「まじかよ」
彼氏の部屋で一人呟く。
当の本人はというと、わたしのためにお茶を用意してくれているわけなんだけれど。
そりゃ謙也だって男の子だし?わかるよ?
あるでしょうよ、そういうビデオの1本や2本。
ああ、でもまさか。
ベッドの下に隠してあるなんてそんなこと誰が思いますか?
彼氏の部屋をじっくり見て良いことなんて一つもないってわかっちゃいるけど、わたしも初めて彼氏の家に来て浮かれていたわけで、しかもうっかり一人になってしまったわけで、そしたら「ここはベタにベッドの下とか机の引き出しとか覗いておくか」なんていう考えに至ってしまったのだ。
こんなにわかりやすいとこに保管してあるんじゃ、お母さんにも見つかっていそうなもの。お母さまは平気なのかな、やっぱり男兄弟の母なら慣れてたりするのかな…!?
さっきから、下の階で悪戦苦闘してる感じの物音が聞こえてくるし、謙也の弟くんも親御さんも不在だし…いい、よね?私これ見てもいいよね?
いやポジティブに考えてみよう。
内容を知ることで謙也の嗜好を把握しておけば、巡り巡って役立つとかそんな感じになるかもしれない。
なんかもうよくわかんなくなってきたけど、要するに見ても良いよね!
意を決してひとおもいに裏面を見ると、温室育ちの一人っ子として生きてきたわたしには少々きつい写真がドドンと載っていた。
あっ、きつい、思ったよりびっくりしたかもしれない!勝手に見といてなんだけどマジ知らぬが仏でした!
一人でうーんうーんと唸っていると、不意に階段をドタドタと上がってくる音がして、私は急いで本を閉じてベッドの下に押し込んだ。
「おうスマン、待たせてしもて。一回紅茶淹れるの失敗してん」
「ぜっ全然待ってないよ、ほんとまじで」
「ちょおなまえ、そこは『なんで失敗しとんねんティーバッグやろ!』ってツッコむところやで」
うるせえなこのブリーチ野郎、今それどころじゃないんだよ!誰のせいでこんな複雑な気持ちになったと思ってるのよ、まあ勝手にゴソゴソしたわたしが悪いんだけど…。
「ん?なまえ?どないしてん」
「どないもしてまへん」
「いや誰やねん」
「謙也のお母さん大変だろうなっておもってました」
「は?なんで急にオカン?てかお前なんか遠ない?もうちょいこっち、」
「あっちょっと待って、ごめん今触んないで」
触らないで、と拒絶された謙也は一瞬呆然とした表情を浮かべる。
何やねん、どないしてん、と質問責めに遭い、脳内がぐるぐるして何がなんだかわからなくなったわたしは、我ながら意味のわからない捨て台詞を残し謙也の部屋を飛び出してしまいました。
待ってこれさすがに謙也からすると意味がわからないだろうしめんどくさすぎるし、だけど今更引き返せないし。
とりあえず誰か、と携帯を開いて、こんなん誰に言えるというんだとしばらくの間躊躇。
ぐるぐるぐるぐるわからなくなって、今頃謙也怒ってるかなそうだったらどうしよう、と頭まっしろになって、気がついたらメッセージの履歴の一番上に電話をかけていた。
『え、なまえ先輩なに急に電話してきてんスか、コワ』
「ひぃかるううううううう」
『ちょ、うっさ』
「ひかるうううどうしようわたしぃぃぃ」
『あんまうっさいとブチ切りますよ』
「だってだって光、だってだって謙也のやろーが、ひか、ひかるううう、ハ、お前、オイ」
そこでマジで切るやつがあるかよ!
「寝起きにあんな電話きたら誰でも切るっちゅーねん」
「すみません…来てもらって…。でもなんでこんな時間に寝てんの…?」
公園に光を呼びつけたところ予想より20分くらい遅くノロノロとやってきた。わたし的に来てくれただけで感動してるからもうなんでもいい。
それで何なんスか、と光が気怠そうに尋ねてくる。
「今日謙也の家にお呼ばれしたときに一人になったから謙也の部屋を漁ってたんだけどね、」
「のっけからおかしいやろ」
「いくらなんでもここは原始的すぎだろそれはねーだろってところにその、え、えーぶいがあってね、」
「うわ謙也さんトチりすぎやろ」
「中を見てしまったらどうにも謙也がキモくて今ここにいます」
言い終えて光を一瞥すると、ハ?それだけかよっていう表情でこっちを見ていた。
先に謝ったら、本当に「そんなんで何落ち込んでんスか」って言われた。
「まあでも内容によっては俺もドン引きっスけど」
「『清楚なお姉さんを縛って24時間ハメまくりSP』ってタイトル」
「なんで覚えとんねん」
あのパッケージが目に焼き付いて離れないんだよぉぉ!
