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 図書館に来ると、何となく背中が伸びてしまう。中に入って少し経てばすっかり慣れきってのんびりと過ごせるのだけれど、入り口を潜って数分は何となく緊張してしまうのだ。がやがやとした町の喧騒から隔離されたような、静かな空間だからなのかもしれない。
 大学にも図書館はあるのだけれど、やはり町の図書館の方が蔵書数も多い。それに、原作ファンとしてはこの"杜王町立図書館"は行きたい場所の一つなのだ。未だにエニグマの本は目にしていないけれど、今度司書さんに聞いてみようか。あるかは分からないけれど。

 そんな事を思いながら、端に設置されたテーブルに荷物を置いて、目当ての本を探しに行く。暫く探し回っていると、漸く目当てのタイトルが描かれた背表紙を見付けた。しかし、本がしまわれている棚は上部にある。届くか微妙だなあ、なんて思って辺りを見回すが、運の悪い事に、踏み台が見当たらない。

「…いつもならあるのになあ…仕方ない…」

 そうぼやいて、目の前の棚に手を添え、ぐっと爪先に力を入れて背伸びしてみる。指先は背表紙に触れたものの、ぎっちりと並べられている中から取り出すにはもう少し高さが欲しいところだ。二三度トライしてみたものの、結果は同じである。
 これは踏み台を探して来た方が早いか、とため息をついた時だった。私の背後からぬっと伸びて来た手が、本を掴む。「この本で良いのか?」という声に、私は慌てて頷き、口を開いた。

「す、すみません、ありがとうございま――」

 振り返ってみて、目を丸くした。190はあろうかという高い身長に、真っ白なコート、そして同じく真っ白な帽子。私を見下ろしているエメラルドグリーンの瞳は、まるで宝石のよう。ここまで来ると、もう見覚えしか無い。
 三部では主人公として描かれ、そして四部では頼れる助っ人として仗助達を導いていく――空条承太郎、その人だ。理解して、体中からおかしな汗が噴き出したような気がした。あの承太郎さんが、目の前に居る、だと…?

 驚きを通り越して固まってしまっていると、承太郎さんは怪訝そうな表情を浮かべた。そこで漸くハッと我に返った私は、「す、すみませんッ」と言いながら差し出されていた本を受け取る。

「ふ、踏み台が無かったもので…た、助かりました、ありがとうございます…!」
「いや 構わない」

 ひ、ひええ…立っているだけでこのオーラ…。ごくん、と思わず喉を鳴らしてしまう。もしも私が三部や四部で出て来る敵キャラだったとしたら、絶対に承太郎さんとは戦いたくないなあ。
 ぼんやりと思っていると、「君は…」と承太郎さんの声が降って来る。ぱっと顔を上げたところで、承太郎さんは私が胸に抱いている本に目を落としたまま、言葉を続けた。

「…君はよくこの図書館に来るのか?」
「は、はい。まあ…調べ物とかでよく…」

 頷きながら言うと、承太郎さんは一瞬考える素振りを見せ、「実は…」と話し始めた。曰く、初めて来たので探している本が何処にあるのか分からないのだという。タイミング悪く手の空いている司書さんが見当たらないようで、私に声を掛けたようだ。
 そういう事なら、と私は案内を申し出た。好奇心からではあったが、本の大方の位置が何となく分かるくらいには図書館の中を回っていて良かったと密かに思う。

 どうやら承太郎さんは論文を探しているらしいので、論文が所蔵されている一画に案内した。論文と聞くと苦い顔をしてしまいそうになるのは大学生のさがだろうか。棚にずらりと並べられた難しい単語の羅列を眺めながらそんな事を思いつつ、同じように棚を眺めている承太郎さんをちらと見遣る。

 確か、承太郎さんは杜王町滞在中に論文を執筆して、四部終了後に博士号と取るのではなかっただろうか。研究対象は確か、ヒトデ、だったかな。ふと思い出してしまった所為か、私は海洋学の論文を目で追っていた。

「…あ、あの、海洋学の論文ならこの辺りにあるみたいですよ」
「…ああ。ありがとう」

 承太郎さんはついと私に視線を遣ってから、指差した辺りの論文に目を通し始めた。今も論文を書いているのか、それともこれから書くのか――その辺りの事は流石に分からない。それでも、些細な事とはいえ少し役に立てたなら嬉しい。
 本棚の陰からこっそり見守っていたい気持ちを抑えつつ、「それじゃあ私はこれで…」とおずおずと声を掛ける。承太郎さんは顔を上げて、「ありがとう、助かった」と少しだけ口端を緩めてくれた。真正面からそれを受け止めてしまって、思わず顔が熱くなるのを感じながら、私は慌てて頭を下げ、半ば逃げるようにしてその場を後にする。

 荷物を置いていたテーブルまで戻って来て、引いた椅子にへなへなと座り込む。抱きしめるように持っている本の下では、心臓がまだバクバクと大きく跳ねていた。
 実際に目の前にすると、承太郎さんのオーラというか存在感の大きさは驚くものだ。私がもしも原作を読んでいない人間であったとしても、承太郎さんが周囲の人々とは何かが違うと感じただろう。

 仗助もそうだったけれど、やっぱり、主人公になりうる人物は違うんだなあ――なんてぼんやり考えて、息を吐く。未だに火照ったままの顔や落ち着いてはくれない鼓動を誤魔化すように、私はそのまま目の前の机に突っ伏したのだった。