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承太郎に気遣われる

■ ■ ■

 コンビニのアルバイトも何度か出勤し、漸く先輩達の名前を覚え始めた。以前の経験もあって、仕事自体は慣れたものだ。先輩に当たる人達も良い人ばかりで、お店に慣れるまでにはそう時間は掛からなかった。

 初出勤から暫く経った今日は、何だか朝から少しだけ体調が優れなかった。それでも、代わりを頼めるような人が居なかったのと、薬を飲んで昼寝をすると多少良くなったので、休む事はしなかった。四・五時間なら乗り切れる筈だ。
 ふう、と息を吐いて、レジを抜ける。頼まれていた品出しを終えなければならない。踏み台を引っ張って来て、棚の奥にある商品を前に出し、奥へ新しい商品を並べる。単純な作業ではあるけれど、高い位置に置いてある商品となると少々面倒くさい。

 特別背が低い方では無いけれど、最上段の棚、しかも奥に手を伸ばすとなると話は別だ。男性の先輩でさえ踏み台を使うのだから、私に至っては踏み台が無ければ話にならない。踏み台だと僅かに低いし、安定性も悪いので、いっそ脚立が欲しいくらいだ。
 踏み台の端に爪先を置いて背伸びし、ぐっと腕を奥へと伸ばす。なかなかキツいぞ。眉間に皺を寄せつつ、もう一度手を伸ばした、その時だった。足を端に置き過ぎた所為で踏み台が床を滑り、がくんと身体が傾く。

「わッ…!?」

 背中から後ろに倒れ込む――と思ったのだけれど、それより早く、背後から伸びて来た腕が私の腰元に回り、私の身体を支えた。次いで、硬くて弾力のある何かが背中にトン、と当たり、思わず動きを止める。

「……危ねーな」
「ひえッ…!?」

 聞き覚えのある声に、ピンと背筋が伸びる。持ち上げる形で支えられていた身体をゆっくり下ろされ、床の上に足先が着いたところで、漸く身体が離される。恐る恐る見上げれば、やはりというか何というか、そこには承太郎くんが居た。
 ドッドッと心臓が忙しなく脈打っているのは、踏み台から落ちたからか、それとも。頬に伝った冷汗を拭って、私は承太郎くんに「あ…ありがとう…」と声を掛ける。「いや」と短く返して来た彼は、いつも通りの表情だ。

「…随分とふらついてたな。具合でもわりーのか」
「…う、ううん。あの、もう少しで奥に手が届きそうだったから…その……」

 具合でも、と言われた時は正直ドキッとしたけれど、何とか取り繕えた筈だ。男の先輩がレジから身を乗り出して「大丈夫!?」と声を掛けてくれたので、慌てて「大丈夫です!」と返す。…私の横に立つ承太郎くんを見て若干ぎょっとしたのは、見なかった事にしよう。

「あ、あの、ありがとう」
「…ああ」
「…えっと、今帰りなの?承太郎くんもコンビニとか使うんだね」
「…ヒヨリさんがバイトを始めたと聞いたからな」

 承太郎くんの返答に、思わず目を丸くする。アルバイトを始めたと言ったのは荒木荘の皆と、この間偶然会った仗助くんと徐倫ちゃんくらいのものだから、おそらく後者の二人に聞いたのだろう。
 よりにもよって鈍臭い場面を見られてしまったのが何だか恥ずかしくて、「い、いつもはちゃんと仕事出来てるんだよ!」と取り繕うように言えば、「どうだかな」と小さく笑われてしまった。これではどっちが年上か分かったもんじゃあない。

 お客さんが並んだようで、レジに呼ばれたのは、それからすぐの事だった。慌てて返事をして、承太郎くんに「レジ戻るね」と一言残して駆けて行く。先輩が何か聞きたげにしていたけれど、お客さんが居るお陰で話を聞かれる事は無かった。
 並んでいたお客さんを捌き切って、レジから離れようとした頃、私のレジに向かって承太郎くんがのそのそと歩いて来た。若干このまま離れたい気もするけれど、まあそういう訳にもいくまい。

「……承太郎くんも買い物するんだ…」
「…俺がコンビニで買い物するのがそんなに意外か」
「う、うーん、…まあ、ちょっとね…」

 商品をスキャンして袋詰めしながら、苦笑して答える。例えば、仗助くんはコンビニに居そうな感じはするのだけれど、承太郎くんはコンビニに居そうな感じには思えない。これは私の中のイメージの問題なので、何で、と言われると困ってしまうのだけれども。
 承太郎くんからお金を受け取る時、一瞬だけ彼の指先が触れて、心臓が跳ねる。落ち着け自分。そう言い聞かせながら、レジに数字を打ち込む。承太郎くんの視線を一身に受けている気がしてならない。何か言いたい、のだろうか。

「あ、ありがとうございました…」
「ああ」

 小銭を返して、レジ袋を承太郎くんに渡した。しかし、承太郎くんは立ち去る様子が無く、「あ、あの…?」とおずおずと声を掛ける。彼はちらと私に視線を遣った後で、袋に手を突っ込んだ。目を丸くしていると、承太郎くんは中に入っていた栄養ドリンクを取り出し、トン、とカウンターに置く。きょとんとしている私に、承太郎くんは口を開いた。

「…やる。顔色が良くねーぜ」
「……えッ!?あ、え、承太郎くん…!?」

 呆気に取られている間に、承太郎くんは店を出て行こうとする。慌ててその背中に「あ、ありがとうッ…!」と声を掛ければ、承太郎くんはひらりと一度だけ手を挙げ、そのまま店を出て行ってしまった。

「……今の、四谷ちゃんの彼氏…?」
「ちッ、違いますよ!?た、ただのご近所さんでッ…!」

 目を丸くしたままの先輩にそう尋ねられ、ぶんぶんと首を横に振る。思い返してみれば、私が踏み台から落ちそうになったところを助けてくれた時も、私の体調が優れない事に何となく気が付いていたようだった。良く見ているというか、何というか。
 誤魔化したつもりだったけれど、承太郎くんはそれも分かっていたのかもしれない。栄養ドリンクに視線を落としたところで、顔がかあっと熱くなって行くのを感じ、私は思わず俯いたのだった。