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 気が付いたら見知らぬ天井が視界いっぱいに広がっていて、戸惑いながら寝返りをうったところで、遂にこの時が来てしまったんだなあ、と諦めにも似た思いが頭の中を過ぎる。「…目が覚めたか」と小さく呟くように言った承太郎さんは、読んでいたらしい本を閉じると、立ち上がってゆっくりと此方に近付いて来た。
 どうやら私は承太郎さんに何処かへ運ばれていたらしい。ベッドの感じだとか、部屋の内装からして、此処はおそらくホテルの一室だろう。もしかすると、承太郎さんの泊まっている杜王グランドホテルの部屋かもしれない。

 いつもだったらテンションが上がっているところだろうけれど、流石にこの状況ではそうも行かない。ゆるゆると起き上がって、ベッドの上に正座する。一度は逃げ出そうとした後ろめたさもあって、承太郎さんの顔は見られなかった。
 例えるなら、悪戯がバレて怒られるのを待つ子供の気分である。…まあ、この状況はそんな軽いものじゃあないけれど。じわ、と汗が滲んで来ているのを感じながら、私は視線を手元に落とした。

「手荒な真似をしてしまってすまなかったな。此処は杜王グランドホテルの一室だ。話が終われば、すぐにでも君を家に帰すと約束する。…少し時間をくれ」
「……は、はい…」

 承太郎さんに促され、ベッドから降りて部屋の中央にあるソファーへと向かう。がちがちに緊張したまま、承太郎さんと向かいにあるソファーに腰を下ろしたのと、同時。部屋のドアが開いて、外から仗助と露伴先生が入って来た。
 思わず顔を上げてしまったので彼らと目が合ってしまい、私は慌てて視線を落とした。承太郎さんだけじゃあなくて、仗助も、露伴先生の顔も、何故か見る事が出来ない。「…アオバさん…」と仗助が私を呼んだのが聞こえ、心臓がどきりと跳ねた。

「……も、もう逃げません…ちゃんと、全部お話します…」

 自分に言い聞かせるように、そう声を上げた。仗助が承太郎さんの隣に座って、露伴先生がドアの入り口のところで壁に背を預ける。全員が私の言葉を待つように口を閉ざしたのを見て、私は静かに話し始めた。


***


 まず、私のスタンドである『エアリアル』の事、それからトリップの事、最後にこの世界が漫画になっているという事――全てを話した。本当は漫画の話はしないつもりだったのだけれど、承太郎さんに追及されてしまい、結局話す羽目になってしまった。

「…あ、あの…どうして私が、皆さんの事を最初から知っているんじゃあないかと思ったんですか…?」
「…最初に図書館で会った時だ。論文の場所を聞いた俺に、君は『海洋学』の論文の場所を教えてくれた。…俺は探しているのが『海洋学』の論文だとは一言も言わなかったんだがな」
「あ…!」
「普通、ひと目見ただけで俺が海洋学者だとは分からんだろうからな…少し気になっていたんだ」

 承太郎さんの言葉に思い返してみると、確かに私はあの時、承太郎さんを『海洋学』の論文の場所を教えていた。言われるまでは全く気が付かなかったので、改めて承太郎さんの洞察力や注意力の鋭さを思い知らされたような気がする。
 図書館での一件から、承太郎さんはおそらく私の事を気に留めていたのだろう。だからこそ、私をカフェに誘って、色々と確かめようとしたのではないだろうか。そうして私は承太郎さんの予想通りにボロを出して、今此処に居るという訳である。

 結局は自分で撒いた種だったらしい。バカ丸出しじゃあないか、と頭を抱えたくなるのを堪えて、「そうだったんですね…」と弱々しく言葉を返す。とにかく、これで隠していた事は全てだ。私はぐっと拳を握って、居心地の悪い空気に割り入るように口を開いた。

「……話はこれで全部です。…こんな話、信じろなんて方が無理だって自分でも分かりますから、信じてくれとは言いません。だけど、嘘をついていない事は本当だと、それだけは言わせて下さい…」

 全てを話し終えた今、三人の反応が怖くて仕方がない。もしも私が仗助達の立場だったとしたら、こんな突拍子のない話を信じられる筈もないからだ。だからこそ、三人の反応が怖かった。誰かが口を開くより先に、私は息を吸って、言葉を繋げる。

「…ずっと憧れていた人達に出会えて、同じ町に暮らせて、本当に夢みたいで…とても幸せでした。だから、もう十分です。…短い間でしたけど、お世話になりました」
「アオバさん…?」
「え、と…このスタンドを悪用したり、誰かに危害を加えたりはしませんから。それに、私は近い内にこの町を出るつもりですし…もう皆さんの前には現れないようにしますから、安心して下さい。…そ、それじゃあ、あの、失礼しますッ…!」

 言い終わるのと同時に立ち上がり、がばっと頭を下げてから、目を丸くしている露伴先生の横をすり抜けて逃げるように部屋を出る。背後で仗助が驚いたように私の名前を呼んだのが聞こえたけれど、足は止めなかった。
 信じてくれとは言わない。信じなくても良い。けれど、面と向かって「信じられない」と言われてしまっては、心の弱い私はきっと立ち直れないだろう。だってその言葉は、私が此処に居る意味を、存在を否定されるのと同じだから。――だからこそ、何か言われる前に三人の前から姿を消してしまいたかった。つまり、私は逃げたのだ。

 走って走って、心臓が痛くなるくらいに走って、私は漸く足を止めた。息を整えながらゆっくりと歩いて、それから暫くすると、見慣れた道に出る。気が付けば私は、自分の家の前に立っていた。

「……もう終わりにしないとね」

 家の中に入って荷造りをし、荷物を担いだところで再び外へ出る。心の中で名前を呼べば、私の肩の上に現れた小さなハリネズミ――『エアリアル』が、心配そうにすぴすぴと鼻を鳴らした。宥めるように指先で頭を撫でてやりながら、「能力を解いてくれる?」と声を掛ける。
 一拍置いて『エアリアル』が小さく鳴き声を上げると同時、目の前のポストに貼られていた『三好』のラベルが剥がれ、空気に溶けるように、すうと消えて行った。私の背後を丁度通り過ぎて行ったお隣のおばさんは、私を素通りして家の中へ入って行く。

 胸の辺りにずしりと重たいものを感じながら、私は静かに息を吐く。自分でやった事とはいえ、人に忘れられるという事がこんなにも苦しいものだなんて、思わなかった。私の感情が伝わったのか、『エアリアル』が寂しそうな鳴き声を上げる。

「…大丈夫!自分でやった事は、自分で片を付けないとね」

 今まで十分過ぎるくらいに幸せな思い出を貰ったのだから、それに報いなければならないだろう。立つ鳥跡を濁さず、というやつだ。自分にそう言い聞かせながら、私は歩き出したのだった。