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 数ヶ月ぶりに可愛らしいワンピースを着て、普段より時間を掛けてメイクをして、髪もセットなんかしてみたりして。やたらと気合を入れているのは、今日、仗助と二人で出掛ける事になったからだった。
 実は、いつぞやに露伴先生と二人で取材として――ここは重要だ――デートをしていたという事を知った仗助に、「じゃあ、俺とも今度出かけて下さいっス」と誘われたのである。夢かもしれないと思って帰宅してから十回くらい頬を抓ってみたけれど、夢ではなかった。本当に、仗助にお出かけに誘われたのである。やばい。色々とやばい。

 二人で出掛けられるという喜びは勿論大きいのだけれど、それに比例するように、不安も大きい。気合を入れすぎて逆におかしくなっていないだろうか。友人に協力して貰ったのだし、大丈夫、…な筈だ。言い聞かせながら家を出たのは、数十分前の事。


 ドキドキしながら歩いて行けば、待ち合わせ場所には既に仗助の姿があった。慌てて駆け寄ろうとしたのだけれど、思わず足が止まってしまう。休日だし当然と言えば当然なのだけれど、仗助は制服ではなくて私服だった。遠目から見たって、モデルの撮影中だと言われても頷けるくらいに格好良くて、オーラがあって、私には輝いてさえ見える。
 私はあの仗助の横を歩けるのだろうか。この距離で既に心臓が煩いのに、横に並んで歩いたらどうなるか分かったものではない。仗助と出掛けられるのはそりゃあ楽しみにしていたけれど、もしかすると、このまま回れ右した方が良いのではないだろうか。

 そう思っている内に、私は気が付けば回れ右をしていた。その直後、背後から「アオバさんッ!?」と驚いたような声が聞こえて来て、反射的に足が前に進んでしまう。しかし、駆け寄って来た仗助に手首を掴まれ、私はそこで漸く動きを止めた。

「いやいや、何で逃げるんスかッ!」
「ご、ご、ごめんなさい…な、何か反射で……」
「何の反射っスか!?」

 慌てたように言う仗助に、恐る恐る視線を向ける。ウワッ無理格好良い。ぼぼっと顔が熱くなるのを感じて俯けば、仗助が不思議そうに私の名前を呼ぶ。「…どうしたんスか?」と尋ねられ、私は「い、いや…ええと…」と歯切れの悪い答えを返した。

「だ、だって、その、…仗助くんが、…あの……」
「…俺?」
「………か、…っこいい、から……」

 恥ずかしくなって最後の方はもごもごと口籠ってしまったけれど、仗助は最後まで聞こえたようだ。俯いているので表情は見えないし、無言のままなのが逆に怖いのだけれど、声を上げる勇気は無い。
 つい本音が漏れたのだけれど、これは誤魔化すのが正解だったかもしれない。失敗した、と密かに冷や汗をかいていると、視界の端で仗助が動いたのが見えた。

「…はー、アオバさん、ほんとそういうのズルいっス…」
「エッ…」
「アオバさんこそ、いつもとちょっと雰囲気違うし、…それに、ワンピースなんて着てるの初めて見ました。オシャレして来てくれたんスね」

 反射的に顔を上げてしまってから、そうするべきではなかったと後悔する。頬を若干赤らめて、はにかんでいる仗助と目が合ってしまったからだ。何処か気恥ずかしそうに頬を掻く仗助に、何だか此方まで恥ずかしくなってしまう。

「こッ、これは、その、…と、友達が着て行けって言うから…!わ、私、こういうの似合わないと思ったんだけど、あの……」
「そんな事ねーっスよ!…すげー似合ってます。可愛いっスよ、アオバさん」

 照れくさそうにそう言われて、まるで心臓をピストルか何かで撃ち抜かれた気分だ。何この衝撃。死ぬ。あまりの破壊力に、ふらりと後ろによろけ、言葉も出ずにはくはくと口を動かしていると、仗助が小さく笑った。
 「そろそろ行きましょうか」と言葉を投げ掛けられて、漸くハッと我に返る。まだ待ち合わせに集合しただけの段階でこの有様では、先が思いやられて仕方がない。自分を落ち着かせるように息を深く吐き、「そ、そうだね…!」と平常心を装って言葉を返したところで、仗助が口を開いた。

