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荒木荘のとある一日 V

■ ■ ■

 もう少しで夕食が出来上がるといった頃、玄関のドアが開く音が聞こえる。ちら、と時計に視線を遣ると、もうそろそろ荒木荘の帰宅ラッシュが始まる頃だ。最初に散歩に行っていたカーズさんが帰って来たのを皮切りに、次にプッチさんが、それからディエゴくん、最後に吉良さんが帰宅した。日によってまちまちだが、大抵はこの順番だ。朝に比べて疲れた様子の皆を少しでも労る為、私は誰かが帰って来る度に作業を止め、出迎えるようにしている。
 帰宅ラッシュが終わって全員が揃い、一息ついたところで夕食を取る。今日は和食だ。純粋な日本人であるのは私と吉良さんだけであるが、すっかり日本の暮らしに慣れている住人達は、和食に対しての抵抗も無いようで、器用に箸を使って食事をしている。ちょっとシュールだ。

 時折他愛の無い話を織り交ぜながらのんびりと夕食を取った後は、ちょっとした戦争が起こる。お風呂タイムだ。私は片付けがあるし特にこだわりも無いので順番はいつも後の方なのだが、早めに入りたいらしい数人が毎度の事ながら順番を争っている。
 どうやら今日はカーズさんが一番風呂のようだ。順番争いには加わっていなかったのに不運にも巻き込まれたらしいディアボロさんが、まるでボロ雑巾のようになって床に伏せっているので、とりあえず合掌しておいた。

「ヒヨリ、上がったぞ」
「わ、カーズさん髪びしょびしょですよ!ちょっとは水を切って来て下さいよ」
「どうせ乾くから良いのだ」

 お風呂から上がったらしいカーズさんに声を掛けられたので振り向けば、ぬばたまの長髪からは水が滴っている。しっとり、という表現では収まらない。慌てて駆け寄って首に掛けられているタオルを借り、毛先を包み込む。いつからだったかは定かではないが、カーズさんはお風呂から上がると、私に髪を乾かさせるようになっていた。
 その様子を見る度に、吉良さんが「子供じゃあないんだぞ」と溜息をつくのだが、カーズさん曰く、「ヒヨリは私のしもべだから良いのだ」との事である。しもべ、という点に多少引っかからなくは無いが、別段嫌な訳でもないし、人の髪を弄るのは割と好きなので、私も甘んじて受け入れていた。なんといってもカーズさんには何かと――特に私が住人になって間もない頃――お世話になっているし、まあ、ギブアンドテイクというやつである。

 ドライヤーを持って来て、部屋の隅で暫くカーズさんの髪を乾かす。カーズさんは毛量も多いし長髪なので結構大変なのだが、「気持ちがいいぞ」なんて上機嫌に言われると、大変さなんてどうでも良くなってしまう。私は存外単純らしい。
 カーズさんの髪を乾かし終え、片付けも一段落ついた頃には、大抵お風呂場も空いていて、皆ものんびりと各々の時間を過ごしている。私もそろそろお風呂に入ろうかな、と居間の方を覗くと、いつの間にか復活していたディアボロさんが部屋の端でPCを弄っていた。そういえば、今日は明け方までゲームだかチャットだかをするとか何とか言っていたっけ。ふと思い出した私は、お風呂に入る前に、炊飯器に残っていたご飯でおにぎりを作る事にした。

「……ヒヨリ、それは何だ」
「あ、ディアボロさん…良いところに。これ、夜食作ったのでよかったら食べて下さい。ドッピオくんも起きているようなら、一緒に分けて下さいね」

 おにぎりをラップで包んだところで、飲み物を取りに来たらしいディアボロさんが私の手元を覗き込んだ。きょとんとしたディアボロさんに、「他の人には内緒ですよ」と人差し指を口元に当て、しーっ、とジェスチャーを付け加える。ディアボロさんは一拍置いて、ふ、と笑みを漏らした。
 私からおにぎりを受け取ったのと同時、ディアボロさんは私の額に唇を寄せ、ちゅ、と軽くリップ音を響かせる。それから「グラッツェ」と一言残すと、呆然とする私の頭を撫で、居間へと戻って行った。何となく感触が残っているような額に手を当てて、ぼふんと顔が熱くなる。…ディアボロさんってちゃんとイタリア人だったんだ…。密かに思った。

 人によって寝る時間はまちまちなのだが、消灯は基本的に、一番早く眠る吉良さんに合わせられる。この時間に眠るのは、大抵次の日も朝から用事がある吉良さん、ディエゴくん、プッチさん辺りだ。DIOさんは完全なる夜行性なのでこの時間から出掛ける事も多く、カーズさんも夜の方が好きな性分らしく、気が向くと家を出ている。
 ディアボロさんは良くPCを遅くまで弄っているし、ドッピオくんも彼に付き合って暫く起きている事が多かった。因みに、私は翌朝に合わせて吉良さん達と共にさっさと眠っている。

 布団に潜り込み、ふう、と一息。慣れ親しんだ自宅の布団とは違うけれど、今の私にとってはこの布団が一番落ち着く。いつだって何処だって、やっぱり布団は最高だ。目を閉じる前に、私はそっと口を開いた。

「…おやすみなさい」

 特別大声で言う訳でも無いのに、皆はきちんと聞き取ってくれて、「おやすみ」と声を返してくれる。私はこの瞬間が堪らなく好きだった。取り決めなんて無いけれど、私がこの一言を言うまで誰も寝ないし、行動を起こさないのを、私は知っている。私が眠る体勢に入ったのを確認してから、各々動き出すのだ。
 まだ住人になったばかりだけれど、私も皆の一員になれているというか、住人として認められているのだと再確認出来るようで、とても幸せになる。だから、どんなに大変でも、たまに嫌だと思う事があっても、この一瞬があるから頑張れるのだと思う。じわ、と胸の辺りが暖かくなって、何だかこそばゆくて、布団の中に顔を埋める。

 ――ああ、今日もこの幸せな気持ちのままで眠れそうだ。こっそりと口元を緩めながら、私は思ったのだった。