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"アクア・ネックレス"U

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「話してやるぜ〜〜っチクショオ〜〜ッ あの『学生服の男』の話をなあ〜〜っ どうせ『あの人』がおめーらをブッ殺してくれんだからよぉ〜〜っ」

 アンジェロはそう言うと、刑務所で起こった出来事について話し始めた。――それは去年、死刑執行の半月ほど前の事だ。突然、独房に学生服を着た『男』がベッドの脇に現れたのだという。その手には何百年と歴史を感じさせるような、とても古い『弓矢』を握っていて、アンジェロはその『矢』で頭を貫かれたのだという。しかし不思議な事に、アンジェロは生きていた。

「なあ…夢を見たとでも思うかい?グググっ おれは寝ぼけてたとでも思うかい?」
「いいから話をつづけてもらおう おまえの話を信じるか信じないかはおれが判断する」

 不敵に笑ったアンジェロは、再び話し始めた。『弓矢』に貫かれても死ななかったアンジェロを見て、男は漸く声を発したのだという。――この『聖なる矢』に貫かれて生きていたという事は、かつて『ディオ』という男が『スタンド』と呼んでいた才能を身に付けたという事だ。男はそう言ったらしい。
 男は『弓矢』を引き抜くと、アンジェロに脱獄を勧め、最後に自分がこの杜王町に住んでいるのだと告げて出て行ったのだと言う。――『学生服の男』に、怪しげな『弓矢』。その二つなら、私にも覚えがある。何せ、私がスタンドを発現したのも、アンジェロと同様、『学生服の男』に『弓矢』で貫かれたからだ。その男が何を企んでいるのかは分からないが、スタンド使いを増やそうとしている事だけは分かる。

 東方くんはアンジェロの話に疑ってかかっているが、対して、承太郎さんは信じるらしい。アンジェロの話に出て来た『ディオ』という男について、承太郎さんは知っていたようなのだ。承太郎さんの中でも点と線が繋がりかけているらしい。
 疑問は全て解決した訳では無いけれど、とりあえず一段落はつきそうなのだろうか。そんな事を思っていると、視界の端に何かが動いたような気がして、ふと視線を遣る。すると、いつの間にか地面の上に落ちていたらしいゴム手袋が這いずっていて、その先には傘を差した小さな子供の姿があった。承太郎さんも東方くんもアンジェロに気を向けているので、此方には気が付いていないようだ。私は慌てて物陰から飛び出して、ゴム手袋が子供に飛びかかろうとした瞬間、足でそれを思い切り踏み付けた。

「うぐッ!?…て、てめーッ!!」
「ひえッ…!ご、ごめんなさいッ…!」
「ヒナ…!?」
「てめー…アンジェロ!まだスタンドを動かせたのか…」

 アンジェロの声で、私の方に承太郎さんと東方くんの視線が向く。承太郎さんが驚いたように目を丸くした横で、東方くんは徐ろに懐から櫛を取り出した。彼は冷静な面持ちで髪をセットし始める。スタンドも捕らえられ、体の自由も利かない今、アンジェロはもはやがなり立てるしかない。けれどその中で放った言葉が、東方くんの逆鱗に触れた。

「クソがァアーッ!チンケな髪なんかイジってんじゃあねーッ!!」
「…!!」
「俺の髪が――なんだって?」

 東方くんの瞳が、ぎらりと鋭く光った。次の瞬間、スタンドから目にも留まらぬ速さで繰り出されたラッシュが、再びアンジェロと岩を砕く。岩からはもはやアンジェロの姿は消え、何となく人の顔に見える――というところまで一体化されていた。私の足の下で藻掻いていたゴム手袋も、ぱたりと動きを止める。東方くんは懐に櫛をしまいながら、口を開いた。

「やはり さっきは怒りがたりなかったぜ このゲス野郎はこれぐらいグレートに岩に埋めこまなきゃあいけなかったんだぜ」
「…やれやれ ついていけないのはこのスタンドのスピードではなく こいつの性格のようだぜ」

 雨が上がり、どんよりとした雲の間から日が差し込み始める。まるで戦いの終わりを暗示しているかのようだ。私は承太郎さんの呟きに密かに苦笑しつつ、ゴム手袋の上から足を退かし、そろりとその場を後にしようとした。――が、しかし。気付かれない筈も無い。
 名前を呼ばれてしまい、びくりと肩を揺らし、私は反射的にその場で縮こまる。子供が危険に晒されていたから仕方がなかったとはいえ、帰れと言われたのに帰らなかったのがすっかりバレてしまった。…怒られるかもしれない。承太郎さんが近付いて来ているのが分かって、心臓が嫌に音を立てる。俯いた視界に承太郎さんの靴先が見えた瞬間、私は「ごっ、ごめんなさい…!」と声を上げた。

