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 リビングへ入ると、大きなテーブルを囲んで三人が座っていた。承太郎くんはちらと此方に一瞬だけ視線を寄こし、ジョルノくんはにこやかに笑って私達を手招いている。そして、見知らぬ男の人が一人、私の姿を捉えて目を細めた。

「やあ、初めまして。君がヒヨリちゃんだね?僕はジョナサン・ジョースター。ジョナサンと呼んでね」
「は、初めまして、四谷ヒヨリです。……あの、今日は急に押しかけてしまってすみません……!」
「そんなに固くならないで。我が家だと思って、ゆっくりしてくれて良いからね」

 ふんわりと笑ったジョナサンさんに、少しだけ肩の力が抜けた。とても大柄な人だけれど、雰囲気は穏やかだし、物腰も柔らかくて何となく安心出来る。不思議な人だなあ、なんて思いながら、促されるままに席についた。
 急な話だったというのに、心良く一晩泊めてくれるというし、荒木荘にも電話を入れてくれているし、本当に何から何までお世話になってしまっている。ほっと息を吐けば、隣に座る徐倫ちゃんが「……ね?大丈夫って言ったでしょ?」と笑った。

「挨拶はこれくらいにして、夕食にしようか。お腹も減っているだろう?」
「は、はい……!」

 いただきます、といつものように手を合わせたけれど、荒木荘とはまた違った食卓だ。同じ夕食でも家が違うと雰囲気も違うものだなあ、なんて思いながら、目の前の美味しそうな料理に手を伸ばした。

「ヒヨリさんが家に来るとは思いませんでした。一日と言わず、暫くここで過ごしたらいかがですか?」
「し、暫くってそんな……」
「それもそうよね。気が済むまでウチに居たら?」
「じょ、徐倫ちゃんまで……」

 終始和やかな雰囲気での食事を終え、ゆったりとお茶を飲み始めた頃、ジョルノくんがにこにこと笑みを浮かべながら私に言う。しかも徐倫ちゃんまで乗っかって来たものだから、私も思わず苦笑してしまった。

「今頃パードレは何をしているでしょうね。……もしかすると、ヒヨリさんが居なくなってしょげているかもしれませんよ」
「い、いやあ、それは流石にないと思うけど……」

 いつも自信満々で強気なDIOさんがしょげている姿なんて、想像もつかないくらいだ。私が渋い表情をしていたのを見てか、ジョルノくんが小さく笑う。すると、話を聞いていたらしいジョナサンさんが、同じように小さく笑いながら口を開いた。

「承太郎達から色々と話は聞いているよ。僕達も初めは戸惑ったくらいだから、ヒヨリちゃんは余計に驚いただろう」
「は、はい。でも、皆さんが色々と気遣ってくれたので、慣れるまでそう時間は掛かりませんでした。……まあ、価値観の違いとか、驚く事は今もありますけど……」
「……その気遣うってのがよぉ〜、どうも想像出来ねーんだよなァ〜ッ」
「ま、まあ……あの人達は良くも悪くも個性的だからね………」

 苦々しい表情で言う仗助くんに再び苦笑を漏らせば、「……ありゃ個性的っつー次元か?」とジョセフさんが表情を引き攣らせる。まあ、確かに個性的という言葉で一括りには出来ないレベルではあるかもしれない。そもそも人間ですらない人も居るし、今でこそ犯罪を犯したりはしていないけれど、彼らの過去の所業は聞けば震え上がってしまうようなものばかりである。
 それでも、私にとってはとても大好きな人達だ。成り行きとはいえ私を受け入れてくれた、大切な家族のようなものである。……まあ、喧嘩はしてしまったけれど。

 今まで考えないようにしていた喧嘩の事をふと思い出してしまい、私は口を噤む。勝手に家を飛び出して来てしまって、幻滅されただろうか。確かに幾分過保護だとは思うけれど、吉良さんの言い分自体は正しかった。それだけに、冷静になった今になって、罪悪感が波のように押し寄せて来るようで、何だか居た堪れない。

「………ヒヨリちゃん?」
「………えっ?……あ、……す、すみません、少しぼーっとしてしまって……!」

 ぼんやりとしていると、誰かに名前を呼ばれたような気がして意識が戻って来る。ぱっと視線を上げたところで、ジョナサンさんに名前を呼ばれ、私は慌てて声を返した。気が付けば、他の皆も窺うように此方を見ていて、私は逃げるようにゆるゆると視線を落とす。

「……ヒヨリちゃんは彼らの事をとても大切に思っているんだね」
「………、はい……」
「それなら大丈夫、何も心配する事はないよ。……ヒヨリちゃんが彼らを大切に思っているのと同じように、彼らもヒヨリちゃんの事を大切に思っているんだから」