「…じゃ、お約束なんスけど、お願いします」
「……お、おやくそく…?」

 首を傾げた私に、仗助はにっこりと笑ってから、すっと手を差し出して来る。それが何を意味するのか、前回の事がある私はうっかり察しがついてしまった。仗助と手を繋ぐだなんて、何というか、私にとってはもう自殺行為に等しい。
 露伴先生の時もそうだったけれど、人と手を繋ぐ事自体少なからず緊張するというのに、相手が私の大好きな仗助と来ればとんでもない事になる。確実に死ぬ!今日が命日になる!!

 思わず視線を泳がせながら、「こ、この手は、何でしょう…?」とすっとぼける。それから、そろりと距離を取ろうとしたのだけれど、仗助はそれを予想していたのか、サッと手を伸ばして来た。避けるより早く、ぱしっと手首を掴まれる。ぎょっとしている間に、すすす、と手が下に降りて来て、私の手を包み込んだ。
 当然のように指を絡め取られて、痛くない程度に強く握られた。指先と手の平から仗助の熱が伝わって来ているようで、全身の血液が沸騰したように、一気に体温が上がる。

「…へへ、繋いじゃいましたね」
「つッ……!?」
「アオバさん、ぜってー恥ずかしがって逃げると思ってました。…顔、真っ赤っスよ」

 まるで悪戯が成功した子供のように、ニッと笑みを向けられては、もう何も言えない。格好良すぎて無理です。はにかんだかと思えばこんな悪戯っ子のような表情を見せるなんて、狡いったらない。
 ゆるゆると俯いてから、「…だ、って、仗助くんがッ…」と苦し紛れにもごもごと言えば、仗助は小さく笑い声を上げた。繋がれた手をいつまでも気にしてしまう私を他所に、仗助は空いている方の手を顎に当て、「カフェ…は露伴と行ったんスよね?」と尋ねて来る。我に返った私が慌てて頷けば、仗助は口を尖らせ、「同じ事すんのもなぁ〜…」と呟いた。

「…あ、そうだ、映画とかどうっスか?確か、色々面白そうなのやってたと思うんスけど」
「う、うん、…私は、その、…どこでも…」

 正しくは、仗助と一緒ならどこでも嬉しい――である。だけどそんな事言える筈もないので、私はもごもごと曖昧に口籠っておいた。仗助は「決まりっスね!」と嬉しそうに言う。繋いでいる手にきゅっと力を込められて、思わずびくっと反応すれば、仗助は「全然慣れなさそうっスね、アオバさん」とおかしそうに目を細めた。

「そんな緊張しないで良いっスから、楽しんで下さいね、アオバさん。…じゃ、行きましょうか」
「…う、うん……」

 緊張しないなんてどう考えても無理な事だ。そう思う私は、やはりガチガチなままで、仗助に手を引かれて歩き出したのだった。


***


 映画は最近テレビでも話題のアクションを選んだけれど、とても面白かった。映画は他にも感動系のものや恋愛ものもあったのだけれど、前者は号泣してとんでもない事になりそうだし、後者はこっ恥ずかしくてとんでもない事になりそうなので避けたのだ。
 上映中はさすがに手を離して貰ったけれど、ちょっと身体を動かせば触れてしまいそうなほどの近距離に居るという事は変わらないので、正直緊張しっぱなしだった。何だか色々な意味でハラハラした気がする。

 映画のエンドロールも終わり、スクリーンに照明が戻る。眩しさにぱちぱちと目を瞬いて慣らしていると、隣の仗助が口を開いた。

「なかなか面白かったっスね!」
「うん…!クライマックスなんて迫力が凄くて、ちょっと怖いくらいだったよ…!」
「爆発のシーンっスか?あそこ、主人公がすげー格好良かったっスよね〜!」
「そう!あのシーンは主人公の相棒も格好良かったなあ…」
「あ、でも俺、実はあの相棒が黒幕かと思ってたっス…」
「それ、実は私もちょっと疑ってた…!でも、普通に良い相棒だったね…」

