望んだ答えとそのゆくさき




これの続きで出水くん救済TRUEEND的な。
太刀川さんは性欲モンスターであほだけど悪い人じゃないよENDです。
BADENDもそのうち。




一人残された太刀川の部屋は寒かった。暖房のない部屋。こたつはあるけれど入ってぬくぬくしたいという気分ではなかった。
先ほどまではトリオン体だったから寒さなど感じなかったけれど、今は冷たい空気がどんどんと体から体温を奪っていく。
このまま一人凍えながら太刀川を待っていてどうしようというのだ、一体何を期待しているのか。
帰ろう。そう思って立ち上がる。ミネラルウォーターの蓋は開けないまま、そっと冷蔵庫に戻しておく。
持ってきたのは財布とトリガーだけだったはずだ、忘れ物はない。
さすがに無言で出て行くのはどうかと思ったから、一応挨拶しておこうと風呂場へ向かう。

「太刀川さん」
「お、出水、一緒入る?」
「や、帰ろっかなーと思って」

事が終わればすぐ帰るつもりでいたし、呼びつけた太刀川だってきっとそのつもりでいると思っていたのだけれど。
太刀川はあからさまに不満そうな顔をして出水の腕を掴んだ。予想外の反応に出水は目を丸くする。

「今日は泊まってけばいいだろ、明日土曜だし、任務には一緒に行けばいいし」
「えっと、でも家族には帰るって言ってきて、」
「だめ、泊まってけ。というか帰さん」

終いには腕どころか、体ごとぎゅっと抱きしめられてしまって身動きがとれなくなる。
太刀川の素肌が出水の顔に直に触れる。太刀川のにおいが、温度が、先ほどまでの行為をどうしても思い出させて体がまたじんと熱くなってくるようだった(ただでさえ熱を吐き出していない下肢が熱くてたまらないのに)。
それを悟られたくなくて、出水は太刀川の体をぐいと引き剥がす。

「わ、かりました、から」
「よし、じゃあとりあえず風呂入ろう」
「…一緒に?」
「もちろん」

当たり前のように言って見つめてくる太刀川を、出水は拒否の意を込めて見つめ返してみるが、太刀川にはどうやら通じないようで。
引き剥がしたと言っても未だ腕はがっちりと掴まれたままだ。このままだと学ランのまま風呂場に投げ込まれかねない。
結局何もかも太刀川の言いなりになるのはなんだか癪だったが、観念したように出水は溜め息を吐いた。

「分かった、分かりましたから、太刀川さん先に入ってて」
「逃げない?」
「逃げないです」

目を見てはっきりとそう告げてやれば、太刀川も納得したのかうんと頷くと出水の頭を撫でる。
さっき穿いたばかりの下着を脱いで洗濯機に投げ込むと、洗面所と浴室を隔てるガラス戸を後ろ手で閉めた。
それを確認すると、出水はもう一度深く溜め息を吐いてずるずるとその場に座り込む。なんでこんな変なことになってきたのか。
とりあえず家に連絡しなければ、と思ってポケットから携帯を取り出し家族宛にメールを飛ばす。「任務が長引いたから先輩の家に泊まってくる」、前半部分は嘘だけどあと半分は本当だからまあ良しとしよう。
入ると言ってしまったのだからとりあえず服を脱がねばと立ち上がる。洗面台の鏡に映る自分の顔はなんだか酷く疲れているように見えて、すぐ目を逸らした。
着替えなどは何も持ってきていないが…まあ下着以外は太刀川のものを借りればなんとかなるだろう。ぶかぶかだろうけど寝間着に使うだけなら特に問題はない。
さっさと服を脱ぎ捨ててシャツと下着だけ太刀川と同じ洗濯機に放り込んで、前を隠すためにそこら辺にあったタオルを拝借する。
緊張に震える指でガラス戸に手をかけて(何で緊張なんかしているんだろう、それ以上のことをもう何度もしてきたのに)、太刀川の待つ浴室へ足を踏み入れた。



