とうらぶ公開用 | ナノ
604.

直江壮に戻り、ともえと清磨は夕食と入浴を済ませた。オーナー夫妻は清磨の体調をとても心配していたが、すっかり元気になったため昨日の材料も使ってもらい、いつもより多めの副菜を出してもらった。
髪の毛を乾かして、二人は布団に寝転がる。布団は離して敷いているが、間に置いてあった旅行バッグの仕切りは取り払った。喉が渇いた時のためにジュースと、もしお腹が空いたら手を伸ばせるようにY県で貰ったお菓子をいくつか出して枕元に置いた。

「僕がいろんな世界のひい様を知っているって言ったら、驚くかい」

仰向けに寝転がった清磨がともえ尋ねる。ともえは顎に手を当てて考えた後、疑問符を浮かべながら尋ね返した。

「いろんな世界っていうのは、未来の私のこと?」
「ここじゃないどこか――時間遡行しても辿り着くことが出来ないあまた無数の可能性と共に在るひい様だよ」
「未来の私だけじゃなくて、過去の私も今の私も全部ひっくるめていて、でも今ここに居る私でない……で合ってる?」
「ひい様の考え方で合っているよ。話が早いね」

行くことが難しい場所――ともえを自身の領域に招いてから、清磨が向かおうとしていた場所――空港で過ごした夜に、清磨が話していたことがともえの脳裏に浮かぶ。清磨に話が早いと言われても、ともえにとっては清磨が話すことは抽象的過ぎて理解出来たのか出来ていないのか、ふわふわした心地だった。

「時間遡行でも行けない世界に居る私について、どうして清磨が知っているの?」
「僕は一度折れた刀剣男士なんだ。主……ひい様の父親、平清峰によって顕現されたのが今の僕だ。かつての僕は薩摩国の調査員として、本当にたくさんの時間軸を渡り歩いてきたんだ」

十七年前のあの日から、清磨は全ての記憶を昨日のことのように思い出す。新たに顕現してから十七年はあっという間だったと、清磨は話し始めた。

◆◆◆

薩摩国本拠地内で顕現した源清磨は、歴史守護の最前線で戦う審神者と刀剣男士を支援する役目を与えられた。
本丸顕現ではない刀剣男士達には、所属を示す腕章が与えられる。時の政府に登録された各国の紋様と自身の登録番号が特別な糸で縫われた腕章だ。
清磨はこの腕章を着けるのが気に入っていた。戦場で出逢う刀剣男士達も、薩摩国の腕章を着けているからだ。清磨と異なり、彼らの腕章には本丸の屋号が縫われている。
拠点は違くとも、同じ志を持って戦う仲間達がたくさん居る。その事実が何よりも尊いと清磨は思った。

改変された歴史――時間軸の後始末を行う特命調査の任務に着任したこともある。
特命調査は各本丸の戦力調査を兼ねている。特命調査任務に複数回参加し、一緒に戦った本丸に配置換えされる刀剣男士も多い。戦力増強を望む本丸から要請が来ることもあれば、刀剣男士自ら本丸所属を望む場合など、様々だ。各本丸の戦力差を埋めるため、経験の浅い本丸に配属されることもある。
清磨と同時期に顕現した水心子正秀は、発足三年未満の若い本丸へ配属が決まった。庁舎内の同僚であり、親しい友人でもあった刀剣男士が居なくなるのは寂しかったが、瞳を輝かせて使命に燃える親友の横顔を見れば、素直に応援してやりたくなった。