 上映後、出口が空くのを待ちがてら、仗助と映画について言葉を交わす。興奮気味に話す仗助は、年相応の男の子といった感じで、とても微笑ましい。
 楽しそうな仗助を眺めつつ、つられるようにして笑みを浮かべる。そんな私を見て、仗助が何かに気付いたようにぱちりと目を瞬いてから、ふっと口元を緩めた。

「…アオバさん、やっとこっち見て自然に笑ってくれたっスね」
「……えッ?」
「だってアオバさん、ずっと緊張しっぱなしで、あんまり俺の顔見てくれねーんスもん。笑顔も何となく引きつってるしよぉ〜…」

 拗ねたように口先を尖らせた仗助に、思わず目を瞬く。正直、緊張しすぎて映画館までの道中はあまり良く覚えていないのだけれど、私はそんなにあからさまに緊張していたのだろうか。「ご、ごめん…」と謝れば、仗助は「いーえ」と小さく苦笑する。
 それから、付け加えるように、仗助に「やっぱりアオバさんは自然に笑ってんのが一番良いっスね!」なんて言われて、顔に熱が集まるのが分かる。スクリーン内が外よりも薄暗くて助かった。私は熱い顔を誤魔化すように、勢い良く席から立ち上がる。

「ッ、あー、ええと、…も、もうそろそろ出ようか!出口も空いて来た頃だろうしッ…!」
「そうっスね。…あ、アオバさん、そこ、足元気を付けて下さいね。段差あるっスから」

 仗助に続き、階段になっている通路へと出たところで、私より下の段に立って此方を見上げている仗助が、私に向けて手を差し出してくれる。こんなところまでエスコートしてくれるのか、と気恥ずかしくなって、「だ、大丈夫大丈夫!さすがに転けないから!」と慌てて声を返す。
 しかし、動揺していた所為か、それともあまり慣れないヒールの所為か、階段を降り始めたところで足がずるりと滑る。あっと思った時にはもう、身体が前のめりに倒れていた。さっきのは前振りじゃあなかったのに!!そう思いながら、顔を青褪めさせたのと、ほぼ同時。

 ぼすん、と何かに受け止められる感触。顔を目の前の何かに打ち付けたものの、痛みはない。「…ッ、ほら!だから言ったじゃあないっスか!」と仗助の声が頭上から降って来て、私は恐る恐る顔を上げた。
 目と鼻の先に、仗助の顔。腰元には仗助の腕が回っていて、まるで抱き締められるような形になっている。下に居た仗助が咄嗟に私を抱き留めてくれたらしいと漸く理解して、私は一切の動きを止めた。

「アオバさん、足捻ってないっスか?どこか痛いところは?」
「えあ、…な、ない、です……」

 仗助は私の肩に手を添えてそっと身体を離すと、顔を覗き込むようにして声を掛けてくれた。待って近い。仗助に抱き留められた事と、依然として距離が物凄く近い事で、頭の中はパニックのままだ。
 私がただ足を滑らせただけで、どこも痛むところがないと分かったからか、仗助がほっと息を吐く。ここで漸く手を離して貰って、私はさり気なく仗助から僅かに距離を取った。まだ顔が熱いし、心臓がドキドキしている。

「…アオバさんって、時々すげー危なっかしいところあるっスよね…」
「………め、面目ないです……」
「俺のそばから離れちゃあダメっスよ」
「へあ……」

 少女漫画とかドラマでしか聞かないような台詞に、意識するより先に気の抜けた声が漏れる。呆然とする私を他所に、ごく自然に私の手を握った仗助は、「…まあ、今日は大丈夫だと思うっスけど」と付け加えて、ふっと笑みを向けて来たのだった。