「お、ちゃんと来たな」
「逃げたら後でうるさいでしょ太刀川さん」

浴室に入ると、大きな体を丸めて頭を洗い流している太刀川の姿。出水が入ってきたことに気づくと、濡れた髪をかきあげながら嬉しそうに笑んだ。
できるだけ平常心を装いながら、出水は太刀川の横にぺたんと座る。マットが小さいからどうしても密着してしまうかたちになってなんだか気恥ずかしい。
何回も太刀川に呼び出されて来ているのだから、この浴室を使ったこと自体は何回もある。けれどこんな風に二人で入るのなんて初めてだから、どうにも落ち着かない。
早く洗い終わって先に湯船に浸かってくれればいいのに、どうせこの狭い湯船じゃ二人なんて入りきらないだろうし。なんて思いながら出水もお湯を頭から被る。冷えた体にはちょっと熱すぎて肌がびりびりした。

「出水って体と頭どっちから洗う方?」
「えっと体から」
「ほうほう」

もう既に出水専用と化している(太刀川のものが肌に合わなくて随分前についでに買ってもらったものだ)ボディーソープに手を伸ばす、と何のつもりか太刀川はその手を掴んで引き寄せて。
そのまま出水の体を背中から抱きしめてしまった。
濡れた肌と肌が直に触れる感覚。情事の最中にいるような錯覚。治まりかけていた性器にまた熱が集まってくる感じがして、出水は思わずタオルを抑えた。

「え、なに、太刀川さん」
「せっかくだし俺に洗わせて」
「や、遠慮します」

平静を装って答える、けれど鼓動は早鐘を打っていて。
どうしよう、気づいてくれるな(下肢にも、胸の鼓動にも)。
鎮まれと焦るほどに出水の性器は硬度を増していく。
なんとか穏便に逃れたいところだったけれど、太刀川の手はがっしりと出水の腰を掴んでいるし、出水の言葉など聞く耳持たないし。どうしようもない。
時間も太刀川も待ってくれない。そうこうしている間に太刀川の手は出水のタオルにかかって、抵抗する間もなく剥ぎとってしまって。

「お、なんだ出水勃起してんの」

見られて、そして言葉にされて、出水の羞恥は限界を迎えた。

「こ、これは、その、違くて」

かああ、と出水の顔が耳まで赤くなる。
別に勃起した性器くらい何度も見られているし、それ以上の恥ずかしい姿だって見られている。
でもそれは情事の最中だから、太刀川が望む時だったから許せたことで。こんな風に太刀川にその気が無い時に見られたことなんて一度もない。
しかも先程まであんなに喘がされて絶頂させられたあとだから、余計に恥ずかしくてたまらなかった。あれだけやって足りなかったのかと思われそうで、酷い淫乱だと思われそうで。

「っ、だって、おれ、こっちの体だと一回もイってない、し」

羞恥で頭が回らない。
聞かれてもいないのに言い訳を並べ立ててしまう。
でもその通りなんだから仕方ないじゃないか、後でこっそり処理する予定だったのに太刀川が風呂になんか誘うから。

「なるほど、トリオン体で射精出来ない分こっちに溜まっちゃうってことか」

納得したように頷かれても困る。どうしようもなくて泣いてしまいそうだ。
逃げたい、逃げたいのに太刀川の手は依然として出水の体をがっちりと抱え込んでしまっているから、視線を注がれているそこを隠すことすらできない。
もう穏便に、とか考える余裕なんてなくなっていて、出水はただ子どもみたいに手足をバタつかせて逃れようともがく。