多くの時間軸を渡り、多様な本丸と任務経験を積んだ清磨に各本丸から指名がかかるのは珍しいことではなかった。しかし清磨は、それらを全て断っていた。
本丸所属になることが嫌だった訳では無い。本丸所属の利点も清磨はよく理解していたし、たった一人の主のもとで剣を振るうのは刀剣男士にとっては至上の誉だ。羨ましいと思った時期もある。だが清磨は調査員であることを選び続けていた。
理由は二つある。
一つ目は、戦況が悪化していることだった。清磨が積み重ねてきた経験は唯一無二であり、その力を必要とする機会は必ず増えていく。清磨にしかこなせない任務も多い。人員不足が加速し、当初二振以上で参加していた任務は徐々に一振のみで赴くことが多くなった。そのような状況下で、清磨はたった一つの本丸の一員として戦うよりも、薩摩国全体のために戦うことを選んだのだ。
二つ目は、親友の姿が忘れられなかったためだった。薩摩国本拠地を後にする日、使命を胸に抱き、瞳に希望を輝かせて主のもとへ歩いて行った親友の姿が、目に焼き付いて離れなかった。清磨の親友は、ただこの人のために戦いたいと思える存在に出逢えたのだ。どれほど幸福なことだろうと清磨は思った。親友の瞳が輝いて見えたのは、彼にとって光とも言える存在をその目に映していたからなのかもしれない。自分にもそのような光に出逢える機会がいつかやってくればいいなと、あまり期待を込めずに思った。



「薩摩国第一一一八号本丸。審神者の階級は二級戦闘審神者。実績はあるけれど一級未満か……。本当に大丈夫かな」

薩摩国から言い渡された特別任務の資料を見ながら、清磨は独り言を口にした。今回の敵は五つの本丸を壊滅させた時間遡行軍の部隊だ。面識がない本丸とはいえ、同じ薩摩国の仲間達が為す術も無く蹂躙されたという報せに清磨も胸を痛めた。
後から合流する第一一一八号本丸の実績は、薩摩国から渡された詳細資料に全て記載されていた。
時間圧に完全な耐性を持つ審神者と刀剣男士。任務経験数に裏付けされた実践力の高さ。全てが他の本丸より頭一つ分以上飛びぬけている。第一一一八号本丸へ経由地点・時間の情報を送る度、一体どんな本丸なのだろうかと想像を巡らせた。所属している刀剣男士も多いため強い団結のための規則で縛ったり、厳しい訓練を乗り越えているのかもしれない。目的地が近くなっていく毎に、清磨はだんだん緊張してきた。
身構えていた清磨だったが、第一一一八号本丸の審神者である平清峰と彼の刀剣男士達は、清磨の想像していた姿とは大きく異なっていた。不愛想な審神者が顕現したとは思えないほど刀剣男士達は明るく、朗らかであった。自分達の実力に良い意味で自身がある証拠だ。力量を正しく把握しているからこそ、最適解を導き出すことが出来る。それが最善の結果を残すための方法だと、当たり前に理解している空気が流れていた。
第一一一八号本丸は強い部隊なのだと、清磨は肌で感じ取っていた。合流した日の夜、清峰と二人で話していた清磨は彼個人に対して興味を持った。部隊をここまでの強さにするまで、清峰は何をしたのだろう。刀剣男士とどのように関わり、研鑽を積んできたのだろう。

『もしも、僕があの本丸に行ったら――』

こうありたいと思う姿が、清磨の瞼の裏に鮮やかに映る。好ましいと思う本丸はいくつもあったが、本丸で審神者の隣で活躍する自分を夢想するのは初めてのことだ。想像もしていなかった心の変化に、清磨自身も驚いていた。
清峰と別れ、天幕の内側で休んでいた清磨は心の中で親友に話しかける。君も本丸に行くと決めた時はこんな気持ちだったのだろうか。目を閉じても尚、高揚が収まらなかった。

戦場に光の柱が降り注ぐ。触れれば一瞬で砕けてしまうほど強力で暴力的な光の中から現れたのは、五つの本丸を壊滅させた敵部隊だった。敵は薩摩国側が先行調査員を使い、自分達を追いかけてくると予測していたのだ。清麿達は見事に罠にかかった。
敵部隊と対峙した清磨の脳内に、敗北の景色が浮かび上がる。砕けた鋼が辺りに飛び散り、唯一の人間である審神者は尊厳と命を奪われる。状況を打破しなければと力を振り絞るが、却って身体が動かなくなった。

