美弥さま2 | ナノ


愛涙
Side werewolf


平和島静雄の元に、同窓の岸谷新羅から連絡があったのは一ヶ月ぶりのことだった。新羅とは気が合っていたし、恋人のセルティ・ストゥルルソンはこの街にきて自分が最初に知り合った異形であった。二人とは全く別々に知り合ったというのにその二人がまさかの恋人同士になっていただなんて。報告を受けた時は驚き、喜んだ。だが、一つ疑問に思ったことがある。新羅は普通の人間の筈だ。何故、セルティを受け入れたのか。二人の中を引き裂くつもりは毛頭なかったが、我慢しきれずにそれとなく尋ねてみたところ、返って来た答えはなんとも煮え切らないものであった。

『あ〜…えっと…愛があれば種族なんて関係ない…よ。うん。僕は彼女を愛し、彼女は私を愛してる。ただ、それだけの話さ…』

新羅は話している間、一度もこちらに視線を寄越さなかった。気になるといえば気になるが、新羅の言う通りであるとも思う。二人が愛し合っている以上、こちらが口を出すことではない。
そんな新羅とセルティ、それから門田とも付き合いは続いていた。とりわけ新羅はよく自分を夕食に誘う。恋人同士が住まう空間に招かれることは正直、申し訳ない気持ちが積もらないでもなかったが、新羅もセルティもいい奴で静雄との宴席を心の底から楽しんでいる風でもあったので、断ることが憚られた。まぁ、招いた新羅はあまり食べないし、セルティは食事が出来ないので、自分ばかりが食べているのだけれど。
ただ、新羅がこうして自分と交流を持ってくれる度に、思う。自分が人狼というこの社会に馴染まぬ存在であることを知っているのはセルティだけで、自分は新羅を騙しているのだ。けれど、大事な友人を失うという恐怖が、静雄の口にブレーキをかけていた。言わぬまま時は流れて初めて知り合ってから約九年である。自分は死ぬわけでもない。年齢に対する概念は酷く薄いものだが、年を取った…。そう思う。
九年前のことを思い起こすと、新羅に出会ったこと以上に印象強く思い起こされるのは艶やかな黒髪。
人狼として生まれた自分は、森を追われて池袋に流れついた。長に教えられて尋ねた人物―田中トムに来神高校に入学する手続きをしてもらって(今も世話になっているのだけど)入学直後に知り合ったのが、岸谷新羅と…

折原臨也

最初は本当に嫌いだった。出会っていきなり笑い飛ばされたのだ。不快を感じない方がどうかしている。それからは喧嘩の毎日で、臨也も自分を嫌っていることが明白だったし、静雄自身もそうだったのだからなにも問題はなかった。アレを見てしまうまでは…

『泣かないで…』

学園祭が終わりを迎える頃、多くの生徒がキャンプファイアを囲み、意中の相手との順番を心待ちにしながらフォークダンスを踊る中、静雄は『興味がない』と一人教室へとやって来て、見てしまったのだ。
折原臨也が女生徒の顎を取り、頬に唇を寄せ、そして舌にその涙を掬い取ったところを。
動けなかった。臨也が女生徒を泣かしたことに対する呆れを感じたからでも、こんなところでこんなことをしていることに対する呆れでもなく、ただただ、

美しかったからだ。

月光の中、涙を掬い取る折原臨也はこの世のものとは思えぬ妖艶さを帯びていて、目が離せない。離したくない。

その時に悟った事実は至極単純で、その事実は静雄の中でずっと、ずっと、静雄を蝕み続けている。

随分長い回想に浸っていたようだ。先程から鳴りっぱなしの携帯電話を取り出し通話ボタンを押す。

「新羅、悪ぃけど今日はもう飯食っちまったから行けね…『静雄!今から私の言うところに行って欲しい!事は一刻を争うんだ!!』

用意していた答えは全く意味を成さず、耳に飛び込んで来た新羅の言葉を自分の中で処理するのには時間がかかったが、それでもなんとか聞き返す。

「なに焦ってんだよ。意味わかんねぇよ。少し落ち着けって…」

『臨也が攫われた』

新羅の口から出た名前を最後に聞いたのはいつのことだっただろうか。もう記憶に残っていない程にその名前をこの耳で聞くのは久しぶりだった。自身の口からは出さないよう努めていたから…。

(攫われた…?攫われるって…なに?なに言ってんだ…こいつ…?)

