「このお金をチップに換えてくれる?」


見せつけるようにアタッシュケースを開く。
そこには凡人に手に入らないような、多額の札束が整列していた。
毎回のことだけれども、この人を見ていると冷汗がとまらない。
またやるのかよ、という諦めと、もしかしたら当たるかも、という期待で手のひらが汗でにじむ。
まぁ、あたることなんて億が一、兆が一。
とても低い確率にすぎないのだけれど。
山のような札束の向こうで賭博師たちが顔をゆがませるのが見えた。
あ、絶対負ける。




「あー。
なんで負けちゃうかね」


投げやりな言葉が隣から聞こえる。
いつもどおり手持ちのすべてのお金を手放すこととなったのだ。
忠告を聞かないからだ!
そう心の中でつぶやく。
さっきまでの両手に抱えていた重さは嘘だったかのように、今はどこかに消え去っている。
…今なら空だって飛べる。
絶対。


『日ごろの行いが悪いからですね』


重々しく、医者の口調を真似て答える。
借金に借金を重ね、どこからどこまでが借金かさえ、わからなくなっている。
それなのに全く危機感がない綱手には感心するが、危ない人だと思う。
いつもの反論がこないなと、見上げると、ぼんやりと青い空を眺める綱手がいた。
何となくどこかさみしそうだった。


「日ごろの行いは悪いつもりはない
むしろいい」

『…どこからその自信はくるのでしょうか』


胸の飾りをいじりながら綱手は口ごもる。
長い沈黙が二人に訪れた。
時折、二人をかき分けて通る春風だけが沈んだ空気を暖めていた。
…しばらく、綱手は遠くを眺めていた。
どこを見ているのか定かではない、ぼんやりとした眺め方だった。
さっきまでのあの目の輝きは何だったのだろう。
綱手は喜怒哀楽がとてもわかりやすい人だと思う。
いろんな表情を一気に作る。
見てて飽きない人だと、私は思う。


『もう賭けはやめましょうという、神様からのメッセージですよ
これに懲りて、賭けは中止です
もう借金の請求が何十枚もあることを知ってますか?
しかも私の財布に』


綱手の落ち込んでいるところに付け込んで、財布から請求書の数々を見せびらかした。
こうすれば少しは考え直してくれるはずだ。
精神のダメージがどっと、押し寄せてくるはずだ。
綱手のまじめに働く姿を想像して、でもそれがおかしすぎて笑った。
もちろん、心の中で。
しかし、綱手は思っているより一枚も、二枚も上手で。
今度は振り返るなりにやりと笑った。


「そんなに返せるほどお金は持っちゃいないよ」

『だからやめるんじゃないですか』

「働いたって間に合わないし
働くつもりもない
諦めろってところだね」

『何言ってるんですか!
これ以上借金を増やして…身の破滅ですよ!
巻き沿いはごめんです!』


しかし綱手には全く声が届いておらず。
大きく伸びをして、うーん、と唸った。


「よし、気分が乗ってきた!
酒でも飲みに行くか!」


全く聞いてない…。
体の力が抜ける。
鼻歌でも聞こえそうな綱手の陽気さに、思わずため息が漏れた。


「何もたもたしてるんだ?
置いて行くよ!」

『え…今から行くんですか!』


前には綱手の笑顔。
なんだかんだで…うん。
私はやっぱり、笑顔の綱手様が一番好きなんだ。
そしてまた、賭けを許してしまうんだ。
許さなくてもこの人は自分で勝手にしているけれど。
ズンズンと前を行く綱手。
それに置いて行かれないように、私は走りだした。

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