ただ、傍にいたかった 「ふあーあ……」 欠伸が出た。飛空艇の甲板、あたしは今そこにいる。 眠気覚ましに。冷たい風が結構効く。というか気持ちいい。 「んむ…美味いなコレ」 リュックに貰ったアルベド印のお饅頭をモグモグと食べながら、空を見上げた。 ザナルカンド遺跡から出て、飛空艇に拾って貰ったあたしたちは今後の事を考えながら…少し休みを取ることにしたのだ。 遺跡探索にユウナレスカとの戦い。肉体的にも精神的にも疲れは溜まってるわけで。 疲れたままじゃ何をしても裏目に出ちゃうからね。 今日はそのまま、夜を迎えてしまった。 「…こんなところにいたのか」 「…おう?」 そんな時、後ろから聞こえてきた声にお饅頭をくわえたまま振り返る。 そのあたしの姿を見るなり、奴は溜め息をついてきた。 「…色気より食い気だな、お前は」 「ほっとけー!」 いつもながら嫌味を吐いてくれたアーロンのオジサン。 けっ!我ながら何と可愛くない態度! まあ、あたしに可愛いと言うステータスが存在するのかわからない…ってか言ってて虚しくなるからやめた! モグモグとお饅頭をヤケクソになってほうばる。 「んで、話ってなにさ。夜になったよ」 「そうだな」 ゴクンとお饅頭が喉を通ってから尋ねるとアーロンはあたしの隣に腰掛けた。 「なに、まあ昔話をな」 「ムカシバナシ?」 「…お前、俺の正体…いつから気がついていた?」 「え…?あー…気がついたのは最近だよ。ガガゼト登ってた時にふと。シーモアの言葉とか、異界の前に行ったときにアーロンが苦しそうだったなとか色々思い出して…」 「…そうか」 「あたし、なーんも知らなかったなあ。いや、知ってたのかもしれないのに…忘れてるのかな。どっちも結果的に変わらないけど…」 ゲームで、この結末をしていたのだとしたら。 そう考えると、やりきれなくなる。 ブラスカさんもジェクトさんも…アーロンも、あたしが呑気に元の世界に戻ってる間に…ザナルカンドで真実に触れて…。 何か…なあ。そんな事を考えたって、もう仕方が無いのはわかってるんだけど…。 するとその時、頭に大きな手が触れた。 「何か、変なことを考えているだろう」 「…変なことって何だし」 「…お前が何かを気にする必要はない」 あたしがもし元の世界に戻らなかったら何かが変わってた。そんなこと言うつもりなんて全然無い。 ていうかあたしが居たって何も変わらなそうだな…うん。 究極召喚の真実も知らないままブラスカさんやジェクトさんにあんな風に言われたら止められる自信無いし…。 「ただ…出来ることしたかったなって思っただけ」 「これからすればいいさ」 「……そっか」 アーロンの声にコクンと頷いた。 もう一度、ここに来られて良かったと思った。 ユウナやティーダと、何か出来る今に。 「あの時…」 「ん?」 すると、アーロンは別の話をはじめた。 あたしはアーロンの横顔を見る。 その声に、耳を傾けた。 「お前が消えたあの時…俺達は必死でお前を探した」 「え、本当に?」 「…諦めきれず、時間を費やした。しかし、見つからなかった。思えば…既にあの時、俺は後悔していたのかもな…」 「後悔?」 「ああ…そう言えばブラスカやジェクトが言っていたな。お前に会えたらよろしくと」 「…言うの遅ーい。それって再開した時に言う言葉でしょー」 「フッ…そうだな」 あたしがそう咎めるとアーロンは小さく笑った。 なんか、ちょっと元気出てきたかも。 あたしは悪戯する時の様に笑った。 「でもさジェクトさんとの約束、有言実行しちゃったんだねえ。死んでも守るって」 「まさに、な」 「そこまでして約束守るなんてねー。アーロンかっくいー!」 「……お前はまた」 「ふふふっ」 くすくす笑った。 まあ、ちょっとふざけてるのは認めよう。 けどそれは…本当に思ってること、なんだよ? 「でもさ、本当にそんなに友達の為に出来るって凄いよ。自分の事より友達の為にって言うか、本当に格好いいって思うよ?」 