの格好いいじゃん。ね!」





何と言うか…もう少し気のきいたことが言えないのかと自分でも思う。

でもまさかこんなに地雷を踏みまくるだなんて思いもしなかった…。

何事も壊す事は簡単だ。
だから一度深く残った怒りも治める方が難しい…。





「ともかく、お前たちは無茶すんな。戦いは馬鹿に任せとけ。ノラは軍隊よりも強いってな!」




スノウからしてみれば気遣いの言葉なんだと思う。
彼はホープの怒りに気がつく事もなく、先に歩いて行った。

あたしは恐る恐るホープの表情を伺った。





「あいつ…笑った」





ホープは歩き出したスノウの背中を睨みながら呟いた。
その手に握られていたのはライトから預かった折りたたみのナイフ。

それを見たあたしは急いでホープを制した。





「ホープ!」

「ナマエさん、見たでしょう…!?あいつ…笑ったんですよ!」

「考えすぎだって。ホープが思ってるような事、スノウは考えてないよ」

「………。」

「ほら、預かり物なんだから仕舞った仕舞った。行こう?」





なんとかホープを落ち着かせないと、本当に取り返しがつかなくなっちゃう…。

全然上手いフォローも入れられない自分が嫌になる。

何とかしなきゃ、何とかしなきゃ…。
ただ、そんな言葉を呪文みたいに頭で繰り返しながら、あたしは歩いてた。









「俺だ。どうした?」





しばらく歩いたころ、スノウの懐からピピピ…と単調な電子音が響いてきた。

スノウが取りだしたのは小さな二つ折りの棒のようなもの。
耳に当てて会話を始めたところを見ると、多分携帯電話みたいなもんなんだろう。

でも、あたしにとっては珍しいことに変わりない。

だから気を紛らわせる意味も込めて、いつものようにホープに尋ねた。





「ねえ、ホープ。スノウの持ってるアレ何?」

「…コミュニケーターですよ。離れた相手と話す事が出来るんです。ナマエさんの世界には無かったですか?」

「あ、ううん。似たようなのはあるよ。でも形が違うから、面白いなと思って。そっか、コミュニケーターって言うんだ」





ありがとー、なんて軽くお礼を言いながら視線をちらっとスノウに向けた。
スノウはファングやライトとそれぞれの状況を伝えあい、今後の合流場所についてを話しているみたいだった。

…きっとライトもホープの事を気に掛けていると思う。
だから今のうちに少しでも、ホープの気持ちを落ち着かせよう。

あたしは「ホープを見ていてくれ」と頼まれた事をよく思い出し、気持ちを焚きつけてホープの顔をそっと覗きこんだ。





「ねえ、ホープ。スノウ、あたしたちのこと守りながら進んでくれてるよね」

「……それが、なんですか」

「それ見て何も思わない?何も揺れない?」

「…………。」





ホープは黙ってしまった。

此処に来るまでスノウはずっとあたしたちを庇うように前を買って進んでくれている。
その背中は当然ホープの目にも映っているわけで、自分を守りながら進んで行くスノウとどう接するべきなのか悩んでるのは見て取れた。

ホープは結局、何が正しいのか、ちゃんとわかってる。
だからその気持ちに賭けるしかなかった。

それが彼を追い詰めているのだとしても、復讐だけは駄目だ。

あたしが追い詰めているのなら、何か別の…そう、ホープがどうにか笑えるようなことを。
復讐を諦めた後で、気力を無くしたホープの為にあたしが出来ることなら何でもしよう。

今はそれだけ決めて考えて、進んで行くしかなかった。





「合流場所はホープの家だ。フィリックス街の35のAだったか。もし迷っちまったら案内頼むな!」





会話を終えたスノウはコミュニケーターを仕舞い、ホープに笑いかけた。

ホープはただ視線を逸らして何も言わない。
スノウはそれを気に留めることなくいつも通り笑って「じゃ、行くか!」と再び足を進め始めた。


大通りに出ると、パルムポルムの街はすっかりPSICOMで溢れていると実感した。

市民は聖府軍に避難を促され、誘導されているようだった。
それを目撃した時、スノウは「避難という名目で連行し、人々をパージするもりだ」と今のこの現状を教えてくれた。

