美弥さま | ナノ
*ちょっと反則の吸血鬼ではなく吸涙鬼です。すみません;英語は造語です






愛涙
Side tears for vampire


――ねぇ、知ってる?吸『涙』鬼って――
――吸血鬼じゃなくて?――
――うん吸血鬼じゃないの。血じゃなくて、涙を吸って生きてるんだって。すごくロマンチックだよね。それでね、自分が心から愛した相手から同じ分だけ愛されていたならば、相手の涙を口にすることで永遠の命が得られるんだって――

「…って、あんたそれ小説の読み過ぎじゃない?」

「あ、やっぱり?」

そう言って楽しげに笑うクラスメートを横目に、折原臨也は教室を後にした。時刻は13時を少し回ったところ。ちょうど昼食の時間だ。コンビニで適当に見繕った食材を持って屋上へと向かう。こんなものを食べたところで自身の栄養にはなりやしないが、それでも食事をとるフリはしなくてはならない。
この社会で生きるためには仕方のない処世術の一つだ。
屋上への扉を開ける。そこにいたのは一人の少年。

「新羅、お前だけ?」

少年の名は岸谷新羅。臨也の数少ない友人の一人だ。

「うん。静雄は今日は学食にするっ言っていたし、門田くんは委員会があるから先輩と食べるってさ」

「そうか、ならこんなもの用意する必要なかったな…」

わざわざ朝早起きをしてコンビニに寄ったことが悔やまれる。もっと寝ておけばよかった。そう思いつつも予測出来たことでもない。仕方がないので新羅にどうかと勧める。彼は複雑な表情をしつつもゆっくりと手を伸ばし、臨也の手から袋を受け取る。中身を見れば、サンドウイッチが一種類だけ。いくら食事を取ろうとも腹が膨れるわけでもないので彼にとってはこれで問題ないのだろう。もちろん、自身にとってもではあるが。

「新羅」

眼下にグラウンドを見下ろす新羅とは対照的に柵に肘をかけもたれかかる臨也は、普段よりも幾らか沈んだ声音で新羅の名を呼ぶ。新羅は臨也の方へと視線を転じることはなく、無言で先を促す。

「俺は卒業と同時にこの街を出る」

「そう」

短く答えた新羅の表情は穏やかだ。そのあまりにも穏やかな返答に臨也の方が取り乱し、体ごと新羅の方へと転じ更に続ける。

「俺達の存在がバレ始めてる。新羅も行こう。一緒に」

「僕の答え、わかってるでしょう?」

しっかりと視線を合わせた新羅は、困ったように眉を下げて笑った。その笑顔を見て、思う。駄目だ。なにを言っても、彼は…ここを離れない。自分と共に来てはくれない。わかっていた。新羅がココ―池袋―を離れることがないこと、ありえないこと。だけどそれはつまり…

「死ぬぞ。いいのか?」

「そうだね。出来れば死にたくはないけれど…」

しょうがないよね
そう言ってまた笑った新羅の笑顔に嘘は感じられない。死ぬという現実を受け入れていた。

折原臨也と岸谷新羅。彼ら二人は食事を必要としない。栄養といえば、新羅が片手に持っているペットボトルの水。塩を適度に溶かした塩水。それだけが彼らの栄養源だ。しかし、それもまた誤魔化しでしかない。
先程の女生徒が噂していた類い稀なる存在『吸涙鬼』それが彼らの種族名なのだ。噂はここに現実として存在する。
先程の女生徒の噂の内容に補足を加えるとしよう。吸涙鬼はその体に吸血鬼という伝説の血が混ざっているにも関わらず彼の者よりも劣った存在である。吸血鬼は不死身に近い存在であるのに対し、彼ら吸涙鬼は寿命が人間とさほど大差ない。たかだか100年。伝説の存在の血を分けているというのに聞いて呆れる脆弱さだ。そのかわりと言ってはなんだが、太陽の光、ニンニク、十字架とおよそ吸血鬼が苦手とするものは彼らには害を成さない。ただ、命が短いだけ。その命を永遠とするのが女生徒も言っていた

『自分が心から愛した相手から同じ分だけ愛されていたならば、相手の涙を口にすることで永遠の命が得られる』

これだけが、彼らの命を長らえさせる唯一の方法だ。
臨也は人間が好きだった。ずっと彼らを見ていたい。永遠に、永遠に見ていたい。だからこそ永遠の命を望むし、相手を絶えず探している。
だが、新羅はどうだ。あれはいつのことだったのか。もう覚えてはいないけれど、彼は臨也に言ったのだ。

『臨也、僕好きな人が出来たんだ。彼女も、僕を好きだと言ってくれた』

正直妬ましかった。自分より先に永遠の命を約束された新羅が。
『とても可愛いんだから、会っても絶対惚れないでよね。いかに臨也でも許さないから』そう言いながら絶えず惚気続ける新羅を多少鬱陶しく思いつつも妬ましい気持ちは薄れていた。幸せそうだったから。種族の中でも変わり者の自分と唯一仲良くしてくれた新羅が、とても幸せそうに笑っていたから。彼の幸福を祝福しよう。そう思った。けれど蓋を開ければ、そんな気持ちは吹っ飛んだ。だってそうだろう?紹介された新羅の愛する彼女には…

