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"アクア・ネックレス"T

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 承太郎さんから『スタンド』について教えて貰った翌日の事だった。東方くんのおじいさんが亡くなったらしい。その日から東方くんは学校を欠席し、彼の姿が無いのはもう三日目の事になる。数日前の出会いをきっかけに話すようになった広瀬くんとも、「大丈夫かなあ」なんて話をしてはいるけれど、当の東方くんとはあれ以来話していないし、私が深く首を突っ込む事でも無い。とはいえ、承太郎さんからこの町に何かが潜んでいると聞いた以上、気になって仕方が無いのも確かだった。
 そんな時、私は担任の先生に東方くんの様子を見てくるようにと言われた。曰く、東方くんはお母さんを親戚の家に泊めさせて貰って、自分は家で一人篭っているらしいのだ。電話口では大丈夫だと言っていたようなのだが、こうして三日も欠席しているし、流石に様子が気になるらしい。因みに、先生が私に用事を頼んだのは、東方くんと家が近いからというごく簡単な理由だったようだが、私も気に掛かっていたので、二つ返事で了承した。

 学校が終わった後、担任の先生からプリントを預かり、東方くんの家へと向かった。東方くんと仲の良い間柄だったら話をしても良いかもしれないけれど、生憎、私はただのクラスメートだし、何と声を掛けて良いかも悩むところだ。プリントは郵便受けに入れて、外からちらっと様子を窺うくらいで良いだろうか。…怪しいかなあ。
 色々と悩みながら歩いている内に、もう東方くんの家の近くまで来てしまった。いつの間にか空もどんよりと鉛色になっていて、何となく気分まで落ち込んで来る。雨が降らない内に済ませてしまおう、と自分に言い聞かせて、東方くんの家の前まで歩いて行った時だった。

「………あれ?承太郎さん…?」
「!…ヒナ…なぜここに」

 東方くんの家の直ぐ前でしゃがみ込み、地面にある足跡を眺めているのは、承太郎さんだった。きょとんとした私に、承太郎さんは驚いたように一瞬目を見開くと、立ち上がって私の方までやって来る。私は慌てて鞄からクリアファイルに入れたプリントを取り出すと、東方くんにプリントを渡しがてら様子を見て来るように担任に頼まれたのだと説明した。
 話している間も、承太郎さんは何かに警戒するように険しい表情をしていた。もしかしなくとも、私は何だかお邪魔な雰囲気である。ぽつぽつと雨も降って来てしまったし、早いところ帰った方が良さそうだ。「ええと…あの、も、もし良かったらコレ東方くんに渡しておいて貰えますでしょうか…」とおずおずとクリアファイルを差し出したのだが、承太郎さんはハッと何かに気が付いたように目を見開く。

「雨!?……だと?」
「え?は、はあ、雨降って来まし…じょ、承太郎さんッ!?」

 承太郎さんの襟元に何かが張り付いているのが見えて、今度は私が目を見開く番だった。水を纏うその何かは素早く動くと、承太郎さんの口端に手を掛け、口内に入ろうとする。しかしそれより早く、承太郎さんの『スタープラチナ』が飛び出し、何かに向かって鋭い拳を放った。
 『スタープラチナ』の拳を真正面から受けたそれは、吹き飛ばされた先の壁にびしゃりと叩き付けられる。体が水のようになっていて、拳をいなしたのか、攻撃は効いていないようだった。そこで漸くその姿を見る事が出来たのだが、よくよく見ると、数日前に承太郎さんから見せて貰った写真に写っていたものと同じに見える。訝しげに眺めていると、それは口を開いた。

「なんだあ〜〜妙なやつがこの家にいると思ったらてめーも『スタンド使い』か…?」
「えッ…!?す、スタンド…!?」
「フン まあいい…おれはこの時を待っていたんだ 雨の降る時をなあ〜〜っ」

 何だか良く分からないが、とにかく、あの不思議な物体はスタンドだったらしい。『スタンド』は「もうこの家はおれのものだッ!おめーらは雨の中出られないッ!」と言い残すと、まるで溶けるようにして姿を消した。承太郎さんの方を見ると、承太郎さんの口元に手形が浮かび上がり、そこから血が噴き出す。思わず承太郎さんに駆け寄ったのと同時、がし、と肩を掴まれた。