この街も、ボーダムのように惨劇に包まれることになる。

ルシの潜伏先だと報道されたこの都市も、もうコクーンの人にとっては恐怖の対象でしか無いのかな。





「お前たちを守れと言われてる。だけど皆も助けたい。どっちを守るか難問だよな。馬鹿野郎には解けねえや。無理は承知で両方守る。悪いけど、付き合ってくれねえかな」





スノウはあたしとホープにニッと笑いながらそう言った。

この人はどこまでもこうなのだ。
自分の目の前で困ってる人がいたら放っておけなくて、手を差し伸べなくては気が済まない。

そう…底抜けに、こうなんだ。

スノウは駆けだすと、PSICOMのひとりを殴り銃を奪い取って、わざと悪役を演じて見せた。





「俺はパルスのルシだ!全員ぶっ殺してやる!!」





奪った銃を上に向かって乱射し、人々の恐怖を煽る。
ルシの登場に恐れをなした人々は絶叫しながら一目散にその場から散って行った。

これで…この人たちがルシ狩りの抗争に巻き込まれることはない。

スノウも心が優しい人だ。
この本位でない行動は彼にとっても辛いらしくスノウは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてた。

ルシを発見したPSICOMは兵を呼び集め、あたしたちを仕留めようと辺り構わず銃撃してくる。
これを市民がいたってやろうとするんだから、本当どうかしてるとしか思えない。





「ルシより、軍の方がよっぽどだよ…」





そんな呟きはスノウとホープにしか聞こえてない。
あたしにとってこのコクーンの秩序は異常としか思えなかった。

なんとか兵を退けると、さらに追手を呼ばれないうちにあたしたちはさっさと先に先に歩いた。

でもその途中、小さな路地に入ったところ。
ふと…ホープが足を止めた。





「ホープ?」





気がついたあたしは足を止め振り向く。
するとホープは路地の物陰を見つめていた。





「君…」





ホープの視線を追えば、そこにはひとりの女の子の姿があった。

緑色の…もしかしたらカーバンクルなのかも。
そんなぬいぐるみを抱きかかえ、怯える様に震えてる。





「大丈夫?」





ホープは女の子を気遣うように、そっと手を差しのべながら近づこうとした。

でもそんなホープの厚意は女の子には伝わってない。
彼女の目に映るのは、ただ、恐怖の色だけ。





「きゃああああ!!!」





女の子は悲鳴を上げ、持っていたカーバンクルらしいぬいぐるみをホープに投げつけた。

その行動にあたしは目を見張った。





「近寄らないで!」





そして聞こえてきた非難の声。
それは多分彼女の母親だったと思う。

声のした方を見れば、そこには手に武器を持った人々がこっちを睨みつけてた。





「ルシの野郎!」

「軍隊を呼んで来い!」

「娘に手を出さないで!」

「俺たちも戦うんだ!」

「コクーンを守るぞ!」





…本当に、ルシって恐怖の対象なんだな。

武器を握り、強く非難するその市民の姿に実感が湧いた気がした。
軍人はともかくとして、皆以外の人のルシへの反応を間近で見る機会ってよく考えたら初めてだ。

母親の姿を見つけた女の子は、そこで体が動いたのだろう。
必死になって立ち上がり、手を差し伸べたホープの体を突き飛ばし、ぬいぐるみを置き去りにしたまま母親のもとに走って行った。





「ホープ…!」





あたしは突き飛ばされたホープのもとに掛け寄り、ホープの肩に触れた。

完全な拒絶を見せられたホープは座り込んだまま唖然と人々の姿を見つめていた。

人々の視線は変わらない。
そこにあるのは酷い敵意だけ。





「くそっ…」





それを見たスノウは人々にルシの烙印を見せつけ、人々を動揺させた。

青く光るのは魔法の前兆。
スノウは人々が少し後ずさったのを確認すると、空に向かって氷魔法を放った。
その魔法は看板に当たり、それを落下させる。自分たちと人々の間に、看板を使って壁を作って見せたのだ。