首が無かった。

これでは永遠の命どころか満足な食事さえさせて貰えない。なんで?どうして?思わず問い詰めた。彼女がデュラハンであることは聞いておらずとも一目でわかったが、首が無いとはどういうことだ。悪ふざけなのか?早く首を出せ。彼女―セルティというらしい―は困ったように新羅から離れようとするが、新羅の手が彼女の腕を握って離さない。

『臨也、彼女には首が無い。この街、池袋で何者かに盗まれたらしいんだ。それを探し出せば、僕は永遠の命を得られるかもしれない。けれど僕は彼女の首は出てこなくても構わない。そう思っている。誤解しないでくれ。セルティは僕とこういう関係になってから更に力を入れて首を探そうとしていたんだよ?でもね、僕が止めさせたんだ。首を探すために、彼女は何日だって家を空ける。危ないことだってする。僕はもう耐えられないんだ。彼女を危ない目に遭わせることにも、彼女のいない生活にも。それに、もう、彼女は首の気配がわからないと言っている。だったら諦めればいいんだ。諦めて、ずっと僕といればいい。僕の傍にいてくれればいいんだ』

そう言った新羅の瞳にはセルティしか映っていないことが明白だった。彼女を本当に愛している。誰が見ても、分かってしまう自明の理。ずっと黙したままであったセルティが、なにかの機械を使って臨也に言葉を向ける。

『すまない。君の大切な友達を…私は…。けれど、私も彼を愛しているんだ。君達の存在の中でいかに【愛する者】が重要かは理解しているつもりだ。だが、私も…新羅を愛する気持ちを止められないんだ…』

謝られる謂われはない。ただ、友人が死にゆく様を見届けなければならないことに少し、悲しみが湧かないではなかった。

当時のことを思い出して苦笑する。あの姿を見てなおこの街を出ようなどと提案した自分が酷く可笑しい。だいたいにして、新羅が愛を傾けるのがあのデュラハンだけである以上、街を出ようとも同じことだ。

「新羅、お前は卒業したらどうするんだ?」

「うん?あぁ、セルティが池袋を離れるのは嫌だと言うからこれまで通りこの社会の中に居続けなければならないんだよね。そう考えると、とりあえず職は持たなきゃと思って、色々考えたんだけど…セルティとずっと一緒にいられるのが第一条件だから、会社勤めはアウトでしょう。自宅で出来る仕事で趣味と実益を兼ねられれば最高だと思った結果、医者が妥当かな?って。裏社会の方ご用達の闇医者。セルティは興奮してカッコイイ…なんて言ってくれたし、これ以上僕の理想に叶う職業は他にないと思うんだよね」

そう語る新羅に後悔の色はない(おそらく決定打はセルティの一言だろう)今が、彼の幸せな時なのだ。そうひしひしと感じる。これ以上は何も言うまい。いや、一つだけ言っておこうか。

「闇医者は人間社会に則っていないと思うぜ」





宣言通り、池袋を出て6年の月日が流れた。池袋には滅多に行かない。偶に新羅に会いに行くだけ。相変わらずの夫婦ぶりに、呆れながらも不快ではない。むしろ好ましい。セルティのことを愛らしいと言う新羅の感覚には未だに疑問しか浮かばないが、二人の幸せな姿には素直に心が癒される。
はたして自身がその幸せを体感出来るときは来るのだろうか?最近はそんな風に思うようになった。
臨也は前述の通り人間が好きだ。そこに向ける愛情は平等であり、優劣などない。だからこそ、臨也は自身が永遠の命を得ることは簡単だ。そう思っていた。自分が愛されればいいのだ。
俺はもう人間を愛しているのだから、人間の方が俺を愛せばいい。
しかし、思ったようにコトは運ばなかった。どんなに深い仲になろうとも、そんな彼女達の涙を口にしようとも、全く自身に変化は訪れない。
その理由を臨也は分かっている。学生の頃から、分かっている。ただ、その事実を認めたくないだけ。

(認めたら…俺は新羅と同じく永遠の命を得られない)

認めようとしないことは認めたと同義であることに聡い臨也が気付かないわけもない。ただの逃げであることを承知しつつも、行動を起こさない。起こせない。おそらく自分はこのまま新羅と同じく寿命を全うするだけで終わるだろう。命は終わりを迎えるのだ。
好いた相手が悪かった。新羅とある種同じ意味で、相手が涙を流さぬ存在であることに気付いていながらも恋をしてしまった自分が悪いのだ。

(……そういえば、最近なにやってんだろ…)

頭に最初に浮かぶのは明るい金髪。続いてつり上がった眉。広い肩。青色のブレザーに身を包んだ姿。

(っていうか怒った顔しか知らないし…)