「じょ、承太郎さんの言う通りにしなくっちゃあって思ったんですけど、でも、あの、…き、気になってしまって…ご、ごめんなさい…!」

 そのまま頭を下げれば、一拍置いて、承太郎さんが「……やれやれ」とお決まりの台詞を零す。恐る恐る顔を上げたが、承太郎さんの表情は予想していたよりも恐ろしいものではなかった。ぽん、と頭に大きな手が乗る。

「……さすがに姉妹と言ったところか…」
「え……?」
「いや、こっちの話だ。さっきは良くやったなヒナ、助かった」

 そのままするすると頭を撫でられて、思わず顔が熱くなる。どうやら今回は大目に見て貰えるようだが、てっきり怒られるものかと思っていたので、少し拍子抜けしてしまった。…いや、別に怒られたいとかそういう事ではないのだけれど。
 密かにてれてれとしていると、横から「……あのォ〜?」と何処か戸惑ったような声が聞こえて来た。視線を遣れば、東方くんが頬を掻きながら此方を見ている。そこで漸く鞄の中にしまい込んであるプリントの事を思い出して、私は慌てて彼に向き直った。

「あッ、あの、私東方くんにこれ渡しに来たんです…!プリント、なんですけど……」
「え?…あ、ああ、どーもっス」

 鞄から取り出したクリアファイルを手渡し、ホッと息をつく。一応東方くんの様子も知る事が出来たし、とりあえずこれで私の役割は果たされた訳だ。そんな事を思っていると、東方くんが再び口を開く。

「……二星さん、だよな?同じクラスの」
「え、……あ、そうか、バタバタしてて自己紹介とかしてなかったですよね…!二星ヒナです」
「いや、こっちこそなかなか話せなくて……あー、色々と聞きたい事はあったんだけどよォ〜…」

 東方くんはそう言うと、ちらと私の隣にいる承太郎さんに目を遣った。おそらく関係性が気になるのだろう。私もちらと承太郎さんを見上げれば、承太郎さんはふっと息を吐いた。

「…まあ、気になるか。ヒナは俺の妻の妹だ。義妹ってやつだな」
「ええッ!?義妹!?」
「お前を訪ねて来る時に協力して貰ってな。因みに、察してはいるだろうが、ヒナもスタンド使いだ」

 淡々と説明をしてくれた承太郎さんに合わせるように、小さく頷く。承太郎さんが結婚している事にも、私が義妹である事にも驚いたようで、東方くんはぱちぱちと目を瞬いていた。

「…はー、ようやく謎が解けたぜ。それなら、これからも色々と関わる事になりそうだな」
「よ、よろしくお願いします…」
「……さっきから気になってたんだけどよォ〜、何で敬語なんだ?同じ学年なんだからもっと気軽に接してくれて良いんだぜ」
「えッ!?…あ、や、でも……」
「なんかむず痒いんだよなァ〜ッ…ほら、東方くんじゃなくて仗助って呼んでくれよ。俺もヒナって呼ばせて貰うからよォ〜」

 何だか話がトントンと進んでいる。わたわたとする私に、東方くんは「…ま、イヤなら無理にとは言わねーけどよ」なんて言って頬を掻く。ただ気恥ずかしいだけで、嫌な訳じゃあないのだ。慌てて首をぶんぶんと横に振って、おずおずと口を開く。

「……じょ、…仗助、くん……」
「…おう!よろしくな、ヒナ」
「う、うんッ…!こちらこそ……!」

 ニカッと人懐こい笑顔を向けられて、私もつられたように笑みを溢した。東方くん――もとい仗助くんと漸くきちんと接する事が出来たのが何だか嬉しくて、ちらと横にいる承太郎さんを見上げる。承太郎さんは様子を見守っていてくれていたようで、口元を少しだけ緩め、「良かったな」と言わんばかりに肩をぽんと叩いてくれた。その後、承太郎さんに促されて二人と別れ、帰路に着いたのだけれど、私は暫くはふわふわとした気持ちのままでいたのだった。