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DIOと夜中コンビニ

■ ■ ■

 とっぷりと夜は更け、時計の針は既に天辺を越えている。私も暫く前に床についたものの、何だかお腹が減ったなあ、なんてふと考えてしまってからは、すっかり目が覚めてしまっていた。
 夜中というものは、どうしてこんなに何か食べたくなってしまうのだろう。悶々と考えてから、私は眠る事を諦め、周りで寝ている皆を起こさないように静かに布団を出た。

 日中は日差しもあって暖かいけれど、真夜中ともなれば少し肌寒いので、適当に上着を羽織り、財布だけ持ってそろそろと家を出た。空を見上げるとぽっかりと月が浮かんでいて、薄暗い夜道を薄っすらと照らしてくれている。
 人通りが無いのは多少怖いけれど、しんとした辺りの静寂だとか、柔らかい月明かりだとか、そういうものは好きだ。不思議と落ち着いた気持ちになれる。そんな事を思いながら、のんびりと歩いていた時だった。

「この夜更けに一人で出歩くとは感心しないな」
「ひえッ!!?」

 不意に背後から声が降って来て、短い悲鳴と共に思わず飛び上がる。勢い良く振り向いた先には、腕組みをして私を見下ろしているDIOさんが居た。

「び、びっくりした…お、驚かせないで下さいよ〜ッ…!」
「お前が勝手に驚いたんじゃあないか」

 ドッドッと激しく脈打つ心臓を宥めながら、私は息を吐く。DIOさん曰く、夜の散歩から帰って来た時、私がこそこそと家を出て来るところを丁度見たらしい。「こ、コンビニに行こうとしただけなので…」と説明をすれば、DIOさんは「そうか」と言いながら私の前を歩き始めた。

「…あ、あの、DIOさん…?家は逆方向ですけど…」
「このまま一人で行かせたと吉良が知ったら煩いからな。散歩の延長だ」
「えッ!で、でもわざわざ…」
「早く行くぞヒヨリ」

 私の意志はもう関係ないらしい。まあ、一度夜道で怖い経験をしている事もあったので、正直なところ、DIOさんが着いて来てくれるのは少し安心出来る。今回はお言葉に甘える事にしよう。慌ててDIOさんの背中を追って横に並び、「…ありがとうございます」と声を掛ければ、フンと鼻を鳴らされた。
 暫く歩いて行くと、前方にコンビニが見えて来た。辺りの家々の電気も消えている中、コンビニだけがぽつんと光を放っている。現代人にコンビニは必要不可欠だよなあ、なんてぼんやり思いながら自動ドアを潜れば、一拍置いてのんびりとした店員の声に迎え入れられた。

 さて、何を買おうか。あまりコンビニには縁が無いであろうDIOさんが物珍しそうに周囲の棚を見ている横で、私も辺りを見回して目ぼしいものを探す。目に止まるのはカップラーメンだのスイーツだの、どれもこんな真夜中に食べると致命的になるに違いないものばかりだ。誘惑が痛い。
 目に止まったのは、新発売、と書かれたPOPの奥にあるスイーツだ。どう考えても真夜中に食べるようなものではないのだけれど、美味しそうでつい手が伸びてしまいそうになる。くそう、お昼に見つけていれば…!

 しかし、一度食べてみたいと思ってしまうと、何だかどうしても食べたくなってしまうものだ。カロリーは見ない事にしてそっと手に取ったところで、背後から声が降って来る。

「…夜中にそんなモノを食うのか。太るぞ」
「うッ…!い、良いんですよ、コンビニとの往復は歩きなんですから…!」
「たかだか数分歩いたくらいで消費出来る訳がないだろうマヌケめ」

 DIOさんの的確かつ辛辣な言葉は聞こえなかった事にして、「DIOさんは何かいりますか?」と尋ねると、「いらん」とプイとそっぽを向かれてしまった。DIOさんは夜中に何を食べようが太らないのだから羨ましいなあ。密かに思いつつ、私はレジに向かった。
 コンビニを出て、来た時と同様、DIOさんの横を歩いて帰路を辿る。特に話す事もないので殆ど無言ではあったけれど、DIOさんが私に合わせて歩幅を緩めてくれているのが分かって、何だかこそばゆくなった。緊張しないと言えば嘘になるけれど、不思議といつもよりは緊張していないような気がする。

