×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

▼ ▲ ▼


 風邪を、引いた。放っておいても治るだろうと高をくくっていたのだけれど、それが悪かったらしい。結果的に、熱を出して病院に行く羽目になってしまった。怠くて仕方ない身体に鞭打って病院へ行き、薬を貰い、早々に帰路に着く。
 マスクをしてふらふらと歩いている姿はおそらくかなり怪しいに違いないけれど、構っていられる程の余裕は無い。ただでさえ体調が悪いというのに、出歩くとなるとかなりの体力を浪費するのだ。早いところ帰って寝たい。死にそう。

 信号待ちで立っている事すら辛くて、電信柱に身体を預けて何とか耐えていると、後ろからぎゃいぎゃいと騒がしい声が聞こえて来る。どうも言い争いをしているようだ。誰が何を話そうが勝手だろうとは思うのだけれど、この状態の私にとっては何とも迷惑な話である。
 騒がしい声が頭に響いて、ガンガンと痛み出す。どうやら言い争っているのは二人らしい。運の悪い事に、進行方向が一緒なのかどんどんと声が近付いて来て、やがて隣に並ばれた。か、勘弁してくれ…。頭を抱えた時だった。

「………あれ?アオバさん…っスか?」
「………………エッ」

 突然ぴたりと言い争いが止み、代わりに聞こえて来たのは私の名前だ。視線を遣って、私はぎょっとした。隣に並んでいるのは、仗助だったのだ。しかも、よくよく見れば仗助の隣には露伴先生まで居る。どうやら言い争いをしていたのは仗助と露伴先生だったらしい。
 露伴先生と会うのは公園の時以来だけれど、どうやら私の事を覚えてくれていたようで、「君は公園の居眠り女じゃあないか」と僅かに目を見開いて言った。まあその通りなんだけど、もう少し言い方が無かったのだろうか。いや、覚えて貰っていたのは非常に嬉しいけれども。

 しかし、何故こういう油断しきった恰好の時に限ってエンカウントしてしまうのだろうか。ノーメイクだし服も部屋に散らばっていたものを適当にかき集めて着ただけの装いだ。マスクをしているのがせめてもの救いといったところだろう。
 電信柱から身体をゆっくり離し、「ど、どうも…奇遇ですね…」と掠れ切った声で挨拶をすれば、仗助は「…風邪っスか?」と心配そうに眉を下げて尋ねて来た。ぐう、可愛いぞ。

「随分辛そうですけど…出歩いて大丈夫なんスか?」
「う、うん、まあ…病院の帰りで……」

 へら、と苦笑しながら返す。心配してくれる仗助の背後で、露伴先生はどうでも良さげに此方をただ眺めているだけだ。流石露伴先生…揺るぎない…。そんな事を考えている内に、いつの間にか青になっていた信号は、ちかちかと点滅して歩行者を急かし始める。
 いつもなら早足で渡るところだけれど、この状態では渡れない。大好きな登場人物が二人も目の前に居るというこの素敵な状態はとても喜ばしいのだけれど、それと同時、緊張やら感動やらでキャパシティーオーバーしそうで危うい。視界に二人が入っているというだけで、もはや死にそうなのだ。

 このまま二人と一緒に居ると、心臓に悪い。そりゃあこの空間に浸っていたいという欲望が無いと言えば嘘になる。しかし、ただでさえ具合が悪いというのに、こんな平静を欠くような状況に置かれ続けていたら、どうなるか分かったものじゃあない。――そういう訳で、何か理由をつけて二人と別れようとしたのだけれども。

「俺も丁度帰るところなんスよ。心配だし、家まで送らせて下さい」
「え、あ、…や、そんな、大丈夫だよ…!」
「だってアオバさん、今にも倒れそうってくらいふらふらしてるじゃあねーっスか。顔色もよくねーし…」
「で、でも、ほら、家までそう遠くないし、休みながら行けば大丈夫だから…!それに、もし風邪移しちゃったら悪いし…」

 ずずいと迫って来られて、思わず声が上擦ってしまう。仗助は引き下がってはくれなさそうだし、こうなれば強硬手段だ。信号が青に変わったのを視界の端に捉え、「ほ、ほんと、大丈夫だから気にしないで…!」と言いながら一歩踏み出した時だった。
 急に動いたのがいけなかったのか、いきなり身体から力が抜けて、がくんと膝が折れる。倒れる、と思った瞬間、背後から伸びて来た腕が私の身体を支えるようにして抱えた。背中には、誰かの身体がぴったりとくっついている感覚。

「あ…あっぶね〜…!ほら、アオバさん、やっぱり無理してんじゃあねーっスかァ…」
「……あ、…え……?」

 直ぐ耳元に降って来る声。お腹の辺りに回っている腕に視線を落としてから、恐る恐る首だけで振り向くと、かつてない程の近距離に仗助の顔がある。そうして漸く、私は仗助に後ろから抱き抱えられる形になっているのだと理解した。
 カッ、と急激に熱が上がる。此処で遂に私の脳はキャパシティオーバーしたのか、目の前がぐるぐると回り始めた。こ、これは、まずいッ…!!そう思った頃には既に意識が遠くなってしまっていて、私はそのまま、糸が切れた人形のようにぷっつりと気を失ってしまったのだった。


***


「…ン?あれ、アオバさん?アオバさんッ!?」
「…意識がないようだな。仕方がない…おい、仗助、あそこのベンチまで運べ」

 アオバが意識を失った事に気が付いた二人は、丁度近くにあったベンチまで彼女を運び、そこに座らせてやった。ぐったりとしているアオバは顔が真っ赤で、熱が相当高いのだろうという事は直ぐに察しがつく。息苦しそうだったのでマスクをずらしてやれば、アオバは熱い息を漏らした。

「やっぱり相当具合悪かったんだな…病院に連れて行った方が良いんスかねェ〜…」
「もう病院には行ったんだろ。家が近いのなら、寝かせてやった方が良いんじゃないのか?お前、近所なんだろう」
「…それが、近所だって事は知ってんだけどよォ〜、家が何処にあるかまでは知らねーんだよなァ…」

 ため息をつく仗助に、露伴が「使えない奴だな」と眉間に皺を寄せる。いつものように噛み付いて来た仗助を他所に、露伴はきょろきょろと辺りを見回し、人気が無い事を確認し始めた。そうして、自身のスタンド、『ヘブンズ・ドアー』を呼び出す。
 露伴の意図を汲み取った仗助は、「お、おい!」と慌てて制止しようとする。しかし、露伴は「緊急事態なら仕方がないだろう」としれっと答え、アオバの頬にそっと触れた。ぺり、と紙が剥がれるような音の後、アオバの身体が本になって行く。

「どれどれ……」

 本となったアオバの記憶を読んでいた露伴が、「…何だこれは?」と怪訝そうな声を上げる。気になった仗助もそれを覗き込んで、目を丸くした。アオバの氏名や年齢が記されている下にある、一部の記憶が不自然だったのだ。
 元々記されていたと思われる文字がボールペンでぐしゃぐしゃと乱雑に書き潰され、その下に新たに文字が書き加えられている。露伴は今まで数人の記憶を読んだ事があるが、このような記憶は初めてだった。

「こいつ、おかしいぞ…記憶が改ざんされている… スタンド攻撃か?それとも自分で……」
「お、おい露伴、これ……」

 仗助の指差した先にはアオバの、所謂"前世"と呼ばれるであろう記憶についてのページがあった。その文章の殆どは、やはり黒のインクでぐしゃぐしゃに書き潰されていて読む事が出来ない。どうやら、これ以上は記憶が読み取れないようだった。
 露伴は険しい表情のままで、ページの空白に『岸辺露伴と東方仗助に会った事を忘れる』と書き込む。そして、そのまま『ヘブンズ・ドアー』の能力を解いた。

「……何かあるな、こいつ。正直そこまで害があるとは思えないが…一応、承太郎さんに報告した方が良いんじゃあないのか」
「………そう、だな…」

 露伴の言葉に反論する事なく、仗助は静かに頷いた。思いもかけない事実を目の当たりにしてしまったものの、とにかく、アオバの住所は判明している。仗助は未だぐったりとしているアオバを抱き上げると、露伴と共に彼女の家へと向かった。
 『ヘブンズ・ドアー』によって不可思議な記憶を読まれたものの、病院帰りに仗助と露伴と出会っていた事さえ忘れてしまったアオバは、布団の中ですやすやと穏やかな寝息を立てる。そんな彼女を複雑そうな表情で見つめた後、仗助と露伴は何事も無かったように、静かに家を出たのだった。