「怯むな。俺達は負けない!」

清峰の声が聞こえた瞬間、清磨の身体中の血液が熱を持った。凄まじい勢いで駆け巡り、清磨の身体の強張りが解けていく。固く冷たい殻に全身が覆われている感覚だったが、そんなものはあっという間にどこかへ行ってしまった。
刀剣鶯丸を握り、真正面から敵部隊を睨む清峰を薄紫色の瞳に映す。心臓の奥が歓喜に震え、曇りなき鋼の煌めきは目の前の人に振るわれるためにあるのだと訴える。
この人間と共に戦いたい――刀剣男士として“使われる側の存在”として、清磨は清峰に強く惹かれていた。
自身の心を理解した時、清磨の本能が思考を凌駕する。眼前の敵が清峰を害するのならば、それを排するのは自分の役目だと心が叫ぶ。
だからこそ、清峰の鮮血を見た瞬間に身体が勝手に動いてしまった。自分が清峰を庇ったことを理解したのは、身体中を走る痛みを知覚した後だった。

「――こう、なってしまうなんてね……。なんでだろうなあ……」

刀剣源清磨の煌めきが喪われていく。全身を引き裂く痛みと一緒に、清磨は自身の身体が崩れていくのを感じた。刀剣男士が折れると砕けた鋼しか残らない。意識は黒い渦に回収され、清磨の自我も溶けていく。
黒い渦は清磨を手招きする。渦の中には数えきれない程の時間軸が均されて存在していた。上下左右奥行といった空間の概念も、時間の概念も無い。ただそこに“在る”のみだ。自我が薄れていく中、清磨は自分もあそこに行くのだと理解した。均されて、いつかまた刀剣男士として顕現するのだろう。それがいつになるのかは分からない。

ああ、それでも。次に顕現するのがこの“源清磨”でなくても。平清峰が自分を呼んでくれたら嬉しいなあ。

「――来い!源清磨!」

自我が溶けかけていた清磨は、清峰の声によって自らを取り戻した。
刀剣男士“源清磨”の器が急速に再構築を始め、崩壊していったはずの骨や内臓、四肢と感覚器官が戻っていく。とにかく清磨の魂を入れる器としての肉体形成がとにかく優先され、内臓は肉と皮の内側に無理矢理収められた。
触覚が戻った時、清磨は自身の腕を掴んでいる熱を感じた。眼球が完全に戻る前だったためその瞬間を見ることは叶わなかったが、自身を掴んでいるのは清峰だと分かった。
眼球が戻り、清磨の視界が開ける。清磨が瞳を開く刹那とも言える時間だったが、極彩色の景色が清磨を取り囲んでいた。
清磨の再顕現は始まっているが、黒い渦は一度刀剣男士の回収を始めたら完了するまで止まらない。清峰の行動に反し、渦は尚も清磨を吸い込もうとしている。強い力で引っ張られたせいで、足の筋が音を立て、顔の皮膚の一部が剥がれてしまった。
清磨を襲う痛みは凄まじかった。全身の神経が暴風に曝されているかのようだった。黒い渦に身を委ねれば痛みから解放される。
だが清磨は痛みを受け入れて、清峰の声に応えることを自分で選んだ。

「……無茶な事をする人だ。今のは死んでもおかしくなかったよ」
「お前も俺もこうして生きてる。それが全てだ。お前にとっては不本意かもしれないが」

不本意であるはずがなかった。刀剣男士の顕現を祝う花びらが清磨に触れる。鞘から刀剣を抜き出すと、更に強く輝いたように見えた。

「僕は源清麿。江戸三作と称された名工のひとり、源清麿が打った刀だよ。よろしくね、主」

口にすればたった三文字の言葉の響きを決して忘れまいと清磨は誓った。
敵に向かって跳躍した清磨は、再顕現前よりも身体が軽くなっていると気が付いた。清磨の判断のスピードとほぼ同時、またはそのコンマ数秒先に身体が動く感覚は、今までに味わったことがないものだった。