 見慣れたアパートが見えて来て、無意識の内に息を吐く。「起こさないようにしないとですね」と声を上げると、少しの間の後で、DIOさんが「…騒ぐんじゃあないぞ」と私に返す。どういう事だろうか、と首を傾げた時だった。
 ぱち、と瞬きを一つした、その瞬間の事だ。気が付けば私は、DIOさんの腕の中で横抱きにされていた。しかもそれだけではない。何だかやけに視界が開けている。月が先程よりも少し大きく見えて、ひやりとした風が頬を撫でた。

「………あ、え、…でぃ、DIOさん…!?」
「落ちたくなければじっとしている事だな」

 はくはくと口を動かす私に、DIOさんはしれっとそう言ってみせた。――そう、私はDIOさんに抱き抱えられて、アパートの屋根上に居るのだ。DIOさんに抱えられて体が密着状態である点もなかなかに危険だけれど、DIOさんに手を離されて屋根上から落ちるのもまた危険である。
 あまりの高さに固まっている私を他所に、DIOさんは私を膝の上に乗せ、屋根の上に器用に座った。私を支えているのはDIOさんの膝と、お腹の辺りに回った腕一本だ。まさか落とされる事は無いとは思うけれど、安心出来る筈も無い。一人ひやひやとしていると、DIOさんが静かに口を開いた。

「食べないのか」
「えッ!?こ、ここで食べるんですか…!?」
「このDIOが食べさせてやっても良いが」
「た、食べます!自分で!!」

 思わず反射で答えてしまったけれど、食べないという選択肢は無いのか。背後からの視線をひしひしと感じて、何だか胃が痛くなって来た。渋々ながらレジ袋の中からスイーツを取り出す。
 スイーツを食べながら屋根の上で月見という、何だか良く分からない状態である。なかなか体験出来るものではない。流石にまだ多少怖いものの、それでもさほど悪くは無いと思ってしまう私はやはり単純なのだろうか。…もう一度やるかと聞かれれば、丁重にお断りはするけれど。

「……えっと、DIOさんも食べます?」

 少しだけ振り返って、スイーツを掬ったスプーンをDIOさんに見せる。勿論冗談だ。コンビニの時点で何も要らないと言っていたし、そもそもDIOさんが私の食べかけを口にするとは思えない。「な、なんちゃって…」と笑って、スプーンを引っ込めようとした、その時だった。
 ぬっと伸びて来た手が、スプーンを握っている私の手を取る。掴まれた手首がそのまま後ろに引っ張られて、私が目を丸くした時にはもう、スプーンの先はDIOさんの口の中へ吸い込まれていた。

「……甘い」

 呆然とする私に、一言。ぺろりと舌で唇を舐めたDIOさんは、「良くこんなものが食えるな」と眉間に皺を寄せた。いや、いやいや。食べただと…!?変な汗が滲み始めたのを感じながら、私は「……た、食べ…食べた…!?」と動揺を隠しきれずに声を上げる。

「何だ。お前が差し出したんじゃあないか」
「そ、そうですけど、でも、ま、まさか本当に食べるなんてッ…!」
「…ヒヨリ、あまり暴れると落ちるぞ」
「ひえッ…!?」

 DIOさんの言葉通り、膝の上からお尻が滑って、がくんと体が大きく揺れる。DIOさんが私の体を抱え直してくれたので落ちる事は無かったけれど、死ぬかと思った。思わずDIOさんの腕にしがみついていると、やれやれとばかりにため息が降って来る。同時に「マヌケめ」と辛辣な言葉も落ちて来て、私は少しムッとして口を開いた。

「い、今のはDIOさんのせいじゃあないですか……」
「ほう?今お前を支えてやっているのは誰だと思っているんだ?ン?」
「ひッ…!?う、嘘です嘘!DIOさんのお陰ですごく貴重な体験が出来て嬉しいなあ〜ッ…!」
「分かれば良い」

 私の体を抱えている腕が離れそうになったので、慌てて声を上げると、DIOさんはフンと鼻を鳴らした。これは卑怯だ。うう、と小さく唸りながら、私は早いところスイーツを食べてしまおうと、再びスプーンに手を伸ばしたのだった。