「……。」 「うーん…あ!そうそう、惚れ直した!なーんてね」 けらけら笑う。 何か開き直ってるなぁ、おい、あたしよ。 いいよ、だって本当のことだもんね! そんなあたしを見てアーロンはまた呆れたように息をついた。 「まったくお前は…」 「うふふっ」 「……友のため、か…」 「ん?」 そうしたら、何だか予想外の反応。 アーロンのサングラスの奥は、遠くを見つめる。 何か、思い出しているかのように。 「実際のところ…俺が留まったのは、ブラスカやジェクトの為だけでは無いのだろうな」 「え?」 「エボン=ドームで再び過去を見て…色々思い出してな。ユウナレスカに立ち向かった時、死ぬ間際に思ったこと…」 「死ぬ、間際…?」 「俺はキマリにユウナを任せたあと、意識が遠退く最後に…ナマエ、お前を思い出した」 「え…?」 アーロンがこっちを見た。目が合う。 そして、確かにこう言った。 「俺は、もう一度お前に会いたかったんだ」 目を、見開いた。 そして…微笑んだ。 「そーなの?おおー。それは嬉しいねー」 「……お前、意味わかってないだろう」 「ん?」 ニマッとしながら言葉を返すと、アーロンに今までにないくらい深い深い呆れた溜め息をつかれた。 え、何その反応。そう眉を潜めると、アーロンの手が頬に触れた。 流石に驚いて、そっとアーロンを見上げる。 すると、アーロンの目はじっと、あたしを見つめ、捉えていた。 「…お前が好きだと言っているんだ」 そして…囁かれた低い声。 それを聞いて、きょとんとした。 「…一杯やってきた?」 そして、あたしの口から出た言葉はそれだった。 「…お前と言うやつは…」 するとアーロンは更に溜め息ついた。 ていうか、ここまで来ると混乱の極みだ。 「い、いやいや落ち着けアーロン!」 「落ち着くのはお前だ」 「だって酒やってきたとしか思えないでしょ!?何言っちゃってんの!?」 「…頼むから落ち着いてくれ」 お前が好き。 今、アーロンそう言った? 好きって…好きって何さ…好きって! だって、あたしはマカラーニャの森で見事玉砕したんだぞ! …って、いやいや…玉砕どうこうの前に答えて貰おうと思ってなかったけどさ。 1人で死の螺旋ならぬ、混乱の螺旋に落ちていくあたし。 「あの、それは…どういった意味で…。友愛、ですか…?」 「…お前は友愛だったのか?」 「いや、あたしのは…」 「お前と同じ意味だ」 「…はあ。…そうですか」 「………。」 なぜか敬語で頷くあたし。 だって、やっぱり混乱したままで…。 …あたしは、いつ消えるかわからないから伝えておくことだけ、しておこうとした。 返事は望むことなく。 でもアーロンはちゃんと「応えられない」と答えてくれた。 後悔はしてない。予想してたし。それで満足した。 …それが全てじゃないか。 「いや…だって、さ…」 「…すまん」 「…アーロン…?」 「俺は…全てにカタがついたら異界にいくつもりだ。告げたところで…傍にはいることは、出来ない…」 「……。」 「だがお前は…こんな嘘、望まんかと思ってな…」 アーロンはそう言いながら、あたしの髪を撫でた。 でも、そのあとすぐ、自嘲的に首を振った。 「いや…違うな。これは俺のエゴだな…。マカラーニャでお前に想いを告げられたとき…いや、ルカで再開した時から本当は…腕に閉じ込めてしまいたかった。…だが、抑えた。もう、そんな資格は無いのだと」 「……。」 「一生守ると、幸せにしてやれると、その自信がなければ…想いなど、伝えるべきでは無かろう」 「……アーロン」 「だが…脆いな。一度触れたいと思ってしまうと…。すまない…お前の気持ちを振り回すような事をして」 その言葉を聞いた直後、頬に冷たさを感じた。 つー…と流れた涙。 スピラに来て、初めて泣いた。 アーロンはそれを指ですくった。 「…ナマエ…」 「ご、ごめっ…!違う!これは…えと、う…嬉し泣きだから!」 