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恋する乙女の恐ろしさ

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 仗助くんと承太郎さんが、入院した間田敏和から話を聞き出して来たらしい。『弓と矢』を奪った人物――億泰くんの言葉を借りるなら『電気野郎』――はかなり用心深いようで、間田敏和も詳しい事は知らないのだという。
 そして、間田敏和は不思議な事を言っていた。曰く――『スタンド使い同士は引き合う』。『スタンド使い』はどんな形であれ、知らず知らずの内に互いに引き合うのだという。思い返してみれば、確かに心当たりは多い。

 だからこそ、その『弓と矢』を奪ったその人物は『引き合う』のを恐れ、『弓と矢』を探している承太郎さんをこの町から追い出したいようだ。現在、この杜王町に何人の『スタンド使い』が居るのか定かではないけれど、その話が本当なら、今後も多くの『スタンド使い』と関わる事になるのだろう。

「…なんというか、ほんと、今更ながらすごい事に巻き込まれてるなって思うよ…」
「う、うん…そうだよね…」

 広瀬くんの言葉に、苦笑交じりに返す。数ヶ月前までは本当にただの一般人だったというのに、スタンド能力を身に着けて、あれよあれよという間にとんでもない事に巻き込まれてしまった。後悔はしていないけれど、色々と不安なのは確かだ。
 他愛ない話をしながら広瀬くんと歩いている途中、私はふとある事を思い出して、鞄の中に手を差し入れた。中から取り出したのは、一冊の漫画である。タイトルは『ピンクダークの少年』――これは広瀬くんから借りた漫画だった。

「広瀬くん、これ、ありがとう。とっても面白かったよ!」
「ほ、ほんとう?よかったあ〜!僕はすごく面白いと思うんだけど、なんというか、結構好みが分かれるから…」
「確かにちょっとクセはあるけど…でも、ストーリーに引き込まれるっていうか、『次のページを早く捲りたい!』って思っちゃうっていうか…。私、あんまり漫画は読まないんだけど、この漫画なら読みたいって思っちゃった」
「そうなんだよ〜ッ!それなら、次の巻も持ってきていいかな?」
「うん!お願いします!」

 にっこり笑って返せば、広瀬くんも同じように笑って返してくれた。あの登場人物がかっこいいだとか、ここの展開が凄かっただとか、漫画の話をしながら再び歩き始める。暫く歩いて、校舎が見えて来た頃だった。
 広瀬くんが、「そういえば…」と何か気が付いたように声を上げる。何かと思えば、仲良くなってから暫く経つけれど、未だにお互い名字で呼び合っている事が気になるらしい。あまり意識はしていなかったのだけれど、言われてみれば、確かに私は「広瀬くん」と呼んでいるし、彼も「二星さん」と呼んでいる。

「…よかったら、ヒナさんって呼んでもいいかな?僕も名前でいいから」
「う、うん!もちろんだよ!…それじゃあ、えっと、…私も康一くんって呼ばせてね」

 今更の事だけれど、漫画一冊で距離が縮まったような気がして、何だかくすぐったい。二人で顔を見合わせて、へらりと笑った。私は元々学校でも目立つ方の人間ではないので、こうして交友関係が広がっていくのは嬉しい。きっかけは特殊なものだったけれど、康一くん達とはこれからも仲良く出来たら良いなあ、なんて思うのだ。
 そんな事を密かに思っていた時だった。ぞわ、と背筋に悪寒が走る。何処からか、誰かにじっと見られてるような、そんな感覚。思わず振り返って辺りを見回してみるけれど、周りに居るのは私達同様、登校する生徒の姿ばかりだ。

「…ヒナさん、どうしたの?」
「え、…あ、う、ううん、…何でもない…!」

 やっぱり気のせい、かな。自分にそう言い聞かせるようにして、きょとんとしている康一くんにへらりと笑いかける。また他愛ない話を始めながら、私は康一くんと共に学校の門を潜ったのだった。


