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「#エロ」のBL小説を読む
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 友達に飲み会に誘って貰って、授業を終えてそのまま向かった。試験があったので疲れていたのと、『こちらの』友達と仲良く出来ている事が何だか嬉しくて、大してお酒に強くもないのについ調子に乗って飲んでしまったのが一時間ほど前の事。
 何だか、すっかり酔ってしまった。身体はぽかぽか温かいし、頭もふわふわとして気持ちが良い。何かある訳でもないのに妙に楽しくて、ふふ、と笑いが漏れてしまう。

 まだ若干足元も覚束ないけれど、夜だからか人通りが少なく、誰に迷惑を掛ける訳でもないし良しとしよう。のんびり帰れば酔いも覚めるだろうし。気分良く、ふんふんと鼻歌交じりに歩いていた時だった。
 角を曲がったところで、何かとぶつかる。白くて大きい何か。「んわっ」と小さく声を漏らし、後ろに尻もちをつきそうになったところを、腕を掴まれてぐっと立たされる。あれ、ぶつかったの、人みたい。

「……アオバくんか?」
「……んえ?」

 何処か聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、素っ頓狂な声を返しながら顔を上げた。薄暗かったけれど、丁度外灯の近くだったので顔が見える。少し驚いたように私を見下ろしているのは、承太郎さんだった。思わず、ぱっと表情が明るくなる。

「あー、承太郎さん!えへへ、こんばんはあ〜」
「…珍しいな。酔っているのか?」
「大学の友達と飲んでて、ちょこーっとだけ!」

 へら、と笑いながら答えれば、承太郎さんは「…そうか」と返してくれる。まだ私の腕を掴んだままなのだけれど、そんなにふらふらしていただろうか。ぼんやり思っていると、承太郎さんが口を開く。

「…このまま歩かせるのも危なっかしいな。家まで送ろう」
「いやあ、大丈夫ですよ〜、もうすぐそこですもん!ほら、ね、あのアパートの二階なんですよお〜」
「……アパートは無いようだが」
「…………あれえ?」

 承太郎さんに言われて目をぱちぱち瞬く。前方に見えていると思っていたアパートは、確かに無かった。おかしいなあ、もう五分もせず着くくらいの距離だった筈なのに。
 「道、一本間違えたかなあ…」なんて呟いていると、横で承太郎さんが小さく息を吐いたのが分かる。ぽん、と肩に手を置かれたので、ゆるりと承太郎さんを見上げた。

「……仕方ない。酔いが覚めるまで俺の部屋で休んでいると良い」
「承太郎さんの、へや……?」
「杜王グランドホテルのな」
「いいんですか?……んん、でも…」
「酔いが覚めたらタクシーでも拾って帰ると良い。家が分からないまま、夜道をふらふらさせておけないからな」
「……じゃあ、お世話になります。へへ、やったあ〜」

 いつもなら丁重にお断りするところだけれど、何だか断ってしまうのも勿体なく思えて、甘えさせて貰う事にした。にへ、と緩み切った笑顔を向けると、よしよしと頭を撫でられる。うう〜、かっこいい。

「とりあえず大通りまで出たいんだが、…歩けるか?背中に乗せても構わないが」
「…………おんぶ……」

 少し迷った後で、小さく呟くように言ったのだけれど、承太郎さんにはきちんと聞こえたらしい。ふ、と笑い声が聞こえた後で、承太郎さんが私の前で屈んで背中を向けてくれる。ちょっとドキドキしながら、目の前の大きな背中に身体をくっ付けた。
 足を脇で固定されて、「きちんと掴まっているんだぞ」という言葉に頷けば、承太郎さんが立ち上がるのに比例して視界がぐんと上がる。おお、これが195cmの世界……。阿呆な事を思いつつ、おずおずと腕を伸ばして承太郎さんの首元に緩く巻き付ける。心臓の音、聞こえてないかな。

「……承太郎さんの背中、あったかいですね」
「……君が温かいだけだと思うがな」
「それに、おっきくて、なんか、すごく安心します……ふふ、気持ちいー……」

 ぼそぼそ呟いている内にどんどん気分が良くなって、すり、と背中に頬を寄せる。酔っていて多少気持ちが大きくなっているらしい。普段だったら絶対にこんな事は出来ないだろう。…今だけ、今だけ。
 承太郎さんの温かさと、安心感と、酔いもあって眠気がやって来た。静かな夜道や、歩くリズムも、全部が私を寝かし付ける為のものに感じてしまう。私がうとうとしているのに気が付いたのか、承太郎さんが「…少し眠ると良い」と言ってくれる。その言葉を聞いて目を閉じれば、私はすぐに眠りに落ちてしまったのだった。