「というかそういうの最初に言えよ」
「は…?え、あ、んんっ」

太刀川は片腕で出水を抱いたまま、勃起した出水の性器に指を絡めた。
そのままゆるゆると、出水の快楽を誘うように手を上下させる。

「た、太刀川さん、なに、っ」
「俺の責任だし、ちゃんと抜いてあげるから」
「え、いい、からっ、」

そんなことしなくていいからとりあえずこの手を離してほしい。
頭ではそう思うのに、体は欲望に正直で。太刀川の熱い手が出水の性器を包んで擦りあげるたびに、痺れるような快感が体を走って、抵抗する力がどんどん抜けていく。
引き剥がそうともがいていた手はただ太刀川の腕にしがみつくのみになって、ただ口だけがやだやだと繰り返す。でもその声すら快感に震えていて、浴室に響くのはただの嬌声でしかない。

「やだ、や、あ、あっ」

先走りで粘ついた先端を太刀川の指が穿るようにいじる。
太刀川の手が上下する度に粘着質な音がだんだん大きくなっていって、出水の耳までも犯すようだった。
太刀川の動きは優しい、けれど容赦がない。確実に出水の性器を射精へと導く動き。
油断すると今にも達してしまいそうで、出水はぎゅ、と唇を噛んだ。

「っう、う、くっ、…っ」
「どした出水?別に我慢しなくてもいいんだぞ」

我慢しているわけじゃない。ただほんの僅かに残っている理性が、快楽を受け入れることを許さないだけ。
違う、こんなのは違う。太刀川が自分の体を求めて、自分はそれに応えるだけ、ただそれだけでよかったのに。
こんな風に一人だけ気持よくなるなんて出水の求めることじゃなかった。
だってこんなの勘違いしてしまう。優しくされたらその理由を求めてしまう。未だ得ていない答えに希望を抱いてしまう。
だから、嫌なのに、嫌なはずなのに、結局体は快感に逆らうことなどできなくて。

「あ、あっ、…っふ、は…」

押し寄せる射精感にぎゅ、と目を瞑ると、そのまま出水は太刀川の手の中に精液を吐き出した。
ようやく熱が解放される感覚に、出水はびくびくと体を震わせる。
そのまま全部絞りだすように太刀川がゆるく扱いてやれば、残っていた精液がまたどろりと吹き出した。

「おーいっぱい溜まってたな」

感心したように太刀川は言ったあと、出水の下半身を洗い流してやる。
涙で滲んだ目でぼんやりとそれを眺めながら、さいあくだ、と出水は太刀川に聞こえないくらい小さな声で零した。





「はーやっぱ冬は風呂だな」

到底男が二人も入るようには作られていない小さな浴槽にぎゅうぎゅうと、太刀川に背中から抱かれるようにして出水は湯船に浸かっていた。
太刀川の胸と自分の背中がぴったりとくっついてしまっているこの感触は、もう熱をすっかり吐き出したとはいえやっぱり少し落ち着かない。
さっさと上がってしまいたいのだけれど太刀川の腕はしっかりと出水の体を抱いていて、身動きがとれない(さっきからこればっかりだ)。
仕方がないからもうされるがまま、今更無駄な抵抗もせずに太刀川の体に背中を預けてしまっていた。

「出水さー」
「なんですか」
「なんか色々余計なこと考えて悩む方だろ」

言われて少しどきっとする。
正直太刀川はそういうことに疎いと思っていたから、自分のことをそんな風に見ていたなんて思ってもいなかった。
けれど、はいそうですと答えることも違うと首を振ることも出来ずに、無言で水面を眺めていれば太刀川が続きの言葉を紡ぐ。

「俺ばかだから出水が何考えてるかとかはよく分かんないけど、出水がなんか余計なこと考えてんなってことくらいは分かる」
「…」
「なあ、今何考えてる?」

気づいて、いたのか。そんな素振り見せないように努めてきたのに、いったいいつから。
問う声は優しい。まるであやすみたいに出水の心を撫でていく。でもそんな聞き方ずるいと思った。
だってそんな、出水がぐだぐだと悩んでる理由なんか全部、誰のせいだと思ってるんだ。

「…太刀川さんが悪いんですよ」
「やっぱ俺?」
「おれが悩むのなんて太刀川さんのことだけだし」

自覚があったのか。なんだかやたら苛立ちを覚えて吐き捨てるように出水は言う。
そうだ、友人関係も学校関係もボーダー関係も、こんなに胸がつまりそうなほど悩むことなんて他にない。
出水の胸を苦しめてならないものは、ただひとつ、太刀川のことだけだった。