 私の気持ちを見透かしたように、ジョナサンさんが微笑みながらそう言葉を掛けてくれた。不安な気持ちが少しだけ萎んだような気がして、私は眉を下げたまま、「……ありがとうございます」と小さく笑って返す。
 ジョナサンさんの纏う柔らかな雰囲気は、不思議と私に安心感を抱かせてくれるようだった。せっかくジョースター家にお邪魔しているのに、いつまでも一人でしょげていたって仕方がない。

 すっかり温くなったお茶をぐいと飲み干して、ぷは、と小さく息を吐けば、ジョセフさんが「おっ、良い飲みっぷりじゃあねーの」と軽く笑う。一旦は沈み掛けていた空気がジョセフさんの気遣いによって再び和やかな雰囲気を取り戻したのが分かり、私もへらりと笑い返したのだった。

 ――それから暫くして、私は徐倫ちゃんに案内して貰ってお風呂へと入った。勿論、替えの服は持って来ていないので、徐倫ちゃんにパジャマを借り、眠る支度を整える。パジャマに袖を通すといよいよお泊まり会のようになって来て、何だか心が踊ってしまった。

「この部屋は空き部屋だから、自由に使って貰って構わないわ。何か要る物があったら遠慮なく言ってね」
「う、うん。ありがとう……!」

 用意して貰った部屋はとても綺麗で、ちょっとしたホテルの一室のようだ。こんな空き部屋があるとは、ジョースター家は私が思っているよりももっと大きい家らしい。荒木荘とは家の作りからして違うとはいえ、恐るべしジョースター家。
 普段荒木荘では皆で並んで眠っているから、部屋に一人だと何だか少しだけ寂しい気持ちがする。こんなに弱かったかな、と密かに情けなく思っていると、徐倫ちゃんが「……ねえ、ヒヨリ」と私を呼んだ。パッと視線を上げれば、彼女は口元に笑みを浮かべている。

「せっかくのお泊まりなのに、このまま寝ちゃうのも勿体ないと思わない?」
「……えっ?」
「という訳で、ほら、行くわよ!」
「えっ、あの、徐倫ちゃん!?」

 楽しげな徐倫ちゃんにぐいぐいと手を引かれて、そのまま彼女の部屋へと連れ込まれる。頭上にハテナを浮かべたままの私を他所に、徐倫ちゃんに「せっかくだもの、パジャマパーティーでもしましょう?」と笑い掛けられて、思わず目を丸くしてしまった。
 パジャマパーティー、なんて、何だか懐かしく感じてしまう。そういえば此処に来る前は友達とそんなような事もしていたなあ、なんてぼんやりと思っていると、部屋のドアがノックされた。

「おいおい、また随分と楽しそうな事してんじゃあねーかよ〜ッ」
「せっかくだから俺達も混ぜてくんない?」
「アンタ達本当に目敏いわね……」

 開いたドアからひょっこりと顔を覗かせたのは、仗助くんとジョセフさんだ。昼間、徐倫ちゃんに女子会だからと追い出されていたけれど、どうやら諦めてはいなかったらしい。徐倫ちゃんは「仕方ないわね……」とため息を吐いた。
 その言葉を肯定と取ったらしい二人は、嬉々として部屋へと入って来る。仗助くんとジョセフさんが加わった事で部屋の中が随分と賑やかになり、思わず口元が緩んだ。荒木荘も騒がしいといえば騒がしいけれど、これはまた違った賑やかさだ。

「……何よ。随分と嬉しそうじゃない、ヒヨリ。私と二人だけじゃあ不満だった訳?」
「ち、違うよ、そうじゃなくて!……その、こうやって夜に誰かと集まって話したりするの、何だか久しぶりだから……」

 徐倫ちゃんにじとりとした視線を向けられてしまい、私は慌てて言葉を返す。この世界に来る以前は私も普通の学生だった訳で、友達と出掛けたり、お泊まり会をしたりする事もあった。夜中まで起きて、パジャマを着て布団をごろごろとしながら他愛ない話に花を咲かせていると、気が付いたらもう明け方になっていたものだ。なんて事はない時間だったけれど、不思議と楽しくて仕方なかった。
 当時は特別な事だとは思えなかったけれど、今の私には特別で、何だか酷く懐かしく思えてしまって、またこういう事が出来ているのだと思うと感慨深い思いがする。へら、と笑えば、ジョセフさんが此方に手を伸ばして来て、私の頭を大きな手でわしゃわしゃと撫でた。

「わっ!?……じょ、ジョセフさん!?」
「決めたぜ!ヒヨリちゃんがもう寝かせてって言っても、今日はぜってー寝かせてやんねーからなッ!」
「そうっスよ!今日はとことん夜更かししますから、覚悟して下さいよ〜ッ!」
「全く騒がしいわね。……でも、私も今日はとことん付き合って貰うわよ!」

 目を丸くしている私を他所に、三人は、ニッと笑みを深める。とても楽しげで、でも少し悪戯っぽくて、此方までつられて口元が緩んでしまうような笑みだ。その表情が三人ともそっくりで、私も思わず笑いながら、大きく頷き返したのだった。