happy ever after/7

※リクエストもの 第七回 六回目はこちら
※最終話後、西東です。リク内容は後ほど







「パジャマパーティー!」
「あるいは芋煮会!」
「芋煮会!?」
「みんな、宿泊先ほんとにわたしの部屋でよかったの?こんな、おふとんしきつめて雑魚寝で…いちおう来賓用のホテルもあったのよ」
「いいの、どんな高級ホテルよりこれがいちばん幸せゲットだよ!ねー」
「うん、またみんなでこんなふうにお泊り会できるって、わたし、信じてた!」
「それじゃ定番しましょうか?怪談?恋話?」
「みきたんたらー、わかってるくせにー」
「ねー」
にやーっ、と自分を見るラブのまなざしに、せつなはたじろいだ。

一日目の撮影を終え、元フレッシュプリキュア一同は、ラビリンス本部のイースの部屋に集まっていた。夕食を終えてお風呂にもはいって、あとは積もる話をするばかり。コンビニでお菓子でも買えればもっとそれっぽかったのだが、残念ながらまだコンビニは存在していなかったので、本部にあった他世界のお菓子、妖精のケーキやら百味グミやらウォンカチョコレートやらを持ち込んだ。布団の上でそれらを広げて、話すのはもちろん。
「せつながウエスターと結婚かあ、びっくりしたー」
「まあ、その…新しい国だから、リーダーが必要でしょ? で、たまたまウエスターが国王に」
「もーーーーーせつなったら照れなくてもいいのに!よかったね!」
「え、えっと」
この無垢な親友たちに、この状況をどう伝えたものか、東せつなはとまどった。国政のため、外交のための結婚だなんて、そんなこと。しあわせな四ツ葉町に育った彼女たちには聞かせられない…
「せつな、ウエスターのこと大好きだったもんねえ、うちにいるときも、ウエスターが昔ね、とか、ウエスターが見たら喜ぶかしら、とか、こういうのウエスター好きそう、とか」
「…え?」
「せつなちゃんの片想いが実るって、わたし、信じてた! 両思いどころかプロポーズされちゃったんだね! ウエスターさん、やるなーー」
「……え?」
「せつな、まさか気づかれてないとでも思ってたわけ?見ればわかるわよ、あたしほど完璧じゃなくても」
「…………え?」
ひとりフリーズした彼女をよそに、親友たちは異世界のお菓子をもしゃもしゃ食べながら話している。
「ねーねープロポーズのセリフってどんなだった?てかウエスターからだったの?それともせつなから?」
「王様と王妃様かあ、すてきだなぁ…見せてもらった写真もすっごくきれいだったー、絵本みたい」
「ねえ、なんだかえらく唐突な結婚だった気がするんだけど。せつな、妊娠してたりしないわよね? してるわけないか、それなら昼間のあのアクションは無いわね…」
「やだーみきたんたらアダルトー!」
「好きどうしの結婚だもん、すぐに結婚したかったんでしょ? ねっ、せつなちゃん」
どうにか笑顔を浮かべているが、泣きそうだ。思いもしなかった唐突な試練だ。これはどうしたらいいのだ。親友たちには、どうやらすっかりばれていたらしい、ばれていたことをこんな形で知るとは。
ここで「いえ、恋愛結婚ではないのよ」なんて、ますます言えない。プリキュアの力は返還したが、役割のための結婚だなんて知ったら、ラブは底知れぬ力でキュアエンジェルになってウエスターを塵レベルに浄化するとか、そうでなくても、せつなの恋心を彼にぶちまけるとか、そういうことをやりかねない。しかし「ええ、わたしは彼のことが大好きなのよ」なんてもっと言えない。きっとラブは明日にでもウエスターに「ラブラブなんだねぇ、昨日せつなったらこんなこと言っててね」と、やはりせつなの恋心を彼にぶちまけるだろう。そしてそれをうまく口封じできそうな言い訳が思いつかない。
(いえちょっとまって、ウエスターに誤情報を吹き込んでおくのはどうかしら。ラブたちには国政のための結婚だなんて言えなかったから恋愛結婚だということにしておいたわ、だからラブたちが何か言うかもしれないけど気にしないで口裏を合わせてね、とか)
いける、この案は行けそうだ。密かにガッツポーズをした王妃を見ていた美希が薄く微笑んだ。ひどく大人びた笑みだった。
「……せつなとウエスターのことは明日のメインイベントにしない? それよりー、ラブ!せつなに報告することあるんじゃないのー? 大輔くんのことで!」
「え、ちょ、まってよみきたん、いきなりそんなのずるいーーーー」
「ふふふ、せつな、あなたがこちらでせいいっぱい頑張ってた間に、大輔くんも、まあ、その百分の一くらいは頑張ってたのよー」
「そうそう、こないだの遊園地の話とかね! そういえば沢くんがね、」
「あ、だめよブッキー、それはまだって言ったでしょ!」
「みきたんじぶんばっかりずーるーいー」