記憶の中の彼はまだ学生だ。在学中ですでにそれなりの成長を見せていたので今も大して変わりやしないとは思うが、それでも想像することしか出来ない。
今の平和島静雄の姿を、臨也は知らない。
学生時代を思い返す度に考える。彼に恋愛感情を抱いたのはいつの頃だったんだろう…なんて、恋する乙女のような思考は幾度となく臨也の中で繰り返されており、そして思考の果てもまた同じ。
最初からだ。
折原臨也は平和島静雄に初めて会ったその瞬間から恋をしていた。
月並みな理由だが顔が好みだった。自身とは違う意味で整った顔立ちに心臓が一つ高い音を立てたことは昨日のことのように思い出せる。
そして顔を合わせた瞬間に気付いた彼の抱える秘密にも、同様に心臓が跳ねた。
人狼。
平和島静雄は人狼だった。彼自身は隠しているつもりだったのだと思うし、普段は上手く隠せているのだろうけれど、臨也と初めて会った時に、彼は誤魔化しようもないミスをした。ふさふさとした尻尾が尻から生えて、愛らしく左右に揺れていたのだ。
一緒にいた新羅は堪えたようだったけれど、臨也は耐えきれなかった。
大声で笑った。生まれてから一度だってこんなに大声で笑ったことなんてないんじゃないか。そう思うくらい大きな声で。
…結果嫌われてしまったことで臨也には後悔しか残らなかった出来事なのだけれど。
でも改めてよくよく考えれば、正しいことだったのかもしれない。なにしろ…
人狼はそのプライドの高さから涙を流さないのだから。涙を流すは死すも同じ。
そんな彼と両思いになっても困る。自分は新羅と違って永遠の命を諦める気はないのだから。けれど、それももう疲れたと心が訴え始めているのもまた事実だ。

「諦めた方が…楽、かな?ねぇ、波江さん、どう思う?」

秘書の波江に声を掛ける。彼女は人間だけれど、自分の正体を知って奇異の目を向けなかった貴重な存在だ。情報屋という職業についてこの街に住んでから様々な人間と触れてきたけれど、彼女ほど自分に無関心な人間はいなかった。だから安心して自分の気持ちを吐露できる。彼女は新羅と違って自分を心配するような優しさは持ち合わせていないのだ。

「そうね。楽に死ねるんじゃない?あ、そうだ。ねぇ、死んだら解剖していい?私貴方の体に凄く興味があるのよ」

「波江さん程の美人にそう言われるなんて男冥利につきる…と思えないのが不思議だ。うん、その目割と本気で恐いからやめてね」

「伝説の存在が人間が恐いだなんて聞いて呆れちゃうわ」

「……伝説じゃないよ…」

臨也は波江の言葉を受けながら、椅子をくるりと半回転し、大きな窓から新宿の町並みを見下ろし、言った。

「伝説に、なり損ねた存在さ」






伝説になり損ねた存在は、裏社会で生きていた。新羅を支えるという意味ももちろんあったが、自分はとても表で生きていける性格ではないし、なによりも表の世界は眩しすぎる。綺麗なものが溢れていて。異形であれどもあの愛しい人狼のように純粋で、周りに愛される性格のものならば可能であっただろうが。自分にはとてもじゃないが無理だ。なにより、彼と同じ空間を生きるのは酷く息が詰まる。
本当に稀ながらも一緒の時を過ごす機会があった学生時代、自分はいつでも呼吸困難だった。圧倒的に酸素が足りなかった。まるで体の熱が自身の水分を全て蒸発してしまっているかのように、喘ぐ呼吸がバレやしないか。そう考えるとまた息苦しくて…。

「…どんだけ好きだったんだろうね…シズちゃんのこと…」

波江が退社し誰もいなくなった部屋の中、唯一残っている―残している―写真を手に取る。それは友人である門田京平が突然にカメラを向けたと同時にシャッターを押したもので、避ける暇がなかった。写真に自分が写るかどうか、不安だったがその不安は杞憂で終わり、写真の中の自分は随分マヌケな顔をしている。その写真の本当にギリギリ。臨也の右に移る金髪の青年。屈託なく笑うその顔が気に入っていて、また唯一自分と彼が一緒に写っているものだったから、他の写真やアルバムは燃やしてしまったがこれだけは火に翳すことすら出来なかった。
写真を人差し指で撫でた。波江に昼間あんな話をしたからだろう。普段は抑えている彼を思う気持ちが今はとてつもなく大きい。大きい気持ちは心の内だけでは処理しきれず、頬を伝う水が臨也の思いの強さに比例していた。

「…っ…うっ…」

情けない。なんと情けない。こんな自分は知らない。目を覚ませ折原臨也。

袖口で涙を拭って立ち上がる。キッチンへと歩を進め、冷蔵庫に手を伸ばした。中にはペットボトルに入れられた水が大量に入っている。簡易の食事だ。
キャップを捻って、ペットボトルを傾けようとしたところで玄関のドアが乱暴に叩かれた。そのあまりの乱暴さにムッとしつつ、食事を後に回し玄関扉に手を掛けた。感情が不安定だった臨也は忘れていたのだ。

チェーンロックを外してしまっていたことを

扉を開いた瞬間暗闇が襲った。

「なっ!?」

声を上げた直後、腹に今までに感じたことのない程重いパンチを食らい、臨也の意識は混沌へと落ちていった。


NEXT…
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