いつか永遠に届くまで/後





その夜のうちにイヴは初体験をおえた。実はギャリーもそうだったのだが、イヴの様子からするとそのことには全く気づかれなかったようだ。こっそり安心した。
「おはよ。何か食べる?ていうかおなかすいてるでしょ、疲れることしたし」
「……おはよ……」
「あらやだ声がガラガラよ」
「だれの……せい……だと……」
のろのろと歩く彼女は、ギャリーのワイシャツ一枚を羽織っただけの状態だ。下着は轟音をあげる洗濯機の中だし、真にそれ一枚だ。
(ううん悪くない、ていうかいい眺めだわ。10才のときに手を出してたらこれ見られなかったのねえ、よくやったわアタシ)
動きは緩慢だったが、いつも朝はジュースだけのイヴが、ハムエッグやトーストにも手を伸ばしている。やはり空腹なのだろう。
「……ギャリーが」
「ええ」
「あんなにねちっこいとはおもわなかった……」
「……そう?」
童貞だったし、やりたいことをそれはもうたくさんかかえてのウン十年だったし、せっかくだからあれもこれもといろいろ要求してしまったのは確かだが。
「こっち、は……初心者、なんだから……」
やはり気づかれていないようだ。さらに安心した。
「そんなおかしな要求したかしら」
童貞の妄想力は逆に経験者よりも細部のこだわりとバリエーションが激しかったりするのだが、それをここに指摘する者はいなかった。そしてねちっこいのも、彼の生来の性質として、あたっている。
「し、た…!!!! ふ、服を脱ぐとこみたいって、観察したり、処女のオ、オナニー見たいから見せて、なんならアタシも見せるから、と、か、く、くちでつけて、とか、っ、そ、それに、あん、あん、な」
一気に言ったことで、げほげほと彼女はむせた。喉が腫れてうまく酸素が行き渡らないのかもしれなかった。
「でもイヴ全部聞いてくれたじゃない」
「こ、断れない空気、出す、から…!ずるい!あのエロオーラずるい!」
「えー、だいぶライトなやつだけ選んだつもりなのにー」
「ギャリーがこわい…!出会って8年目にしてはじめてギャリーがこわい!」
「…ま、これで初体験ってやつは済んだわけだし。
もうはやまっちゃだめよ?つぎにするときは、ちゃんと好きな人と。ね?」
大人の笑みを向けてやると、イヴは神妙な顔になり、なにか考えを巡らせたようだった。
そうして、うなずいた。
ギャリーは「よし」と返した。



紆余曲折あったものの晴れてイヴとの性行為が終了、本懐を遂げたわけで、ギャリーは刑務所でのお勤めを終えたような気持ちだった。
天使にかけた年月は、つまり天使だったので今となっては当然のものと思っている。
けれどこうして無事に理想の頂点で初体験を済ませることもできたし、心おきなく異常性癖者に戻ることができる。
二人目からなら、いくらか理想を下げても平気だろう。
残念なことに幼女への興味は失ってしまったが、いまの自分は女子高生好きという、それはそれで立派な変態だ。なんら恥じることはない。

まずは近隣の女子校の近くにやってきている変態である。物色である。
しかし何度か学校を変えて観察しているうちに、焦りが生まれてきた。
(え…女子高生って、こんなもん…?)
いま幼女に感じる、動物園の動物を見る気持ちと大差ない感情しかわき起こらないのだ。
髪型と服装を少年のものにすればそのまま通じそうな、なんというか、まったくもって欲をそそらない子供の集まりだ。
イヴの美しさのかけらすらその中から見つけることができない。こんなにたくさんいるのに。
イヴが蜜をたっぷりふくんだ真紅の林檎なら、これはかぼちゃやじゃがいもの群れだ。
かぼちゃやじゃがいもにもそれはそれで良さがあるのだろうが、ギャリーの好みにはまるでかすらない。
黙って校門を見守る長身痩躯のけだるげな美青年に声をかける女子高生も数人いたが、ただひたすらにわずらわしい。
(もしや…!アタシいつのまにかペドに戻ってたとか!?)
ダッシュで変態は小学校へ向かう。アイデンティティのために。
が、そこでも同じ結果だった。というか女子校よりひどかった。
かつてあれほどまでに己の情欲をかきたてた8才の子供たちが、完全にただのこども、それ以上でも以下でもない存在にしか見えないのだ。



(どういうことなの…アタシ、どうなっちゃったの…?)
そういえば聞いたことがある。
長年あたためていた強い執念を持った目的を果たすと、そのあとは抜け殻のようになってしまったり、その目的に関することがらすべてに興味をなくしてしまったりするということを。
童貞が長すぎたのかもしれない。
理想中の理想の少女と経験をしたことで、性欲そのものが消滅してしまったのかもしれない。
(そんな…なんてことなの、アタシ…これからどうしたら…)
暗闇の迷子のように途方に暮れて、すっかり日の落ちた街をとぼとぼと歩いてアパルトメントの扉を開けると、「あ、おかえりなさい」とイヴが出迎えた。
そういえば合い鍵を返してもらっていなかった。

