春上旬// 1 めぐりくるはる、桜色。




人類の希望である輝かしき「超高校級」の才能を持つ生徒を招き、育成する。いわば人類の結晶ともいうべき存在をぎゅっと一カ所に集めたまばゆいばかりの学び舎。その名も希望ヶ峰学園。

学園の門扉から校舎までを、今年もどっしりとした桜の小道が薄紅色に染めあげていた。何度も何度もやってきた、新たな希望が学園の生徒となる季節だ。
その小道を、一人の男子生徒が歩いていく。
その頭頂部のアンテナをのぞけば、一見して、ごく「普通」の生徒である。
背は高くそれなりに筋肉もついており、顔立ちは整っているといえるほうだろう。
ちゃんとしたご家庭でしつけられて育ったんですね、と誰もが推測する、清廉で凛々しさの漂う空気は、しかしそれでも一言で言うならば「普通」であった。
片手でペットボトルの緑茶を二つ持って、目的地のある足取りで歩いていく。

その彼の後方数十メートル。こちらには、真新しい制服を着た三人の女生徒がいた。
「はあ、あのかたが…… たしかに普通、ですね」
つやつやときらめく黒い髪、誰もが描く理想の○○と言った少女を現実にひっぱってきたような美少女が言う。そこにいても、どれだけの人の中にいても自ら輝く光である。
「ほらほら苗木ぃ、早く声かけないと」
こちらは健康的に日焼けした褐色の肌に、あきらかにブラウスの胸部分のボタンが今にもふきとびそうなスタイルの、これもまた美少女である。
「ま、待ってよ。お茶ふたつ持ってるよ、誰かと待ち合わせなのかも」
苗木、と呼ばれた彼女は、さきにあげた二人ほど圧倒的に輝くような美少女ではないものの、これもまた多数の生徒が「理想の彼女」像として挙げそうな、おとなしげな、小柄でかわいらしい少女である。
なにやら大きなトートバッグを持った苗木の言うとおり、歩く男子生徒の行く先に、やがてベンチと、そこに座る少女が現れた。
ふわふわの白くて長い、わたがしのような髪、やはり驚くほど白い肌、銀色と緑のまざった瞳、ほっそりした手足。学園制服が逆にコスプレに見えるレベルに妖精めいた色合いと顔立ちの彼女は、彼をみとめてふにゃりと笑った。

「待たせたな、狛枝」
「ううん、飲みもの忘れたの、ボクだから。ありがとう」

彼女は弁当箱とわかる包みを二つ膝に乗せていて、ひとつは小さな楕円型、一つは大きな長方形だった。その、大きなほうを、隣に座った男子生徒に渡す。
「はい、日向クン。生まれてはじめて作ったお弁当、よろこんでもらえるとうれしいな」
「よろこんでるよ。うれしいに決まってるだろ」
弁当箱を、宝石のつまった宝箱のように受け取り、結び目に指をかけて「開けてもいいか」と尋ねる。
「もちろん。日向クンのものだもの。
そちらの三人も、一緒にどう?」

