奇奇怪怪 | ナノ
ひとり
じわじわと照りつける太陽。
道を焼く日差しを避け、影の中をゆらゆら進む陽炎はふと足を止める。
きぃ、きい、と軋むブランコ。
木々から浴びせられる蝉の罵声。
「ああ、やっと来てくれた」
帽子を目深に被った小さな少年。
「来ましたよ、待ち合わせをした覚えは無いけれど」
喪服の陽炎は少年を見下ろす。
「まだ最後の一人が戻って来ないんだ」
「待っているのですか?」
「うん、待っていたの」
今、戻って来たよ。
そっと腕を引く。
軋んで揺れるブランコと、日差しで熱くなった滑り台。
砂場に刺さったままの銀のスコップ。
遊ぼう、遊ぼう。
「ねぇ、穴を掘ろうよ。それから、山もつくろう」
腕を引かれるままに、砂の池へ一歩二歩。
ぽっかり開いた直径壱メートル。高さ弐メートル。
そこで腕を離される。
「これは……」
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
日の光は容赦無く、開いた穴の縁を照らす。
この穴から吐き出される腐爛臭に、彼は気付いているのだろうか。
いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、全部でここのつ。
どすん。
「……あ」
背中に沈む、銀のスコップ。
はらり、はらりと足下に咲く、緋色の花。
ぐらり、傾ぐ、躯。
「違う」
「え?」
振り返る。
嗚呼、嗚呼。確かにこの手で背を抉った筈なのに。
ああ、まだ黒い陽炎は揺れているじゃあないか。
「其処に落ちるのは僕じゃない」
ずるりずるりと、手を背に回して凶器を引き抜く。
朱く濡れたスコップは乾いた音を鳴らして横たわる。
「君だ」
嫌だ
違う
「よく見なよ、」
穴<そこ>に居るのは、
「間違いなく僕じゃない」
君だよ。
嗤い声が聞こえる。
嗤い声が、ぼくの耳を掻き毟るんだ。
“あいつ、またひとりで居る”
くすくす くすくす
“ともだち、いないんだァ”
可哀想ォ
憐れむなら、たすけてよ。
一緒にいてよ。
「よし、じゃあお前にともだち十人できたらいいよ」
十人?じゃあさ、
「おれ?アハハ、生きてる内は絶対ヤダね」
そうか、そうか、そうか。
みんなも同じ気持ちかな。
「当たり前だろ」
嗤
あとひとり、あとひとり、あとひとりなんだ。
繰り出される銀色を、右に左に逸れてかわす。
蒼く冷たい、褪めた眸は少年を見下ろす。
あとひとり、あとひとり、あとひとりなんだ。
「嗚呼、ああ、ああ、ああ、」
どうか、きみも穴の中に入ってよ、ひとりはいやなんだ。
「僕の知った事じゃあない」
いつの間にか消えていた黒い陽炎が背後で囁いた。
「あそこに落ちるのは僕じゃない。ほら、」
よく見て御覧なさい、
暗く口を開ける砂の穴。
その内部を焦がすように、まるで火葬するように、太陽が指差す先に。
しっかり数えて御覧なさい。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
皆の顔は記憶した?
いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ。
さぁ、最後のひとり。
十人目は――
「あ、ああ……っ」
嗚呼、あの顔は
そう、その通り
「ぼくだ」 「君だ」
嗚呼、この溢れ出す黒く粘着くモノは恐怖か。
ゆらりゆらり、揺れている陽炎は間違い無く死神に憑かれている。
斜光に焼かれても尚、佇む陽炎。手にはマッチ箱。
「さようなら」
小さな棒切れに灯る小さな炎。
くるり、くるり、回りながら。
腐臭を吐き散らす黒い黒い……
「あああああああああああああ」
走る走る。
銀色を手に、陽炎を、生きた屍を、ころすんだ。
ころすんだ、ころすんだ、ころすんだ。
そして、
そして、彼の体は赤く赤く燃え上がった。
文字通り、スコップを手にした小さな体は炎に抱き込まれる。
「さようなら」
火葬場に佇む葬儀屋の唇が動く。
火の点いた人形が踊り狂う。
「さようなら」
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