×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

カーズに寝かしつけられる

■ ■ ■

「――ッ…!!」

 息を詰まらせ、ガバッと飛び起きる。やけに息苦しくて、まるで走った後のように息が乱れていた。じっとりと嫌な汗が滲み、寝間着が身体に張り付いていて気持ちが悪い。胸に手を置き、何とか落ち着こうと深呼吸を試みた。
 酷く悪い夢を見た、気がする。内容こそ覚えていないけれど、こうして飛び起きる程なのだから、相当嫌な夢だったのは確かだろう。寝間着の袖で額の汗を拭いながら、ちら、と窓の外に目を遣ると、カーテンの隙間からは黒い絵の具で塗り潰したような暗闇と、僅かに差し込む月の光が見えた。おそらく、まだ深夜だ。

 隣で眠っている吉良さんが起きてしまったようで、「…ヒヨリ?どうした?」とそっと声を掛けてくれる。申し訳ない気持ちになりながら、「ちょっと悪い夢を見ただけで…大丈夫です」と苦笑交じりに答えた。
 要らない心配を掛けたくないし、夢見が悪いくらいで大騒ぎもしたくない。もぞもぞと布団の中に潜り込めば、吉良さんも再び眠りについたようだった。横になったは良いけれど、どうも眠る気になれない。明日はバイトもあるし、少しでも寝ておきたいのに。


 少し散歩でもしたら眠れるだろうか、と密かに考えていると、吉良さんとは逆隣に眠るカーズさんが動いたのが分かった。カーズさんまで起こしてしまったのだろうか。そう思っていると、布団から出ている頭を、そっと撫でられた感触がした。
 するすると髪を梳かれ、私は布団から顔を出す。電気が点いていないので辺りは暗く、はっきりとは見えないけれど、それでも伸びて来ている手の方向から、誰かは分かった。

「……カーズさん…?」

 名前を呼べば、応えるように頭を撫でられる。やはり起こしてしまっていたようだ。ごめんなさい、と謝ろうとしたのだけれど、それより早くカーズさんが口を開く。

「……随分と夢見が悪いようだな。魘されていたぞ」
「…ご、ごめんなさい、うるさかったですか…?」
「いや」

 「気にするな」という言葉と共に、また頭を撫でられる。今日はいつになく頭を撫でられるなあ、と思いながらも、決して嫌な気分はしない。というよりも、何だか安心感が得られてありがたかった。怖い夢を見た所為もあるのだろう。

「眠れないのか」
「……恥ずかしいんですけど、その通りで…」

 また悪い夢を見そうで眠れない、だなんて、まるで子供みたいだ。へら、と苦笑しながら答えると、カーズさんから「そうか」と短く声が返って来る。暗闇に目が慣れて、ぼんやりとながら辺りの様子が見えて来た。
 カーズさんはゆっくりと起き上がると、布団の上で胡座をかいて座った。横に眠る吉良さんを起こさないように、もぞ、と小さく寝返りを打って、私も同じように起き上がる。カーズさんの名前を呼ぶのと同時、彼は、ぽん、と自分の膝を叩いた。

「此方へ来い」
「えっ、…え、あの…」

 来い、とは。戸惑いながらもカーズさんの方に寄って行けば、痺れを切らしたように手首を掴まれる。ぐいと腕を引かれ、カーズさんの胸の中にぼすんと収まった。思わず声を上げそうになるけれど、周りが寝ているのだと思い出し、慌てて口を噤む。
 私が声を上げないのを良い事に、カーズさんは軽々と私の身体を持ち上げる。カーズさんの胸に背を預けるようにして膝上に座り直せば、彼の体温をじんわりと背中で感じられた。

「…指先が冷たくなっているな」
「……カーズさんは、温かいですね」

 左手を取られ、カーズさんの大きな手の中に包み込まれる。合わさった部分からカーズさんの熱が移って来て、ふっと息を吐いた。温かくて、とても心地が良い。
 カーズさんの胸にこてんと頭を預けると、カーズさんは空いている方の手で私の頭を撫でた。こうなると完全にぐずる子供をあやす母親の図のようだ。そう思うと多少恥ずかしくはなったけれど、誰に見られている訳でも無いのだし、と自分に言い訳をしておいた。

 先程まではあんなに胸がざわざわとしていたのに、今は不思議と落ち着いている。カーズさんに引っ付いているからだろう。落ち着いたからか、段々と眠気が戻って来る。ふあ、と小さく欠伸を漏らせば、上からふっと静かな笑い声が降って来た。

「…眠っていいぞ」
「……カーズさん、ありがとうございます…」

 するすると頭を撫でられている感覚が気持ち良い。自分の事ながら実に単純だな、と苦笑しそうになるけれど、この分だとゆっくりと眠れそうだ。うつらうつらとしながら「…おやすみなさい」と言えば、呟くような微かな声だったけれど、カーズさんは聞き取ってくれたらしい。カーズさんが声を返してくれたのを最後に、私は穏やかな気分で眠りに落ちたのだった。