// 1、そこにある(かもしれない)ロマン






日向創が意識を浮上させたそのとき、まず知覚したのは知っているけれど知らないにおいだった。
「おはよ、日向クン。えへへ、やっぱり寝顔かわいいねっ」
次いで、ちゅっ、つ唇に触れるやわらかいものと、至近距離でにこにこと自分の顔をのぞきこむ恋人の顔だった。
(……あー、狛枝のにおいか)
彼女ならば、肌のにおいも味も知っている。それとかすかなフレグランスが混ざって香るこざっぱりとしたこの部屋は、どうやら彼女の部屋らしかった。女子寮は男子禁制なので訪れるのはもちろんはじめてだ。それでも落ち着いたカーテンやラグ、ダークブラウンの本棚に観葉植物といったインテリアは実に狛枝らしいと感じるものだった。日向はベッドに寝かされており、視線を少し動かせば同衾していたミラクル☆ウサミのくたびれたぬいぐるみと目があった。が、そんなものを見ていてもなんにもならないので、すぐにすぐそばの恋人の銀緑色の瞳に笑いかけた。
「おはよう、狛枝。狛枝も寝顔かわいいぞ。起きててもかわいいけどな」
「やだもう日向クンったらぁ」
彼女は照れながらも恋人にぎゅっとしがみついた。ふよん、と大きな(先日Dカップのブラに買い換えたと言っていた)胸が胸に押しつけられる。髪から香る桜は、澪田にもらったという限定ものの桜シャンプーだろう。俺の彼女はかわいいうえにうまそうだなあ、うまいけどな、と日向はかみしめる。それからできるだけさりげなく問いかけた。
「ところでだな、狛枝」
「なぁに日向クン?」
「なぜ俺は両手両足を縛られてカノジョのベッドに転がされているんだろうか」
「それはボクが縛ったからです」
にこ、と狛枝が笑う。かわいい。かわいいが、解せない。