「事情は後で説明する。とにかく今は、このまままっすぐに家に帰るんだ。いいな?」
「え、あ、は、はいッ…!」

 承太郎さんはそれだけ言うと、コートの裾を翻して家の中へと駆け込んでしまった。玄関の戸は閉じられてしまったので中の様子が窺い知れないけれど、何やら大変な事が起っているらしいという事だけは何となく理解が出来る。今までの出来事を鑑みるに、おそらく、承太郎さんと東方くんは家の中で、先程のあのスタンドと戦っているのだろう。
 すっかり承太郎さんに渡しそびれてしまったクリアファイルに目を落とし、再び東方くんの家に視線を戻す。承太郎さんには帰るよう言われたし、例え私が中に入ったとしても足手まといになるだけだ。だけど、このまま帰るなんてもっと出来そうにない。とりあえず、私はどうにか外から様子を窺えないものかと家の周りを一周する事にした。

 家の中からは微かに物音が聞こえて来ている。承太郎さんも東方くんも無事なのだろうか。若干の不安を抱えながらそろそろと歩いていると、窓を見付けた。中を窺ってみようと近付こうとした瞬間、その窓がガチャッと音を立てて開き、中から承太郎さんと東方くんが顔を覗かせる。慌ててしゃがみ込んで近くの植え込みの陰に隠れたのだが、これではまるで空き巣か何かのようだと密かに思った。
 こっそりと顔を覗かせると、東方くんが手に持っている何かをぶんぶんと振っているところだった。ゴム手袋…だろうか。中に何かが入っているのか、不自然に膨らんでいる。あれは何だろう、と思っていると、前方にある木から人間が空に打ち上げられるように飛び出したのが見えた。家を出て、問題の人間に近付いて行く承太郎さんと東方くんにこっそりついて行くと、レインコートを着た男が地面の上に這い蹲っている。

「てめーが」
「アンジェロか……」

 承太郎さんと東方くんが男に向かって確かめるようにそう言えば、男は焦ったように立ち上がって逃げようとする。しかし、東方くんが手に持っているゴム手袋をブンッと振った瞬間、男も連動したように地面にひっくり返った。承太郎さんはスタンドと本体は影響し合うと言っていたので、もしかするとあのゴム手袋の中にあの男――アンジェロのスタンドが入っているのかもしれない。
 アンジェロは地面に膝を着いたまま、再び近寄って来た承太郎さんと東方くんを見て悲鳴を上げる。しかし何か考えがあるのか、アンジェロは「まさかおめーらこれからこのオレを殺すんじゃあねーだろうな!?」と笑みを浮かべて言い放った。

「そりゃあたしかに おれは呪われた罪人だ!脱獄した死刑囚だッ!しかし日本の法律がおれを死刑に決めたからといって おめーらにおれを裁く権利はねーぜッ!仗助ッ!おれはおめーのじじいをブチ殺してやったが オメーにおれを死刑にしていい権利はねえッ!」

 耳を疑うような主張に、思わず目を見開く。東方くんのおじいさんが亡くなったのが、アンジェロの所為だったなんて。だから東方くんはお母さんを親戚の家に泊まらせて、承太郎さんと共にアンジェロを待っていたのか。私の中で漸く点と線が繋がった。
 自分を指差してがなり立てるアンジェロに、東方くんはスタンドの拳でアンジェロの手を打ち抜く。弾き飛ばされたアンジェロの手は背後にあった岩にぶつかり、そのまま飲み込まれるようにして岩と一体化してしまった。此処で漸くアンジェロにも焦りの色が見え始める。東方くんの考えが何となく理解出来たような気がして、私はごくりと息を呑んだ。

「誰も もうおめーを死刑にはしないぜ…おれも この承太郎さんも日本の法律も もうおめーを死刑にはしない 刑務所に入ることもない」
「仗助……あとはまかせるぜ」
「永遠に供養しろ!アンジェロ おれのじいちゃんもふくめて てめえが殺した人間のな!」

 東方くんのスタンドの拳が唸った。背後の岩もろともアンジェロに鋭いラッシュが叩き込まれ、岩が砕け散る。岩が形を取り戻して行くのと同時、アンジェロも岩と一体化するように取り込まれて行く。岩が元のシルエットを取り戻した時には、アンジェロの肉体は殆ど岩と一体化してしまっていた。永久に生き続ける――それはある意味、死刑よりも堪えるし、恐ろしい事かもしれない。しかし、アンジェロには丁度良いだろう。
 物陰でホッと息を付いていると、承太郎さんがアンジェロに向かって「ところでアンジェロ!」と口火を切った。アンジェロは何故スタンド使いとなったのか――刑務所で何があったのか、承太郎さんは聞いておきたいらしい。承太郎さんが話を促せば、アンジェロは素直に刑務所での出来事を話し始めたのだった。