臨也が今なにをしているのか、静雄は知らない。静雄には情報に強い知り合いなんかいなかった。門田や新羅に聞けばわかっただろうし、二人は教えようとしてくれた。けれども、自ら拒否したのだ。知ってどうする。俺は異形なんだ。異形で異常な俺の人生と、あいつの人生が交わるわけはないし、また交わってはいけない。それがまさか…その自制がまさか…知らぬところでこんな事態を招くなんて…。

「あいつは…なにやってんだよ!普通に暮らしてなんで誘拐なんざ…!」

『話は向かいながらにしてくれ!B区四丁目の倉庫群だ。君の足なら十五分で十分だろう』

「ちっ!」

舌打ちをしながら走り出す。携帯から聞こえる新羅の話はどれも驚きの事実で、いかに…いかに自分が臨也のことを知らなかったのかを痛感させられた。

『臨也は情報屋だ。あの有名な粟楠との強力なコネクションを持っている。粟楠が子飼いにしている情報屋は臨也だけで、その事実は隠されている筈だった。だけど…粟楠と敵対する組の人間が組内部に潜入していた。粟楠がそれを仕留め損ねたんだ。粟楠がその絶対の権力を持つのは情報の精密さと迅速さだ。臨也が狙われるのは当然の成り行きというわけさ』

「あいつはなんだってそんな危ねぇ仕事選んでんだよ!あいつ頭いいんだろ!べつに自分で株とか…なんだ俺にはわかんねぇけどFX投資とか…健全に起業してりゃ儲けてただろうがよ!!」

『君と…君と同じ世界では生きられない…臨也はそう言っていたよ…』

息を呑む。そうか…そこまで…

『勘違いをするな』

新羅から叱咤が飛んだ。今まで一緒にいて一度も聞いたことのないようなとても、とてつもなく低い声だった。

『あいつは…臨也は…君が輝いているから…。君が純粋で、眩し過ぎるから。そう言ったんだ。あいつは…』

新羅の声が唐突に途切れた。続いて聞こえてきたのは電子音。走りながら液晶を確認する。無情にも画面は真っ白で簡素な一文が中央には表示されていた。
【充電してください】

「ふざけやがってぇぇぇ!!!」






目を開いた。腹を殴られた記憶はあったが頭痛も酷い。運び込まれた時に頭をぶつけたのだろうか、随分な扱われ方をしたらしく頬に細かな痛みを感じる。何カ所かに擦り傷が入っているのだろう。両手を後ろ手に縛られているらしく、手首の周りに少しの違和感。
ここは、どこだろうか…。視界を塞がれているわけではないけれど、薄暗い空間は全く覚えのない場所である。視線を巡らせては見るが人っ子一人見あたらない。気配も感じない。

(見張りをつけないとは…舐めてもらっちゃ困るんだけどね…)

幸い靴は脱がされていない。器用に靴を脱ぎ、爪先部分に仕込んでおいたナイフを取り出し、拘束している縄を切り始める。

(チェックが甘い…。新参者の組織か?粟楠が目をつけていなかった組織なら情報が漏れることは納得できなくもないけど…)

とりあえず、この礼は四木さんにたっぷりしてもらうことにしよう。
自身の自宅での失態は完全になかったことにして、自分を直属扱いしている契約相手の顔を思い浮かべる。今頃苦虫噛み潰したような顔してるんだろうな…。そう思ったら少しだけ苛立ちも収まってきた。
縄を解き、颯爽と立ち上がった臨也はさてどうしよう、と首を傾げた。見た限りはどこかの倉庫のようで、脱出そのものはおそらく簡単に出来るだろうが…。
俺を誘拐した以上、徹底的に潰させてもらう。そうでもしないと腹の虫が収まらないし、第一情報屋折原臨也の沽券に関わる。
しかし、新参者とは得てして加減というものを知らない。逆上した組員に殺されでもしたらアウトだ。

(それこそ、俺が吸血鬼なら食事も殺しも出来て一石二鳥だったんだろうけどね…)

至極残念である。
そうこうしている内に足音が聞こえてきた。音は一人分だ。複数ではない。
舐めやがって…。
またもや怒りのボルテージが上がったが、相手をするならば複数よりも一人の方が楽である。そう思い直し、ナイフを構える。物陰に隠れ、機を窺う。相手の腕が見えたと同時に強く掴んで手前に引いた。一瞬体のバランスが崩れた相手の足をすかさず払い、転がした。後ろ手に腕を拘束し、馬乗りになった状態で首元にナイフを添える。制圧完了。

「動くな」

身動ぎする相手に意識して低くした声で命じた。相手は命令を受け入れたようで抵抗をやめ、大人しく床に転がっている。

「君は…「んだよ…元気いっぱいじゃねぇか…」

聞こえてきた声は…よく知る声だった。何度も脳内で再生した。何度その声を聞きたいと思ったか知れない声…。拘束の手が無意識で緩み「どけよ」短くそう言われ、またしても無意識で足を上げる。影が、無言で立ち上がった。

「…シズ…ちゃん…?」

バーテン服を着て借金取りをしているという噂は本当だったようだ。白いシャツと金髪だけが薄暗い闇の中目立っている。
やがて、雲の動きにより月明かりが倉庫内に差し込んだ。薄暗かった空間にも明かりが入り、よりはっきりと互いの姿を互いに見せつける。
自身の瞳に映った彼は想像通り学生時代と大差なかった。