***


 目が覚めた時、正直あまり良い気分では無かった。若干痛む頭と、特有の気怠さ。酷くはないけれど、二日酔いしてしまったようだ。今日が休校日で助かったな、とぼんやり思いながら、頭を覚醒させるように、ぱちぱちと目を瞬く。
 ごろんと横に寝返りを打ったところで、漸く、私は今いるこの部屋が自分のものでない事に気が付いた。真っ白な天井に、ふかふかの大きなベッドに、おしゃれな装飾を施された壁紙やインテリア。見覚えがあるような気はするのだけれど、此処は何処だろう。

 頭痛を気遣いつつゆっくりと身体を起こす。窓から差し込む日差しを見て、今が朝かお昼頃だろうと理解した。服は昨日のままで、上着は近くのハンガーに掛けられていて、シャツのボタンが第二ボタンまで開いている。サイドテーブルには鞄と、それから水の入ったペットボトルが置いてあった。
 額に手を当て、昨日の記憶を必死に手繰り寄せる。飲み会で少し調子に乗って飲みすぎて、良い気持ちになりながら帰路に着いて、その途中で何かあったような…。考え込んで数秒、承太郎さんに出会った事を思い出して、私の頭は一気に覚醒した。

「………こ、ここ、杜王グランドホテルかッ……!!」

 断片的にではあるけれど、漸く思い出した。酔いに任せて承太郎さんの言葉に甘え、酔いが覚めるまで杜王グランドホテルの承太郎さんの部屋にお邪魔したのだ。調子に乗っておんぶして貰ったところまでは覚えているのだけれど、部屋に入ってからの記憶が全く無い。
 しかし、記憶こそ無いけれど、ハンガーに上着を掛けて貰っていたり、ペットボトルの水を用意して貰っていたりするところを見るに、色々とお世話になった事は確実だろう。というか、ベッドを借りている時点でとんでもなくお世話になっている。

 幸せだとか嬉しいだとかいう感情よりも先に、申し訳無さで死んでしまいたくなる。さあっと顔を青褪めさせた私は、弾かれたようにベッドから飛び降りた。ベッド脇に揃えられていたスリッパを履き、部屋のドアをそっと開ける。

「………ああ、起きたのか、アオバくん」

 承太郎さんが居た。ソファーに座って新聞を読んでいる承太郎さんが、私の姿を見て、「もう大丈夫か?」と尋ねて来た。私は曖昧に頷くと、二日酔いとは思えないほどの動きで、素早く承太郎さんに駆け寄る。
 色々とお世話になった罪悪感と、手間を掛けさせた申し訳無さと、調子に乗った恥ずかしさと、様々な感情がごちゃまぜになって冷汗が止まらない。まずは何か言わなければ。不思議そうにしている承太郎さんを見据えたまま、混乱しきっている私は漸く口を開く。

「は…腹を……切ります……」
「…どうしてそうなった」

 かくなる上は腹を切って責任を取るしか無い、とまるで武士のような事を思っていると、承太郎さんが「落ち着いてくれ」と私を宥める。私はもごもごと口籠ってから、「あ、あの…」と口火を切った。

「…す、すみません、私、その、…昨日の記憶があまり定かでなくて…ですね……」
「…まあ、かなり酔っていたようだったからな」
「ううッ…い、色々とご迷惑お掛けして本当に申し訳ないですッ…!!ベッドまでお借りしてるし、もう本当に、何とお詫びして良いかッ…!!」

 ガバッと頭を下げると同時、承太郎さんが小さく息を吐いたのが分かった。それからすぐ、「まずは頭を上げてくれないか」と声を掛けられて、おずおずと顔を上げる。

「俺が好きでやった事だ。迷惑とも思っていないし、君は気にしなくて良い」
「で、でもッ……」
「…それに、アオバくんの珍しい一面も見れて、なかなか楽しかったと思っていたところだ」
「うッ…!!?」

 ふ、と僅かに目を細められ、思わず口を噤む。珍しい一面というか、醜態を晒してしかいない気がする。はっきり覚えているのは、承太郎さんにおんぶをねだった事くらいだけれど、もしかしてすっぽり抜け落ちた記憶の部分で、とんでもない事をしていたのではなかろうか。
 さあっと顔を青褪めさせた私を他所に、承太郎さんは「緑茶でも飲んで落ち着くと良い」と言いながらソファーから立ち上がる。ねえ待って私本当に何をしたんだッ…!!?お茶を淹れに向かう承太郎さんの背中が何処か楽しげに見えて、私は更に頭を抱えたくなったのだった。