「つーか普通やん、そんくらい許したれや。あー…せや、なまえ先輩ってそうでしたね、そういうの無理系なめんどい女」
「ピュアガールなまえと呼んで」
「もう男は全員そういうキモいもんって思うしかないんとちゃいます?」
「光も観る?」
「デジタルっスけど」
「そうだよね。そう…だよねぇぇぇわかってるんだけどさぁぁぁ」
現にパッケージの裏面を見る前は、謙也も男の子だしね!わかってるわかってる!みたいな気持ちだった。
「ただこう、あまりに頭の悪い隠し場所と、初めて目の当たりにした男の子の実情に戸惑いを隠せないというか。あの謙也がSMて…という気持ち悪さというか」
「ま、男はみんなそれなりにSの素質持ってますから」
「光はSでしかないでしょうけどね!」
まぁそうっスね、と無表情で呟くのを見て、少し安堵感が生まれてきた。わたしが取り乱していてもどうしていても、光はいつも同じように隣にいて、キモいとかうるさいとか言いつつわたしの話を聞いてくれる。
「え、まさか光ってわたしのこと…?」
「今の一瞬で脳内で何考えたか知らんけどそのおめでたい頭どうにかしてくれます?」
だいたい謙也と付き合う前だって光に泣きついていろいろ話を聞いてもらったりしてたのだ。
光は無愛想で毒舌だけど本当は優しいの知ってる。知ってるのはテニス部とわたしくらいなんじゃないかって。
「ほら、迎え来よったしもう帰れや」
「え」
向こうから全速力で走ってくるのは紛れもなく謙也だ。
汗でTシャツが張り付いていて、第一声でシーブリーズ貸そうか?と尋ねたらデコピンされた。
「突然家飛び出すから心配したやんけ!ちょお仕舞うな仕舞うな、シーブリーズは貸してや!」
「おでこ痛い!」
「てか財前、『馬鹿犬取りにきて下さい』ってなんやねん、俺の彼女犬呼ばわりか!」
「謙也さん、AVくらいちゃんと隠してくださいよ」
「え、あれ見たんなまえ、お前見たん?」
「見たよ、ベッドの下だもんそりゃ見るよ!」
おでこをおさえながらジロリと睨むと、謙也はわかりやすく焦り始めた。
「あれはちゃうんや、友達が俺の鞄に入れたやつであって俺の意思ではなく、」
「謙也さんも基本デジタル派っスからね」
「そうそう、って何で知っとんねん財前コラ」
「え、ちょっと光知ってたんなら言ってよ!」
「なんやめんどいんで帰ります、ほな」
光はそう呟くと、謙也に「今度善哉頼んますわ」と言い残して去っていった。
謙也はというとそれに対し、アホぬかせ!と返して、わたしの横でまだ気まずそうにしている。
謙也の必死な表情を伺っていたらもうなんでもよくなってきた。
あれが謙也のであろうがなかろうが、この人はわたしのためにここまで走ってきてくれたんだ。
「あの、謙也」
「ハ、ハイ」
「今回はわたしが幼かったです。どんなエッチなビデオを見ても動じない心を持つよう精進いたします」
「お、俺も良くなかったです、精進します…って、動じるのは動じてくれや」
謙也のツッコミに反応する前に、ずっと気になってることだけ聞いておきたい。
「あのさ……あれ見て、一人でエッチした?」
「はっ!?そっ、それはー…」
「したんだ……」
「……そら、するやん!?健全な男子中学生やし!なんも興味示さんほうがおかしいやん!」
「だよね……。じゃあさ、私は?」
「え?」
「私のこと考えながらしたこと、ある?」
「……はえっ?」
謙也がこんなにも素っ頓狂な声を出すのは初めて聞いた。
みるみるうちに赤くなる謙也の顔。
「そ…んなん聞いてどうすんねん!!」
「だって気になるじゃん!私がいるのに他の女の子でエッチなこと考えるの、なんかひどいじゃん!?」
「んなこと言われても!」
「それなら私が他の男の子でそーゆーこと考えてたらどうすんの!?謙也!」
そこまで言い放ったとき、ピシッと効果音がつきそうなほどに謙也が固まった。
あれ?
お、おーい。
「そんなん…そんなん嫌や……。なまえがエッチなこと考えるときは、妄想であっても相手は俺であってほしい」
す、すごいかっこいい顔で言うじゃん…。
やっぱり謙也ってかっこよくて大好き…ってそうじゃなくて…。
「でもエッチな妄想するには、エッチな体験が足りてないやんな!?」
「えっ?」
「よし、やっぱりなまえ、今からでもウチ戻りや!」
「えっえっえっ!そういう方向に持っていきたかったわけじゃないんだけど!」
「走るで!」
しかもなんで走るの!?
翌日、謙也から無事クラスメイトにAVを返却した旨のLINEがきた。
いや、そこまで連絡してくれなくてもいいんだけど。
"これからは頼むで、なまえ!👍🏻"
Good job!みたいな、キモおぢみたいな嫌な絵文字ついてた。ヤダな。
光からもLINEがきていて、開いてみたら謙也が持ってたAVの女優さんのプロフィールのリンクだった。
セミロングの黒髪、ちょっと垂れ気味の目元。
…あれ?
"なまえさんに似てるっすね"
……謙也、やっぱりヤダな!
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