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 スタートダッシュを決めるように電車を降りて、そのままの勢いでエスカレーターを下り、改札を駆け抜ける。一旦立ち止まり、鞄を抱え直して息を整えたのとほぼ同時、前方に見知った姿を見付けた。

「アオバさん!」

 こっちこっち、と手を振って呼んでくれるのは、仗助だ。向けられた眩しい笑顔に心臓が鷲掴まれるのを感じつつ、私はパタパタと彼に駆け寄る。

「ご、ごめんね!電車一本乗り遅れちゃって……!」
「俺もさっき着いたとこなんで、全然大丈夫っスよ!お疲れ様っス」

 怒るどころかニカッと笑って言ってくれた仗助に、頬が熱くなる。なんてイケメンなんだ。頬を冷ますように指先を当てつつ、「あ、ありがとう……」と思わず視線を逸らした。
 ストーカー被害に遭っているらしいと承太郎さんにバレた翌日、買い物帰りにたまたま仗助に会ったのだが、彼は承太郎さんからその話を聞いたらしい。仗助はそれはまあ色々と心配してくれた上に、「俺が送ります!」とまさかの申し出をしてくれた。

 勿論私と仗助は帰る時間が違うし、さすがに申し訳ないので最初は断ったのだけれど、「何かあってからじゃあ遅いんスよ!?」と逆に少しばかり怒られてしまった。承太郎さんと同じ事を言われてしまったし、これじゃあどっちが年上だか分からない。
 ――結局、互いに折れて、仗助の下校時間と私の帰りが合いそうな日は一緒に帰る事になった。実はもう二度ほどお世話になっているのだけれど、未だに心臓が騒がしくて仕方ない。

「そういえば、あれから変わりは無いっスか?尾けられてる感じとか」
「あ、うん、お陰さまで最近は…。仗助くんが一緒に居てくれるからかな…」
「それなら良かったっス!」

 ヒエッ…いつにも増して笑顔が眩しい…。口元を手で押さえつつ、彼の尊さに密かに震えていると、靴先にこつんと何かがあったのを感じた。視線を落とすと、赤々としたリンゴが足元に転がっている。周囲を見回したところで、少し離れたところから紙袋を持った男性が駆けて来るのが見えた。
 紙袋から覗くのは、同じように赤々としたリンゴの頭。あそこから落ちて此方に転がって来たのだろうという事は、想像に難くなかった。拾って手渡そうとリンゴに触れた瞬間――ほんの一瞬だけ、ぐにゃりと視界が歪んで、よろけそうになる。

「アオバさん…?」

 仗助がきょとんとした表情で覗き込んできたので、私は慌てて笑顔を向ける。少し屈んだからか、どうも立ち眩みをしたらしい。びっくりした…。ふ、と息を吐いてからリンゴを拾い上げたところで、男性が私の前で立ち止まった。

「す、すみません!転がって行ってしまって…」
「いえいえ。傷がついてないと良いんですけど…」
「ああ、大丈夫そうです。ありがとうございました…!」

 男性は手渡したリンゴを大事そうに紙袋の中に収めると、ぺこぺこと頭を下げて去って行った。「あんなにいっぱい、何に使うんスかね〜?」なんて言っている仗助と男性の背中を見送って、私達は再び歩き出したのだった。


***


 誰かに尾けられていると感じなくなってから、寝不足な訳でも体調が悪い訳でもないのに、何だか眠くて仕方がない。無意識の内に緊張していたのが解けたからなのかとも思ったけれど、それにしたって眠い。
 大学の講義では殆ど毎回睡魔と戦っているし、電車では必ずうたた寝をするし、ベッドに入るや否や気を失うように朝までぐっすり眠ってしまう。最近ではあまりにもぐっすり寝すぎて、目覚ましが聞こえずに寝坊をする始末。日に日に睡魔は抗えないほど強くなっていて、流石に病気なんじゃあないかと心配になって来ている。

「うう……眠い………」
「最近ほんとそれしか言ってないよね、アオバったら。何をそんなに夜更かししてるの?」
「だから、夜更かししてないんだってば。原因はさっぱり分からないんだけど、もうとにかく眠くて眠くて…」

 友人と喋りながらも、大きな欠伸が止まらない。「おっきい欠伸〜」なんて言いながら笑う友人とそれから暫く一緒に帰り、分かれ道に差し掛かる。また明日ね、と別れたところで、異変が現れる。
 強烈な、睡魔。意識が引っ張られるように一瞬遠のいて、思わずぐらりと体が揺れる。慌てて足を前に出してどうにか転ぶのを回避したけれど、瞼が鉛のように重たくなって、意識がどんどんぼやけて行く。

「うっ……」

 額に手を当ててどうにか意識を保とうとしたけれど、どうにも無理らしい。肩から滑った鞄が、どさっと音を立てて地面に落ちた。かくんと膝が折れたところで、誰かが私の体を抱きとめる。最後の力を振り絞って瞼を押し上げたけれど、ぼやけた視界に映るのは、見知らぬ――いや、何処かで見た事があるかも――男性の顔だった。

「…だ、…だれ……?」

 彼は何を言うでもなく、ただ口元に笑みをたたえるばかり。逃げなければ、と本能が警鐘を鳴らすも、既に体は言う事を聞かなかった。これは、まずい。

「…おやすみ、アオバさん。次に目覚めた時は、君は僕のものだ」

 そんな言葉が聞こえたのを最後に、私の意識はぷっつりと途切れたのだった。