突然の別れ



「…遂に来たね、ナギ平原」




ブラスカさんが呟く。
広大な平原。歴代の大召喚士たちが最後にシンと戦ってきた場所。

…そして、その命も散る場所…。



「……アーロン」




あたしはアーロンを見た。
アーロンは首を振る。

何も思い付かない。
止めたい。そう強く願っていた。
しかし止めてたとしても…ブラスカさんは進み続けるだろう、最後まで。
ナギ平原を越えればその先はガガゼト山。そして…ザナルカンド。

時間はもう…残り少ない。




「よし、行こうか」




ブラスカさんは、丘の上からナギ平原をしばらく眺めて、そして歩き出した。

歴代の大召喚士や…ブラスカさんは、どんな気持ちでこの平原を見たのだろう。
だって、自分の…死に場所を見ると言うことだ。どんなに覚悟したって…怖いものは怖いはずだ。
…怖いに、決まってる。

あたしだったら堪えられないよ…。逃げたくなる。
…いや…逃げてくれた方が、どんなに良いか。
だって、そんな思いして欲しくないし、死なせたくない。

旅を止めた召喚士は後ろ指さされるって聞いたけど、そんなもの言いたいやつだけ言わせとけ!…って思うし…。

だから、ジェクトさんとアーロンと3人で街道を逆戻る中、何度もブラスカさんに促した。

単刀直入に言ったことだってある。「旅をやめないか」と。

しかしブラスカさんは首を横に振るばかり。決して縦に振られることはなかった。

止める度に、ブラスカさんは笑うのだ。




「私は幸せ者だな」




そう言って。
その笑顔は眩しくて。そんな顔されたら、何も言えなくなっちゃうって言うか…。

そして、その度に、悔やむんだ。
あたしは…何か知っているはずなのに。
シンのこと。召喚士を死なせずに済む方法。

あのゲームのストーリーさえ思い出せれば、きっと何か変えられるのに…。

思い出したい。思い出したい。
頭をそう悩ませてた。

だからだろう。
そっちに意識を集中させすぎて、他のことに鈍感になってしまったのは。




「馬鹿ッ!ナマエ!!!」




アーロンの声。
酷く焦ったような、叫び声。




「…………え」




それが耳に届き、顔を上げた時にはもう遅かった。
反応が出来なかった。

すぐ目の前。
あたしの視界いっぱいに一匹の魔物が居た。

一瞬で血の気が引いた。
間に合わない。
魔法を放つにも時間と心の余裕、どちらも足りなかった。

魔物の爪が、真っ直ぐ自分に降ってくる。




「…………ッ」




何も出来ないまま、とっさに目をつむり、痛みを覚悟した。

やだ、死にたくない…!
心でそう叫んだ。






「………………あ、れ…」




だこど痛みはいつまで待っても来なかった。

不思議に思って目を開いた。
その瞬間、唖然とした。




「………え、なんで…?」




ついさっきまで目の前にあったはずのナギ平原の景色はそこになかった。

あったのは、並木道。




「……ここは…」




きょろっ、と辺りを見渡す。

ここは…あたしの住んでいる街にある並木道。

ありふれた日常の中にあった、いつも歩くその道。

そう、あの日も歩いていた。
そしていきなり飛んでしまった。

………あの世界に。

混乱した。
え…?魔物は?
あたしはどうなった?

なんで、ここに…。

元の、世界…?




「帰ってきた……?」




そう呟いた瞬間、ハッとした。

思い出した。
……違う。思い出せる。

ついさっきまで、今まで…あの世界に居た時は、まったくと言っていいほど思い出せなかった記憶が。


ナギ平原、ガガゼト山を越えて…ザナルカンドについたら…。

途端、血の気の引くような…焦りが襲ってきた。





「待って…戻して…、あたしを…早く、戻してっ…」




胸の中に、恐怖が広がる。
手に、嫌な汗がにじむ。

一番傍にある樹に手をついて、絞り出すように…嘆く。


嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ…!
頭が埋め尽くされる。

ずっとずっと思い出せなかった話の内容。
それが嘘みたいに、簡単に思い出せる。頭に巡る。

ザナルカンドについて待っているのは…死の螺旋。
何も変わらない、まやかしの希望……ユウナレスカ。

何か変わるかもしれない。
そう信じてブラスカさんは究極召喚を手に入れて…シンを倒し、……死ぬ。

ジェクトさんはその究極召喚の祈り子になって……シンになってしまう。



そして……。




「…アーロン……!」




究極召喚の真実を知った上で、一人残されたアーロンは、悔やんで悔やんで…ユウナレスカに挑んで…返り討ちに遭う。そして…、そのあと力尽きて…。

ガタガタと体が震え出す。
押さえても止まらない。
このままじゃ…みんなが…。

……アーロン、が……。




「…助けなきゃ…っ、早く…戻してよっ!」





嫌だ。嫌だ…!
死なせたくない…!
それだけが頭を駆け巡る。

でも、どんなに願ってもそれは叶わない。

人の通りの少ない、静かな並木道。
声だけが、虚しく響き渡った。



To be continued

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