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 家に掛けていた能力を解いた後、私はそのまま大学とバイト先にも足を向け、同じように能力を解いて行った。これで、仗助達を除いて、この町に私の存在を知っている者は居なくなった。友人も、先輩も、近所の人も、私の事はすっかり忘れている筈だ。
 一仕事終えて疲れてしまった私は、杜王駅に向かう途中のベンチに腰を下ろした。幸いバイトをしていた時のお金が少しあるので、とりあえず杜王町から出る事は出来るだろう。何処へ行くかは全く決まってはいないけれど。

 どうしたものかなあ、とベンチの上で荷物を抱き締めながら座っていると、ふとある事を思い出した。今座っているこのベンチは、私が最初に仗助と出会った時に、具合が悪いと勘違いされて連れて来て貰ったベンチでは無かろうか。

「……そうだ。思えば、あれから皆に出会うようになったんだっけ…」

 そう遠くない日の事だった筈なのに、何だかやけに昔の事に感じてしまう。ベンチを指先で撫でながら、ふ、と口元を緩めた。あの出会いがきっかけで、大好きな仗助と知り合う事が出来たのだ。あの時は嬉しくて仕方がなかったけれど、今となっては何だか複雑な気分である。
 本来なら決して出会う筈のない彼らに会えたのだから、それだけで奇跡だと分かっている。高望みしてはいけないと、それも分かっている筈なのに、目の前にしてしまえばつい手を伸ばしてしまいそうになるのだ。だからこそ、私は早くこの町を出なくてはならない。

 はあ、と深い溜息をついて、鞄に顔を埋める。とりあえず、行き先は後で決めるとして、駅に向かう事にしよう。そう思って、もう一度息を吐いた時だった。

「アオバさんッ!!」
「ッ、あ、え……!?」

 聞き覚えのある声にびくっと肩を揺らし、顔を上げれば、仗助が此方に走って来ているところだった。どうして此処に、と半ばパニックになりながら、私は反射的に立ち上がる。その拍子に落とした荷物を慌てて引っ掴み、そのまま逃げるように駆け出そうとした。
 しかし、私がもたついている間に随分と距離を詰められていたらしい。腕を掴まれてしまい、さっと血の気が引く。「は、はな、離してッ…!」と手を振り解こうとするけれど、仗助は腕を離してくれそうになかった。

「…ッ、離すわけねーだろ…!いいから…ッ、話、聞いて下さいよ…ッ!」
「は、話なんていいよッ…!わ、私はこの町から出ていくから、だから、もう…!」
「アオバさんッ!!」

 大声で名前を呼ばれて、思わず肩を震わせて口を噤む。仗助は肩で大きく息をしながら、私の腕を掴んだまま、真っ直ぐに私の顔を見た。その真剣な眼差しに、つい目が逸らせなくなる。

「…なんで、何で俺達がアオバさんの話を信じねーって、そう決めつけるんスか!自分の話だけして逃げるなんて、ずるいじゃあねーかよ!」
「だ、って…、あ、あんな話、信じて貰える訳…ッ」
「俺はアオバさんの話を信じます!」

 その力強い言葉に、思わず動きが止まる。信じる、と、彼は確かにそう言った。心臓がドクドクと煩く跳ねて、周りの音が何も聞こえなくなる。「な、なんで…そんな…」とやっとこさ絞り出した言葉に、仗助が静かに口を開いた。

「…俺だけじゃあねーんスよ。承太郎さんだって、露伴だって、アオバさんの話を信じてます。…あんな顔して話されちゃあ、信じないわけにはいかねーっスよ」
「……ほ、本当に、…信じて、くれるの…?」
「信じますよ。…だから、そんな泣きそうな顔しないで下さいよ、アオバさん」

 信じるという言葉がこんなにも心強いものだなんて思わなかった。信じて欲しいとは言わない、なんて言ったけれど、そんな筈ない。本当は信じて欲しかった。私の存在を肯定して欲しかったのだ。
 目頭が熱くなって、鼻の奥がつんとする。目の前がぼんやりと霞み始めて、私はぐっと唇を強く噛んで、顔を見られまいと俯いた。一拍置いてから、ふ、と息を吐いて、ゆっくり声を上げる。

「……な、…泣きそうなんかじゃあ、ない、よ…」
「……すんません、言い方を間違えたっスね。我慢してねーで、泣いて良いんですよ、アオバさん。誰にも相談出来ないで、一人で色々抱え込んで、…ずっと辛かったっスよね」

 「もう抱え込まなくて良いんスよ」と付け加えられて、私の涙腺は遂に耐えきれなくなったらしい。ぼろ、と涙が一つ零れ落ちて、服の上に染みを作った。それがきっかけだったように、涙がどんどん溢れて来る。
 手でそれを拭っていると、仗助が私の腕を離し、そっと私の体を包み込むようにして抱き締めてくれる。恥ずかしいけれど、伝わって来る体温が心地よくて、じんわりと心に染み入るように、私を落ち着かせてくれるようだった。

「アオバさんはこの町に居ても良いんスよ」
「…で、でも、わたしッ…」
「アオバさんが違う世界から来たとか、俺達の事を知ってるとか、そんな事は関係ねーんスよ。アオバさんは今ここに居る。なら、それで良いじゃあないっスか」
「……仗助、くん…」
「…だから、この町を出て行くとか、もう俺達の前に現れないとか、そんな悲しい事言わないで下さいよ…」

 ぎゅう、と抱き締められて、私は思わず目を瞬いた。「…わ、私、この町にいても、いいの…?」と震える声で尋ねれば、間髪入れず、「当たり前じゃあないっすか!」と答えが返って来る。
 一瞬止まった涙が、ぼろ、と再び溢れ始める。この町を出たらどうしたら良いのか、私のちっぽけな頭では良い案が思い浮かばなくて、このまま右も左も分からずに一人でずっと暮らして行くのだと思うと、不安で不安で堪らなかった。だから、仗助の言葉は安心を与えてくれて、本当に嬉しいものだったのだ。

「……ほ、ほんとは、私、ずっと不安で、か、考えないようにしてて…どうしたらいいのか分からなくて…う、…ううーッ…よ、かった、…よかったあ…ッ」

 自分の歳なんて考えずに、まるで子供みたいに泣きじゃくる私に、仗助は「これからの事は一緒に考えましょう、ね?」と私の頭をぽんぽんと宥めるように撫でてくれた。これじゃあどっちが年上なのか分かったものじゃあない。しかし、落ち着くのもまた事実で、私は少しの間だけ甘えさせて貰う事にした。