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「#エロ」のBL小説を読む
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 カツカツ、カツ。夜道を歩く足音が、一つ多い。ホラーには良くあるこの展開が、実際に体験するとこんなに怖いだなんて。ぎゅう、と鞄を持つ手に力を篭め、今にも走り出しそうになる気持ちを抑える。
 先にあるあの角を曲がれば、人通りの少ない道だ。角を曲がっても足音が着いて来たら、その時は走って帰ろう。自分に言い聞かせながら、いつもより早いペースで歩みを進めた。

 角を、曲がる。足音は着いて来ているだろうか。耳をすませて、その音が耳に入った瞬間――私は弾かれたように駆け出した。
 走って走って、漸く見慣れたアパートへ辿り着く。鍵を開けて中に入り、ドアチェーンを掛ける。そのまま玄関先に座り込んで、息を吐いた。

「……はあ、…は、…勘弁してよもう〜ッ……」

 最初は気のせいだと思っていたけれど、これで今月に入って四回目だ。さすがに気のせいじゃあないだろう。怖くて後ろを確かめた事はないし、特に何かをされた訳でもないのでどうしたものかと悩んでいるところなのだけれど、もしかしてこれは警察に相談すべきなのだろうか。

「……だめだ、疲れて頭が回らない……とりあえずまた考えよう……」

 足先を振って靴を放り、のろのろと廊下を歩く。これだからいつまで経っても解決しないんだよなあ、なんて思いながら、私はソファーに倒れ込んだのだった。


***


 結局良い解決策も思い付かないまま、ずるずると日々は過ぎ、一週間。最近は早く帰るように心掛けていたので、夜遅くに誰かに尾けられたりする事は無かった。しかし、代わりに感じるのは視線。ここ最近は、誰かにずっと見られているような、何とも言えない不快感に苛まれている。
 こちらを見ている誰かの姿を見た訳でもないし、少し過敏になっているだけで気のせいと思えば気のせいのような気がするのだけれど、どうなのだろう。はあ、と深いため息を一つついて、青に変わった横断歩道を渡ろうとした時だった。

 とん、と後ろから肩を叩かれる。自分でも驚くくらいにびくりと飛び跳ねた私は、その勢いのままで振り向く。そこに居たのは承太郎さんで、私のあまりの勢いに、珍しく驚いたように目を丸くしていた。

「……すまない、驚かせたか」
「い、いえ、こちらこそすみません……」

 やっぱり、やけに過敏になっている。ばくばくと煩い心臓を宥めるように胸に手を置き、「考え事をしてたので」と誤魔化すように、へらりと笑った。…の、だけれども。

「考え事、というのは?」
「えっ?……え、あ、…えー、ちょっと大学の提出物の事で……」
「……提出物」
「い、いやあ、まだちっとも進んでなくて!今週提出なんですけどね〜!」

 まずい。全然納得していないという顔をしていらっしゃる。ははは、と乾いた笑いで誤魔化そうとするけれど、承太郎さんは逃がしてくれる気はないらしい。「アオバくん」とまるで諭す様に名前を呼ばれ、私は思わずウッと口を噤んだ。

「……じ…実は、そのう………」

 かくかくしかじか、結局まるっと話してしまった。話している間にもどんどん承太郎さんの表情が怖くなって行ったので、変な汗が止まらない。怒っている、のだろうか。居た堪れなくなって、「ま、まあ、私の気のせいだとは思うんですけど……」と何とか話を終わらせようとした、のだけれど。

「…いや、気のせいじゃあない。現に、先程まで君をじっと眺めている男が居たからな」
「エッ!!?」

 まさかの事実に、思わずぎょっとしてしまう。反射的に周囲を見回すも、承太郎さんは「もう消えた」と小さく首を振った。曰く、歩いている私の後をずっと尾けている男が居たらしい。最初は方向が同じだけかとも思ったが、私が立ち止まった時に同じように立ち止まり、さり気なく端に寄ったのを見て、尾けているのだと確信したのだと言う。
 そして、気になった承太郎さんが私を引き止めたところで、男は姿を消したらしい。気が付いてはいたけれど、人から――それも承太郎さんから――言われるとなると話は別だ。

「き…気のせいじゃあなかったんだ……」
「ああ。…どうして早く相談して来なかったんだ。何か起きてからじゃあ遅いんだぞ」
「す…すみません………」

 いや、だって、ねえ。心の中で一人ごねると、承太郎さんが見透かしたようにやれやれと息を吐いた。「どうしたら良いんでしょうか…」と恐る恐る尋ねると、承太郎さんは「とっ捕まえて灸を据えるのが早い」としれっと言い放つ。怖い。
 承太郎さんはSPW財団に護衛をつけるよう要請すると言ってくれたのだけれど、何となく大事にはしたくなくて、私は「じゃ、じゃあ次に見付けた時はそうします……」と曖昧に濁しておいた。まあ、次があるかは分からないし。

「…とりあえず、家まで送ろう」
「エッ!?そ、そんな、大丈夫ですよ!」
「……………」
「…す、すみません…お願いします……」

 承太郎さんの無言の圧力こわい。完全に「お前は話を聞いていなかったのか」という目をしていらっしゃった…。やれやれとばかりに息を吐いた承太郎さんに、また何となく申し訳なくなりつつ、私は承太郎さんと共に青になった横断歩道を渡り出したのだった。