×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

▼ ▲ ▼


 風邪が漸く治り、久しぶりに外へ出る事にした。アパートを出たところで、近所のおばさんに声を掛けられる。「この前誰かに背負われて帰って来たみたいだけど、大丈夫だったの?」なんて尋ねられて、私はきょとんと首を傾げた。誰かに背負われて、だなんて、全く身に覚えがない。
 聞いたところによれば、どうやら私が熱を出して病院に行った日の事らしい。ぐったりとしている私を高校生の男の子が背負って、その横を奇抜なファッションの男の人が歩いていたのだという。詳しく聞いても、やはり、全く身に覚えがない。

「見間違いだったのかしらねえ…私もその時は急いでてちらっとしか見えなかったから… まあ、とりあえず、気を付けなきゃあ駄目よアオバちゃん。あなた女の子なんだからね!」
「あ…はは、そうですね、気を付けます…」

 おばさんと別れて歩き出すも、何だかもやもやとして気持ちが悪い。確かに覚えは無いのだけれど、何となく、違和感があるのだ。よくよく考えてみると、病院の帰りの事を覚えていなくて、気が付いたら家で寝ていた。あの時は熱の所為で意識が朦朧としていたからだろうとあまり気に留めなかったのだけれど、何かがおかしいような気がする。
 例えるなら、夢を見たのは覚えているのに、その内容がすっぽ抜けているような、そんな感覚。何かがあったような気がする。だけど思い出せない。…ううーん、気持ち悪いなあ。

 高校生の男の子と、奇抜なファッションの男の人。ふわっとした情報だというのに、頭の中に仗助と露伴先生がぼんやり浮かんで来るのは何故だろう。最近接点があったからかなあ、と考える一方で、ふと思いついた事があった。
 もしも仮に、おばさんの見間違いじゃあなくて、私が本当に誰かに運ばれていて――更に、私を運んだのが仗助と露伴先生だったとしたら。私の記憶の一部が曖昧なのは、意味があるのではなかろうか。

「……まさか、露伴先生の『ヘブンズ・ドアー』?」

 半ば無意識の内に呟いた言葉に、自分の表情が引きつったのが分かった。もしも露伴先生の『ヘブンズ・ドアー』で、私の記憶に「あった事を忘れる」と書き込まれていたとしたら?だとしたら、おばさんの話も、私の記憶が曖昧なのも、頷けてしまう。
 だけどこの過程が本当だったとしたら、由々しき事態である。書き込まれたという事は、イコール、記憶も見られているという事だからだ。自分の記憶がどういう記述をされているのか分からないけれど、私にトリップの記憶がある以上、何かしらの記述がある事は確実だろう。それを見られていたとしたら――?

 そう考えて、思わず足が止まる。確証は無いけれど、辻褄の合う仮定なだけに、冷や汗が止まらなかった。とりあえず、落ち着こう。はあ、と息を吐きだして、再び歩き出す。喉がからからに渇いている事に気が付いて、道路を挟んで向かいにあったカフェに入る事にした。
 信号を渡ってカフェの方に歩いていた時、ふと自分の上に影が掛かったのに気が付く。俯いて歩いていた所為で前が見えていなかったのだけれど、この視界に映る白いコートとスーツは…もしかして…?恐る恐る顔を上げて、私は勢い良く逃げ出したくなった。

「君は…この間、図書館で会った……」
「……あ、…こ、こんな所で会うなんて、奇遇ですね……」

 勿論、目の前に居るのは承太郎さんでした。再会を果たした事も、覚えてくれていた事も嬉しいのだけれど、よりによってこのタイミングで会うなんて…!!例によって変な汗が滲み出てきた私を他所に、承太郎さんはちらと真横にあるカフェに目を遣り、再び私に視線を戻した。


***


 数分後。私は承太郎さんと共にカフェでお茶をしていた。どうしてこうなった、と冷や汗を滲ませながら、こっそりと思う。承太郎さん曰く、「この前は世話になったからな」との事だけれど、図書館でお世話になったのは私も同じ事だ。
 大した事もしていないのに、と一度は断ったのだけれど、結局ご馳走になる事になってしまった。この意志の弱さというか、ファンのさがというか…。

 運ばれて来たアイスココアに口を付けながら、ちら、と目の前の承太郎さんを窺う。飲み物を飲んでいるだけで絵になるのだから凄い。一挙一動が様になるというか、存在感があるというか、何というか。
 ちらちらと様子を窺っている内に、視線に気が付いたのか、承太郎さんと視線がかち合う。綺麗なエメラルドグリーンが私を捉えた瞬間、面白いほど心臓が跳ねて、反射的に体がびくっと動いてしまった。

「……どうかしたか?」
「いッ、いえ!なにも!!」

 承太郎さんが格好良くて見惚れていました、だなんて絶対に言えない。慌ててアイスココアに手を伸ばした時、かつ、と肘に何かが当たる。それがミルクの入ったミルクピッチャーだと気が付いた頃には、既にテーブルの上からミルクピッチャーが落ちて行くところだった。
 やばい、と思って手を出したのと、同時。ぱち、と瞬きをすると、落ちていた筈のミルクピッチャーが視界から消えている。割れた音はおろか、床にはミルクの一滴も溢れてはいなかった。驚いて体を起こすと、テーブルの上にはつい数秒前と同じようにミルクピッチャーが置いてある。

「あ、あれッ…!?落ちてない…!?」
「…何かあったか?」
「えッ、…いや、そ、そこのミルクが…」

 絶対に落としたと思ったのに。そう思って、ふと気が付いた。もしかして、今、時間を止められたのでは…?私が落としたのを見て、承太郎さんが『スタープラチナ・ザ・ワールド』で時を止め、その間にミルクピッチャーをテーブルの上に戻したのではないだろうか。それなら、ミルクピッチャーが瞬間移動したように視界から消えたのも説明がつく。
 心臓がやけに煩くなったのを感じながら、私は「い、いえ、やっぱり何でもないです…」と大人しく椅子に収まる事にした。まさか身をもって時止めを体験する事になるなんて。せっかくなら『スタープラチナ』をひと目見てみたかったなあ、なんて密かに思っていると、承太郎さんが静かに口を開いた。

「……そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺は空条承太郎だ」
「えッ?…あ、…え、えっと、…三好アオバです…!」

 存じております、なんてやはり言えない。驚く事に、どうやら承太郎さんは私の事を知っていたようだ。というのも、仗助から話を聞いていたのだという。一体どんな情報と共に仗助から私の話を聞いていたのかは気になるところだけれど、何だか恐ろしいので聞く気にもなれない。冷や汗をかいていると、承太郎さんが私をちらりと見た。

「…アオバくんは仗助と仲が良いようだな」
「えッ!!?…い、いや、そんな、仲が良いだなんておこがましいですッ…!たッ、たまたま家が近所で、色々と良くして貰っているだけで…!」
「…そうなのか?仗助は仲良くなれたと嬉しそうだったが」
「ン"ッ…!!?」

 待て待て待て待て落ち着け私〜〜〜ッ!!!まず承太郎さんにさらっと名前を呼ばれた事、そして仗助と仲が良いと言われた事、最後に仗助が嬉しそうにしていたという事――このフルコンボで私の頭はパニック寸前だ。死ん!!じゃう!!!!
 「…大丈夫か?」と尋ねられ、私は顔を覆ったままで「だい、大丈夫です…ッ」と震える声で返した。全くもって大丈夫じゃあない。とりあえず深呼吸して、自分を落ち着かせる。そうして私が何とか復活するまで、数分掛かったのだった。


***


「け、結局、ご馳走になってしまってすみません…ありがとうございました…!」
「いや、構わない。そのつもりだと言っただろう」

 カフェを出たところでお礼を言えば、承太郎さんは「気にしないでくれ」と言葉を続けた。正直緊張しすぎてアイスココアの味なんて覚えていないけれど、貴重な時間だったのは確かだ。これでまた数日は頑張れるなあ…。
 承太郎さんから視線を外し、足元に視線を落として、ふう、と息を吐く。この後はまっすぐ家に帰ろうかな、なんて思っていると、承太郎さんに名前を呼ばれた。また変な声を漏らしそうになったのを何とか堪え、ゆるりと顔を上げて――思わずびくっと飛び上がる。

 承太郎さんと私の間、顔を上げて数十センチほどの至近距離に、『スタープラチナ』が居たのである。じいっと顔を見つめられ、思わず一歩後退った。薄っすらと透けている『スタープラチナ』越しに、承太郎さんが「…やはりな」と息を吐いたのが見え、私はしまったと口を噤んだ。

「カフェでスタンドを使った辺りからやけにそわそわとしているから、もしやとは思ったんだが…アオバくん、君はやはり『スタンド使い』なんだな」
「そ…ッ、それ、は……」
「…色々と聞きたい事がある。すまないが、一緒に来て貰いたい」

 まずい事になった。『スタンド使い』である事がバレたのは百歩譲って良いとして、私のスタンドの『能力』がバレるのはまずい。それがバレてしまえば、私が元は異世界の人間である事や、この世界の事を知っているという事まで芋づる式に全て明らかになってしまう。
 しかし、承太郎さんを相手に全てを誤魔化す事なんて、出来る訳がない。それに、露伴先生の『ヘブンズ・ドアー』を使われてしまえば――いや、既に使われた後なのかもしれないけれど――それまでだ。とにかく、それだけは避けなくてはならない。――だとしたら、道は一つだ。

「ッ……『エアリアル』!」
「『スタープラチナ』ッ!」

 私がスタンドを呼んだのとほぼ同時、承太郎さんもその名を呼ぶ。その直後、私は首裏に鈍い衝撃を感じた。当て身、というやつだろう。そのまま意識が遠くなっていく。承太郎さんが私の体を抱き留め、「…悪いな」と呟いたのが聞こえたのを最後に、私は意識を手放したのだった。