慌てて拭って、ぶんぶんと首を振る。 そして、自分でも驚くくらい食いついた。 「嘘じゃない?本当に本当に本気で言ってる?アーロンおじさん、あたしみたいな馬鹿娘OKなの?」 「フン…。…こんな冗談言わない、これもお前が言った事だ。そもそもその言葉はそのまま返すぞ」 「あたしはそんな冗談言いませんよーだ。あはっ…何だこれ、何かはっずいなあ…あははっ!」 何だか照れて笑った。 …アーロンは違うって言ったけど、合ってるよ。言うとおり。 いくら死人だからって…嘘つかれるなんて絶対嫌だ。 でも妙に恥ずかしくて、やっぱふざけてしまう。 「なんか変なのー。ていうか一生守るとか、幸せにする自信とか…あはは!やっぱ堅物だー!」 「…悪かったな」 「あはは、拗ねないでよー!でも…そういう堅さは、いいんじゃないかな」 「……。」 「それに…ええと…」 恥ずかしさで口ごもる。 だから少しだけ俯いて、小さく呟いた。 「うん、嬉しい…よ。そんな風に、思ってくれてたなんて…」 「……。」 「言ってくれて…ありがとう。アーロンの言うとおりだよ…。嘘なんていらない。本当なら、本当の気持ち…聞けて良かった」 「…そうか」 「うん。あっはは!もう、なんだこれ!」 凄く照れる。凄く照れ臭い。 でも嬉しい。凄く嬉しい。 感情が忙しくて、色々誤魔化すように、笑いまくった。 「…ぜーんぶ終わったら、異界、行っちゃうんだ?」 「……そうだな」 「そか。…んじゃあ、あたしアーロンの事見送るよ。アーロンの事、見届けたい」 「……。」 「いい?」 「……ああ」 「よし!じゃあやっぱ意地でもスピラにしがみついてなきゃね!」 再び、ニーッと笑みを浮かべて言い切る。 嬉しかったし、本当に言ってくれて良かった。 ちゃんと…この人を見送りたい。見送っていいんだってわかったから。 縛られた強い想いを解く手伝いしたいって、本当に、本気で思った。 「ナマエ…」 「ん?」 すると、アーロンは名前を呼びながら、あたしの頬にかかる髪をなぞり、そっと耳に掛けた。 その行動に、思わず心臓が跳ねる。 そして、サングラスの奥からこちらを見つめてきて、視線が絡む。 俗に言う、見つめ合ってる…状態。 思わず…かあ、と頬が熱くなるのを思いっきり感じた。 「…そんな見られると…照れるじゃないか…」 「……フン」 「…ふ、…あははっ」 やっぱり照れ隠し。 今の状況と、赤みを差した頬が恥ずかしくて、隠すように笑う。 「あはは、…はは…」 「……ナマエ」 「アー…ロン…」 だけど、そんな笑う声は…少しずつ、枯れるように消えていく。 そのまま…あたしは、思わずアーロンにしがみついた。 アーロンも、あたしの背中に手を置いて優しく撫でてくれた。 「アーロン…。…アーロン…っ、アーロン…!」 そして、何度も、何度も、アーロンの名前を呼ぶ。 じわじわと、胸が痛む。 その痛みが瞼に真っ直ぐ伝わるみたいで。 目が、熱くなる。 「ユウナに…過ぎちゃったこと気にしてもしょうがないって…あたしが言ったのにね…」 それは、マカラーニャの湖の底で…言った言葉。 もし、あたしが元の世界に戻らずスピラにいれたとして…何かが変わったとは思わない。 でも…アーロンの言う通り、変な事かばっかり浮かんで…。 「駄目だ…考えちゃうよ…」 「……ナマエ」 声が詰まる。上手く喋れない。 あの時、帰らなかったら。 もし、すぐにスピラに戻ってきていたら。 「アーロン…、苦しかったでしょ?1人で、残されて…抱えて…」 …ただ、アーロンの傍にいられたなら…。 一緒に考えたり、支えたり…そうする事は、出来たかなって…。 もしかしたら、敵討ちを、止めることも…。 そんなの全部、結果論。 そんなことわかってるよ。けど…考えてしまう。 ただ…ただ、あの時…。 「アーロンの、傍に…いたかった…っ」 涙が、止まらなかった。 To be continued prev next top ×
|