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「君、今週の土曜日は暇かい?暇だよなあ?それなら、少し僕に付き合ってくれないか?なに、半日くらい時間をくれるだけで良いんだ」

 たまたまばったりと道端で露伴先生に会ったかと思うと、殆ど私の都合を聞かないまま話を進められる。私がぽかーんとしている間に、露伴先生は「じゃあ宜しく頼むよ」と話を締め括ると、さっさと去って行ってしまった。どうやら約束を取り付けられたらしい。
 まあ、土曜日は何も予定が無いし、露伴先生のお誘いなら断る理由もない。おそらく、スケッチとか取材とかだと思うし。――そういう訳で、約束の土曜日。未だに目的は分からないままだけれど、言われた通りの時間に、言われた通りの場所へ向かった。

 動きやすい格好が良いのか、それとも少しめかし込んでみても良いのか、色々と考えた結果、普段はあまり履かないスカートを選んだ。いつもは気を抜いて動きやすいラフな格好が多いのだけれど、露伴先生と会うと分かっているのだから、少しくらいお洒落したって良いだろう。それに靴はヒールではないので、スカートでも多少なら動ける。
 待ち合わせ時間には少し早いけれど、露伴先生を待たせるよりは良いだろう。そう思っていたのに、前方に見えて来た待ち合わせ場所には露伴先生の姿があって、私はぎょっとする。す、既に待っている…だと…!?慌てて駆け寄ると、此方に気が付いた露伴先生がひらりと手を挙げてくれる。

「すッ、すみません!待ちましたか…!?」
「…いや、僕も今来たところだ。…それに、まだ待ち合わせ時間より早い。そう急いで来る事も無かったんだぜ」

 露伴先生は小さく笑ってそう言ってくれた。何だかいつもよりも空気が柔らかいというか、言葉に棘が無いというか、優しい気がするのは気の所為なのだろうか。…それに、「今来たところだ」なんて、まるでデートか何かの待ち合わせみたいだ――なんて考えたところで、顔が熱くなってしまい、ふるふると首を振った。露伴先生とデートだなんておこがましいにも程がある!
 私の様子に気が付いたらしい露伴先生に、「どうした?」と尋ねられ、私は慌てて「な、何でもないです!」と声を返す。改めて露伴先生に視線を戻したところで、彼がスケッチブックやカメラを持っていない事に気が付く。てっきり、スケッチや取材をしに行くのだと思っていたのに。

「あの、露伴先生。今日はスケッチに行くんじゃあないんですか?」
「ああ」
「……はっ!そ、それじゃあまさか……」
「……そう身構えるなよ。別に記憶を読んだりしないさ」

 スケッチでもないし、私の記憶を読む訳でもない。とすると、今日は一体何の目的で出掛けるのだろう。いよいよ分からなくて、すっかり首を傾げていると、露伴先生が私の名前を呼ぶ。

「目的を知りたいか?」
「…そりゃあ、まあ…知りたいです」
「デートだ」
「…………なんて?」
「デート」

 しれっと答えた露伴先生に、思わず言葉が出なくなる。待って、デートって、あのデート…!!?口をはくはくと開閉させる私に、露伴先生は「…まあ、正確に言えばデートの取材に付き合って貰いたいんだ」と説明してくれた。
 取材と分かって残念なようなホッとしたような何とも言えない気分だけれど、取材とはいえデートはデートだ。私にはちょっと刺激が強すぎる。死ぬ。確実に死ぬ。

 おろおろとしていると、露伴先生は「そろそろ行くぞ」と言って此方に手を差し出した。何だこれはお手でもすれば良いのか。その手に視線を遣って目を瞬いてから、そろりと露伴先生の顔に視線を動かす。

「………あのう、露伴先生…これは…?」
「…察しの悪い奴だな。デートなら手を繋ぐくらいするだろう」
「てッ……!?い、いや、でも、そんなッ…!」
「手、借りるぞ」
「あッ!!?」

 動揺している間に、露伴先生に手を取られる。ぎょっとする私に構わず、露伴先生は指を絡めると、そのままきゅっと握り込む。それは所謂恋人繋ぎというやつで、私は体温が急上昇して行くのが分かった。
 私の手を包み込んでいる手は私よりも一回りくらい大きくて、少しゴツゴツとしていた。露伴先生は線が細くて華奢なイメージがあったのだけれど、大きい手に握り込まれると、男の人である事を改めて意識させられた気分になる。

 居た堪れない。手を繋がれた状態のままで固まっていると、露伴先生に顔を覗き込まれる。思わずぴゃっと飛び上がった私に、露伴先生は何処か呆れたように笑った。

「……前々から思っていたが、お前、本当にこういう事に耐性が無いんだな」
「……だ、だって、相手が、その、…ろ、露伴先生だから……」

 私だって彼氏が居た事はあったし、手を繋いだ事くらいはある。その時も緊張はしたけれど、ここまで動揺する事は無かった。手を繋いでいる相手が露伴先生じゃあなければ、私だってこんなガチガチになる事は無い、と思う。
 露伴先生は目を丸くした後、「…お前、それはどういう…」と驚いたように言う。何か変な事を言っただろうか、と首を傾げていると、露伴先生は何やらもごもご言った後で、ため息を一つついて、「…まあいい」と呟いた。…何だったのだろう。

 それにしても、繋がれている手に意識が行ってしまって仕方ない。こんな調子で大丈夫なのだろうか、と不安になっていると、露伴先生が思い出したように「ああ、そうだ」と声を上げる。顔を上げると、露伴先生は私を見詰めたまま少し笑みを浮かべて、口を開いた。

「今日はスカートなんだな。可愛いぜ」
「……………は、はひ……」

 これは、ずるい。顔を真っ赤にして俯いた私を見た露伴先生は満足げに笑って、私の手を引いて歩き出したのだった。


***


 緊張し過ぎて、正直、何を話したのか、何処を歩いたのかすらも覚えていない。気が付けばお洒落で雰囲気の良いカフェに入っていて、私はテーブルを挟んで露伴先生の前に座っていた。

「ほら、ぼーっとしてないで好きなもの頼めよ。甘いものは好きだろ」
「あッ、は、はいッ…!」

 メニューを手渡されて、慌てて目を通す。どうやら此処はスイーツに力を入れているお店のようで、どれを見ても美味しそうだ。おすすめのケーキも美味しそうだし、パフェも美味しそうだ。パンケーキも気になる。でもワッフルも捨て難い。
 うんうんと悩んでいると、露伴先生が「どれで悩んでいるんだ」とメニューを覗き込んで来る。「こ、これとこれです…」と、どうにか二つまで絞り込んだケーキとワッフルを指差せば、露伴先生は一つ頷いて、店員さんを呼び止めてどちらも注文してしまった。

「ちょ、ろ、露伴先生…!?」
「何だよ、決められないなら二つ頼めば良いだろう。注文するのにそんなに時間を使ってどうするんだ」
「で、でも、私さすがに二つは食べられないですよ…」
「一つは僕が食べて、半分はやるよ。そうすれば二種類食べられるじゃあないか」

 露伴先生はそう言って水を一口飲んだ。「で、でも良いんですか?」と尋ねれば、「良くなかったら頼まないさ」と返されてしまった。まあ、それもそうなのだけれども。何だか凄く甘やかして貰っているような気がして、やはりむず痒い。
 暫くして、注文したものが運ばれて来る。写真で見た通り、ケーキもワッフルも美味しそうで、思わず目が輝いてしまう。セットで頼んだ紅茶も、とてもいい香りがする。

 いただきます、と声を上げてから、前に置かれたケーキを切り分けて、口に運ぶ。思ったよりも甘くなくて、さっぱりとしている。口内に広がるさっぱりとしたクリームの甘さに、「美味しい…幸せ…」としみじみ呟けば、露伴先生は「随分と美味そうに食べるもんだな」と小さく笑った。
 露伴先生は紅茶を一口飲んでから、ワッフルを切り分ける。露伴先生は甘いものは好きなのだろうか、なんてぼんやり考えていた時だった。「ん」と短い言葉と共に、一口大に切られたワッフルを刺したフォークを差し出される。目を丸くしていると、露伴先生が私の名前を呼ぶ。

「口開けろ」
「エッ」
「何だ、食べないのか?」
「い、いや、食べ、食べたいですけどッ…!」
「いいから、ほら」
「ちょ、待っ…!」

 ずい、と更に口元に差し出され、思わず慌ててしまう。こ、こ、これは所謂「あーん」というやつではなかろうか…!?まさに夢のようなシチュエーションではあるのだけれど、実際にやるとなると話は別だ。漫画でしか見た事がないぞこんなの!!
 露伴先生に急かされるように名前を呼ばれて、私は小さく唸ってから、観念したように口を開いた。口の中に入って来たワッフルを咀嚼すれば、露伴先生は何処か満足げにフォークを戻す。正直味が良く分からない。死にそう。

 ちら、と露伴先生に視線を遣れば、露伴先生は頬杖をつき、口元に緩く笑みを浮かべて此方を見ていた。「美味しいか?」なんて尋ねて来るその姿は文句なしに格好良くて、胸の辺りがむず痒くなる。居た堪れなくなった私は、両手で顔を覆い、俯いた。

「……う、うう…露伴先生ずるいです……」
「何がだよ」

 心からの声を上げれば、呆れたように笑われてしまった。苦し紛れに「…ぜ、全部ずるいですッ…!」と言えば、「そりゃあ悪かったな」と楽しげに返される。悪いなんて思っていないくせに!
 手を外し、じろりと露伴先生を睨む。顔は真っ赤のままだろうから、怖くも何ともないのだろうけれど。その証拠に、露伴先生は余裕たっぷりといったように笑みを浮かべている。勝てっこない。

「あのなあ、アオバ。まだ一時間くらいしか経ってないんだぜ」
「ま、まだ一時間なんですか…!?」
「そうだ。だから、こんな事で音を上げられちゃあ困る。まだまだ付き合って貰うんだからな」
「ウッ…!!」
「さて、ここからはどんなデートにしようか。なあ、アオバ?」

 露伴先生が実に楽しげに言うものだから、私は再び顔を両手で覆い、「ど、どうかお手柔らかにお願いします…ッ」と情けない声を上げたのだった。