ひさしぶりの、親友たちとのおしゃべりは彼女をだいぶなぐさめた。結婚の話が出てから、気が休まることなんてなかったのだ。はしゃいでじゃれあう、それは本当に楽しかった。だが、心から笑うことはできなかった。自分は、彼女たちに嘘をついている。隠し事をしている。けして暴かれたくないものを抱えてしまっている、それは、せつなの鎖となり、完全にこころを開いてくつろぐことを妨げた。
これから、ずっとこうなんだろうか。大好きな彼女たちの前で、思い切り笑えない。祝福の言葉を受け取れない。かつての罪は洗い流されたはずだった、なのにわたしはどうしてまたこんなことをしてしまっているの。そう気づいても遅かった。


撮影の疲労と、どこかで身構えたままのおしゃべりによる心労を抱えて、東せつなは布団に横になっていた。ベッドもあるが、みんなで並んで布団で寝ているのだ。ちいさなオレンジのライトの灯る暗い部屋で、隣ですっかり熟睡しているラブを見る。わたしを愛して、幸せをおしえてくれて、祝福してくれた親友。
誰にも言えない、でもひとりじゃどうしたらいいかわからない。自分で作り上げてしまった歪んだ物語は、もうどうにもできない。
「せつな」
背中からそっと声をかけられて、体がはねた。
「起きているんでしょう? 少し、話をしましょう」
体を起こし、ナイトウェアにカーディガンを羽織った美希が、静かな瞳で彼女を見つめていた。


静かで、人がこなくて、暗いところがいいわ。
美希がそう言ったので、エレベーターホールのわきにある小さな庭園に二人で出向いた。本部には庭園が多数ある。たいていは、管理国家時代の忌まわしいプログラムを溜め込んでいた催眠用サーバールームの跡地である。ここもそのひとつで、白いモザイクタイルや分厚い葉が月明かりに照らされ、はちみつ色のまあるいライトが点在していた。眼下にラビリンスの街が広がる。エメラルドグリーンのライトをメインに、異世界風の屋台や店舗のランプ、ライト、ネオンが夢のように光っていた。夜の風が吹いてゆく。
「話して、せつな」
「……なんのこと」
「わかってるんでしょ… 言いたいことがあるって顔だったわ。ラブもブッキーも、気付かなかったみたいだけど。わたし、モデルですから。少しだけどね、大人の世界も知ってるつもりよ」
優しい笑顔だ。美希。同い年なのに大人びていて、優しい、お姉さん、美希なら、きっと、わかってくれる。わかってほしかった。もうずっと。
「……美希…………みきー……」
「ああはいはい、つらかったのねえせつな、大丈夫、わたしが聞いてあげるから。…ね?」
親友の肩にもたれて、しがみついた。優しく背中をなでてくれる手はそれだけで、心の奥でかたまった、絶対に誰にも言えない、を、溶かして流してしまうようだった。ひとのからだとか、手とかって、すごい、やさしいひとたちはいつも、ふれるだけでいろんなものをつたえてしまう。しんじられる、だいじょうぶだってこと。

植え込みの縁に座って、ぽつぽつと話した。議会で、プリキュア(と思われている6人)による王政を期待されているということ。消去法で、ウエスターと自分がその役割を負うようになったこと。ウエスターは、国民と、イースがラビリンス国民から得られる幸せのために結婚するつもりであると告げたこと、役割の一種だと思っていること。それでも、自分はどうしようもなく彼のことが好きであり、ずっと妹だと思われているしこの先もそうだろうから、役割分担のふりをして彼の求婚を受けてしまったということ…

「…せつな、ウエスターに、ちゃんと言うべきじゃないの」
「なにを…?」
「あなたが、彼を好きだってことよ。隠しているからそうして苦しいのよ」
「い、言えないわ……困らせるだけよ……そんなつもり、ないのに、あいつには……」
「わたしはあなたを好きだけど、好きになってもらいたいなんて押し付けはしない、って言えばいいのよ」
「だ、だめよ! そんなの…あいつ、優しいから…好きになれないことに責任を感じたりとか、無理やり、すきになろうとしたりとか、す、すきなふり、とか……きっと…」
「いいじゃないそれでも」
「いや…! いまよりもっと耐えられない! わたしの、わたしの好きって気持ちのせいで、あいつが、面倒だとか…迷惑だとか… きもちをいつわるなんて、つらすぎる、そんなこと…させられない…」
「せつな… ほんとのことを言って」
三日月のように、強く鋭い優しい光にうたれてしまう。がくがくと震えるあごで、魔法にかけられたように、意識したくなかったほんとうの本音がひきずりだされる。

「…………き、きら、きらわれたくないの、わた、わたしのことはきらってもいいけど、わたしのきもちが、すきってきもちが、いちばん、わたしのだいじな場所にあるから…あいつに、ちょっとでもいやがられたら… わたし、ほんとに、もう… だから、絶対に見せられない…」