長年彼の家に入り浸る彼女は、その気になれば数週間は滞在できるだけの私物や着替えをこの家に持ち込んでいた。
「初体験」の朝からこっち、ギャリーはイヴに一度も連絡をとっていなかった。その間二週間ほどだろうか。
とくにつきはなすとかそういうつもりもなく、彼の中でイヴは読み終えた本だった。
そのあいだ、彼はこうして女子校やら小学校やらを歩き回っていたわけで、つまりイヴに会うのは二週間ぶりなわけで。
「その…料理、作ってみたの。ディナー、まだだよね?」
テーブルの上にはショートブレッド、チキンのサラダ、ドライフルーツのたっぷりつまったプディング、ミートパイ、そんなようなごちそうが並んでいる。ちいさな青と赤の薔薇がガラスコップに活けられて、キャンドルのあかりに揺れていた。
その前で、ひらひらとフリルのついた真っ白なエプロンを身につけたイヴがはにかんでいる。
冴えない自宅の一室に、大輪の花が咲いたようだった。
胸の前で合わせた両手の指先には絆創膏などいくつか巻かれている。お嬢様の彼女は、自宅で料理なんてしない。それは使用人の役割だ。
この家で何度も、お嬢様からすれば料理と呼ぶのもおこがましいような食事を二人で作ってきたが、彼はイヴに一人で料理をさせることは無かった。彼のなかでイヴはちいさな少女であったし、火にも包丁にも触れてほしくなかったのだ。
「あの、お仕事だった?こんなに遅くまで……食事じゃなくて、シャワーのほうがいいかな?
ねえ、ごはんにする?おふろにする?それとも、」
その続きを彼女が言うことができたのは翌朝だ。
衝動にまかせたギャリーが、さらうように奪うように彼女を横抱きにして、荒々しく寝室のドアを蹴破って、ベッドへ彼女を放り込んだからだ。

「……お茶にする?って言いたかったのに!」と、翌朝彼女は猛抗議した。
すっかり冷めきったごちそうを温めなおしてはベッドへ運びながら、ギャリーは謝罪しつづけた。





(……どの段階で決定的に間違えたのかしらアタシ……)
思い返してもよくわからない。もしかすると決定的な瞬間なんて実はなくて、些細な選択の積み重ねの結果なのかもしれない。
ギャリーは再び鏡の中の自分を眺める。
イヴに出会ったときは青年だった。今は、まあ、若く見えるとは自覚もしているものの、客観的にも主観的にもおじさんだ。目をすがめれば浮き出る皺だってある。
相変わらず無駄に色気を垂れ流してるとか石油王をパトロンにしてそうとかさんざん言われるが、やっぱりイヴ以外と肌を重ねたことなんて無いし、その予定も欲求も無い。
そうしてそのまま、こんなことになっている。
白いタキシード、白いタイ。

「ギャリーさん、そろそろこちらへ」
「…はい」
係員に呼ばれて、ギャリーは扉へ向かう。
森のなかの穏やかなここは、建物の作りも威厳がありつつかわいらしくもまとまっていて、自分と彼女の友人一同親類一同もやってきていて、白い鳩なんかもいて、空は真っ青に晴れていて、絵にかいたような、こんな。
だって自分は変態なのに。

扉をあける。
真っ白な薔薇のようなドレス。長いヴェール。
珈琲色の髪は結い上げられて、芸術品より美しいうなじと背中のラインが見えた。
扉の音に気づいた彼女がこちらを振り返る。
「ギャリー」
その声ときたら。
天国の音楽よりも妖精の歌よりも、自分を甘くとらえて離さない、天使の音色だ。
幼さのかけらなんてどこにも無い、誰がどう見たって美しい女性だ。いや、世界で一番美しい女性だ。
「……きれいよ、イヴ」
「ありがとう… ギャリーも素敵よ」
そっと手をとり見つめ合う。そのままひかれあうように唇を重ねようとしたところで、係員の咳払いが響く。
「…それは、あとにしてください。誓いのキスでも、そのあとでも」
ばつの悪い顔で二人は離れた。
あらためてギャリーはイヴを眺めた。真紅の薔薇より美しい彼の花を。
彼女が大学生のときは、女子大生こそ宇宙で一番すばらしいカテゴリの女性だと信じた。
そして今は花嫁衣装より美しいドレスなんてこの世にあるわけがないと思う。
きっと、おそらくこれからもそうなのだ。
「……誓いのキス、ですって。ギャリー、できる?」
「うん?どういうことかしら。何年あんたとキスしてきてると思ってるのよ」
「そっちじゃなくて。
永遠の愛、ってやつ。神様の前で誓えるかしら」
「さあね。永遠を過ごしたあとでしかわからないわ、そんなもの。
でも、あなたはいつも「今」が一番きれいだから、」

彼女が三十才になれば女は三十路からが本番だとか考えるのだろうし、四十才になれば落ちる果実の直前がうんぬんとか言いだし、五十才に、六十才になるたびにそんなふうになっていくのだ。


それはきっと人生の終わりまで続いていくし、もしかしたら死んだあとだって続くだろう。



そうしていつかは永遠に届くかもしれない。








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「あたしロリコンじゃないわよ!」というギャリーが多いので逆からのアプローチ。
あと9才はロリコンじゃなくてペドだということとペドフィリアという単語の音の響きが好きなのでたくさん打ちたくて書いた、別名「すごく鈍感な人の話」。

理由あって一度pixivにあげてその後下げました。


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2012/05/14
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