「なん…で?」

「…新羅に、お前が誘拐されたって聞かされて…」

感動していいのか驚いたらいいのか、臨也の脳内が混乱に満たされる。だが、再会を喜んでいる暇は与えられないようだ。
扉が大きな音を立てて開かれた。雪崩れ込む複数の足音の方向へと視線を転じ、静雄が臨也を庇うように自身の体で臨也を隠す。
やがて二人の前に立ちはだかった人数はざっと二十人といったところか。この程度なら…静雄はそう思ったが、組員の一人が大きな声で要らぬことを口にする。

「へ、へ、平和島静雄!!」

組員に一斉に動揺が走った。静雄は池袋では粟楠に次ぐ有名人だ。別に悪さをするわけではないが、借金の取り立ての見せしめに自販機を持ち上げたり、女の子相手にイケナイコトをしようとする不良相手を『少し』痛めつけたりしていて、勝手に名前が一人歩きしてしまっているのだ。それを聞いた臨也は確信する。やはりチーマー上がりしか雇えない程度の組だ。大したことはない。だが、人材にかける金はなくとも資金はそこそこに潤沢なようだ。予測の範囲外だった静雄の存在に組員の一人が怯えた目を向け、腕を震わせながら…拳銃を構えた。
静雄は並大抵のことでは死なない。怯む必要などどこにもない、と意思の篭った視線を拳銃を構えた男に集中させた。それがいけなかった。男の恐怖は許容範囲を超え、躊躇いなく奇声をあげながら引き金を引いた。
するとどうしたことだろうか、突然体が傾いだ。倒れ込みながら確かに感じた衝撃。しかし、自分はどこにも痛みを感じない。まさか…まさか…
倒れ込んだ静雄の上には臨也の体。黒いコートに手を伸ばす。視覚は必要なかった。湿り気が、静雄の右手に事実を伝えた。
そこから先はよく覚えていなかった。気付けば目の前に広がるのは幾人もの男達の屍。いや、呻き声が聞こえるので殺してはいないらしい。やはり自分は…出来損ないの人狼だ。
我に返って駆けた。臨也の元へ。
抱き上げて、何度も名前を呼んだ。今まで呼べなかった分を補うように、何度も何度も。やがて臨也がゆっくりと目を開く。

「シズ…ちゃん…」

「臨也!臨也っ!」

体を抱き起こし、より近くで叫ぶ。臨也は静雄の方に視線を移すと、驚きに目を見開いた。

泣いている

誇り高き人狼が、泣いているのだ

「…泣いちゃ、だ、めじゃない…人狼なのに…」

臨也の弱々しい声から告げられた事実に静雄は驚愕した。だが、同時にどうしようもない怒りも頭に上ってきた。

「お前…知ってんならなんで庇った!俺は丈夫だけが取り柄なんだよ!俺なら大丈夫だって…わかってて…なんで…なんで!」

「条件反射、かな?」

だって、好きなんだもん

そう言えればどんなにか楽だろう。楽に、逝けるだろうか。
そう、最後だ。どうやら自分は寿命すら全うせずに死ぬらしい。
静雄の涙が頬を伝って臨也の衣服に消える。勿体ない。なんて勿体ないんだ。

(…最後なら、いいよね…?)

残り僅かな体力を総動員して上体を起こす。心配するよう覗き込んできた静雄の頬に手を添え、唇をその肌に触れさせた。言えない変わりの告白。愛されてはいなくとも愛しているから。何年間もただ君だけを愛していたから。君の涙は俺の何よりの御馳走だ。
臨也の舌に静雄の涙が滑り落ちる。初めて味わう愛しい人の涙。それはこの世の物とは思えぬ程に甘くて。自然と臨也の頬にも同様のものが伝った。
するとどうだろうか。臨也の傷が、勝手に修復を始めた。痛みが…消える…。

(え?)

動揺が臨也自身を襲う。
まさか、そんな筈が…。
未だ啜り泣きを止めない静雄を見る。何年間も目の前の男が好きだった。現実から目を背けようと、男女問わず様々な人間と深い仲になりながらも、結局は目の前の男を思っては心で泣いている日々だった。

彼も、同じだったんだろうか。
彼もまた、自分の知らぬところで…泣いていたのだろうか。

「シズちゃん」

頬に添えていた手をずらし、腕ごと彼の首に回す。臨也の突然の動きに静雄は驚く暇すら与えられずに為されるがまま、ガクンとバランスを崩す。
臨也の顔が急激に近付いた。認識したと同時に感じた唇への温もり。流れ込んでくる臨也の思い。気持ち。それは自分と寸分違わない。

『愛してる』

だけど言葉は要らない。
同じ分だけ愛し合う二人はこの先もずっと一緒に、いつまでも、

永遠を生き続けるのだから






*もはや自萌えの匂いしかしません(爆)収まりがつかずこんなに長くなってしまって…。ここまでお読み下さった閲覧者さま、リクエスト下さった美弥さま、本当にありがとうございました!


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