いつ「帰ろうよ」と切り出そうかと迷っていた苗木は、とびあがらんばかりに驚いた。黒髪の少女と褐色の少女二人は、ちらりと目線を交わしあったあと、いそいそと桜の木の影から、照れ笑いしながらその姿を現した。
「えへへー……どもども」
「申し訳ありません、もっと早くお声かけしたかったのですが、日向先輩がどこへむかわれているのかも気になって」
「…………」
ややあって、苗木も現れる。トートバッグを両腕で隠すような、このまま抱きつぶして消してしまいたいというような抱えかたで。
日向は、ぱちりと目をまたたかせた。
「え?ついてきてたのか?いつから?」
「先輩の教室へ伺ったら、昇降口の自販機へむかったとお聞きしまして」
けっこう長い距離だな、と日向がつぶやく。狛枝が歌うように続ける。
「初めまして。「超高校級のアイドル」、舞園さやかさん。「超高校級のスイマー」、朝比奈葵さん。それから、「超高校級の幸運」、苗木マコさん」
日向への説明も兼ねているのであろうその確認に、三人はうなずく。狛枝は白い手のひらを自分の胸にあてた。そして誇らしく告げる。
「ボクは狛枝凪。日向クンの彼女だよ」
「いや、この流れだと「超高校級の幸運」って言うべきだろうが」
「そういう肩書きもあるよね」
「どう考えてもそっちのほうが重要じゃ……」
超高校級の幸運とは、年に一度、抽選で引き当てられる生徒である。隣にいる苗木マコもまたそうであるが、本人いわく「あんまり自分がついてるって思ったことないなあ」程度のものだ。
しかし狛枝凪に関しては、めちゃくちゃなエピソードを多数持つ希望ヶ峰生徒のなかでも特にわけがわからない。
あたり付きアイス、自販機、スピードくじ、宝くじでは必ず当選、しかも一等、犯罪事件に巻き込まれたときには「偶然」その犯人に飛来した隕石がぶつかった、というものまである。
「で、キミたち三人は、日向クン見物にきたのかい?」
ずばり言い当てられ、三人はぎくりと身をすくめた。日向が眉を寄せた笑顔で苦笑する。
「見物、って言い方は少し意地悪だぞ、狛枝。三人とも、気にしなくていい。ここだと俺は相当興味を惹くらしいからな。去年の春も、同学年やら先輩やらがだいぶ…… その、見物にきてたよ」
結局見物としか形容できなかったらしい。
ええとええと、とあわてる朝比奈とは逆に、にっこりと落ち着いた笑顔をたたえる舞園は、さすがに国民的アイドルグループのセンターマイクである。この程度では動じない。
「ええ、わたしたちも、日向先輩に興味を持ちまして。是非お話させていただきたいと思ったんです。
だって、気になるじゃないですか。
「超高校級の野球部」「超高校級の御曹司」「超高校級の極道」「超高校級の写真家」……そんな生徒ばかりを集めるこの学園が認定した、」
そこでさすがに舞園もためらい、それでも、言った。
「超高校級の、……なんて」


とりあえず人数ふえたから、ということでベンチから近くの芝生の上に移動した5人は、端から見れば日向の超高校級ハーレムであっただろう。
特になんの居心地の悪さも感じていないふうの日向は、なにげなく弁当箱のふたを開け、そこで「うわ」と思わず声を出した。三人の新入生も、身をのりだしてくる。
「わー!かっわいー!」
はしゃいだ声をあげたのは朝比奈だ。
まずとにかく目をひくのは三食そぼろのご飯で、おおきなピンクのハートが踊っている。おかずは唐揚げをメインに、ハート型の卵焼き、ハムでまいたキュウリ、トマトなんかが入っている。
まごうことなき愛妻弁当である。思いつくかぎりのかわいい要素をつっこんでみましたといわんばかりである。
「す…… すごいな、狛枝……」
「せっかくだからいまどきマンガにもでてこないようなの作ってみたよ」
狛枝はてれてれと指先を組み合わせた。
「恥ずかしいけど、うれしいよ。ありがとうな」
柔らかく日向が微笑む。彼女を愛しいと思っている、滲む光のようにそれがあらわれた笑顔だった。舞園は少しおもはゆさに居心地が悪くなり、朝比奈は「はわわ」とそわそわあたりを見回し、苗木は、少しうつむいた。
「よくからあげ作る気になったな。どこもけがしなかったか?爆発は?」
「切り傷ひとつ作らなかったし爆発も炎上もしなかったよ! だって日向クンのためだもの!」
「……そうか。 そうか」
頭を撫でられて「えへへ」と幸せそうに笑う狛枝に、この人はドジっ子属性なのだろうかと舞園は疑問を持つ。料理で爆発とか炎上とか、どういうことだ。この弁当と本人の様子からするに、不器用といったわけでもなさそうなのに。
(それに、日向先輩の「才能」)
こうして話していて、わかりそうな気もするし、わからない気もする。
彼は、平凡、平均ではない。身長も容姿も、平均とするにはやや高い。おそらくは均整のとれた体格から見てとれるように運動能力もそうであろうし、人格や学力も平均より高いであろうとなんとなく推測できた。
昨年巻き起こしたという「希望ヶ峰学園史上最大に迷惑な痴話喧嘩」の顛末からすれば、人徳もある。見物人がひきもきらなかったとはさきほど彼が述べたが、それはたぶん物見遊山のそれではなく、彼への好意もきっと含まれていた。
希望ヶ峰学園においてそれほどの騒動のもととなった、そんな彼が本当に、あんな「才能」なのだろうか?
(日向創先輩。希望ヶ峰が認定した、「超高校級の普通」という才能)


