奇奇怪怪 | ナノ
ハンティング



「こんにちは、害獣駆除の笠上と申します」
 校長室の机の前で、彼はにこやかに自己紹介をした。
 椅子に腰掛けたまま不審そうに彼を見るのは初老の男。
「害獣駆除の方が、我が校にどんな御用でしょうか?」
「ええ、ちょっと」
 仕事をしに。
 ずどん。
  彼は背負っていたライフルで、彼の言う仕事を始めた。
 

 俺が振り向くと、銃声を聞きつけた害獣が扉から顔を覗かせた。
 五十代くらいの雌で、眼鏡を掛けている。
 そいつが悲鳴を上げようと息を吸い込む。
 ずばん。
 雌の害獣を駆除し終えると、俺はライフルにサイレンサを取り付けた。
「き、教頭!?」
 外から上擦った声が聞こえた。
 仲間が来たようだ。
 俺は扉から半分だけ顔を出す。
「ひっ……」
 俺の片目と外に居る奴の目が合った。
 俺は躊躇う事無く、そいつの前に突き出した手で引き金を引く。
 今度はパシュッと空気を切るような音がして、それの頭に穴を開けた。




 廊下を進む。何故だろう、人の気配がない。
 此処に来るまではあれほど至る所でしていた筈の気配がない。
 そう言えば、どうやって此処まで来たんだったか。

「どうしてころすの」

「!?」
 振り返る。
 曲がり角を一瞬、何かが駆け抜けて行った。

「どうしてころすの」


「増えすぎたからだよ」
 そう父さんが言っていた。
「生態系が崩れてしまうんだよ」
 だからころすの?
「そうだよ」
 こどもでも?
「こどもでも」
 お前もいつか、父さんの跡を継ぐんだよ。
  


 階段をひとつ上がって、声を追う。
 廊下を進んで教室をひとつ過ぎる。
「ねぇ」
「っ!」
 ビクリと肩が震えた。
 見上げると、5−3という標識が見えた。
 ライフルの残弾数は十分に有る。
 教室の戸に手をかける。
 心臓の音が妙にうるさい。手が震える。
 思い切り戸を開き、ライフルを構える。
「ねぇ」
 蒼い目が、俺を捉えた。
「どうして殺すの?」
 そいつが言った。
 真っ黒い喪服の男は、小さな椅子に座って俺を見ていた。
「何故?」
 窮屈そうに足を組み直して、首を傾げる。
「増えすぎたからですよ」
「それで?」
「生態系が崩れてしまうんですよ」
「だから」
「殺すんです」
 震える手で引き金を引いた。
 銃口から吐き出された銃弾がそいつの肩を抉った。
 続けて引き金を引く。
 今度はしっかりと狙いを定めて。
 銃弾が左胸に吸い込まれ、ビクンとそいつの体を揺らした。
 乱れた呼吸を整える。
 もう死んだ、もう死んだ。がくりと項垂れた頭は動く気配がない。
 背を向ける。
 そうだ、猟りの続きをしないと。

「楽しいですか?」
「!」
 背中の方で声がした。
 さっきの、あいつの声だった。
 最初はゆっくり、もう半分は勢いよく振り返った。
 ぞくりと俺の心臓が震えた。
 死体が無い。
 背もたれに血の付いた椅子だけが、夕日を受けて赤黒く、不気味に存在していた。
 教室内をどんなに見回してもあいつの死体が無い。
 嫌な汗がじっとりと背を濡らす。 
 だめだ、あいつは獲物じゃない。
 このまま此処に居たら……
 どすん、と重たい衝撃が背を突いた。
 
「楽しいか」
 心底楽しそうに俺に問いかける父さんが恐かった。
 獲物の頭を撃ち抜いて、歓声を上げる父さんが恐ろしかった。
 理由なんて本当は無いんだって分かっていた。

「楽しいですか」
 後ろであいつの声がする。
 視線を落とすと、俺の腹から鋭い爪を持った腕が突き出ていた。
「楽しくなんてなかったよ」
 答えた直後、鉄の味が口内に溢れる。
「そうですか」
 そいつが呟いて、ねっとりと赤く染まった腕を引き抜く。
 面白いように噴き出す血を、俺は他人事のように見ていた。
 膝から崩れるように倒れる。
「もう、いいのか」
 殺さずとも。
 息を吐くように言葉を吐いた。
「はい、お疲れ様でした」
 マッチを擦る音がした。
 暖かい炎が俺を飲み込んだ。



- 4 -


[*前] | [次#]

ページ:

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -