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(承太郎side)

 それはSPW財団との小さな会合を終えた、帰り道の事だった。大通りから離れ、人通りも無く静かな夜道に、何処からか機嫌の良さそうな鼻歌が微かに聞こえて来る。男の声では無い。こんな夜更けに一人で出歩いているとは、何とも不用心な事だ。
 角を曲がったところで、とん、と何かがぶつかって来る。それが人間だと気が付いた時、ぶつかった相手がぐらりと後ろに揺れたのが見えたので、反射的に手を伸ばしてその腕を掴む。そうして、相手が見覚えのある人物である事に気が付いた。

「……アオバくんか?」
「……んえ?」

 辺りは暗いが、丁度外灯の近くだったので顔が見えた。間違いない、アオバくんだ。気の抜けた声を返した後、ゆるゆると顔を上げた彼女は、俺の顔を見るなりぱっと表情を明るくさせた。

「あー、承太郎さん!えへへ、こんばんはあ〜」
「…珍しいな。酔っているのか?」
「大学の友達と飲んでて、ちょこーっとだけ!」

 へら、と笑うアオバくんは、いつもとは雰囲気が違う。ちょこっと、とは言うが、おそらくかなり飲んだのだろう。彼女が酒を飲む事には多少驚きだ。上機嫌で頭をふらふらと揺らす彼女は、見ているだけで危なっかしく、掴んだままの腕が離せない。
 良くこのふらふらな状態で歩いて来たものだな、と密かに思う。こんな夜更けに酔った状態のまま一人で歩くとは、全く褒められたものじゃあない。……とはいえ、今そんな事を注意したところで無駄だろう。俺は未だアオバくんの腕を掴んだまま、口を開く。

「…このまま歩かせるのも危なっかしいな。家まで送ろう」
「いやあ、大丈夫ですよ〜、もうすぐそこですもん!ほら、ね、あのアパートの二階なんですよお〜」
「……アパートは無いようだが」
「…………あれえ?」

 アオバくんが指差した先にあるのは、アパートではなく、一軒家だ。辺りにはアパートなど見当たらない。不思議そうに目をぱちぱち瞬いた彼女は、「道、一本間違えたかなあ…」なんて呟いている。これは本格的に一人にはしておけないな。
 小さく息を吐いてから、アオバくんの肩に手を置く。眠たげにとろんとしている目が此方に向いたのを確認して、「……仕方ない。酔いが覚めるまで俺の部屋で休んでいると良い」と声を掛けた。

 アオバくんはきょとんとした後で、「いいんですか?……んん、でも…」と、ごにょごにょと何かを呟く。酔っているものの、いつもの遠慮がちな性格も僅かに残っているようだ。まあ、ここまで来て彼女を置いては帰れないので、もう一押ししておく事にしよう。

「酔いが覚めたらタクシーでも拾って帰ると良い。家が分からないまま、夜道をふらふらさせておけないからな」
「……じゃあ、お世話になります。へへ、やったあ〜」

 少しの間の後で、アオバくんが緩み切った笑顔を向けて来る。普段の何処か緊張の残る雰囲気とはまた違って、まるで心底懐いている子犬か何かを相手にしているような感覚に陥りそうだ。頭を撫でてやれば、彼女はまた一段と嬉しそうに破顔した。
 ホテルまでは少々距離があるので、タクシーを拾った方が楽だろう。その為には、まず大通りに出なければならない。アオバくんに歩けるか尋ねてから、「背中に乗せても構わないが」と付け加えた。

「…………おんぶ……」

 少し迷った後で、彼女は小さく呟くように言う。……おんぶ、とは。彼女にしてはまた珍しい。思わず笑い声を漏らしつつ、アオバくんの前で屈み、背中を向ける。一拍置いて、アオバくんが俺の背中に乗った。
 「きちんと掴まっているんだぞ」と言いながらゆっくりと立ち上がれば、アオバくんがおずおずと腕を伸ばし、俺の首元に緩く巻き付けた。強く掴まって来ない辺り、やはり多少は遠慮しているのかもしれない。そんな事を思いながら歩き始めると、アオバくんが靜に口を開く。

「……承太郎さんの背中、あったかいですね」
「……君が温かいだけだと思うがな」
「それに、おっきくて、なんか、すごく安心します……ふふ、気持ちいー……」

 何処か舌足らずに話すアオバくんが、俺の背中に顔を押し付けたのが分かった。甘えるように顔を埋めている彼女は、顔こそ見えないが、おそらく笑みを漏らしているのだろう。普段、人に甘えるような姿を見ないだけに、何とも言えず不思議な気分になる。
 それから暫く歩いていると、アオバくんが背中でうとうとしている事に気が付いたので、「…少し眠ると良い」と声を掛けてやる。それから数分も経たない内に、上機嫌な話し声の代わりに、すうすうと微かに吐息が聞こえて来た。どうやら眠ってしまったらしい。自分で思っているよりも酔っているのだろう。静かに彼女を抱え直し、大通りへと歩みを進めた。

 途中でタクシーを拾い、杜王グランドホテルへと向かう。乗る際に背中から下ろしても起きる様子が無かったが、ホテルに着いて支払いをしている頃に「……きもち、わるい…」と小さな声が聞こえた。今度はどうもタクシーで酔ったらしい。
 背負っていると様子が分からないので、今度は横向きに抱き抱えてタクシーから下ろした。「もう少し頑張ってくれ」と声を掛けてやれば、彼女達は応えるように俺の服を指先で掴む。

 漸く部屋に着いて、まずアオバくんをベッドまで運ぶ。彼女の鞄をサイドテーブルに置き、ゆっくりと下ろしたところで、アオバくんがうっすらと目を開けた。

「着いたぞ。まだ気分が悪いか?」
「……きもちわるい……う、……ううー…ッ」
「……水を飲んだ方がいいな」

 ごろ、と寝返りを打ったアオバくんは、酔っている所為で感情が昂っているのか、ぐずぐずと鼻を鳴らし出した。酒が入ると涙脆くなる性質なのかもしれない。
 水を取りに行く為にベッドから離れようとしたのだが、その素振りを見せたと同時、くんっ、とコートを何かに引かれる。視線を落とせば、目を潤ませたままのアオバくんがコートの端を握っていた。

「……アオバくん?」
「………いかないで…」

 まるで幼い子供のような振る舞いに、思わず目を瞬く。随分と珍しいものを見ている気がしてならない。そっと手を伸ばし、指先で目尻の涙を拭ってやる。

「……大丈夫だ。水を取ったらすぐ戻るから、少しだけ待っていてくれ」

 言い聞かせるように声を掛け、アオバくんの頭を撫でる。彼女はぼんやりと此方を見上げた後、漸くコートから手を離してくれた。それを確認してから、部屋を出て冷蔵庫のペットボトルを手に取り、足早に戻る。
 アオバくんの横に寄って彼女の上体を起こし、その背中を支えてやりながら、キャップを開けたペットボトルを手に持たせる。アオバくんの手に自分のそれを重ね、口元まで持って行ってやれば、漸く水を口に含んだ。まるで雛か何かに餌をやっているような気分になる。

 水を飲み、小さく息を吐いたアオバくんからペットボトルを受け取り、サイドテーブルへ置く。水分を取って多少はマシになったようだが、まだ気分は優れないようで、表情は険しい。
 服を緩めればもう少し楽になるだろうが、俺が脱がせるのは流石に憚られる。彼女の名前を呼べば、アオバくんはうっすらと目を開け、眠たげに二三度瞬きをした。

「アオバくん、上着を脱げるか。シャツのボタンも少し外した方が良い」
「……うわぎ……」

 酔いと眠気でぼんやりとしているようだが、話は伝わったらしい。アオバくんはもそもそと上着を脱いだ。「いい子だな」とまるで子供に接するように声を掛けながらその上着を受け取って、ボタンも少し外すように改めて話す。上着をハンガーに掛けている間に、アオバくんは言われた通りきちんとボタンを外していた。
 これで多少は苦しさも無くなるだろう。何処か見詰めたままぼんやりとしているアオバくんに声を掛けて、再びその背中を支えながら、ベッドへ横たえる。

「…このまま少し大人しくしていれば気分も良くなるだろう。もう一度寝た方が良い」

 こく、と小さく頷いたアオバくんは、重たそうな瞼を閉じた。普段のように化粧をしているようだが、頬をほんのり色づかせ、穏やかな表情で寝息を立てる彼女は、いつもよりも幼いように思える。
 身体に布団を掛けてやってから、額に掛かった髪を指先で退けてやったところで、アオバくんがうっすらと目を開ける。起こしてしまったか、と思い、口を開こうとしたが、それより早く、アオバくんが手を伸ばして俺の指を掴んだ。

「……じょう、たろ…さん……」
「……どうした?」

 とろんとした目で見上げて来るアオバくんは、半分寝ているのかもしれない。声を返せば、すり、と掴まれた指先に擦り寄られ、思わず目を丸くしてしまう。そんな俺を他所に、彼女はふにゃりと緩んだ笑みを漏らした。

「……アオバくん…?」
「…ん、…ふふ、…承太郎さんだあ……」

 それだけ言うと、彼女は再び目を閉じて、すうすうと静かに寝息を立て始めた。…今のは、何だったのか。未だに掴まれている指先に視線を落とす。随分と可愛い事をするものだ。

「……起きたら、どんな反応をしてくれるのだろうな」

 全て覚えているか、それとも忘れているか。相当酔いが回っていたようなので、後者の方が可能性は高いだろうが、どちらにせよ、彼女の事だから慌てふためくに違いない。
 それにしても、随分と面白い一面を見れたものだ。酒の力というものは実に恐ろしい。小さく笑い、俺はアオバくんの頭を撫でる。――アオバくんが起きて来て、予想通りに慌て出すまで、あと数時間。