なにをもって希望ヶ峰学園が彼を「超高校級の普通」と認定し、選出したかはトップシークレットである。
たとえば「超高校級の幸運」ならば抽選で選ぶことができる。しかし「超高校級の普通」は、いつどこでどのようにして断定したのか?異能揃いの生徒たちはその謎に挑んだが、誰ひとりとして真相にたどり着くことはできなかった。少なくとも、表向きには。
実はとんでもない資産家のボンボンで、予備学科よりも高い学費を納めることで本科生にまぎれこんだのではないかという推測も、もちろんあった。
しかし日向創の生家は、ごく普通の中流家庭というわけでもなかったかそこまで突出したご家庭でもなく、なにより入学して半年経っても元気に登校していることがその疑惑を打ち消した。
予備学科制度とは、希望ヶ峰生徒の称号を法外な学費で購入できる制度である。だがもちろんこれはなんの段階もなく現れたわけではない。「どこかの資産家のボンボンが高い学費を納めることで本科生にまぎれこむ」ことは、長い歴史の中で何度かあった。内外になんとなく悪印象を与える予備学科制度に比べれば、ずっと隠蔽も容易、リスクも少ない方法だ。
だがそうしてかりそめの「超高校級」の称号を与えられて入学した生徒は、例外なくすべて一学期のうちに発狂、失踪、人格崩壊、廃人化、その他ろくでもない精神病を発症した。
超高校級とは、一等星である。天賦である。神に与えられし力である。
そんな、自発的に発光する宝石だけが詰まった箱のなかで、メッキをまとった石ころが正気を保ち続けていられるわけがなかったのだ。
だが日向創は三ヶ月がすぎて一学期を無事に終え、修学旅行まで参加して、二学期が始まっても健やかに学校生活を送っていた。
やがて本科全体が「まあなんだかんだ言って学校がそう言ってるなら、「超高校級の普通」なんだろうなあいつ」ということで納得した。
宝石たちは「ザ・石ころ」として命名された存在にこぞって興味をもち、同級生、上級生が日向のもとを訪れては「はー、これが普通かあ」「言われてみれば普通だなあ」としみじみその存在を確認するという動物園のパンダのように日向を扱っていたものである。
「一つ目村に紛れ込んだ二つ目の人間の話を思い出した」と、のちに日向は語る。
ともあれ、一年。
進級して日向のまわりもようやくいろいろと落ち着いてきたわけだが、こうして新入生たちが「普通の先輩」を見学しにきた、というわけである。
季節は巡るのである。


弁当箱をしまって、「デザートのドーナツ食べに行こー」という朝比奈の発案により三人の新入生は先輩二人に挨拶してその場を離れた。
「日向先輩、彼女いたんだね」
弁当箱を入れたトートバッグを持った苗木が、らしくないくらい明るい声で言う。舞園は、その中に入っているのは空の弁当箱だけでなく、もうひとりぶん、中身が入ったままのそれが入っていることに気づいている。
もともと三人で日向を探しに来たのだって、完全な好奇心というだけでもない。
入学前に学園長室を見失って迷子になっていた苗木を送ってくれたという「先輩」とお話がしたい、という苗木に、二人がおせっかいをやいた結果のものだった。
まさかお弁当まで作ってきているとは、予想外だったけれど。意外と積極的な子だ。それとも、それほど、好意を持っていたのか。
朝比奈は弁当と苗木の淡い想いに気づいていないし、舞園も気づかないふりをすると決めていた。
(狛枝先輩は、気づいたみたいだけど)
なぜだろう、苗木とはまるで似ていないはずなのにどこかが「似ている」と感じてしまう、あの白い先輩。
朝比奈のインタビューに応じてつきあい始めた時期のことやら出会いやらに答えながら、少しひきつった笑顔の苗木に「ごめんね」と穏やかにつぶやいたあれは、そういうことなのだと、舞園は確信していた。
なんとなく振り返る。
桜の木の下、白い少女は恋人の頬に口づけを送っていた。



