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「#エロ」のBL小説を読む
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 目が覚めると、時計の針は11時を回ったところだった。散々泣いた所為で瞼はやはり少し腫れてしまって若干重たいけれど、十分眠ったので頭は思ったよりもスッキリしているし、気分も晴れやかだ。
 ぐっと体を伸ばし、ベッドから下りる。お腹が減ったなあ、なんて考えながら洗面所で身支度を整えて、ろくに整理もしていない荷物の中から適当に服を引っ張り出した。着替えつつ、何処か散歩がてら昼食をとりに行こうかと思った頃、部屋の電話が鳴る。

 てっきりフロントからだと思っていたのだけれど、予想に反して、電話の相手は承太郎さんだった。電話越しとはいえ、ダイレクトに鼓膜を揺らす承太郎さんの低音ボイスはなかなかに心臓に悪い。
 密かにドキドキしていると、「昨日は良く眠れたか?」と尋ねられる。こくこくと頷きつつ「お陰さまで、気持ちよく眠れました!」と明るく答えれば、何となくその様子が伝わったのか、承太郎さんも「それは良かったな」と少し声のトーンを上げてくれた。

「これから下のレストランで昼食をとるつもりなんだが、一緒にどうかと思ってな」
「えッ!是非ご一緒したいです…!」
「それじゃあ、支度が出来たらロビーまで来てくれ」
「は、はいッ!」

 願ってもないお誘いに、つい声が上擦ってしまった。受話器を置いて、暫くぽーっとした後、私はハッとして鏡の前に逆戻りする。目が腫れているのが気になるけれど、数分やそこらで治るものでもない。仕方なくいつもより念入りにメイクして、私は部屋の外へ出たのだった。


***


 お昼時ではあるけれど、ピークの時間帯とは少しずれていたのか、席は比較的空いていた。承太郎さんとお店に入るのはこれで二度目だけれど、何というか、やはり緊張してしまう。何度も言うようだけれど、メニューを眺めている姿でさえ格好いいのだから、どうしようもない。
 ドキドキと忙しない心臓から気を紛らわすように、目の前に置かれた料理に手を伸ばす。今まで何度も食べた事がある筈なのに、何だか今日は一層格別な味のような気がして、思わず表情も緩んでしまう。

 実に単純だよなあ、なんて思いながら飲み物に口を付けていると、「…ところで、君の戸籍や住居の事なんだが」と承太郎さんが徐に口を開く。飲み下しながらこくこく頷けば、承太郎さんは言葉を続けた。

「俺の知り合いがSPW財団に居るんだが、今朝方連絡があってな…今週中にも書類を届けに来ると言っていた」
「えッ!し、仕事が早い…」
「来る前には電話を寄越すと言っていたから、先に伝えておこうと思ってな。花京院という男から電話が来たら、その事だと思ってくれ」
「……か、…花京院…さん?」

 聞き間違いだろうか。思わずなぞるように復唱すれば、承太郎さんは「…知っているか?」と尋ねて来る。私の想像している人物で合っているとするならば、知っているも何も、彼は三部の主要人物の一人だ。花京院典明――知らない筈がない。

「……あ、あの、…花京院さんって…花京院典明さん、ですか…?」
「そうだぜ。…もしかすると知っているかもとは思ったが…何か様子がおかしいな。花京院がどうかしたのか?」
「い、いえ…その……」

 承太郎さんに聞かれ、思わず口ごもる。花京院と言えば、イギー、アヴドゥルと共に三部のエジプト決戦で命を落とした筈だ。読み返す度に号泣していたし、記憶に間違いは無い。
 しかし、承太郎さんの言葉を聞くに、彼は生きていて、SPW財団に所属しているらしい。これは一体どういう事なのだろう。混乱しつつ、慎重に言葉を選びながら、承太郎さんに私の知っている彼らの結末を話した。すると、承太郎さんは少しだけ驚いたように目を見開き、「成る程な…」と息を吐く。

「…確かに、花京院達はかなり危険な状態まで陥っていた。決戦が終わった後も、暫く生死の境を彷徨っていたが…奇跡的に一命は取り留めたんだ。イギーやアヴドゥルもそうだな。多少の傷は残っているが、今じゃあ全員ピンピンしてる」
「…そ、そう、だったんですか…」

 曰く、イギーはポルナレフが引き取って一緒に暮らしており、アヴドゥルもエジプトで占い師を続けているのだという。良かった、と思わず呟いた後、目頭が熱くなったのを感じて俯く。承太郎さんもその時の事を思い出しているのか、少しの間の後で、「ああ」と小さく声を返してくれた。
 それから承太郎さんの話と私の中の情報をすり合わせてみたのだけれど、驚くべき事に、四部の方でも原作とは異なった展開があったようだ。虹村形兆、重ちー、それから、辻彩先生は、一時は危篤状態ではあったものの、この世界では今も生存しているらしい。

 漫画の展開も感動的で良かったけれど、それでも好きな登場人物が死んでしまうのは辛いものだ。私の知っているストーリーと異なっているという事は、この世界はただの漫画の中の世界というだけではなくて、パラレルワールドだとか、所謂そういうものなのかもしれない。とにかく、この世界の中だけだとしても、生きていてくれて本当に良かった。

「…アオバくんの知っている情報とは少々異なるらしいな…不思議なことだが」
「そうですね……でも、私としては、こう、何というか…良かったって思います。漫画のお話を否定する訳じゃあないですけど、やっぱり、好きな人が死んでしまうのは辛いものですし…」
「…ああ。そうだな」

 何だかしんみりとした空気になってしまった。それを察したのか、承太郎さんが「アオバくんの話してくれた漫画の話なんだが…」と口を開く。こく、と頷けば、承太郎さんは更に言葉を続けた。

「君が一番好きなのは仗助なんだな」
「ン゛ッ」

 予想外の切り口に、思わず喉が鳴る。思い切り動揺してしまった。げほげほと咳き込んでいると、承太郎さんが「…隠しているつもりだったか?」と何処か気の毒そうに私に尋ねて来る。
 確かに、私が一番好きなのは仗助だ。特に隠しているつもりは無いけれど、大っぴらに言う事でも無い。というか、本人達を前にして言う事でも無いだろう。せめて外面だけは気持ちを抑えているつもりだったのに、こうも簡単に指摘されたという事は、抑えきれていないという事なのだろうか。

「……あ、あ、あの、私、そんなに分かり易いですか…?」
「……ン、いや、…まあ」

 歯切れの悪い言葉が何よりの証拠だろう。あああ恥ずかしい、と顔を両手で覆い隠す私に、承太郎さんは少しの間を置いた後で、再び口を開いた。

「…君は確かに色々と分かり易いが…まあ、そこが良いところでもあるだろう」
「……そうだといいんですけど…」

 承太郎さんの微妙なフォローに言葉を返しつつ、私は次に仗助に会った時、どう反応して良いものか悩み始めるのだった。