まぎれもなく自分の声と言葉なのに初めて聞いたような衝撃。目を背けたくなるその醜さ。結局は、自分のため、だなんて。消えてしまいたい。自分が消えればなにもかもうまくいくんじゃないかと思えた。でも、はなれたくない。
震えながらうつむいた彼女の顔を、前髪が隠してしまった。美希はその頭をなでてやる。小さなこどもにするように。
「せつな、わたし、あなたのことすきよ… 正直いってね、ラビリンスや、ウエスターなんかより、ずーっとよ」
「…ありがとう」
「あなたを苦しめるものが、泡みたいになくなってしまえばいいのにって思う…あなたを助けたい。ねえ、せつな」
「うん…」
「あなたは…もしかしたら、サウラーと結婚したほうがいいんじゃないかしら」
「…え?」

蒼乃美希は、彼女の頭を片腕で引き寄せて、自分のくびと肩のくぼみあたりに落ち着かせた。いつも彼女がつけている香水の香りがかすかに広がった。すみれとカシス。
「あのね、聞いてね… この国が必要としているのは、英雄のつがいなのでしょう…なら、サウラーだってそうだわ」
「そうだけど…でも、」
「向いてないとおもう? そうは思わないわ、サウラーってずるがしこい、詐欺師みたいな男だわ。もちろんよく知らないけれど、見ればわかるわ。それでね、詐欺師みたいな男って、天使のように善人にしか見えないふるまいもできるのよ」
細く美しい腕に強く、頭を抱きしめられた。同性だというのに、あまりになめらかな首筋に少し動揺した。まったく検討する気にすらなれなかった、現実感の薄い話から気をそらそうとしてそんなふうになっているのかもしれなかった。
「あの…あのね、せつな… ひどいことを提案してるのはわかってる、でもね… あなたが苦しみ続けるのは、あたしだって耐えられないことなの、それに… それに」
それこそ、せつなよりずっと苦しげな声で親友は言いよどんだ。
「美希?」
「…いえ…」
「言って、美希」
「……それに」
意にそわぬことをする屈辱に似た苦みをにじませ、美希は搾り出すように告げた。

「このままでは、ウエスターだって不幸になる…」

頭蓋を殴りつけられたような衝撃に、呼吸さえ忘れた。
わたしが、ウエスターを、不幸にする。
そうだ、彼女の言う通りだ。認めたくなかった、けれど、そうだ。惚れてもいない女と結婚するってことを、いまだによくわかっていないようだが、後悔する日は必ず訪れる。そしてその妻は、解放してやるつもりもないくせに、恋情を覆い隠したいという自己保身の一点だけで、彼につめたく当たり続けるのだ。

ポートレートを思い出す。サウラーが顔をしかめていたポートレート、ラビリンス全土に行き渡った、王と王妃のポートレート。あれが広まってから、バカ騒ぎが消えた。
今こそ認めなければならなかった、国民がおとなしく、どこか抑圧された緊張感をはらむようになってしまったのは、あれのせいなのだ。
取り澄ました国王と王妃の姿、わけても、無機質で、かたく仮面を被った王妃の姿。
国王を慕う人々が多いのは知っている。彼の前ではちいさな子供も壮年の議員も、仔犬のように好意をあらわにして近づいていき、輪を作る。
そしてわたしは、不審感をあおることしかできない、国王に愛をしめし心をなぐさめてやることもできない、あのサウラーによく似た王妃…

「ねえ、せつな… あたしに任せてくれないかしら」
静かに親友がつぶやいた。
「あたし、あなたがすき。あなたを助けたい… だから、あたしに、あたしを…信じて」

肩に手をおいて、頭を離し、まっすぐにこちらを見据えるその目に嘘はなかった。
彼女はわたしのことを好き、こんなわたしのことを。そして、助けたいと思っている。
そのことは信じた。
だが、相手を好きだからといって、いつもそのひとのために、善なることばかりができるわけではない。きもちの表し方ひとつで、それはまったくそのつもりがないのに相手をずたずたにしてしまうこともあるし、よくないことをしなければならないときだってある…
肩をつかむ、美希の細い指に力が入っていた。食い込んで痛いほど。
ああ、美希はこれからひどいことをしようとしているんだわ、わたしのことを、すきだから。そしてわたしと違って、その覚悟を決めている。
いまさら彼を国王から降ろすなんて、できるわけない、でも、本当の建国式や任命式はしていない、あくまでも公表の段階だ、それに、嫌われるだろうけれど一番知られたくない秘密は守られる…

きれいなデコレーションケーキを素手でかきまぜてぐちゃぐちゃにするような、無残で、野蛮で、おぞましくて、とりかえしがつかなくて愚かなばかり、そんなことをしようとしている。わかっていた。

それでも、



少女はうなずいてしまった。






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光の軌道を曲げるプリズム
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2010/02/16


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