「新入生ちゃんたちかわいかったねえ」
「才能もちは美形が多いからな。うちのクラスの連中にはさすがに慣れたけど、新入生はな。それに舞園さやか、すごかったな……なんだあれ、キラキラしてたぞ」
「ふふ。日向クンは、あの三人だとどの子が好み?」
「はあ?」
「ねえ」
すり、とほんの少しだけ肩を寄せながら狛枝が子悪魔めいて笑う。だれだと答えてもおおげさに同意してくるであろうことは日向にはわかったが。
「……お前に決まってんだろ」
つむじのすぐ横にキスのような鼻先をうずめるような接触を受け、狛枝は「ひゃあああ」とハートマークをまき散らしながら歓声をあげた。
「うれしいっ。ちなみにボクはあのなかだと舞園さやかちゃんかな!」
「おい」
「でも日向クンがいちばん、だーいすきっ」
ぎゅっと抱きついて頬にキスを何度も繰り返す彼女に、「こら、学校だぞ」とたしなめる。そう言う日向こそ、せりふだけならば止めさせようとしているが、体はなすがままである。なんとなく舞園がこちらに振り返ったような気がするが気のせいということにする。
「うん、だから唇はガマンしてるよ」
「もっとガマンしろ。どうなっても知らないぞ」
「ええー?」
明らかになにかに耐えて、奥歯をくいしばらんばかりの日向に狛枝はクスクスと笑う。
桜がひらひらと舞っている。これも、盛りはほんの数日だ。
(ボクは、ツイてるな)
近頃はめったに口にしなくなった口癖を狛枝はかみしめる。
思い出す、苗木マコ。
日向創と同じ学年に生まれたことは、きっとおそらくほんとうに純粋な「幸運」だ。ほんのわずかな差で彼女の「幸運」に勝利した。
ぺったりと隣にくっつくことで落ち着いた狛枝は、肩に頭を預ける。
(このひとがボクを選んでくれなかったら、ボクの世界はずっと白黒のままだったんだ)
ジェットコースターのようにめちゃくちゃで、全てか無か、幸福か不幸か、それしかない世界。
けれどそうではないのだと、もっといろんな色があるし、それでいいのだと、少しずついろいろな色を見せて、与えてくれたのは日向だった。そしてとりどりの絵を眺めるだけでなく、その中に立ってもいいと、手をひいてくれた。
「キミをとられたくない、なんて。こんなの、一年前のボクが聞いたら、なんて言うだろう」
日向は何かを言おうとした。けれどたぶん、その言葉を閉じこめて、ほかのことを言った。
「弁当、すげえうまかったよ。また作ってくれ」
「キミがそう思ってくれるなら、何度だって」
いつまでだって。
言葉にしなかったそこまで、恋人はきちんと受け取った顔で、にっと笑って狛枝の頬を撫でた。
「今度は教室で食おうぜ。左右田たちに見せつけてやる、俺の彼女はこんなに料理が上手いんだってな」
日溜まりの猫のようにうっとりと目を細めた彼女のささやきは、春の風のなかにとろりと溶けた。
「日向クン」
「うん?」
「キミを愛してる」
突然の愛の告白に、頬を撫でる日向の指先が止まる。
いちばんさいしょは、きっと、この桜色だった。
日向創という人が存在している、ガラスのむこうに彼がいる。それだけで幸福だと信じていたし、そこに嘘もなかった。
けれど彼は、少しずつ、怖がって拒絶したことも一度や二度ではなかったのに、ただ、与え続けてくれた。
「ねえ、わかる? キミを愛してるって、そう思えることが、どれだけ胸をあっためて、なにが起きたって平気だって、信じさせてくれるのか」
金色と緑のまざった瞳が、じっと狛枝を見る。探るような、伝えるような瞳だ。いつも狛枝に与えながら奪ってきた瞳だ。
「わかるよ。……わかる。知ってるよ」
日向は狛枝の左手をとり、その薬指をそっとさすって、口づけた。
今はまだなにもないけれど、高校を卒業したら揃いの指輪をしようと約束している。つまり、来年の春だ。

季節は巡り、春になるたび桜は咲く。
けれど同じ春は二度となく、彼らもまた、そうだった。



1、めぐりくるはる、桜色。終




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2013/02/28



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