王都からわずか1時間とはいえ、普段城に引きこもっているジュリアにとってそれは十分すぎる遠出で、城に戻った時にはすでにクタクタだった。
すぐにでもベッドに横になりたかったが、リリーにすぐに制される。

「早く準備をしないと間に合いませんよ。
さあはやく着替えてください」

その言葉でジュリアは今日が舞踏会の日だったことを思い出した。
ジュリアはほおを膨らましてじっとリリーを見たが、リリーはジュリアの行先を遮って頑として動こうとしない。
こうなったら私の負けだ。
私はわかったわよ、というと素直にドレッサーの前に座った。


今日リリーが用意したドレスは真っ白でシンプルなものだった。
ドレスのすそは引きずるように長く、ユリの花を連想させる。
しかしやはり舞踏会できるにはシンプルすぎるのではと心配したが、案外きてみるとそうでもなく、いつものドレスよりずいぶんと大人っぽく見えた。
きれい、珍しくドレスをほめるとリリーは嬉しそうに笑った。

「ロナウド様からのドレスですよ。ジュリア様にぜひ今日着せてほしいとお願いされたんです」

「ルーが?」

「はい、なんでもこのドレスをジュリア様に届けるために少し早めに来られたそうで」

ロナウドことルーは隣国ベルリオの皇太子で、兄の親友だ。
ベルリオは貿易と芸術で栄えている国で、彼は何か珍しいものが手に入るたびこの国を訪れてはジュリアやウィリアムに会いにくる。
ロナウドはジュリアを小さい時から知っていて、兄に負けず劣らず妹のようにかわいがってくれる。

リリーがハーフアップにした髪にエーデルワイスの花飾りをつけると、ジュリアは鏡の前で自身の姿を確認した。

「似合う?ちょっと大人っぽすぎない?」

初めて着る大人らしいデザインのドレスに不安になりながらリリーに聞くと、今までで一番きれいです、といった。
本当?
ジュリアは鏡の前の自分をもう一度確認した。
ちょうど肖像画に書かれた母もこのような白いドレスを着ていた。
自分があの美しい母に近づいた気がして心がるん、と跳ねる。
リリーありがとう!
そういうとジュリアは慌てるようにして部屋を出ていった。



ルーの居場所はリリーに聞かずともわかっていた。
だからジュリアは兄の書斎へと向かっていたのだが、その手前で兵に引き止められる。

「何事です?」

ジュリアが兵に聞くと、その男は申し訳なさそうにウィリアム様の命です、と答えた。
どうやら兄が人払いを頼んだらしかった。
しかしジュリアは指を口元に運んで、しーといたずらっぽく笑うと、兵士が慌てて引き止めるのも構わず、ドアに耳をそばだてた。

予想通り部屋からはくぐもったルーの声と兄の声が聞こえてくる。
しかしその内容まではよく聞き取れない。
あとでまた出直すかと来た道を引き返そうとしたが、すかさずもう一人の自分が扉を開けなさいよ、といたずらを含んだ声でそうささやいた。
ジュリアはルーと兄が驚く表情を想像して一人で小さく笑った。
そして一瞬もためらわずジュリアは扉を開けた。

「ルー!」

二人は机を挟んで熱心に何か話し込んでいたが、ジュリアが入ってきたとたんこちらを振り返った。
二人の目は文字どおりまん丸で、想像どおりの二人の顔にジュリアは笑いをこらえることができなかった。

「ルーがいるって聞いて飛んできたの!ほら、みて、このドレス!」

ジュリアは驚いている二人の前でくすくすと笑いながらくるりと回ってみせた。
二人は二秒ほど遅れて、ようやく口を開いた。

「全く見違えたよ、ジュリア。あんまり美人だったんで、言葉をなくしてた。本当にきれいだよ」

言葉をなくしたのはジュリアが部屋へノックもなしに入ってきたせいだが、ロナルドはそうフォローした。

「本当に似合ってるよジュリア。まるで母上を見ているようだ」

ウィリアムはそういって、隣の友人に毒づいた。
まさか君の女遊びがジュリアのドレス選びに役立つなんてな。
ロナウドは対して気に留めてもいない様子で、遊びじゃない、勝手に来るから仕方なく相手してるんだ、といった。
そこでジュリアはウィリアムが一冊の本をゆっくりと引き出しの中にしまうのを目の端にとらえた。
とたん、ロナルドがジュリアの視界いっぱいに広がる。
よくみせて。
ロナルドはジュリアの両手を取ってくるりとダンスをするように一回転回してみせた。
するとドレスのすそが少し遅れてふんわりと宙を舞う。
再び正面を向いたジュリアの髪を人房とるとロナルドは、世界一可愛いよ、とすらりといってのけた。

このロナルドの何気ない行動は、彼が自然にしてしまう行為なのだというとこをジュリアは理解していた。
それでもジュリアの周りにはそのような気恥ずかしいことをする男の人がいないせいか、くすぐったい気持ちになる。
彼のことをよく知らない女性が彼の虜になるのもうなずける。

「そろそろ俺が嫁にもらってもいいころだな。そうだろ、ウィリアム」

ロナルドが同意を求めると、冗談はやめてくれとウィリアムは半ば苦笑しながらそう言った。




今日の舞踏会の主役はアメリア。
18になる彼女のために一番張り切っているのはおばさまだった。
広間の中央にある階段を一段一段ゆっくり降りる彼女は黄色のふわりとしたドレスをまとって、髪は上のほうで一つにまとめていた。
皆の視線を一身に浴び、緊張しているのが遠くにいるジュリアにも伝わってきた。
ジュリアはそんなアメリアの姿を見て、今日の彼女は見違えるようにきれいなったと思った。
しかし隣でちっ、とロナルドが舌打ちした。

「あれじゃあまるでヒキガエルだ」



ジュリアが舞踏会に出るときはいつも兄とルーがそばにいた。
それで外国の王や王子たちはジュリアを遠巻きに眺めるしかないのだが、それでも彼らは絶世の美女だと名をはせた姫の子供を見ようと、このような集まりには何度でもやってきた。
彼らは真珠の姫とジュリアを絶賛し、今やどの国の王族もジュリアの名を知らないものはいなかった。
一方のアメリアはというと、同じ国の王女同士ジュリアと引き合いにされることがたびたびあった。
ジュリア様は深海の女神像のように美しく、8か国の言語を自在に操り、そして民までをもお気遣いになるやさしい方だが、アメリアは品がなく、器量もよくなく、しかも何をやってもできが悪い王女であると。
もちろんそれはうわさに尾ひれがついて多少誇張されたり、する部分もある。
しかしそんな噂はもちろん侍女たちからおばやアメリア自身の耳にも入るわけで、おばは自分の娘がジュリアと比べられることがこの上なく面白くない。
おちぼれた小国の娘の子供のくせに...。
口には出してこそ言わなかったが、彼女は唇を固く噛んだ。



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