「はあぁぁん……黒帯何本も持ってる身長180cm胸囲91cmのがっしりした日向クンが無力化されたあげくぬいぐるみといっしょに転がされてる姿ってばマジで希望だよぉお」
日向の隣で、恋人は転がった自身の体を両手で抱き締め、ぞくぞくしている。目の中にハートマークが浮かんでいる。これはこれでかわいいのだが、やはり日向には解せない。
「ええと、お前にはこういう趣味があったのか。気づかなくてすまない」
やはり転がったまままっすぐに彼女を見つめて日向が謝罪する。彼の両手両足さえ縛られていなければ、一つのベッドに二人で寝ころぶ、ごく普通の恋人たちだ。きょとん、と狛枝が半身を起こす。
「こういう? うーん、どうだろう。ボクおつきあいするのは日向クンが初めてだからこういう趣味があるのかどうかって断定できないなあ。縛りたい欲求を抱えてきたわけでもないし。日向クンなら縛られてても縛ってもらってもバニーガールコスプレしててもぐっとくるだろうし」
「なぜバニーコス」
「いやまあウサミぬいぐるみがそこにあったからね」
四肢の自由を奪われているにも関わらず、あまり危機感が無いのは狛枝から悪意を感じなかったからでもあるし、狛枝になにかしたいことがあるのならどんな要求でも受け入れるつもりだったからでもある。どんな要求でも、だ。愛している、そう告げたのはそれなりに確信してからのことなのだ。
狛枝は胸の前でがっつり縛られた日向の指先にじゃれついているので、それを見ながら彼は目覚める前の記憶を辿る。確かレストランで花村特製の桜餅を食べたのだ。むろん二重の意味でのらりくらりと回避しようとしたのだが、狛枝と話をするうちにいつのまにか口にすることになっていた。直後、意識が暗転している。手段についてはおおよその検討がついた。次は動機だ。
「どうして俺を縛ろうと思ったんだ?」
「ねえ日向クン。この希望ヶ峰学園は鳥かごのようだと思ったことはないかい?ないかもしれないね、君は本科唯一の自宅通学者だもの」
あ、会話する気ないなこいつ、と日向は早々に対話を放棄した。狛枝は生い立ちでそうなったのかもともとそうなのか、自分が伝えたいことをまずは吐き出しきらないと会話にならない。なのでとりあえず静聴することにした。
「費用免除の全寮制、南地区に揃ったほぼすべてのサービスに超学割が適用されたショッピングモール。これにより本科生は長期休み以外で「外」に出る必要は無いんだよね。ていうか外出届の手順の煩雑さときたら「そう簡単に学外に出してたまるか」という職員のあからさまな意図があるよ。外泊届の難易度といったら終里さんが主人公のスーパーダンガンロンパ2じゃないかと七海クンが言っていたよ」
「それは逆に別ゲーになって楽な気もするな」
「ボクもそんな気がした」
「左右田でいこう」
「うん、左右田クンだ」
両手はフェイスタオルで縛られているようだ。両足は縄跳びだ。わずかに手足を動かしてみたが、これはたぶん簡単にほどけないようになっているだろう。
「でね、そんなふうに本科生はみんな、昼も夜もずっといっしょなんだよ。君以外はね」
ふ、と銀色のまつげが伏せられた。
「入学したてのころの君ってば謎だらけだったでしょう?誰もそれを追求しようとしないところも含めて謎。だからね、授業が終わって、そのあと一緒に勉強したりして、また明日ね、って校門で手を振って別れるのがすごく怖かった。明日もこの人はこの門をくぐるのかな、こんな異常な学園に戻ってくるのかな、ちゃんとボクの前に現れてくれるのかなって」
彼女がそんなふうに思っていたなんて、日向は知らなかった。当時は彼も自分のことで手一杯で、いや、そのことこそが彼女の不安を招いていたのだろうか。
「夜のあいだは存在しない人なんじゃないかって考えたりもした……だからね、また明日、なんて言わないで、ボクの部屋に朝が来るまで閉じこめちゃおうかなって計画したことがあったんだよ。ちょっとだけ。ちょっとだけね」
ほんとにやろうなんて思ってなかったよ、だってあの頃ボクらはこういう関係じゃなかったしね。キミという希望にボクがまとわりついてただけだもの。
続けられた言葉に、日向はとりあえずうなずいておいた。いいたいことはたくさんあるが、話し終えるまで反論は控えたほうがいい。
「あの、ほんとにするつもりなかったんだ、ただ、ぐるぐる悩むよりは前向きっていうか現実逃避っていうか?」
「ああ」
「ちょっとした思考実験だよ。拉致の手段やその後の隠蔽工作を大学ノートに書き留めてたら一冊分つぶしちゃって、なんか我ながらよくできてるなあと思ったからとっておいたんだ。それだけだよ。ほ、ほんとに実行する気はなかったんだからね?」
「……ああ」
「ちなみにこれがその当時のノート」
ベッドに隣接したデスクから、狛枝はひょいとそのノートを取り上げた。日向の前で紙芝居のようにぱらぱらとめくってみせる。
「その表は?」
「さすが日向クン、目のつけどころがいいね。これはね、睡眠薬の服用量と昏睡時間の実験データだよ」
睡眠薬。昨年の、春ごろ。日向の脳裏に当時の記憶が交差する。
「まさか! あのころ七海がやたらに寝てたのは」
「あ、七海クンはゲームのしすぎの寝不足。もともと眠そうな人に薬盛っても実験になんてならないでしょ」
「じゃあなにで実験したんだ?」
「左右田クン」
「ああ、そういや授業中よく寝てたな」
不真面目なやつだとあきれていたが、薬を盛られていたのであれば納得である。一年後に誤解が解けた。でもまあたぶん盛られてなくても寝てただろうな、と彼への評価はあまりかわらなかった。
それにしても、と日向は紙面に目線を戻す。実に詳細に書き込まれていた。一度書き込んだのちに何度も何度も同じページで推敲と見直しが繰り返されている。練り込まれた計画なのは紙面から十二分に伝わった。
(狛枝は……こんなものを夜な夜な一人で作りこんでいたのか……)
誰にも言わないで、一人きりで、幾度もシミュレーションを繰り返したのだろう。睡眠薬以外の実験も何度か行っているに違いない。紙面にはその痕跡もある。移動距離の計測記録だとか、台車の調達方法とその処分、アリバイ工作のための手段だとか。長期における監禁のための諸問題のリストとその対処も書き込まれている。
当時は恋人どうしではなかった、友人だったかどうかもあやしい。それなのに、自分を拉致するために、こんなに綿密な計画を。そのことを思って、日向は。
「……狛枝……
お前、あのころからそんなに俺のことを考えてくれてたのか……!」
ときめいた。
なんていじらしいやつ!と、ふわ、と頬を染めた。
狛枝も「や、やだもう、こんなのたいしたことじゃないよぉ」と照れ照れとノートで口元を覆った。
「それに結局勇気が出なくて決行できなかったしっ」
「いや、すごいよお前。一年前からこんなに思われてたなんてな……俺は幸せ者だったんだなあ」
「もぅう、日向クンってば褒めすぎ!」
ばふ、とノートが日向の顔にかぶせられた。
「……で、なんで今になって決行したんだ?」
夜のあいだに俺が消えたりしないのはもう知ってるだろ、と頭を降ってノートを払う日向に、うん、あのね、と狛枝が心なしかしおれてしまう。
「日向クンがモテるのは知ってたんだけどね、本科生は今さらだし予備学科もそうなんだけど、新入生見てたらねえ」
「新入生」
そういえば今日も昼時に新入生の固まりに囲まれたなあ、とのんびり思い出す日向である。「超高校級の普通」は、やはり物珍しいらしい。
「なにもね、日向クンのこととられちゃう、とか、浮気される、とか、そういう心配してるわけじゃないんだよ。ボクは日向クンを愛してるからね」
こっちこっち、と手招きされるままに日向はベッドの上を這って正座する狛枝のふとももに頭を乗せた。細い指先が栗色の髪を梳く。
「でも、みんなに囲まれてる日向クン見てたら、ボクだけの日向クンでいる日が一日くらいあったっていいんじゃないかって思えてきて。視界にボクしかいない24時間が一日くらいあってもいんじゃないかって。
で、いろいろ決行できる条件が揃ったものだから、ついうっかりやっちゃった」
ついうっかり、で、国の大金庫に匹敵する、あるいはそれ以上の防衛システムを誇る要塞に男子生徒を連れ込む狛枝である。理屈で思いつくIFを全てつぶして理屈を越えた確率を引き当てる。人事を尽くして天命を待つ、とは彼女のためにある言葉だろう。
「あの頃は難易度高かったいくつかの項目もクリアできるようになっちゃってたし」
頬に手を添えて示された視線の先には、見慣れたショルダーバッグが置かれていた。日向が外泊時に使っているもので、当然、自宅に置いてあったはずのものだ。中身がつまった風情でそこにある。
「日向クンの着替えとか身の回りのもの詰めてもらったんだ」
誰に、とは尋ねない。答えなどわかりきっているからだ。狛枝に協力するのは意外だったが、考えてみると拒否するのも意外だ。
(てことは冷蔵庫の心配はしなくてもいいのか)
不安材料はほぼ消えた。
「狛枝、今日は何曜日で今は何時だ?」
「金曜日。キミの昏倒は6時間だったよ。薬の効き目自体はもっと少なかったはずなんだけど、たぶんそのまま普通に寝ちゃったんだね。キミの神経の太さには慣れたつもりでいたけれど今もまだびっくりさせられるよ。で、今は22時。寮の門扉は封鎖されたから女子生徒だってもうここからは出ていけないよ、明日の朝まで」
「出ていきたいわけじゃない。理由がないからな。俺がしばらくここにいて誰とも会わなければ狛枝は満足するのか?」
「んんんぅ……そういう言われ方しちゃうとなぁ。でも、まあ、そういうことになるのかな」
「よし、じゃあここにいる」
「ボクが言うのもなんだけど、日向クンてほんと適応力高いよね」
「さすがに相手がお前じゃなければ多少は暴れるぞ。で、いつまでにする?」
「んー。日曜のお昼まででいい?」
「意外と短いな」
「拉致監禁ってやつをしてみたかっただけで長期間の隠蔽は目的じゃないから」
指の背で頬をなでられながら、さてどうしたものかと日向は考える。
日曜の昼までと彼女が言うならその時刻には解放されるのだろう。延長してもべつにかまわない。狛枝を不安にさせたのは自分だし、それが解消されるのであればいくらでもつきあおう。
(……でも一つだけ問題があるな)
「なあ、手だけでもはずしてくれないか。逃げないから」
「だめ。逃げないでいてくれるのはわかってるよ?でもなんか」
「なんか」
「縛られて転がってる日向クンながめてるうちにぐっときちゃって」
「結局そういう趣味ってことなんじゃないのかそれは」
「生殺与奪を全部握ってるんだなあっていう満足感?みたいな?ああ、このヒトってば今はボクがいないとボタンひとつとめられないんだぁ、みたいな?」
「俺にきかれても」
「それに拉致監禁、って言葉、ロマンがあるとおもわない?」
「だから俺にきかれても」
「拘束をといたら監禁じゃなくて軟禁になっちゃうし……監禁と軟禁はまたロマンの種類が違うし……」
狛枝は困ったように言い聞かせてくる。いい雰囲気になったところで「ごめんね、今日生理なんだ」と切り出すかのように。実際そういうふうに断られたことは今のところないが。
(別の方向から行こう)
「食事は?」
「簡易キッチンがあるから安心して。食材は調達済み。月曜までボクの手料理だよ。ちゃーんとボクの手で食べさせてあげるからね。ふふ、二日あったら日向クンの内蔵の中身、ぜんぶボクのごはんになっちゃうねえ」
「風呂は?」
「見える?個室にはぜんぶシャワールームがあるよ。バスタブはそんなに広くないけど、なんとか二人で入れるかな?あ、お風呂のときは足だけはずしたげる」
「俺は筋トレを日課にしてるんだが」
「んふふ、「運動」ならたっぷりつきあってあ・げ・る」
指先で日向のあごをついとなぞり、狛枝凪は蠱惑的に笑ってみせた。
一年前は「美人だけど色気は感じない」「九頭竜ならいけるけど狛枝はなんかちがう」「十神なら目をつぶれば」「弐大アニキならむしろお願いしたいっす!うっす!」などとさんざんな言われようだったというのに。
「……トイレは」
「うふふふふ。それもばっちりだよ。罪木サンに道具とやりかたしっかりがっつり教わってそして借りてきたよ!」
見ればショルダーバッグのわきに介護用品が積み重なっている。もう五十年もすれば日常的にお世話になるかもしれない器具や消耗品の山が。
(…………ううむ)
「ね、日向クン。ボクに監禁されてくれるよね?」
目を細め、さかさまに自分の顔をのぞきこんでくる狛枝である。かわいい。彼女からすれば障害はオールクリア、何一つ問題なし、といったところだろう。
だが日向にはなお、ただひとつ、問題がある。
「狛枝。これじゃお前を抱き締められない」
若葉の緑のきらめきをまぶした強い金色の瞳に射抜かれて、狛枝は柔らかく微笑んだ。
「……そんなこと。ボクにまかせて、日向クン」
そっと日向の頭を腿から下ろし、芋虫状態の彼をベッドの壁際にごそごそと落ち着かせる。そうしてから、狛枝は日向のくくられた両手首が作る腕の輪をくぐった。もぐらたたきの穴から出てくるもぐら、プールに浮かんだ浮き輪から出てくるこどものように。そうして彼の頬に頬を寄せて、「ねっ?」と笑った。

(…………かわいい。 かわいい、けど。これじゃだめなんだよ、狛枝)
ぎゅっ、と日向は、狛枝をはさんだまま両手首を胸に引き寄せるようにして彼女を胸におしつけた。
「やん日向クンったらぁ、ちょっと痛いよぉ?」
91cmの胸筋にふよふよのふたつのさくらもちがぐいぐいおしつけられる。狛枝も悪い気はしていないことが伺える口調ではあるが、実際痛みがないわけでもなさそうだった。それでも日向は無心に押しつける。
「ひ、日向クン?おーい?」
「……やっぱり違う……」
「は?」
「狛枝、頼む。手だけでいいんだ、ほどいてくれ」
日向の苦悩に満ちた表情に、狛枝はどきりと胸をときめかせながらもおずおずと問いかける。
「えっと、衣食住は保証するよ?罪木サンだけじゃなく田中クンにもいろいろ聞いてきたんだ、快適に過ごせるようにする、約束する。何が不満なんだい?」
何がもなにも、睡眠薬を盛る、縛る、監禁する、どの行程ひとつとってもアウトである。そのうえこれらを全て実行している。それでも彼らにとってそのあたりはあくまでも些事だった。
日向は食いしばった歯から、吐き出すように告げた。
「……さわれないのは、いやだ」
なんだそんなことか、と、狛枝の顔がぱぁっと輝いた。
「そこも含めての監禁だよぉ!だいじょうぶ、いっぱいくっついてあげるからさみしくないよ!ほら、ぎゅっぎゅー」
「いや……手のひらでさわるのとくっつくのは、やっぱり違うんだよ。餅は白米の代わりにはなれないだろう?そういうことなんだよ」
「だからぁ、」
「そりゃあお前は頼めばくっついたり乗せたり押しつけたりはさんだりもしてくれるだろうが」
「……んぅぅう?」
「丸二日!二日間も!二人っきりでいるのに揉めないなんてどういう拷問だよ!俺は嫌だ!!ふざけんなよ!」

狛枝プロデュースの監禁生活についての日向の考えは、ほぼ肯定的だった。
食事に関しては願ったりだ。もともと段取りの鬼であり頭の回転も良くセンスもある狛枝は、めきめきと料理の腕前をあげている。それを三食「あーん」で食べさせてもらえるのは悪くない。というかすばらしい。入浴に関しても同じだ。きっと忘れられない時間になるだろう。「運動」は言うまでもないし、下の世話に関しては、まあ、狛枝がその気になっているなら多少葛藤はあるがなんとかなるだろうとすら考えている。
(結婚するんだし、長い人生の間にはそういうこともある)
確かにその考えは間違ってはいないが、高校生のうちにそこまで進む男女は稀であるしこれはやむを得ない事情でもなんでもない。回避可能な事態である。
しかし日向創の「普通」の範囲は広い。広いというか、境界が存在しない。彼は劇的な存在に身を焦がすほど憧れながらも、自身は結局はごく平凡な存在であり、これまでもこれからもありふれた日常しか訪れないのだと強い確信を持っている。
だからこそ彼の前においては「人類史上最大最悪の絶望」も「普通の女の子」としてしか存在できず、かくて六十億の人命と文明は守られた。それらは関係者により堅く隠蔽されている事実だが、日向創はそれを聞かされても一笑に付すだろう。
あらゆる「超高校級」を集めた学園に招かれ、狛枝凪という恋人を得て、学園を物理的に半壊させ理念的にも半壊させる事件を起こしておきながら、いまなお彼は自分は平凡であり、ごく普通の学生生活を送っているのだと疑いもしていない。それこそが彼に備わる「異常」、異能の集まる希望ヶ峰学園において誰よりも強い異常性であり、最大の防御であり武器であった。
つまり日向創にとって、恋人に拉致監禁されることも下の世話をされることも、イレギュラーではあれど異常事態ではなかったのだ。よくある青春の1ページなのだ。
その彼が、唯一、受け入れられないとしたもの。それは諸々の拘束ではない。