夜の雨に打たれて、清磨の身体が冷えていく。清磨は上空を見上げていた。
戦闘中に駆け巡った感情、感覚、その全てが雨と一緒に流れ落ちていってしまいそうだった。頭の中で何かが暴れ回り、耳鳴りが大きくなっていく。戦闘不能状態になった愛染と陸奥守を、一期が介抱している。応急手当を行っていた清峰が顔を上げ、刀剣を手に握ったまま佇む清磨と視線が交差する。
目を閉じれば、清磨が見てしまった極彩色の景色が甦る。あれを見る度に、清磨は自分がどこに居るのか曖昧になる。曖昧になって、がらんどうになっていく。無性に怖くて、怖いという感情だけが雨と一緒に流れて欲しいと願った。



戦闘地域からの離脱と薩摩国への帰還の記憶は、清磨の中に全く残っていなかった。清磨が次に目を醒ましたのは、薩摩国本拠地の医局内だった。刀剣男士専用の入院棟は、高難易度任務で重傷を負った者達が担ぎ込まれる先だ。本丸の手入れ部屋かそれ以上の処置を受けられる。
清磨の腕には点滴が繋がれ、上半身を動こうとすると激痛に見舞われた。清磨が目覚めた気配に気づいたのか、ベッドを囲っていたカーテンが少しだけ開かれる。カーテンの向こう側には、清磨と同じ入院着姿の愛染と陸奥守、堀川と髭切が顔を覗かせていた。

清峰が清磨に対して行った再顕現の儀式は、前例に無いことだった。前例が無ければ慣習も無い。薩摩国の顕現管理局や総務局の担当者が頭を抱えながら処理が進み、医局で目覚めてから約二週間程度要して、晴れて清磨は第一一一八号本丸の一員となった。
本丸の敷地に足を踏み入れた時、ぴりっとした緊張感を持った。薩摩国により顕現されてから十数年経過したが、生活や任務の拠点が新しくなるのはこれが初めてだ。清磨は胸いっぱいに空気を吸い込む。この本丸が清磨の新しい居場所になるのだ。
清磨は蜂須賀虎徹が率いる新設部隊に配属された。清磨の実戦経験数は蜂須賀以上であったが、この部隊は新たに顕現した刀剣男士の育成、不足している技術力を補い、任務遂行能力を高める目的も持っている。清磨と蜂須賀は育成の考え方が全く同じという訳では無かったが、早朝から深夜まで忌避ない議論を交わした。蜂須賀なら、清磨なら、きっと伝わるだろう。より良いものを一緒に考えてくれるだろう。二振の間には厚い信頼が芽生えていき、現在の第九部隊を盛り上げていった。


清磨が本丸にやって来てから一年が経ち、本丸での生活や部隊での出陣にも慣れてきた。清磨の着ける腕章には第一一一八号本丸の部隊名が記されている。
主の平清峰には一人娘が居る。平ともえだ。出生後、薩摩国病院を退院したともえは静香と共に静香の実家である吾妻家に半年間滞在していた。清峰の義両親は審神者ではないため、たとえ家族であっても本丸内に長期滞在することが出来ない。清峰も出陣で長期不在にすることが多いため、静香のサポートと生活を整えるためだった。とはいえ半年間親子が一度も顔を見ないということはなく、休暇の度に清峰は義実家へ赴いていた。静香とともえが本丸に戻って来た時は、顔には出さないが清峰は喜んでいたように清磨の目に映った。
ともえは元気な女の子だ。最初ははいはいが出来るようになり、つかまり立ちが出来るようになったらベビーサークルで本丸中を歩き回る。そのため、本丸の一部にはともえが入る・出ることを防ぐための柵が設置された。ともえがベビーサークルで遊んでいると、ごろごろがらがらと大きく音が鳴る。ともえの楽しそうな声と「ひい様」と呼ぶ声が聞こえてくると、清磨も思わず気持ちが緩んだ。

その日、清磨は清峰に頼まれて一期一振を探していた。
一期は非番の日であったが、どうしても参加して欲しい軍議があるため呼んできて欲しいとのことだった。幸いにも一期は外出していなかった。清磨は、本丸に居た何振かの男士に一期の居場所を尋ねて回る。そうして一つの部屋に辿り着いた。中庭に面して風通しの良いその部屋は、男士達が自由に使える部屋の一つだった。閉められた障子は数センチだけ隙間が開いており、中から人の気配がした。

