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「#エロ」のBL小説を読む
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 自分でも驚くくらい気分が落ち込む日も、たまにはある。今日がそうだった。きっかけは大学の友人との他愛ない会話からだ。思いがけず家族の話題になって、その時は咄嗟に話を合わせたのだけれど、後になって色々と考え込んでしまった。
 その後の講義は上の空で、気が付いたら帰路に着いていた。ぼんやりとしながら歩いていると、公園に差し掛かる。楽しそうな笑い声が聞こえて来て、私はその声に吸い寄せられるように、ふらりと公園内に足を踏み入れた。それが、数十分前くらいの事だったと思う。

 暫くすると、楽しそうに遊んでいた子供達は、母親と手を繋いで、仲良さそうに公園を出て行った。微笑ましい情景なのに、どうしようもなく胸が苦しくなるのは、何故だろう。無意識だったとはいえ、夕暮れ時の公園に来たのは間違いだったかもしれない、と重たい息を吐いた。

 自分が、所謂ホームシックのような状態に陥っているらしいというのはすぐに分かった。考えてみれば、此方の世界に来たのは元の世界で交通事故に遭った所為で、両親との別れは突然だったのだ。いつもと変わらない一日だと信じて疑っていなかった。
 その日が今生の別れになるだなんて、誰が予想出来ようか。もし分かっていたなら、もっと沢山話をしていたし、その姿を目に焼き付けていたかったし、色々と迷惑を掛けてごめんねと謝りたかったし、今までありがとうと感謝の気持ちを伝えたかった。まあ、今となってはもう遅いのだけれど。

 もう会えないのだと頭では分かっているものの、こればかりはそう簡単に踏ん切りが付くものでもない。突然の事なら尚更そうだ。会えないと分かっているからこそ、会いたくて仕方がない。もう一度だけ、と、そう願ってしまう。
 今まであまり考えないようにしていたのは、それはおそらくこういう事になるだろうと思っていたからだ。憧れていた大好きな世界で生活出来ている事はとても幸せだけれど、元の世界での生活も切り捨てられるものではない。私はあの世界に、家族も、親友も、思い出も、何もかも置いて来ているのだから。

「………はあ……今日、ダメかも……」

 どんどん気分が落ち込んで行くのが分かって、顔を両手で覆い、前屈みになる。あまり考えないようにしていたのだけれど、一度考えてしまうと駄目だ。ずず、と鼻を啜って、もう一度重たい息を吐いてから顔を上げると、公園にはもう誰も居なかった。
 此処に居ると駄目だ。早く帰ろう。自分にそう言い聞かせ、重たい腰をあげようとするのだけれど、どうにも身体が動いてくれない。どうしろって言うんだ、と自分に文句を付けて、私は再び顔を覆って俯いた。

 それからどれくらい経った頃だったろう。さく、と微かに地面を踏み締める足音が聞こえ、閉じていた目を薄っすらと開ける。人の気配を感じて、そっと顔を上げてみれば、見覚えのある人物が、二人。

「アオバくん」
「アオバさん」

 揃って名前を呼ばれ、思わずきょとんとして彼らを見上げる。承太郎さんと、花京院さんの姿がそこにはあった。暫く呆然としてから、ハッと我に返り、「こ、こんにちは…」とやっとの事で挨拶を返す。

「こんにちは。久しぶりだね」
「お、お久しぶりです…。…えっと、あの、お二人はどうして此処に…?」
「…たまたま近くを通り掛かってな。見覚えのある姿が見付けたんで、声を掛けた」
「……そ、そうだったんですか…」

 何だか変なところを見られてしまって、恥ずかしくなる。承太郎さんと花京院さんに揃って会えるだなんて、いつもなら飛び上がって喜びそうなものだけれど、今はどうしてかそんな気分ではなかった。決して嬉しくないという事では無い。ただ、いつものようにテンションが上がりきらないのだ。これは重症である。
 話を聞かれる前に、「ちょっと休憩してたんです」と誤魔化すように笑えば、花京院さんは「そうだったんだね」と目を細める。目を合わせると心の中を見透かされてしまうような気がして、さり気なく視線を落とした。

「暗くなる前に帰った方が良いよ。あまり身体を冷やしてしまっても良くないからね」
「…はい。そうします」

 花京院さんに言われ、素直に頷いた。上手く笑えていたかは、正直自信が無い。予想以上にへこんでいる自分に、思わず苦笑が漏れそうになる。随分と長い間外に居たものだな、と密かに思い、立ち上がろうとした時だった。
 二人から、すっと手を差し出され、思わず目を丸くしてしまう。これは、一体。その手と二人の顔と、忙しなく視線を行き来させる私に、花京院さんは小さく笑った。

「少しだけ話をしても良いかな?」
「エッ、……あ、は、はい……?」

 わざわざそう切り出すという事は、何か重要な話なのだろうか。だけど、この差し出されている手は何なのだろう。戸惑いながらも花京院さんに視線を遣ると、彼は口を開いた。

「…僕達は君のご両親の代わりにはなれないだろうけれど、それでも、同じように頼ったり甘えたりして欲しいと思っているんだ」
「ッ、え……」
「寂しい時は寂しいと言っていい。甘えたって良い。前にも言ったかもしれないが、それは俺達にとっては迷惑じゃあないんだ。…君は一人で抱え込む癖があるようだから、俺達も心配でな」

 思いがけず掛けられた優しい言葉に、思わず鼻の奥がツンとする。承太郎さんはたまたま私を見かけて声を掛けたと言っていたけれど、もしかすると二人は、もう少し前から――私が手を繋いで帰って行く親子を眺めていた時から、私の事を見ていたのかもしれない。
 じわじわと目頭が熱くなって、きゅっと唇を噛み締める。承太郎さんも花京院さんも、私の言葉を待っているように、じっと視線だけを送って来ていた。甘えて良いと言うなら、迷惑じゃあないと言うなら、少しだけ、甘えさせて貰っても良いだろうか。

「……手を、…手を繋いでもらっても、…いいですか?」

 袖口でぐいと涙を拭ってから、二人を見上げてそうお願いする。承太郎さんも花京院さんも、口元をふっと緩めて、大きく頷いてくれた。差し出されたままの手に、そっと自分のそれを重ねる。
 長い間外に居た所為で冷たくなっていた指先が、二人の手に触れて、じんわりと温かくなって行くのが分かる。痛くないように、それでも強く手を握られて、また目頭が熱くなった。

 手を引かれてゆるゆると立ち上がれば、動いた拍子に、涙がぽろっと落ちる。二人は何も言わず、私の手を引いたまま、ゆっくりと歩き出した。あんなに苦しかった胸は、何か支えていたものが取れたように、すっかり軽くなっている。ぎゅ、と繋がれた手に僅かに力を籠めれば、応えるように握り返してくれるのが嬉しくて堪らなくて、私は小さく笑みを零したのだった。