「ああ、本当に息がつまりそう。どうしておばさまはいつもあんなに不機嫌なのかしら」

朝の集いが終わり、おじさま一家が見えなくなると、私は耐え切れずぐっと伸びをした。
私と兄、そしておじさま一家の間には深い溝がある。
というのもおじさまは先王である私のお父様が早くに亡くなり、皇太子であったウィリアムがまだ小さかったため代理として王の座に就いた、いわば成り上がりである。
そんなおじさま一家が先代王の子であるジュリアや皇太子であるウィリアムを目障りに思うのは当然のことであった。
ウィリアムはジュリアの言葉に特に何も言わなかったが、苦笑交じりに小さく笑った。



その日ジュリアとウィリアムは朝の集いの装いのまま、数人の近衛兵とともに下町へと続く門をくぐった。
今日は王都から1時間ほど離れた小さな村へ視察に行く日だ。
王族とはたいてい城から外に出ないものだが、ジュリアとウィリアムは違っていた。
彼らは暇があると、とくに用事などはないのに数人の兵を引き連れてふらりと下町へ訪れる。
そこで二人は民たちの生活を知り、彼らの言葉遣いを覚え、時に民たち知恵を貸すのだ。
今や下町の民たちは二人の顔を覚え、ウィリアム様、ジュリア様と名前を呼ぶようになり、彼らを慕っていた。


村につくと初老の白いひげを生やした老人と三人の若い男たちが出迎えた。
感じのいいその老人が深く頭を下げると、控えていた三人の男たちもそれぞれ頭を下げた。

「皇太子様、王女様、お初にお目にかかれて光栄でございます。
私はこの村の村長のハリスと申します。後ろのは私の息子たちでございます」

老人はそう言ってまた深く頭を下げた。
長旅お疲れでしょう、と老人はいうと立ち話は何ですからと小さな民家へ2人をいざなおうとする。
しかしウィリアムはその申し出を柔らかく断った。

「私と妹のことでしたらどうかお気遣いなく。それより僕は民たちが心配です。さっそくですが被害があった場所に案内していただけますか」

「そうです、今回の水害で大変な被害を受けたと聞きました。村の方たちは無事でしたか」

二人の言葉に老人の目は涙でいっぱいになった。
なんとお心優しいことか、ついには老人は泣き出してしまった。


村は悲惨なものだった。
長く続いた雨のせいで川の水かさがまし、流れを変えた川は無残にも民たちが汗水流して切り開いた田畑をえぐり取っていた。
しかもその川のあたりはまだ浅く水が張っていて、地面がぬかるんでいる。
また雨がふれば川がさらに形を変えることもあり得た。

「幸い川の流れが畑のほうへずれたのでけが人は出ませんでしたが、見ての通りこのあたりの田畑はほぼ全滅です」

そして老人は民たちが十分に食事をできていないこと、そのせいで小さな子供たちの間で病気がはやり始めていること、たくさんの民が田畑を奪われたことなどを話した。
このままでは民たちは働くこともできずに、少ない食料の中で生きてゆくこととなる。

「倉庫にはどれくらい食料が余っているのですか?」

ジュリアがそう尋ねると、もう半分も残っていません、と息子の内一人がそう答えた。

「すぐに王族の食料庫から食材を持ってこさせましょう。
それから税金も民たちの生活が安定するまでは免除させます」

ウィリアムが深刻な面持ちでそう言った。
ジュリアも兄の言葉にうなずく。
ただ、とウィリアムは形のいい眉をひそめてそう付け足した。

「川の流れはまだ安定していないし、この辺の田畑はもう耕さないほうがいい。
しかし残った土地だけでは民たちが生活できないし、いつまでも王族の食料庫から配給することもできない。...どうしたものか」

考え込んだウィリアムに老人は策は考えてあります、と答えた。
老人によると、この村では耕した一つの畑に今までは12列という決まった列を作って作物を作っていた。
なぜ12列かというと、そうすることによって作物と作物との間に風が通るため、作物がよく育ち、そして二人が行き来できる幅ができるため、仕事を効率よくできるからだった。
しかしそれをこれから18列に増やすという。
それはぎりぎり人が横になって通れる幅だが、一応それで植える作物の量は増える。

「あまり作物を増やすぎると、うまく育たない作物も出てくるのでは?それに土を休ませる時間も長くなるのではないですか?」

ウィリアムそう尋ねると、老人は感心したように大きくうなずいてその通りでございます、と答えた。

「18列は作物が育つギリギリの数字でございます。ですが、ここまで畑をなくしてしまったからには畑を休めず、作物を作るしかほかに方法はありません」

なるほど、さすがに長年農業だけで暮らしてきた村の村長だけあって、言っていることは理に適っているし、今をしのぐためには一番の策のように思えた。
しかし畑を休めずに作物を植え続ければ、いずれは土が痩せ、作物もまたやせてしまう。
すぐ隣にいる兄もまた同じことを考えているようだった。

「お兄様、すぐ隣にある王家の領地を切り開いて使ってもらったらどうですか?
年に数回しか訪れない私たちが使うより、本当に必要な人に使ってもらったほうが幸せでしょう」

「なるほど、それはいい考えだ!」

とたん、ウィリアムの顔がパッと明るくなる。
そして近衛兵のわきに控えていた伝令係を呼ぶと、王様に報告してくれ、とそういった。
伝令係ははい、と短く返事をすると馬の腹をけって風のように去って行った。


村を見て回り村民たちとも一通り触れ合った後、そろそろお暇しなければといったウィリアムを村長はどうかせめてお茶だけでも出させてくださいと二人を引き留めた。
その老人の好意を断れなかった二人は村長の家へお邪魔した。
家にはその老人のほかに老人の息子のうち一人とその妻、そして生まれてまだ2日ばかりという赤子が住んでいた。
ウィリアムと村長が話す傍ら、ジュリアはその赤子から目を離せなかった。
赤子のほっぺたや腕、足はほんとうに丸々としていて、指でつつくととてもやわらかい。
それにミルクのような甘いにおいがして、ぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られる。
今度は手をつつくと、その赤子はジュリアの指をきゅっと握った。

「かわいい…」

ジュリアはその赤子にほれぼれした。
すると息子のそばで座っていた妻が席を立ちジュリアのそばにやってきた。
王女様、どうかこの子にふさわしい名をつけていただけませんか。
私たちはでは学がないのでいい名が思い浮かばなくて。
ジュリアは妻の提案に驚いたものの、老人やその息子までもがぜひにというので快く引き受けた。
そしてジュリアは考えつける最高の名前を口にした。

「この子はソルリ。肌が雪のように白いから。それに純粋で美しい女の子に育ってくれるように、願いも込めました」

ソルリ…。
ジュリアの隣にいた妻はその名を聞き目を輝かせた。

「きいた?ソルリ。
王女様があなたに名前をくださったのよ。
王女様のように心尊く、清く生きるのよ、ソルリ」

妻は嬉しそうにソルリを胸に抱いた。
その隣で夫が妻の肩を抱く。
あぁ、なんて幸せな家族なのだろう、ジュリアはそう思った。
小さいころに両親を亡くしたジュリアにとって、彼らの家族愛は目がくらむほどまぶしいものだった。
私もこうやってお父様とお母様に抱かれていた時があったのだろうか。
そしていつものようにぼんやりと彼のことを思い出した。




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