「化け物だ!」

「殺される!」





その様を見て、人々の恐怖も色濃くなる。

よく物語である異端が拒絶されるのってこんな感じなんだろうな。

こっちからは何もしてないのに、勝手に怖がられる。
あたしはコクーン市民じゃないから多少は余裕があるけど、こうも敵意を向けられるとやっぱり切なくなってくる。

コクーン市民であり、今突き飛ばされたホープはきっと…もっと。





「…ホープ?」

「………。」





ホープは立ち上がると、傍に置き去りにされていたカーバンクルのぬいぐるみを手に取って、スノウが落とした看板の上にそっと置いた。





「…ごめん」





そして小さな謝罪を口にし、背を向けた。

振り向いたその時の俯いた顔は、とっても寂しそうで、悲しそうで。
すごくすごく…辛そうだった。

…その顔は、酷く心に焼きついた。





「逃げるぞ!」





スノウは軍の飛行兵器を利用し、あたしとホープを支えながら上空へと逃げてくれた。
下では市民の呼びかけを聞いたのかPSICOMが駆けつけて来ていて間一髪だった。





「奴らの裏をかくんだ。ここから歩いて行くぞ」





ひとまず屋根の上に着地すると、追手を巻くために屋根を歩いてくとスノウは提案した。

立ち止まればすぐに追っては来てしまうかもしれない。

こんなに追われてばかりじゃ、なんだか嫌になってくる。
…いや、捕まる方がもっと嫌だけど。

でも今はそんなことよりショックですっかり落ち込んでしまっているホープの事の方があたしは気に掛っていた。

うなだれる様に俯いたままのホープ。
やっぱりさっきの出来事は、ホープにとって相当ショックだったのだろう。

そりゃあんな風に思いっきり拒絶されたらショックに決まってるだろうけど…。

だからあたしは、ひとつ考えた。
…まあ、あたしごときではあるけれど…ちょっとくらいは紛れるだろう。

そう思いながら、あたしはホープの目の前に手を差し出した。





「ホープ」

「…え…?」





いきなりずいっと差し出された手のひらに、ホープは困惑したようにあたしを見上げてきた。
だけどあたしは手を差し出したまま、にこっと笑って見せた。





「手、繋ぎませんか?」

「て…?」

「うん」





頷く。

突然何を言い出すんだろう…?
ホープはそんなことを言いたげな顔をしている。

確かにわけのわからないことを言っているのは百も承知だ。

まあ…無理強いする必要はないし、それじゃ意味もない。
だから今度は苦笑いしながらちょっと手を引っ込めてみた。





「嫌?」

「え、あ…いや、そういうわけじゃ、ないですけど…」





ホープは首を振ってくれた。
それを見たあたしは再び笑みを浮かべ、また手を差し出した。





「じゃあ、繋いでくれませんか?」

「…いい、ですけど…」





まだ少し戸惑ってるホープ。
でも、あたしの差し出した手にゆっくりと自分の手を重ねてくれた。

ホープとは何度か手を繋いだ事がある。
恐怖を和らげるためとか、安心するためとか。

成長するにつれて、誰かと手を繋ぐ機会って減った気がする。
だから忘れてたけど、手を繋ぐってこんなにも収まるものなんだな。
パズルのピースみたく、ぴったりとはまるって言うか。

とにかく、受け入れてくれてよかった。

あたしはそれを確かめる様にぎゅっと繋いで、満足気に笑って見せた。





「へへ、よかった」

「…よかった?」

「うん」

「何がです?」

「うーん…何がだろうね?」

「…意味が、わかりません」

「あははっ、あたしは小心者だから、ちょっと心細くなっちゃっただけだよ」

「心細く…?」

「今まで…何度か繋いだよね」

「…え…?」

「その度…結構、安心したなって」





さっきは確かに…拒絶されてしまった。

だけど、あれはホープの優しさだ。
気遣う気持ちで差し伸べた手が、怖い手のはずがない。





「あたしは知ってる」





握りながら前を見て、あたしはそう一言、歩き出した。

怖くない。むしろ逆。

怖い目に会う度、握りしめた手。この手は恐怖を振り払う。
少し頼りないけれど、でも、安心出来るそんな手だと…あたしは知っている。

だから…ホープの手なら。
誰がどう言おうと怖がろうと、あたしは喜んで握る。




To be continued

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