「ちょ、日向クンやめて、タオルむりやり引きちぎろうとするのやめて!危ないよ骨とか飛び出しちゃうかもしれないよ手首がちぎれる可能性もあるよ布って強いんだから!!」
「かまわない!狛枝と密室空間にいるのにその胸も揉めないこの手なんてなんの意味もない!!俺は!この運命から未来を創り出してみせる!!」
「日向クン……!キミって人は、そこまで……!」
「ああそうさ狛枝、俺は、俺はたとえこの両手が砕け散ろうとも」
うっとりと狛枝がよだれをたらして恍惚となったところで、「なんのさわぎでちゅかー!不審者でちゅかー!いたいけな女生徒に不埒なまねを働くやからはあちしがスクラップ&スプラッタでちゅー!」と、当直の見回りであった担任教師が狛枝の部屋の扉をマジカルマスターキーで開錠し、蹴り開けた。
「お前の胸を揉みたいんだ!それ無しで生きていく理由なんてない!!」
「はぁぁああああん日向クゥウウウウウン希望だよぉぉおお」
ぽて、と担任が倒れた。


「狛枝、考えたんだが」
「なあに日向クン」
「やっぱり監禁されてやることはできそうにない。軟禁で手をうたないか。こう、部屋の長さぎりぎりの首輪とか、雰囲気出そうじゃないか?」
「うーん。ボクってこうみえて完璧主義者なんだよね。そういった二番手でよしとする玉虫色の解決は望ましくないな。一度監禁という最上の手段を見てしまった以上ね」
「じゃあ着眼点を変えよう。俺が狛枝を監禁するのはどうだろう」
「……! 日向クンが、ボクを?」
「ああ。きちんと世話するぞ」
「日向クンが……ボクを……(ポッ)」
「ああ」
「え、えっと、えっと、じゃあ、両手両足縛って床の上に転がしてくれる?畳じゃイヤだよ、フローリングだよ?(もじもじ)」
「もちろん、好きなように縛ってやる」
「じゃあじゃあ、手は後手にコートの上から縛ってほしいな!それから食事は床の上に置いて立ったまま見下ろして「ほら勝手に食えよ」とか言ってほしい……!どうしよう考えただけで興奮してきたよぉ!」
「はは、かわいいやつ」

狛枝の部屋にて。
引き続き四肢を縛られて転がされたままの日向と、その横で正座させられている狛枝は、担任の説教を完全に無視して和気藹々と、あるいはらーぶらーぶに、「じゃあ次の連休に」と監禁計画を練っていた。
説教している担任を完全に無視して。いや、無視ではなく、愛し合う二人の前には傷害どころか認識すらされていないのだ。
己の無力さに床ドンを繰り返す担任に、戸口に集まってきたギャラリーの一人である小泉がそっと手を置いた。その瞳は優しさに満ちていたという。





そこにある(かもしれない)ロマン/終。



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2013/03/21



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