***


「ちょっといいかしら」
「……………、えっ、あ、わ、私ですか…?」
「私の目の前にはあなたしかいないわ」

 昼休み、飲み物を買いに教室を出たところで、誰かに呼び止められる。振り返った先に居たのは、一人の女子生徒だった。緩くウエーブのかかった綺麗な黒髪を靡かせている彼女は、すらっとした体型や矯正な顔立ちをしていて、まるでモデルか何かと言われても納得してしまうほどの美人である。
 話した事は無いけれど、これだけの美人だから彼女は有名だし、名前くらいは知っている。彼女の名前は、山岸由花子だ。山岸さんはその綺麗な顔を険しい表情で彩りつつ、私に「来て」と一言だけ告げ、さっさと歩き出してしまった。

 足のコンパスの差に若干切なくなりながら、彼女の後を着いて行く。やがて、屋上に続く階段の踊り場へと辿り着いた。人気が無い所為か、肌に触れる空気は幾分ひんやりとしている。何だか、怖いぞ…。

「…まどろっこしい事は嫌いだから、単刀直入に聞くわ」
「は、はいッ……!?」

 此方を振り返った山岸さんは、鋭い目つきで私を睨み付けながら話し始める。彼女を怒らせるような事をした覚えは無いのだけれど、フレンドリーな空気でない事も確かだ。ごく、と喉を鳴らした私に、山岸さんは口を開いた。

「あなた、康一くんとはどういう関係なの?」
「…………えッ、…ど、どういう…って……」
「康一くんから漫画を借りたり、彼を名前で呼んだり、あなたちょっと馴れ馴れしいんじゃあないの?…あなた、まさか康一くんの事を好きなんじゃあないでしょうね」

 ぽかんとする私を他所に、山岸さんは険しい表情のままで言う。彼女の言葉に、私はふと今朝の事を思い出した。康一くんから漫画を借りたのも、彼の名前を呼ぶようになったのも、今朝の事だ。…どうやら、あの時感じた視線は気のせいじゃあなくて、山岸さんのものだったらしい。
 おそらく、…いや、確実に、山岸さんは康一くんの事を好きなのだろう。だからこそ、最近康一くんと接する機会が多くなった私を捕まえて、このような質問をしているのだ。しかし、彼女の様子から察するに、随分と情熱的というか何というか…。

 冷や汗をかいていると、山岸さんは此方にずいと近付き、「どうなのよッ!」と語気を荒げる。思わずびくりと肩を震わせた私は、小さな悲鳴を漏らしつつ、「はッ、はいいッ…!」と声を返した。

「こ、康一くんの事は、あの、と…友達として好きですッ…!康一くんだって、わ、私にはそういう興味なんてないと思いますしッ…!」
「………本当でしょうね?」
「ほ、本当ですッ!」

 じろ、と疑り深い視線を向けられて、背筋が伸びる。私は康一くんに対してはLikeの感情こそ抱いているけれど、Loveの感情は抱いていない。勿論、康一くんだってそうだろう。暫く私の様子を観察していた山岸さんは、漸く気が済んだのか、一歩後ろに下がってくれた。

「……いいわ、信じてあげる。あなた、嘘をつけるほど器用そうには見えないものね」
「うッ…」

 誤解されなかったとはいえ、何だか複雑な気分だ。ひとまず疑いは晴れたようだけれど、次は何を言われるか分からない。びくびくとしていると、山岸さんは私を他所に、背後の階段を下り始めた。
 …も、もう良いのだろうか。私も彼女に続いて階段を下りようと、そろりと歩き出す。しかし、ぴたりと立ち止まった山岸さんが「言い忘れていたけれど」と声を上げたものだから、驚いて思わず滑り落ちそうになった。

 恐る恐る視線を遣ると、山岸さんが此方を向いている。「ひッ!?」と悲鳴を漏らした私を、射抜くような視線で見据えたまま、彼女は口を開いた。

「もしも康一くんに友達以上の気持ちを抱いたら…」
「……い…抱いたら…?」
「その時は…ただじゃあおきませんからね…」

 …アッ、これは本気のやつだ……。言うだけ言ってさっさと廊下の先へ消えて行ってしまった山岸さんに、私は確信を持ってそう思ったのだった。