温かな春の日に部屋へ差し込む光と部屋の中に溶けていく赤ん坊の寝息。
この世界にたった二人きりであれと、祈りたくなる程の愛しさを湛えて一期一振はともえを見つめていた。

一枚絵のような春の日の光景を清磨は障子の間から見ていた。切なくて堪らなかった。清磨は一期の感情が自分の中にも流れてくるように思えた。
知らないはずなのに、どこかで知っている気がした。それを自覚した瞬間、清磨が今見ている景色の向こう側に極彩色の景色が重なる。清磨の眼球の奥が突き刺すような痛みを持った。
痛みは一分も経たない内に消えた。清磨が部屋の外から一期の名前を呼ぶと、彼はともえを起こさないように静かに返した。

「主が呼んでいましたか?」
「うん。ごめんね。邪魔をしてしまったかな」
「いいえ。大丈夫ですよ。奥方が戻られ次第、主の執務室へ向かいますね」

清磨が立ち去ろうとした時、一期がおもむろに立ち上がった。彼は障子を横に滑らせて、清磨へ中に入るよう促した。大きな座布団を二つ重ねて作った布団の上で、ともえがタオルを握ってごろんと寝返りを打っていた。タオルを顔の近くに寄せてうとうとと何度も瞬きをしている。

「ああ起こしちゃったかな。ごめん」
「今日はあまり寝つきが良くなくて、すぐ起きてしまうんです。清磨、ひい様を抱っこしてみますか?」
「やめておくよ。君みたいに上手く出来ない」
「出来ますよ。私が支えていますから、怖がらないでください」

ともえの背中と座布団の間に両手を差し込み、ともえの身体を抱き上げる。ともえを落としてしまわないよう、清磨の手の下から一期が支えた。
清磨の腕の中に居るともえはきょろきょろと当たりを見回す。よくともえの面倒を見ている一期がすぐ近くに居ることに安心したのか、再びうつらうつらし始めた。
一方、清磨は手が震えそうになりながらも、自分の腕の中で眠り始めたともえを見て小さく声を上げた。

「わあ……。すっごく温かいけれど、熱は無いの?」
「はい。赤ん坊はこれくらい体温が高くて良いのです」
「そうなんだ。初めて知ったなあ」

腕全体からともえの重みと温かさが清磨に伝わってくる。体温が高いため、赤ちゃん特有の甘い肌と石鹸が混ざった匂いが届いてきた。
ともえの顔を見ていた一期が顔を上げると、薄紫色の瞳が涙で濡れていた。瞳から落ちた雫が顎を伝う。清磨はともえの上に涙が落ちないように、着ていた服に顎を擦りつけた。

「あ、なんだろう。ごめん。なんで……止まらないや」

一期が「代わりましょうか」と両手を差し出す。その言葉に甘えて、清磨はともえを一期へ預けた。そっと両手を引き抜いてもまだ、ともえの温かさと重さが残っていた。

「ひい様を見ていると、愛しさが溢れて私も泣きそうになります。この方の行く道が明るいものであるように。幸せな旅路であるようにと……願わずにはいられないのです」

照れくさそうに笑いながら一期が話す。心からともえの幸せを願っていることが分かった。清らかで尊い願いだった。
眠るともえと一期を見て、清磨の視界が再び極彩色で埋め尽くされる。
極彩色の景色の向こう側に、清磨ははっきりとともえと一期の姿を捉えた瞬間、清磨の中に黒い渦の中で触れたあらゆる時間軸の可能性が流れ込んできた。
知らないのに知っている。見たことがないのに見ている。聞いたことがないのに聞いている。
尊い願いが行きつく幾つもの可能性――その全ての「あり得たかもしれない未来」を清磨は“覚えている”。

「清磨?」

一期が清磨の名前を呼ぶ。清磨は返事をすることが出来なかった。

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