「…太刀川さん何考えてるか分かんないんだもん」

もういいや、ここまで吐いてしまったならいっそ全て白状してしまおう。
半ば自棄になって出水は胸につかえていた思いや言葉を吐き出した。

「太刀川さんからの呼び出し、セックスばっかだし」
「まあ確かに」
「なんかやたら変なことしたがるし自分勝手だし」
「うーんそうかも」

言葉の奔流は止まらない。言うはずなかった言葉まで全て口から流れだしていく。

「おれのこと喘ぐオナホみたいに考えてるんじゃないかって思って」
「オナホっておまえ…」

はああと太刀川が深く溜め息を吐くのが背中越しに分かる。そんな溜め息吐かれても困るのは出水の方だ。散々そういう扱いをしてきたのは太刀川のくせに。
だから自分が太刀川にとって何なのか分からなくて、そんなのも分からないまま抱かれている自分自身も何がしたいのか分からなくて。答えの返ってこない問いを投げ続けて。

「おれ、太刀川さんの何なの」

最後に小さく呟くと、知らぬ間に涙が零れた。
そして今も答えが見つからない。
洗いざらい全て白状してみても、自分の中には答えなんて見つからなかった。

「出水」

太刀川が静かに出水の名前を呼ぶ。出水は小さく肩を震わせる。
太刀川の発する言葉を聞くのが怖かった。
背中を向けているから太刀川が何を考えているか分からない。呆れられただろうか面倒くさいと思われただろうか。
何も期待などしていないはずなのにこんなに二の句を聞くのが恐ろしくてたまらないのは何故なんだろうか。
太刀川の唇が出水の耳に触れる。その唇が僅かに動いて、言葉を紡ぐ。

「好き」

たった二文字、出水の耳元で囁かれた言葉。
どくん、と出水の胸が鳴る。
それは、出水が苦しいほど悩んで求めていた問いの、答えで(分かってしまえば非常にシンプルな)。

「…初めて聞きました、それ」
「あれっ言ってなかったか、忘れてたかな」

言ってない、聞いてない、そんなの。だからこそ今まで苦しんでいたのに。

「俺は出水が好きだよ。出水が俺の傍にいてくれないと困る、すっごい困る」

真摯な言葉。真っ直ぐに出水だけに向けられた言葉。ああ神様、これが偽りの言葉ならもう二度と人間なんて信じない、それくらい真に迫った言葉だった。
いつも適当な人間がたまに真剣な言葉を吐くとこうも身に染みていくものなのか。出水はぎゅっと太刀川の腕を掴む。
胸につかえていたものがすとんと無くなる感覚。ああ、やっと分かった。
答えが分からなかったんじゃない、目を逸らしていただけ。
だって自分の望んでいた答えがそうでないことが怖かった。求めていた答えが太刀川と食い違ってしまうことが怖かった。
だから、与えられるのを待っていた。誰でもない太刀川から。

「…太刀川さん、そういう言い方、ずるい」
「ん、ごめんごめん」

そんな言い方されたらもう何も言えなくなる。
まだまだ言いたい不満とか文句とかたくさんあったのに、もうそんなのどうでもよくなってくる。

「…キスしてくれたら許す」
「やっすいなー出水、そんなんじゃ悪い大人に捕まるぞ」

そんなことならもう手遅れだ。もう捕まったあとじゃないか。
自覚しているのかいないのか、出水はその悪い大人の顔を振り返って見上げる。
優しげに出水を見つめてくる瞳。触れているのにもっと触れたいと胸が疼くこの感じ、ああこれが好きということなのかと今更思う。
そうやって見つめていると、太刀川の額がこつんと出水の額にぶつけられて、出水はそっと目を閉じた。
今までに感じたことのないくらい、甘い優しいキスだった。










×
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -