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「#エロ」のBL小説を読む
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 せっかくの三連休だからと近くのレンタル屋でDVDを借りて、夜通し映画鑑賞を決め込もうと考えたのは昼間の事だ。最近話題になっているアニメーション映画を一本目に観終えた頃には、何だかすっかり小腹が空いていた。夜中に起きていると、どうしてこうも小腹が空くのだろうか。
 20時以降に食べると太る、なんて何処かで聞いたっけなあ、なんてぼんやり思いながらも、私の身体は勝手に外へ出る支度をしていた。ポケットに携帯と財布を突っ込んで、足先にサンダルを引っ掛けて家を出る。鍵を閉めて振り返れば、真っ黒な空にぽつんと月が浮かんでいた。もうすっかり深夜だ。

 借りているアパートから歩いて数分、コンビニへ着いた。次の日はバイトも無くて一日暇だし、たまにはお酒でも飲んでみようか。そんな事を思って、腕に引っ掛けたカゴの中に美味しそうな缶チューハイを二つ入れる。おつまみになりそうなお菓子も適当に見繕って、気になっていたスイーツを最後にカゴの中に入れて、レジへと向かった。
 深夜だからか覇気の無い店員の声に見送られて、自動ドアを潜る。少し立ち止まって、レジ袋に財布を突っ込んだ時だった。背後から「あのォ〜…」と声を掛けられて、目を瞬く。

「…お姉さん、っスよね?すぐそこにあるカフェで働いてる…」

 その声に聞き覚えのある私は、ぎぎぎ、と音が付きそうなくらいぎこちない動きで振り返った。そうして、「あ、やっぱり!」なんて嬉しそうに声を弾ませた彼を見て、思わず悲鳴を上げそうになる。
 いつもの学ランでは無くてTシャツに短パンというラフな格好だし、自慢のリーゼントヘアはすっかり崩されていて、普段よりも何処かあどけない印象だけれど、それでも見間違える筈が無い。――仗助だ。私に声を掛けて来たのは、仗助だった。

 辺りは大して暑くもないのに、何故か汗が止まらない。覚えてくれていた事や会えた事自体は舞い上がりそうになるくらい嬉しいけれど、よりにもよってこんなみっともない格好の時に会ってしまうだなんて。
 何の装飾もないラフなワンピースにサンダル、適当に結い上げた髪の毛、昼間に施してそのままの化粧。ああもう、今すぐに死にたい!!もっとマシな格好で出歩くんだった!!後悔の念に襲われていると、仗助が頬を掻きながら口を開いた。

「…あ、もしかして声掛けない方が良かったっスかね?すんません…」
「そ、そんな事ないです!…あの、わ、私こんなみっともない格好だから、…その、恥ずかしくて…」
「確かに雰囲気違いますけど…別にみっともなくなんかねーっすよ!っつーか、俺もこんな格好だし…」

 ダサいっすよね、なんて苦笑する仗助を見て、思わず「だ、ダサくない!格好いいです!」なんて口走ってしまい、ハッとして口を噤む。仗助がきょとんとしているのを見て、ああやってしまった、と自分を殴り抜けたくなる衝動に駆られた。

「あ、の、…えっと、いつものリーゼントもすごく似合ってて格好いいんですけど、でも、…髪下ろしたのもすごく似合うんだなあ、なんて…」

 取り繕おうとしたのだけれど、何だか更に言わなくても良い事を言ってしまったような気がする。いや、思ったのは本心だけども…!!「す、すいません、変なこと…」と視線を泳がせれば、一拍置いて、仗助が「…や、そんな事言われた事なかったんで…ちょっと照れただけっス」とはにかみながら頭を掻いた。う、ぐ、…か、可愛い…。思わず口元を覆えば、腕に引っ掛けた袋ががさりと音を立てた。


***


「いやァ〜、まさか近所だったなんて…すげー偶然っスね〜!」
「う、うん…ほんと、そうですよね…」

 へら、と人懐こい笑みを浮かべる仗助が、私の歩幅に合わせてゆっくりと隣を歩いている。どうしてこうなった。嬉しさと困惑と緊張と色々な感情が綯い交ぜになってキャパシティオーバーしそうな私は、ふへ、とおかしな笑いを漏らした。
 あれから一言二言交わしたのだが、その間に互いの家が近所だとバレて、仗助に「せっかくなら一緒に帰りません?」と提案されたのである。大型犬のような人懐こい笑みと共にそんな事を言われて断れる筈がない。めっちゃ嬉しい。めっちゃ嬉しいけど死にそう。現在進行形で寿命縮んでそう。

 横を歩いて会話に相槌を打つだけでいっぱいいっぱいな私を知ってか知らずか、仗助は「そうだ、お姉さんの名前教えて貰ってもいーっスか?」なんて爆弾発言を投下して来た。な、な、名前…ですって…?まあ教えるのは別に良いのだけれど、仗助に名前を呼ばれたら、私、本当に死ぬかもしれない。でも呼んで貰いたい。だけど死ぬかも。
 私の重要であり実に間抜けな葛藤の事なんて知らない仗助は、やはりあの人懐こい笑みを浮かべて、「俺、東方仗助っス。仗助でいいっスよ」と言ってくれた。存じております、なんて間違っても言えない。私は漸く覚悟を決めて、口を開いた。

「…えっと、…三好アオバ、です…」
「アオバさん、って言うんスね!やっと名前聞けてよかったっス」
「ン゛ッ…い、いえ、あの、こちらこそ…ッ」

 た、耐えた〜〜〜ッ!!変な声漏れたけどギリギリ死ななかった〜〜〜ッ!!!たった一回名前を呼ばれただけだというのに、私の心臓はもう爆発寸前だ。おそらく顔もゆでダコのように真っ赤だろう。辺りが暗くて助かった。バクバクと煩い胸に手を当ててこっそり深呼吸をしていると、がさ、と鳴った袋にふと目を遣った仗助が口を開く。

「……アオバさんって大学生…っスよね?酒買ってるし」
「ン゛ッ…は、はい、まあ…」

 名前を呼ばれる度に変な声が漏れるのを止めたいが、暫くは無理そうだ。げふんげふんと態とらしい咳払いでどうにか誤魔化していると、仗助が「そっスよねェ〜」と頷く。

「なら、なんで敬語なんスか?俺の方が年下なんだし、もっと砕けた感じで話して下さいよ」
「で、でも…」
「俺、アオバさんと仲良くなりたいんスけど…だめっスかね?」

 指で頬を掻きながら、へらりと笑ってそう言う仗助に、私の中で何かが弾けた音がした。まるで爆弾のような破壊力である。よろ、と思わず一歩よろけた私に、仗助が驚いたように「アオバさん!?」と私の名を呼ぶ。やめてくれそれは追い打ちに等しいぞ。
 片手で口元を覆いながら、「あ、足が縺れただけなんでッ!!」と半ば叫ぶようにして取り繕う。仲良くなりたい――だなんて。頭の中で台詞を反芻すれば、体中の血が沸騰しているように熱く感じた。今まで生きて来た中で、一番心臓が煩いかもしれない。

 私は本来なら彼と関わる筈の無い存在だ。だけど、彼をこの目で見たり、言葉を交わしたりする事を夢見ていた。――そう、まさに今この時のように。それなら、少しだけ我儘になっても良いだろうか。多くは望まないから、少しだけなら、良いだろうか。

「……え、と、…私も仲良くなりたい…なあ、なんて……」

 言葉は尻すぼみになってしまったけれど、それでも仗助には聞こえたらしい。言ってしまってから、社交辞令みたいなものだったんじゃあないか、おこがましかったんじゃあないか、なんて色々考えてしまった。しかし、有難い事に、それは杞憂に終わったようだ。

「勿論っス!仲良くして下さいね、アオバさん」
「あ……う、…こ、こちらこそ、ッ…!」

 仗助はそう言って、嬉しそうな笑みを私に向けていてくれた。感動だとか、幸福感だとか、緊張だとか、様々な感情の所為で眼の奥がツンとする。うっかり泣いてしまわないようにぎゅっと拳を握りしめて、私も精一杯の笑みを返したのだった。