縁側ランデヴー
「土方さん、一晩考えましたがやっぱり好きかもしれないです」
「……朝っぱらから部屋の前まで来て、好き"かも"ってなんなんだよ。お前の好きは人としての好きなのか、男としての好きなのか分かんねえんだよ」
「そりゃ両方ですよ」
その次の日も、また次の日も、俺の部屋へ来て言うだけ言って去っていく。どうせなら好きだと言い切ってくれ。
俺も名前の事を気にかけてはいるが、この感情を惚れていると言っていいのか分からないし、まだ認めたくなかった。あいつは俺のことを好きかもしれないと言うが、俺だってこんなふわふわした気持ちのまま応える訳にはいかないと思っている。
***
「おいトシ、見合い断らなくていいのか?俺にはお妙さんがいるから今回免れたが、お前だって名前ちゃんがいるじゃないか」
ひと仕事終えた帰り道。
助手席に座っている近藤さんが唐突に話を振ってきた。渋滞に巻き込まれてタバコと貧乏ゆすりが止まらない俺の気を紛らわそうと思ったのかもしれない。
「近藤さん、俺はアイツの事はそういうんじゃ……」
「あり?そうなの?てっきり良い感じなんだと思ってたが」
「そう見えるのか」
「ああ、名前ちゃんと居る時のトシはなんだか柔らかいからな!」
吐いたタバコの煙が、半分開けた窓から逃げていく。
灰皿はもう入り切らないほどに吸殻でいっぱいだった。
「……まあ、アイツの顔を見ると何となくほっとする。けど見ててやらないと何しでかすか分からないから危なっかしいとも思うんだ」
「そうかそうか、トシも早く素直になった方が楽だぞ。本当はとっくに自分の気持ちに気づいているんだろう?」
「……まあ」
「あーあ、お妙さんも早く素直になってくれたらいいのになあ。まあ素直じゃないところが可愛いんだけどよお」
近藤さんは口を大きく開けて笑った。
アンタは何故そんなに素直に自分の気持ちを表現出来るのだろうか。心の内を見透かされていたのかと思うと、恥ずかしさで頭を掻きむしりたくなった。
やっと屯所に戻れたのは日付が変わろうとしていた頃だった。
早く寝たい反面、疲れた時に見たくなるのはやっぱりあの腑抜けた笑顔で。普段はもうとっくに寝ている時間だろう、あまり期待はしていなかったが名前は縁側に座っていた。
「まだ起きてたのか」
「あ、土方さん!お疲れさまです、今日は遅かったんですね」
名前は俺に気付くなり酒で少し赤らんだ頬をふにゃりと緩ませた。
今この瞬間、落とし穴があったとしたら簡単に落ちてしまうんだろう。そのくらい油断している。
「渋滞に巻き込まれてな」
「そうだったんですね。今朝も会えなかったし、少しだけ心配してました」
名前は眉尻を下げて笑った。
なんだよ、だからこんな時間まで起きてたのかよ。
「俺も……お前に惚れてるかもしれねえ」
「えっ!?」
つい口走ってしまった。
名前は見る見るうちに耳まで真っ赤になっていく。俺に好きかもって言う時はそんな顔しないくせに、あまりにも赤くなるもんだから伝染してしまう。
「"かも"だからな!その……もしお互いが本気になったらオメーの気持ちに応えてやらんでもないって言ってんだよ」
「……土方さん、私たちお付き合いしてみませんか。かもしれない同士、案外上手くいくかもしれないですよ」
「ハァ!?だからそういうのは本気で惚れ合ってる奴らが……」
「あなたお見合いしたいんですか?本気で惚れてない人と結婚するんですか?」
「いや、それは出来れば断りてえが……」
「じゃあ私と恋人同士になったって断ればいいじゃないですか。ダメですか?私たちお互いに好き"かも"しれないんですよね?それってほぼ両思いじゃないですか」
クソ、こいつのペースに巻き込まれていく。
ぐいぐいと身を乗り出すように近づいてくるので、目を逸らす。
「ね?」
「わーったから、そんな近づくんじゃねえ!!」
「何照れてるんですかあ」
「……い、言っておくが幸せには出来ねえぞ、きっと。俺はいつ死んでもおかしくねえし、お前の事を巻き込んでしまう可能性だってあるんだ」
「何言ってるんですか、私の幸せは私が決めるんですよ。それにもうとっくに巻き込まれてます」
「……それもそうだな」
「それじゃ、先に本気で好きになった方が負けですからね」
そう悪戯に笑った。
何が惚れてる"かも"だよ。もうとっくに惚れてんだよ。己の気持ちを認めてしまうと、歯止めが利かなくなりそうで怖かった。
そんな気も知らずに名前は嬉しそうに酒を飲んでいた。
***
「なんだよ、付き合ってるんなら早く言ってくれよォ。年寄りがお節介して悪かったな!相手には上手く言っておくから幸せに暮らせィ」
とっつぁんには二人で報告しに行った。
女中に手を出したことに説教されると思っていたが、寧ろ祝福されて拍子抜けだ。
「名前ちゃあん、お祝いにドンペリ開けるか?」
「とっつぁん、こいつにはまだ仕事が残ってるんだ。酒はまた今度な」
「なんだてめェ!立派に彼氏面しやがって!まあ、名前ちゃんがどこの馬の骨かわからん様な奴を連れてくるよりマシだがよォ」
"彼氏"と言われるのはまだ慣れていない。
むず痒くて言葉に詰まってしまう。
「土方さんー?照れてるんですかー?」
「トシィ、まさかお前女と付き合うのは初めてだったかァ?」
くっそ、どいつもこいつも人の事をからかいやがって。
名前は「じゃあ、仕事戻りますねダーリン」と、ふざけた様にニヤニヤしながら、俺たちを残して仕事へと戻った。
「……トシ、おめーになら安心して名前ちゃんの事任せられる。絶対に泣かすんじゃねーぞ」
「言われなくても分かってるさ。しかし何親父面してんだ。アンタはあいつのただの客だろうが」
「オイ、前言撤回だ。今すぐ名前ちゃんと別れて切腹しやがれ」
「……勘弁してくれよ」
晴れて恋人同士になった訳だが、何ら代わり映えしない毎日。
今はまだそういうので良い。そういうのが良い。
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